【完結】がっこうぐらし!RTA/卒業生チャート+α 作:兼六園
十三歳、十八歳、――歳
◆
十五歳、二十歳
黒いセーラー服の上にパーカーを羽織り、フードで顔を隠す少女が、縁側で片手に湯呑みを持ちながら片手に大福を握り頬張っていた。
「……あの家は息苦しい」
「カカッ、薙刀を振るのは退屈か」
「儂は『やれ』言われてやるんは気が乗らん」
大福の欠片を口に放り込み、熱い緑茶を啜る。
お茶請けを乗せた木製のトレーを挟んで横並びに座る老人が、骨と血管の浮いている痩せた手でそっとフードを取らせると、長い髪が露になった少女に愉快そうに問う。
「それにしても、良く此処が分かったものだ。
「ばーちゃんのねーちゃんが嫁いだ先を知りたいと母上にしつこく聞いた。母上は儂が滅多にワガママを言わんからと感動しておった」
「……ううむ。そうか」
「──ので、今日も稽古を強要してくるばーちゃんから逃げてきた。家出じゃ」
「……くっくっ、お転婆よな」
喉を鳴らすように笑う老人は、カラカラと玄関を開ける音を聞いて、孫の帰宅を理解した。おおいと声を掛け、縁側に呼び寄せる。
「お祖父様。見知らぬ靴がありましたが──」
「おう……
「…………こん……にち、は……」
「──お祖父様、出頭しましょう」
「誰が誘拐なんぞするか。家出してきた娘を匿ってやってるだけじゃ」
「それを犯罪と呼ぶのですよ」
荷物らしきリュックを畳に投げ捨て、無駄に優しい声色で自分の祖父に出頭を勧める青年──大上 御形は紫陽花の顔を見て既視感を覚える。
そう、どこか、見覚えのある顔立ち。
「……家出とはまた、穏やかではない。親御さんへの連絡は済ませたのか?
心配しているはずだ、怪我をしてないことが僥倖だろう、早く帰った方がいい」
「──御形、やめておけ」
親を亡くしているからか、眼前の少女に対する言葉に熱が籠る。それを窘めるように、老人──大上 一心が短く口を開いた。
「………………う、その……」
「済まない、差し出がましい真似をした」
「…………いえ……儂も……はい」
うつむき湯呑みを手元で回しながら黙り込む。会話が苦手なのだろうと察して、一旦荷物をお気に席を立つ。戻ってきた御形は、普段着のワイシャツの袖を捲り片手に刀を二本握っていた。
キョトンとした紫陽花の横で、一心が獣のように凶悪な笑みを浮かべる。
「さて────
「朝高校に行く前に稽古、帰ってきたら稽古。誘いに乗る俺も俺ですが、お祖父様はご自身の体の事を理解しておられるのですよね?」
「ハッハ、自分の事は自分が一番よく分かっておるわ。さあ、表に出ろ」
「言われなくとも」
「……じっちゃ」
チリチリと肌に刺すような気配。
それが殺気だと理解した紫陽花は、自分の頭に手を置く一心の顔を見上げた。
「よぉく見ておれ。きっと、
縁側に置かれた草履を履き、庭に立つと、御形の投げた刀のうち一振りを受け取り腰に納める。同じように納め、二人は間隔を空けて親指で鯉口を切り────音もなく抜刀した。
限りなく本物に近い模造刀を構え、一拍。──直後、ガキィンと金属音が鳴り響いた。
攻め立てる御形の刀を片手で捌き、踏み込みながら振るう刀と御形のそれがぶつかり、火花が散る。御形を数歩下がらせるようにひゅんと振るい、それから一心は両手で柄を握り──
「ッかァ!!」「──っ!!」
──凄まじい勢いで振り下ろした。
「………………う、ぁ……!」
受け止めたらへし折られる為にと刀身で斜めに逸らしつつも、余りある威力から踏ん張った足を下がらされる。ぶわりと土埃が舞い、眺めていた紫陽花の髪を風圧で揺らす。──その剣の鋭さを前にして、心臓を高鳴らせた。
古木家で代々続く薙刀術を学ばされる時の退屈さを消し飛ばすような、カチリと歯車が噛み合うような。おおよそ人間同士の立ち合いなのかと疑う程の熾烈な剣戟が、紫陽花を惹き付ける。
──突き、凪ぎ、払い、袈裟斬り、逆袈裟。突いた直後に腕を引き、同じ軌道で更に速く刺突する。刹那の内に刀身を重ね、甲高い金属音を奏でて弾いた御形が体勢を立て直す間に、一心は刀を鞘に納めて肉薄すると二度振るった。
縦と横に振るわれた刀の残像が十字を描き、咄嗟に下がりながら当たるところだった一撃を防いだ御形の握る刀に衝撃を伝わらせて両手に痺れを残す。そんな御形を前にして、一心は──再度鞘に納めた刀を構え、ギチギチと柄を握り潰さん勢いで鬼気迫る気配を向けてくる。
「っ、お祖父様、それは──」
「我が剣術の神髄、その一端を見よ!」
「本気か、これは……不味い……!」
まるで鞘から飛び出そうとする刀身を押さえ込むかのような動きに、横で見ていた紫陽花に注意を向けた御形が口を開く。
「──紫陽花、絶対にそこを動くな」
「…………えっ」
「ッ────シィィイッ!!」
──御形が言い終わるや否や、体を捻りながら上に抜き放った刀を下へと振り下ろす一心。明らかに間合いが離れているにも関わらず行われた行動に首をかしげた紫陽花は、その刀身を中心に空気が渦巻いている事に気付き────
ボンッ! という空気の破裂する音と共に、間合いの外にいた御形に
「──ふぅぅぅっ」
肺の空気を絞り出すような深い吐息。
技と一心の握力に耐えられなかった模造刀は御形のそれと同じように砕け、ぱちくりと呆けたようにまばたきする紫陽花に向き直った。
「……さて、どうだった。紫陽花よ」
「………………凄かった」
「カカッ、そうだろうとも」
「お祖父様、
「許せ孫よ、子供の前だ。老骨にも格好をつけさせろ。──して、どうじゃ? 紫陽花」
──剣は面白いぞ。
一心の言葉に、紫陽花は頷いて答えた。カカッと快活に笑い、一心は、二振りの模造刀を持ち出して御形と紫陽花に渡す。
「基礎を教えて、素振りをさせてやれ。向こうに帰っても反復できるようにな。今から連絡を入れるから、夕方には帰るのだぞ」
「………………あの、じっちゃ」
「安心せい、またすぐに遊びにこい。今度は家出じゃなく、友人としてな」
「──! ……うん」
興奮冷めやらぬ様子で頬を紅潮させる紫陽花は、それから御形に刀の振り方を教わる。
しかし退屈な時間が一向に終わらないように、楽しい時間は一瞬で過ぎ去って行く。
連絡を済ませて数時間、そろそろ時間か、と呟いた一心は、武家屋敷の前にタクシーを呼ばせた。御形が交通費を渡し、紫陽花を見送る。
「不幸を自慢するわけではないが、俺には親がいない。だからこそ……話せる内に、話したいことを伝えておいた方がいい」
「…………うん。ありがとう」
タクシーに乗り込み扉を閉める直前、紫陽花は、御形を見て笑いながら言った。
「──またね、
「────。お、おじ……」
ピシリと固まる御形を余所に、紫陽花はタクシーで去って行く。覆うように四角の絆創膏を貼った頬を指で掻き、口角を緩めた。
家に戻り、砕けた模造刀を纏めた袋を捨てた御形は、ふと気になったことを一心に問う。
「──時に、お祖父様」
「なんじゃ」
「何故今になって俺のことを『古木』ではなく『御形』と呼んだのですか」
「アレが
「……嗚呼、成る程。あの子が古木家の──、道理で顔付きが母に似ている訳だ」
紫陽花の顔を思い返して、小さく微笑を浮かべ、頬の切り傷の痛みに表情を歪める。
「っ、顔に傷……椎子にどやされるな」
「椎子──ああ、あの子か。ここのところ顔を見ないが、なんじゃもう来ないのか」
「学者志望なので勉強漬けなだけですよ」
身内にえらく気に入られているな──と思案して、ああそうだ、と続ける。
「紫陽花に『おじさん』と呼ばれたのですが、俺の顔はそんなに老けて見えるのですか」
「…………さて、どうだかな」
「お祖父様」
「ううむ……昨日の飯はなんだったか」
「何故ボケたふりをするのですかお祖父様。お祖父様、お祖父様?」
カッカッカッ──そう笑いながら、一心は自室へとつかつか歩き去った。
否定も肯定もしない一心を見送った御形が、幼馴染に同じ質問をして同じように否定も肯定もされなかったのは、また別の話。
「紫陽花、もう二度とこんなことはしちゃ駄目だからね? 心配したのだから」
「申し訳ない。もうやらん」
駅前で合流した母と共に電車に乗り込んだ紫陽花は、ぼんやりと窓の外を見る。
「母上、儂はばーちゃんを好かん。自分のやりたかったことをさせられても、儂には出来ん」
「ええ、そうね」
「……此処が良い。儂は此処で剣を振りたい。高校も此処で通いたい」
「こっちと言うと……確か巡ヶ丘だったわね。紫陽花は、それで良いの?」
「うむ」
そう断言する紫陽花の顔は、見たこともないほどに生き生きとしていて──母親は自分達が、どれだけ抑圧させてきたのかを理解する。
「それと、叔父にも会ったぞ。儂らの血が半分
「……あらあら」
──こんなにも楽しそうに話す姿を見ていると、本当に、酷い親だと、そう思わずにはいられない。紫陽花の体温が低い故の冷めた表情は、興奮から火照ったように朱に染まっていた。
隣に座る紫陽花をそっと抱き寄せると、母親は、静かに語り掛けるように言う。
「中学を卒業したら、ここに来ましょう。ごめんなさい、紫陽花。私はずっと、貴女に我慢ばかりさせてきたわね。恨んでいるでしょう、怨めしいでしょう。決して許してとは言わない」
けれど、と続けて口を開く。
「これからの貴女を、幸せにしてみせる。帰ったらお父さんにも相談しましょうね」
「──ああ、嗚呼。分かっておる。それに母上、儂はそもそも貴女を恨んでなどおらん。けれども──あえて言葉にするのなら」
紫陽花は抱き締め返して、きっと初めて見せる笑顔を向けて、静かに言った。
「儂は既に幸せ者じゃ。ありがとう────」
◆
「────母上」
父だったモノを喰い漁る母だったナニカを、日がな一日ずっと見ている。
「……母上」
やがて紫陽花は、包丁を手に取った。
「──母上」
──血の海に、両親が沈む。
「母上」
母を手に掛けた自分の行いは正義だったのだろう。自分の行いは間違いではないのだろう。
──そう思いたい。だって、そうでないと自分の
──だから、紫陽花は感情に蓋をして、悪を断じる仮面を被った。
剣術を学んだ楽しさも、叔父と祖父の優しさも、思い出すのは辛いから。
「………………おかあさん」
行き場の無い憤りは、やがて町を屯する盗人へと向き、間違っていると分かっていながら────刀を振るう決意をする。
ぎゅう、と刀を握るその手は、いつまでも、赤黒く染まっていた。
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