【完結】がっこうぐらし!RTA/卒業生チャート+α   作:兼六園

16 / 39
最終回

 イベントスキップを連打して連打して連打して……ここでタイマーストップ。

 記録は3時間48分56.2秒でした。

 

 換装した完走ですが、同行キャラをスミコにしてさえいれば、イベント終了までのタイムを8分は減らせたのでWR取れてましたね。

 それに記録を狙うなら学園生活部以外を助けるのは単なるロスなのですけど、ついついNPCに甘くなってしまうのが僕の悪い癖(杉上左京)

 

 もう既に違うゲームハードとレギュレーションで走るのが決定してるので再送はしませんが……皆もがっこうぐらし!RTA、走ろう! ウチもやったんやからさ(同調圧力先輩)

 

 それでは『がっこうぐらし!RTA/卒業生チャート』はここまでとします。そのうち次回作がしれっと投稿されてると思うので、登録して高評価を入れておくと得かもしれない。

 

 ほな、また……(粒子になって消える)

 

 

 

 

 

 

 ──ヘリコプターの爆発も校舎の火災も無かったかのような晴天の下、鎮火したヘリコプターの残骸を見ながら、ボロボロの男が比較的無事だった車の屋根に胡座を掻いて座っていた。

 

「おーい」

「……ん」

 

 車の下から聞こえた声に顔を向ける男──古木は、ボンネットを足場に屋根に登ってくる少女──くるみの手を引いて手助けする。

 

「さんきゅー」

「どうした」

「いや、様子を見に来たんだよ。昼飯まだだろ? おにぎり持ってきたぜ」

「ああ、助かる」

「……それで、なんか変化はあった?」

 

 ラップされた無洗米の握り飯を二個手渡し、包帯の巻かれた右手にはシャベルを握る。古木の横に座ると同じように残骸へ視線を向けた。

 

「中から人が出てくる様子は無い。それにこの辺りにはやつらの気配が感じられない、先日の火災と爆発で殆どが燃え尽きたのだろう」

「……ふーん」

 

 気だるそうにそう呟いてくるみは黙り込む。火災と共に、やる気もまた燃え尽きたのかもしれない。ラップを開けて握り飯を頬張る古木は、中に缶詰の肉が入っているのに気付く。

 

「慈さんたちは」

「あー、生徒会室とか放送室に置いてあった中から無事な荷物をかき集めたり、地下室から物資を取り出してる。あとはこの人数を詰め込めるデカい車でもありゃ完璧だな」

「……なら、これを食べたら手伝おう」

「いや手伝うなよ。……言い忘れてた、あたしとあんたは何もすんなって言われてるんだ、仮にも怪我人だからな」

「怪我……か」

「剣士にとっちゃあの程度は掠り傷だ、とか言うようなら今すぐトドメ刺すぞ」

 

 まさか、と返して、古木は握り飯の残りを口に投げ入れる。ほんとかよ……と言いながら、くるみは呆れた顔で古木を見た。

 

 頭に、首に、肩に腕にと包帯を巻き、どこか枯れた古木(こぼく)を思わせる。

 なんてことはない。やる気が燃え尽きているのは、くるみだけではなかったのだ。

 

 はぁ。とため息をついて、くるみは古木の肩に頭を乗せて言う。

 

「……無事でよかった。本当に」

「……そうだな」

「あとでめぐねえたちに顔見せておけよ、皆も安心するだろうし……な?」

「ああ」

「──ところでさぁ」

 

 そう言って切り出したくるみが、古木の肩から頭を離すと顔を見ながら続ける。

 

「古木さんってその……ぶっきらぼうっていうか、仏頂面なのが素なんだよな?」

「……まあ、そうだな」

「いやあ、ほら、初めて会って暫くはなんか妙に明るいっていうか──あたしの事なんて『ちゃん』付けで呼んでたしさ」

 

 古木は脳裏に当時の事を思い返して、確かに、と内心で独りごつ。

 

「俺は……見ての通りのつまらん男だ。幼馴染みからも『貴方は誤解を産みかねないくらいの仏頂面なんだから、初対面の相手にはせめて明るく接しておきなさい』と言われていた」

「うーん、正しいな。でもあたしは、今みたいな古木さんの方が好きだぞ?」

「そうか」

「…………他意は無いぞ」

「わかってる」

 

 事実としてくるみに古木への恋愛感情は無い。よくも悪くも、距離感は兄弟や親子のそれであり、相棒という言葉は嘘ではなかった。

 屋根からとんっと飛び降りたくるみは、体を伸ばして関節を鳴らすと古木を見る。

 

「大学に行ったらさあ、古木さんの幼馴染紹介してよ。是非会ってみたい」

「感染を克服したお前は真っ先に研究対象にされると思うがな。あいつは学者だ」

「うげ、マジ?」

「嘘はついてない」

 

 嫌そうに表情を歪めたが、くるみは頭を振って思考を切り替える。

 

「……そんじゃ、あとでな」

「ああ」

 

 シャベルを肩に担いでひらひらと後ろに手を振り歩き去ったくるみを見送り、古木は木の葉を揺らす風を浴びる。撫でるような優しい空気が、脱力した体に心地よい。

 

 胸の奥にあった筈の炎はすっかり消え失せ、ポッカリと穴が開いている感覚。

 

 燃え盛る戦場で修羅は死に、ここに残されたのは、家族の呪い(ことば)にすがる抜け殻だけである。

 

 車の屋根から降りた古木が、ガラス越しに自身の顔を見る。

 そこに映るのは、どことなく窶れたような、それでいて憑き物が晴れた顔をした──

 

「──酷い面だ」

 

 ──そんな、男が居た。

 

 

 ──左手に鞘を握って親指を鍔に添えながら、古木はヘリコプターに近付く。

 爆発でめくれた装甲を足場にひょいひょいと上り、操縦席の中の死体に片手で礼をしてから、傍らに置かれていたアタッシュケースを取り出して地面に降りる。

 

「……ん」

 

 それを持って校舎に戻ろうとした古木は、壁に寄りかかるようにして亡くなっている死体を見つける。その手には、鍵が握られていた。

 

「……大型車の鍵か」

 

 端に停められていて爆発の被害から免れていた車──古木は詳しくないが、車種で言うところのハイエースのものである。鍵がきちんと刺さり、更にはエンジンが掛かることを確認して、それから改めて校舎へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 ──生徒会室に戻ってきた古木は、かろうじて無事だった自分の荷物を引っ張り出す。

 

「あっ、古木さん」

「……ゆき」

 

 猫耳の帽子を被っている少女──丈槍ゆきが部屋に入ってくると、その両手で子犬──太郎丸を抱えていた。

 

「古木さんの荷物、無事だった?」

「ああ。なんとかな」

 

 中には着替えも入っているため、燃えていたら今着ている一張羅を着回さないといけなくなる。その懸念が解消されて、ホッと一息つきつつ太郎丸に手を向けて撫でた。

 

「他の皆は何処に居る」

「え? うーん……りーさんとるーちゃんは屋上に居るけど、どうして?」

「全員と会っておこうと思ってな。今まで、なんとなくだが──俺は皆と()()()()()()()()()()()ような気がするんだ」

「……そうかな? そうかも?」

 

 守らなければと躍起になっていたがばかりに、回りを見ているようで、その実古木は誰のことも見ていなかった。

 精魂尽き果て枯れたかのような気配を漂わせる古木を見て、ゆきは不意に古木の裾を掴む。

 

「どうした」

「……何処にも行かない?」

「──行かないよ。約束する」

 

 ()()を察する、という能力が高いのだろう。少し考えと行動が違えば、ゆきの察した通りに古木は出ていっていたのかもしれない。ゆきの頭に手を置いたあと、古木は部屋を出た。

 

 カツカツと屋上への階段を上がり、扉を開けた。古木の気配に気付いた悠里が振り返り、近くにいた瑠璃が駆け寄ってくる。

 フェンスに寄りかかって何かを話していたらしい美紀とくるみが同じように近づき、口角を緩めたくるみは口を開く。

 

「よっ、さっきぶり」

「ああ」

「古木さん……そのケースは?」

 

 聞いてきた美紀にアタッシュケースを渡して、刀を腰に差すと瑠璃を抱き上げて言う。

 

「墜落したアレの中にあった」

「じゃあ、あたしと美紀で確認しとくよ」

「頼む」

 

 美紀の背中を押してフェンスの方に走っていったくるみたちを見て、その後に古木は近寄ってきた悠里と顔を見合わせる。

 

「古木さん、少しお話し出来る?」

「悠里。別に構わないが……」

 

 憂いを帯びた顔で、悠里は古木──と古木の抱き上げている瑠璃を見てから続けた。

 

「まずは、るーちゃんのことで……ちゃんとお礼を言えてなかったなって」

「そうだったか」

「ええ。……ありがとう、妹を助けてくれて。貴方が居なかったら、助けられなかったか私だけで行こうとして共倒れしてたかも」

「……否定はしない」

 

 まさか悠里一人で瑠璃を助けに向かったとして、生きて帰ってこられるとは誰も思っていない。苦笑を浮かべる悠里は更に言う。

 

「るーちゃん、数年前に事故に遭いそうになったの。飛んでいった帽子を追いかけて車に轢かれそうになって──車はかろうじて脇を通りすぎていって、あの時は……凄く、ゾッとした」

 

「りーねー……」

 

 当時の事を思い出したのだろう。不安そうに声を震わせる瑠璃を、古木は悠里に抱かせる。

 ずしりと腕に掛かる重さは、それこそが瑠璃の命の重さなのだ。

 

「……私はね、こう考えてるの。

 るーちゃんが助かったのも、古木さんに助けられたのも、めぐねえやくるみ、ゆきちゃんが無事なのも、美紀さんや圭さんやスミコさんが居るのも、その全てが──あらゆる偶然が繋がって出来た結果なんだって」

 

「偶然、か」

 

「もしかしたら、るーちゃんは居なかった。古木さんは大学に行っていた。噛まれたくるみは助からなかった。何かが少しでもずれていたり遅かったり、タイミングが悪かったら……誰かが一人でも欠けていたら。そう考えなかった日は無い」

 

 古木は視界の端でL字状のなにかが宙を舞っているのを見届けながら話を聞き、瑠璃の頬に手を添えて指で目尻を撫でてやる。

 

「……もう、手放すな」

「──ええ、そうね」

 

 瑠璃に頬を寄せ、額を合わせて、しみじみと悠里はそう言った。

 

「ところで、慈さんやスミコ、圭は地下室に居るのか?」

「確かその筈ですよ。保存食と水を運び出してるんだと思います」

「そうか、わかった」

 

 瑠璃から悠里に手を置き直し、優しく撫でてから、古木は踵を返して校舎に戻っていった。

 

「おっ、話終わった?」

「くるみ。美紀さんも……そういえば、さっき何か投げてなかったかしら」

「くるみ先輩とケースを確認してたら拳銃が入っていたので、投げました」

「そう、投げ…………なんて?」

「あっそうだ、そんなことより」

「そんなことより…………?」

 

 パンパンと手を打って話題を無理やり切り替えるくるみが、古木が戻っていった校舎への扉を指差して悠里たちに提案する。

 

「あの人めぐねえ達の所に行ったんだろ? ()けてみようぜ」

「はあ、何故です?」

「古木さんダービーの出馬でさ、こう……トトカルチョをさ……」

 

 手を轆轤(ろくろ)を回すようにまごつかせるくるみはニヤニヤと愉快なものを見るような顔をする。美紀と悠里は呆れたような顔をして、瑠璃は不思議そうに顔を傾げた。

 

「まったく、人の恋愛事情を盗み見して楽しむなんて酷いと思うわよ?」

「でも気になるだろ? あたしは気になる。美紀も気になる。つまりりーさんも気になる」

「…………否定はしないけど」

「よしきた、行くぞっ!」

「テンション高いですね」

 

 瑠璃を抱っこしながら、そんな風に呟く。悠里もまた、他人の──特に大人の恋愛に興味がある多感な年頃なのであった。

 

 

 

 

 

 ──一階廊下奥、地下室に繋がる一角に赴くと、古木は段ボール箱を地下から廊下へと運んでいる女性を見つける。

 紫のロングワンピースを来た女性──慈である。ふと古木を視界の端で捉えると、ぱあっと表情を明るくして駆け寄ってきた。

 

「古木くん、体調はどうですか?」

「悪くありません。あれだけ無茶をして生きてるだけでも儲けものですし」

「……そうですよ、心配したんですから」

「……すみません」

 

 腕の包帯に手を置き、胸板に額を押し当てた。自分に非があることを理解している古木は、そっと慈の背中に手を置いて擦る。

 顔を服に押し付け、ぐり、と鼻を押し当てる。ぐっと一度強く抱き竦めてから、古木が慈の肩を押して僅かに距離を取った。

 

「……やはり、ここを出るべきですか」

「はい、火災であちこちが駄目になっているので、ここを拠点にするのはもう無理かと。幸い地下の物資が無事なので、あとは全員で乗り込める車さえあれば……」

「──慈さん、これを」

「……車の鍵……?」

 

 渡されたそれを観察する慈に古木が言う。

 

「駐車場の端に置かれていた大型車の鍵です。使えることは確認してあるので、それに荷物を載せましょう」

「そうですか…………いえ、古木くんは休んでいてくださいね? ナチュラルに手伝おうとしないでください」

「そうは言っても、体が痛むわけではありませんし……人手は多い方が──」

「休んでいてください」

 

 きっぱりと断言され、言い返そうとした口を流石に閉じる。困ったように眉を潜めて眉間にシワを作る古木に、慈はくつくつと笑みを浮かべて続けて言った。

 

「頼んでいても、頼んでいなくても、貴方は必ず無茶をする。男の子、ですね」

「褒めていないことは理解できます」

「ふふっ、そうですね。でも、だからこそ──私は……貴方の事が……」

 

 頬に手を添え、古木を見上げる。慈の心臓はバクバクと早鐘を打ち、意を決して口を開き────頬を染めながら、小さくため息をついて微笑を浮かべて続けた。

 

「──心配なんです。もっと、私を頼ってほしいです。皆がめぐねえめぐねえって言うから忘れてるかもしれませんけど、私一応この場では年長者なんですからね?」

 

「………………いえ、忘れたわけでは」

 

「なんですか今の間は」

 

 じとっとした目を向けると顔をそらす古木。むむむ……と唸るが、直ぐに表情を緩める。

 

「……まあ、いいです。下に圭さんとスミコさんが居ますし、挨拶をしていかれては?」

「そうします。ではまた後で」

「はい」

 

 慈は地下室に降りて行く古木に手を振り、傍らに積まれた段ボールの確認をする。そんな時、不意に廊下の奥から声をかけられた。

 

「めぐねえ」

「ピィ!?」

「ヤカンかな?」

 

 ビクッ! と肩を震わせて、声の正体に顔を向ける。視線の先に居たのはくるみたちで、三階で合流したのかゆきも混ざっていた。

 

「く、くるみさん! 脅かさないでください!」

「めぐねえはさぁ……なに、ヘタレなの?」

「はい!?」

 

 唐突にそんな事を言われ、慈は驚愕と困惑を同時に頭に浮かべた。それから少しの間を置いて、先の会話を聞かれていたのだと察する。

 

「めぐねえ……あんなにいいタイミングをどうして逃すんですか……」

「悠里さん!?」

 

 悠里は心底呆れたようにため息をつく。

 

「もう完全に告白する流れだったじゃないですか。なぜそこで日和るんです?」

「美紀さん、大人にだって出来ることと出来ないことがあってですね?」

「それは今先生が想いを伝えなかった理由にはならないのでは?」

「うっ」

 

 慈は崩れ落ちた。

 ついでに泣いた。

 口許を押さえてさめざめと泣く慈に、若干の罪悪感を覚えながらもくるみが話す。

 

「ぶっちゃけると、めぐねえはこのままじゃスミコさんに負けるし、古木さんの幼馴染相手じゃ戦力不足になると思うぞ」

「うっ」

「スミコさんなんて最初の頃は言動がアレでしたけど、最近は目付きが恋する乙女ですし」

「うっ」

 

 段ボールにしなだれかかるようにして脱力する慈を見て、悠里はただ一言「むごい……」と呟いていた。地下室から上がってきた圭が、そんな一幕を見て頭に疑問符を浮かべる。

 

「……な、なにやってるの?」

「けーくん、どしたの?」

「ああ、その……下に古木さんが来てて、スミコさんが二人で話したいって言うから上がってきたんだけど──」

「う゛っ」

 

 その言葉が遂に止めとなって、慈は段ボールに突っ伏してしまった。

 

「えっ、えっ……これ私が悪いの?」

「いや、自業自得が7割くらい」

「いっそのこと個室に二人にして閉じ込めるでもしないと話が進展しませんよねこれ」

「でも、やっぱりファッションにも気を遣った方が良いんじゃないかしら?」

「水着でドーン! と迫るとか?」

「どーん?」

 

 圭の困惑にくるみが返し、美紀の提案に悠里が返してゆきと瑠璃がドーンと言いながら手を上げる。やいのやいのと提案が続き、慈の調子が回復するのには、かなりの時間を要していた。

 

 

 

 

 

 ──手に包帯を巻いたスミコと古木が相対してから数分、双方の間には奇妙な緊張があった。シャッターを持ち上げた際、手に軽い火傷を負ったスミコは、ピリピリと痛む手を片手で揉む。

 

「その手、火傷か」

「ああ、そうだね。ただ事前に言っておくと、怪我をするなんて百も承知だったんだ。自分のせいだ等と言って自己嫌悪に陥られたら流石の小生でも君との喧嘩は避けられまい」

「…………すまない」

「ふ、ふ。君のややお堅い性格は理解しているとも。君の剣ばかりを見ていた小生からすれば……まあ、可愛いものだ」

 

 指先を口許に持って行き、くすくす、と上品に笑った。そうしてスミコは、疲れたように息を吐き、口角を緩めて古木を見る。

 

「剣ばかりを、見ていた。君の剣だけを。ずぅっと……君の事は、見ていなかった」

「────」

 

 自分の事を言っているようで、一瞬、古木は内心でどきりとした。

 蓋をされた段ボールを指でなぞり、それから、軽快な足取りで古木に近付く。

 

「でも今は違う。古木くんの事を知って、知れて良かったと、心から思っている」

「スミコ」

 

 しなだれかかり、ずいっと顔を寄せて古木を見上げる。そんなスミコの顔が、生き生きとした顔が輝いて見えて──やはり、自分は誰のことも碌に見ていなかったのだな、と考えた。

 

 ──バチ、と視線が交わり、照明を反射してキラキラとハイライトが輝く瞳を見て、

 

「……綺麗な瞳だ」

「────ぁぇ」

 

 そう、古木が言う。

 

 スミコの動きが完全に停止し、褒められた瞳だけが左右に動き、寄り掛かっていた体を離して古木に背中を見せるように振り返る。

 

「…………うん」

「スミコ?」

「……いや、ああ、なんだ──嗚呼……不意打ちは、やめたまえ。死ぬかと思った」

 

「何を言っているんだ……」

 

 小首を傾げる古木は、黒いロングスカートを左右に揺らして何かに悶えているスミコを見ながら呟いた。ふと深く呼吸をした際にズキリと胸が痛み、背中を向けていて見られていないことを確認する。まだまともに動けないだろう。

 

 刀を振れるようになるのは何時になるのか──そんなことを考えながら、ここで出会った皆の顔を脳裏に思い浮かべて頬を緩める。

 守りきれてよかった、と安堵し、それでも詰めが甘かった部分もあることを自覚する。

 

「……色々とあったな」

 

 もう、この校舎とはお別れになるのだと考えると──少しだけ、寂しいと思った。

 

 

 

 

 

 ──進学か、就職か。ケースの中から現れたパンフレットと地図を参照して、ゆきがそんな事を言ったのも先日の話。

 

 使えることを確認しておいた車に荷物が詰め込まれて行くのを傍目で見ながら、古木は怪我人仲間のくるみと横並びに立っていた。

 

「……これが幼馴染の写真だ」

「ほー、すっげぇ美人じゃん。こらめぐねえ勝てるかなぁ?」

「なんの勝負だ」

「気にしなくていいよ。んで、名前なんていうの?」

「青襲椎子。小学生の時からの付き合いだから、もう十年以上になるな」

 

 長らく電源を落としていた携帯と、家から持ち出した写真を見せて暇を潰す。幼い頃の自分や、存命だった頃の祖父と両親、幼馴染の写真を見るくるみは、感慨深そうに眺めている。

 

「あっ、古木さんってお母さんと目元が似てるんだな。顔つきはお父さん寄り? なんか雰囲気はじーさん由来って感じだけど」

「……そうか」

「嬉しいのか?」

「親に似ているのは、嫌ではない」

 

 写真を懐に仕舞い、携帯をポケットに入れる。出発の準備が終わったのだろう、慈が二人に手を振ってきたのを一瞥して、くるみがシャベルを担いで駆け寄って行く。

 

 その後ろを歩く古木が、なんとなしに、頬を撫でる風に両親の名残を覚えた。母と父の会話を思い出す。それはかつて、古木が、自分の名前について聞いたときの事である。

 

 

 

『──菖蒲さん、やはり子供の名前は俺が付けたかったのですが……』

『駄目ですよぉ柳さん、一戦立ち合いをして勝った方が名付けると約束したのをお忘れですか? 産後だからと舐めてかかった柳さんが悪いんですからねぇ?』

『うっ』

『それに(つるぎ)だなんて、名前の通りにつんけんした子に育ってしまったらどうするのですか? 嫌ですからね私』

 

 幼い子を膝に乗せ、和服を着込んだ女性が淡々と語る。傍らで居心地悪そうに、気まずい顔をする男が、がしがしと子の頭を撫でた。

 

『私も柳さんも草花を名前にしているのですから、この子にだってそう名付けてもよいでしょう? 良いのですよ、甘い人に育っても』

 

 子の頭を撫で、そっと抱き寄せて菖蒲は言う。

 

『ね、御形。人に優しくなりなさい。好きな子に優しくなりなさい。剣を握る必要なんてもう無いのだけど、それでも誰かを守りたいと言うのなら──その為だけに振りなさい。

 決して、傷付けたい、殺したい。そう考えて剣を振らないでください。そんな時代は終わりました。私たちの代で終わらせました。

 

 ですから──ねえ、御形』

 

 あやすように、菖蒲は言う。

 

『──椎子ちゃんとの結婚式には呼んでくださいね? 約束ですよ』

『菖浦さん今私情が……』

『柳さん、お静かに』

『えっこれ俺が悪いの』

 

 

 

 そういえば、と古木は想起する。両親が亡くなったのは、その後だったなと。殺意のままに剣を振り、ついぞ、約束は果たせなかった。

 しかしそれでも、やり直せる機会があるのなら、これからは間違えずに生きていこう。

 

「もう、私情で剣は振らない」

 

 それに、きっと──この学校で出会った彼女たちにだけは、優しく出来たのかもしれない。

 

「──古木さーん! 出発するぞー!」

「……ああ、今行く」

 

 腰に刀を吊るした卒業生は、少女たちの元に行く。世界は終わりを迎えつつあり、人類は衰退を迎えている。それでも、古木たちの心が折れることは決してないのだろう。

 

 ──全てが終わったら、墓参りに戻ろう。

 

 古木は慈の運転する車の助手席で、静かにそう考えてドアを閉めた。

 

 

 

 

 

『完』




次→11月8日00時00分
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。