【完結】がっこうぐらし!RTA/卒業生チャート+α 作:兼六園
「──という訳で、卒業生の大上さんです」
「どういうわけで?」
戻ってきた慈と紫陽花の後ろに追従してきた男が、空き教室に招かれる。すっかり暗くなった外を一瞥して視線を戻したくるみたちが、疑問符を浮かべて返した。
「えっ、いや、マジで誰だよ」
「ご紹介に預かりました、大上……御形と申します。一応はここの卒業生なので、証拠の当時の生徒手帳がこちらに」
「はあ……それはまあ、ご丁寧に」
名刺でも渡すような動きに、くるみもまた畏まりながら生徒手帳を受けとる。仏頂面の顔写真は、眼前の御形と同じ顔をしていた。
「それで、御形……さんは、何でここに?」
「大学から実家に一度戻ったらこの二人が上がり込んでいて、一悶着あってな」
「なんで???」
「夕暮れの薄暗い部屋に他人が居たら、盗人と勘違いするのも仕方あるまい」
「あー……なるほど」
横目でちらりと、
手帳を返して、それからくるみはしれっと代表として会話担当を押し付けられていることに気づき小さくため息をついた。
「もう夜だけど、まさか今から帰るのか?」
「家がここから近い。朝まで待機して、それから改めて大学に戻るつもりだ」
「さいで」
悪い人ではない。が、男を招き入れるにはいささか抵抗がある。御形もそれを察したのだろう、僅かな罪悪感を胸に、話題を切り替えた。
「紫陽花とはどんな関係なんだ?」
「俺の母が紫陽花の家──古木家の出身でな。一応は血の繋がりがある。
便宜上姪として扱ってはいるが、厳密には母の妹の娘の娘だ、ややこしいだろう?」
「……うーん、すげーな」
「──ほら、紫陽花」
慈の背後に隠れていた紫陽花に手招きをすると、近寄ってきた彼女の頭に手を置く。
「お前も、大変だったようだな」
「…………おじさんこそ」
「俺は──そうでもないな。大学では知り合い数人と一緒に籠城している。と言っても、あちらはあちらで厄介なことになっているがな」
「…………どうして?」
一瞬、御形は言うべきかと悩み、それから言葉を選ぶようにゆっくりと語り始める。
「手荒な手段を取ってでも生き残ろうとする連中と、追い出され、或いは自ら手を切った連中とで、二つの派閥が出来ているんだ」
「…………手荒、な?」
「ああ。俺は後者の連中と大学の一角で暮らしている。人と人との醜い争いが、生存競争があった。……そういう意味では、ある意味、お前たちは運が良かったな」
「は──ぞっとしないな……」
「……あ、あの、大上さん」
おずおずと声を掛ける慈が、その手に冊子を抱えていた。緊急避難マニュアルと書かれているそれを御形に見せると、更に続ける。
「そちらの大学に、こういった物が置かれていませんでしたか?」
「それは?」
「……読んでみてください」
マニュアルを渡された御形はそれをパラパラと捲る。内容を理解して眉間に皺を寄せると、片手を口に手を当てて文字通り絶句した。
「これは、いや──なるほど。道理で発電機と浄水装置なんてあるわけだ。佐倉先生、この設備は、
「──!!」
「……ここの電気が生きているなら、この冊子を複製してもらえませんか」
「……あ、コピーですね」
「はい。大学で生き延びている俺の幼馴染が、この手の知識に精通しているので。これを読ませれば専門的な意見を貰えるかと」
マニュアルを返し、御形はそう言う。頷いた慈は、早速と職員室へと向かった。
「すぐ、戻りますね!」
「あっ、私も行くー」
慈とゆきが教室を出て、その場にはくるみと紫陽花、悠里、美紀と圭、そして御形が残った。気まずそうな雰囲気が残り、御形に助け船を出すようにくるみが口を開く。
「なあ、御形さんも……刀で戦うのか? なんか、凄いよな。カッコいいし」
「『やつら』を斬る以外ではそう滅多に抜かないがな。手入れを怠ると刃毀れしやすくなるし、最悪の場合折れかねない」
「…………ん、おじさんが家に帰ってきてたのも、手入れ用の道具を取りに来たから」
へぇ~、と言って、紫陽花の物とは違う刀をまじまじと観察する。好奇心からかどことなくウズウズしているくるみに、御形が言った。
「持ってみるか」
「えっ……い、良いの?」
「気になるのだろう、それに刀の振り方は、お前の
傍らに立て掛けられていたシャベルにちらりと目線を向けて、それから紫陽花に預けていた自身の刀を受け取ってくるみに持たせる。
そう言えば、と口を開き、ふと気になったことを美紀が問い掛けた。
「どうして紫陽花さんに自分の刀を?」
「佐倉先生から、ここに居るのは女性だけと聞いていた。紫陽花の知り合いだからと言っても、武器を持った男は恐ろしいだろう」
「……ああ、だから紫陽花ちゃんに預けていたんですね。すみません、配慮してもらってしまったみたいで……」
美紀に続けて言った悠里に、気にするなと片手を振る。改めて刀の鞘を掴むくるみに、持ち方や構え方を教えて行く。
「おお……結構ズシッと来るな」
「……そう、腰の横に構えて、鍔を親指で押すんだ。ぐっと力をいれないと、きちんと鞘から抜けないから気を付けろ」
言われた通りにしたくるみは、カチッと音を立てて刀を鞘から押し出す。感心したような歓喜の声を見せ、刀身を僅かに外へ出した。
「──ああ、そうだ。時に紫陽花、お前……こんなことを言っていたな」
「…………?」
ふと。御形はそう呟いて、横に立つ紫陽花へと語り掛ける。お面を頭に、刀を腰に携えた紫陽花は──ちり、と、嫌な予感を覚えた。
「──人を殺した自分は、死ぬべきだと」
「────ッ!!」
「えっ」
御形はくるみが鯉口を切った刀の柄を握り、しゅるりと抜き放ちながら突如として紫陽花に斬りかかった。下から上に掬うように放たれた一閃を、紫陽花は横に体をずらして避ける。
「……っ、おい、御形さん!?」
「どうした。何故避けた?」
「…………っ……ふっ、ふっ……」
紫陽花は短く浅く呼吸を繰り返し、頬に冷や汗を垂らして腰の刀に手を添えた。
御形は逆手に掴んでいた刀を順手に握り直し、切っ先を紫陽花へ向けて更に語る。
「お前は自分は死ぬべきだと語ったな。だったら何故、今の一撃を避けた?」
「…………おじ、さん」
「──刀を抜け。剣士として死なせてやる」
「だから待てって、御形さん! 紫陽花!」
「…………くるみ殿」
「──!」
中身を抜かれた鞘だけを握り、背後の壁のシャベルに手を伸ばしながら、くるみは二人に叫ぶ。しかし遮るように紫陽花が言った。
「…………手を出すな」
滑らかな動きで腰の刀──血狂を抜き、上段に持ち上げ霞の構えを取る。そして腰を屈めて足に力を入れ、床を踏み砕きながら肉薄。
右から左への袈裟斬りを弾き、返す刀で放たれた逆袈裟をも弾く。焦る紫陽花は、一旦下がり、直後に再度接近して突きを放つ。
「…………っ!!」
「動きが単調だ。もっと緩急をつけろ」
しかし、真っ直ぐ放たれた突きを避けた御形に刀身の峰に足を置かれて動きを止められる。
「っ、シィッ──!」
「その膂力にその刀──妖刀の類いか」
無理やり置かれた足をはね除けて、紫陽花は更に血狂を振り上げる。御形の刀とぶつかり、火花が散って、窓側と廊下側の端に下がって動けないくるみたちは静観に徹している。
何もしないのではない。何も出来ないが正しい。剣の腕を磨く者同士の衝突は、町を荒らす悪人や生ける屍とも違う威圧感を放っていた。
「────ぁあァ!!」
「刀を、力任せに、振るな……!」
「ぁ、ぐぉっ」
カリカリカリッと刀身が擦れ合い、不快な金属音を奏でる。そしてわざと脱力して紫陽花の勢いを利用すると、つんのめる彼女の襟首を掴んで御形は容赦なく黒板まで投げつけた。
「──ぐ、ごほっ……ぉえ」
「……紫陽花。
肺から空気が抜けてえずく紫陽花に、おもむろに問い掛ける御形。疑問符を浮かべた圭が隣で大人しくしていた美紀に問う。
「……って何? 美紀」
「殺人刀は、要するに人を殺す剣のこと。活人剣は……その、人を殺す剣を、人を生かすために振るうこと……って言えばいいのかな」
「解説どうも」
──それで、と言葉を続けて、御形は紫陽花に刀を構えながら問い掛ける。
「お前は人を殺したのだろう。それは何の為だ? お前はそもそも……何の為に
「…………それ、は……」
教卓に体重を預けて立ち上がる紫陽花は答えを喉に詰まらせる。紫陽花が剣を握ったのは、母を手に掛けた罪悪感を誤魔化すため。それが悪人退治という大義名分になり、
罪悪感があって、正義感があって、被害者であり加害者で、それらが全てぐちゃぐちゃに混ざって──どうすれば良いのか分からなくなって。そうして、紫陽花は『死』に逃げたのだ。
「紫陽花、お前の剣は人を殺したが、しかし彼女たちを守った。生かした。どうしてその結果に目を向けないんだ」
「…………黙れ」
「死は救いではない。ただ終わるだけだ。そして、彼女たちを傷付ける」
「────黙れッ!!」
紫陽花は叫び、ガンッと教卓を蹴り飛ばす。
血狂がもたらす怪力により簡単に宙を舞う教卓を見て、それから周りを一瞥した御形は、舌を打ってから
「儂は母を殺した! 人を斬った! 結果的にこやつらを助けられたのだとしても、それが人を殺した罪を清算する事にはならん!
他ならぬ儂が自分は死ぬべきだと思うことの──何が悪いッ!!」
教卓を真っ二つに切り裂いて、その隙に接近した紫陽花は御形の刀と血狂をぶつけて鍔迫り合いに持ち込む。その体勢から血狂を弾いた御形は、叩き付けられる刀身に刃を折られないようになんとか受け流し、その慟哭をただ清聴する。
「……儂はもう、疲れたのだ」
「──お前の言いたいことはわかった」
ボロボロと涙を流しながら、峰に額を叩き付ける勢いで御形に斬りかかる紫陽花。
彼女は更に弾かれた血狂が手元から落ちて床を転がる様子を見送ると、御形に脇腹を蹴り飛ばされて血狂とは逆方向に床を転がった。
「お前は死にたいんじゃない、罰を受けたいだけだ。『紫陽花の行いは許されることじゃないが、死んだのなら仕方がない。もう終わったことだ、許してあげよう』と言われたいだけだ」
「それ、は──」
──そんなわけがない、と否定することが出来なかった。紫陽花は、御形のその言葉をストンと受け入れる事が出来た。図星だからだ。
「……じゃあ、終わりにするか」
尻餅をついて座り込む紫陽花の体からは、抵抗する力がするりと抜け落ちていた。
眼前に立って刀を最上段に構えた御形の纏う気配が強くなり、素人目で見ても、そのまま紫陽花を先程の教卓のように真っ二つにするつもりなのだと察することが出来る。
「大上さん、コピー終わりまし、た……」
そこにちょうど冊子のコピーを終えた慈とゆきが戻ってきて、荒れた光景に絶句した。そして、刀が、紫陽花に振り下ろされ────
「紫陽花さん!!」
「…………っ」
慈の叫びが耳を貫き、半ば無意識に、咄嗟に両腕で頭を防御した。そんな紫陽花の頭上スレスレで、振り下ろされた刀が止められる。
「…………ぅ、あ、ぇ……?」
「──
刀の圧力からぶわりと空気が乱れ、教室の埃が舞う。刀を下げてくるみに歩み寄り、呆然とする彼女から鞘を取り返して納めると、納めたままの切っ先で紫陽花の頭を小突くと言った。
「おじさ、えっ、どう……して……」
「……土壇場にこそ、人の本性が出る。お前は確かに罰を受けたくて、その方法に自分が死ぬことを選んだ。しかし、それでも──」
隣に屈んで、頭の上に伸ばされた両腕のうち片方の手を取ると、御形は尚も続ける。
「──それでもお前は死にたくなかった。だからそうして防御しようとした。それがお前の本音なんだよ、紫陽花」
「…………儂は、だって……!」
「根本的な話として、そもそも、俺が可愛い姪を斬るわけが無いだろう?」
──いや本気だっただろ、とくるみが指摘しなかったのは、場の雰囲気を尊重してのこと。せめてもの抗議のつもりでしかめっ面をするくるみや美紀は、紫陽花を妹のように可愛がっている悠里のとてつもない顔を見てぎょっとしていた。
「えっ、あの、な……なにが……?」
「……後で話すからちょっと静かに」
「……えっ……えぇ……?」
困惑する慈に、美紀が唇に指を当ててジェスチャーする。視界の端でそんな事をしているのを余所に、御形は紫陽花の頭に手を置く。
「──両親が居なくて、お祖父様まで逝ってしまった俺が、どうしてお前を殺さなくてはならない。なあ……死ぬなよ、紫陽花」
「…………おじさん」
「俺にまた、大事な家族の死を受け入れろと言うのか? 頼むから、勘弁してくれ」
「…………ぁ」
緩んだ涙腺が、再び涙を流させる。紫陽花は自分の死が人を傷付ける事の意味を悟り、屈んだ御形に飛び付くようにしがみついた。
「────ごめんなさい。ごめん、なさい……儂は……酷い選択を……っ」
「……生きろ、紫陽花。どうせ死ぬのなら、せめて俺より長生きしてくれ」
「…………うん……」
嗚咽を漏らす紫陽花の背中をさすりながらそう言って、御形は彼女に胸を貸す。
「大上さん、紫陽花さん……」
「ああ、佐倉先生」
「大上さん……私は、今、流石に本気で怒っているのですが……?」
「……はい」
「いえ、はいではなくて」
紫陽花が泣き止むのを待つ御形と彼女の二人に待ち受けているのが、笑顔のまま行われる慈の説教だったことは言うまでもない。
「──良かったのか、俺をここに泊めて」
「とんでもねぇ荒療治だったことには目を瞑るとして、紫陽花を救ってくれたんだ。もう誰もあんたが悪人とは疑ってないよ」
くるみは、それに、と続ける。
「御形さん、さっき教卓を斬ったとき、あたしらにぶつからないか気にしてたろ」
「……はて、そうだったか」
生徒会室の椅子に座る御形は、30分以上続いた説教を正座で聞いていたせいで痺れた足を揉んでいた。紫陽花は泣きつかれたのと、同じく足の痺れが祟って、一足先に眠っている。
出されたコーヒーを啜りながら、御形はコピーされてホッチキスで纏められた冊子の複製を片手間に眺めている。向かいに座るくるみが、疲れたように重く息を吐いた。
「……あーでも、りーさんには気を付けた方が良いぞ~。あの人紫陽花にお熱だから、さっきの行動で大分キレてると思うし」
「りー……あの茶髪の少女か。言わんとしていることはわかる、あの子は俺と同じだろうな。恐らく
「……えっ、マジで?」
こくりと頷いて、脳裏に悠里の顔を──紫陽花に執着している暗い瞳を思い出す。
「紫陽花に構うということは、姉か妹か。どちらにせよ、あの子は心が壊れそうなのに見ない振りをしている。酷だろうが……現実を受け入れさせた方がいいだろう」
「……そう、か。わかった、これに関してはあたしらがどうにかするよ」
当然だと言わんばかりに、くるみは悠里の──部員の過去を受け止める覚悟を背負う。
──この子は苦労するだろうな、と確信めいた予感を胸に秘めて、御形も薄く笑う。
「そうしろ。友達なのだろう?」
「そうだな──ああ、そういや、さっき幼馴染が~って言ってたよな。御形さんって、大学ではどんな人たちと暮らしてるんだ?」
「うむ。そうか、知りたいか」
「あっ……これ長くなるやつだ」
「さて……?」
少し考える素振りを見せて、一拍置いてから御形はくるみに向き直りあっけらかんと話す。
「──じゃあ先ずは馴れ初めからだな」
「絶対長くなるやつだろ!!」
──翌日、生徒会室の机に突っ伏して熟睡している二人が発見されたのは別の話。