【完結】がっこうぐらし!RTA/卒業生チャート+α 作:兼六園
「──くるみ、寒くないか」
「いや、そんな寒くねえな。古木さんこそ薄着で寒くないのか?」
「……鍛え方が違うからな」
「あんたの場合本当に違うんだよなぁ」
非常用の最低限の明かりだけが灯った、大学内の道を歩く古木とくるみは、それぞれが手元に冊子とシャベルを握っていた。
腰に刀を吊るしている古木は、勝手知ったる鋪装された道を先行し、その背後からくるみが質問を投げ掛けてくる。
「というか、古木さんの幼馴染の──」
「
「そう、青襲さん。その人生きてんの?」
くるみは根本的な疑問を古木にぶつける。パンデミック発生からたかが半月とはいえ、その半月でほぼ全滅状態の大学校内に、そう都合よく知り合いが生き残っているものなのか……と。
事実として古木を知っている人物は居たが、それはあくまでも偶然。狙った人物が狙った場所に居るかどうかは、わからない。
「生きている」
「へ?」
「でなければ、
「────おぉう」
あっけらかんとそう言って、古木は歩みを進める。えげつないものを見てしまったかのような表情を作るくるみの気配を感じ取ったのか、振り返ると眉を潜めながら続けた。
「……ここに来るためにお前たちを利用した、という意味ではないからな」
「いやまあ、そこを疑った訳じゃないけど」
「そもそも大学に戻るだけなら、街がこうなった最初の日の時点で可能だった」
「でしょうね」
──とどのつまり、自分がいなくても幼馴染は生き残れるはずだと、そう考えていたから古木は巡ヶ丘高校に残ったのだ。
「重てぇ……」
──と、くるみは呟いていた。
──二人の眼前には、聖イシドロス大学校内に立てられた理学棟へと繋がる出入口があった。
「閉まっているな」
「扉も……有刺鉄線あんじゃん」
だが、中に入るための出入口は固く閉ざされ、挙げ句扉の取っ手には開けるなと言わんばかりにロープや有刺鉄線が巻かれている。
「どーすんだこれ。あっそうだ、古木さんの刀でこう、スパッとやれないの?」
「紐と有刺鉄線では斬る場所や適切な角度が違うからな、流石に少し難しい」
「『出来ない』とは言わないんだな……」
呆れと驚愕の混じった表情を浮かべるくるみをよそに、古木はおもむろに扉横のインターホンを押した。電気が生きているからか、ピンポンという気の抜けた音が鳴る。
それから少しの間を空けて、インターホンの奥からくぐもった女性の声が聞こえた。
【……誰】
「俺だ、椎子。遅れて悪かった」
【……チッ。半月もどこをほっつき歩いていたのかしら、重役出勤とはいいご身分ね】
「めっちゃ苛立ってますけど」
「研究が行き詰まったか煙草を切らしているんだろう」
「ぜってぇ違うと思う」
苛立ちを露にした露骨な態度に、くるみと古木は小声で会話を交わす。
インターホンに備わったカメラを通して、女性──青襲 椎子は、皮肉気味に声を出した。
【それで、そちらの彼女さんは誰かしら】
「いえ違います、マジで違います。頼むから戦争に巻き込まないでくれ……!」
【…………?】
「この子はそういう相手じゃない。椎子、単刀直入に言うが、ここから出て来てくれないか」
【……お断りするわ。今になってようやく来たと思ったら、言うに事欠いてそれ?】
「返す言葉もないな」
「もうちょい粘れよ」
大学の生き残りが勝手に危険地帯扱いをして近寄らない空間から出てこい、と言われているのだと考えれば、古木の言い分が如何に身勝手かをくるみは隣で理解していた。
──
「椎子、簡潔に紹介するとこの子は恵飛須沢くるみと言う。そして……この間まで避難していた高校で、『やつら』に噛まれて感染した」
【へえ。それはお気の毒…………、──待って、それは何時の話?】
「一週間以上も前……と言ったらどうする」
カメラ越しにくるみの気まずそうにしている顔を見ながら言葉を返していた椎子は、気づいたのだ。感染したにしては
【一週間以上……つまり感染を克服した? それはまた、どうやって……】
「その方法も含め、この感染の内容についてがここに載っている」
【──! なるほど、読みたかったらここから出てこい、ということね】
ぴらっ、と冊子をカメラの前に持って来ながら古木は言う。椎子もまた、画面に写る『緊急避難マニュアル』という文字列に事の重大さと、古木の言いたいことを悟る。
──安全地帯から出なければ研究は進まないらしい。と他人事のように内心で独りごちる椎子は、理学棟から出るメリットと出た後のデメリットを天秤に掛け、ふと思い至った。
【御形なら私を守れる。何を疑っているんだか】
「……? それで、返事はどうだ」
【──わかった、準備をするから待ってて。それとドアのロープなんかを外しておいて】
「──そうか」
「うわすっげぇ嬉しそう」
古木の声は低いが、そこに含まれた感情の大きさを察してかくるみが苦笑を浮かべる。
──有刺鉄線で手を切らないようにと気を付けながら外した数分後、ガチャリと音を立てて、理学棟の扉が開かれる。
「……外に出たのはいつぶりかしら」
中から出て来たのは、青みがかった灰色の髪を腰まで伸ばし、赤いニットのセーターと青いジーンズを着込み、その上に白衣を羽織った女性だった。肩には荷物を詰めた大きなボストンバッグが提げられ、口に煙草が咥えられている。
「久しぶりだな、椎子」
「そうね。……で、あなたが例の」
「……うっ……は、はい」
「身構えないで、なにも解剖しようっていうんじゃないの。少し検査を──」
「椎子」
ずい、と顔を近づけてくるみの瞳を覗き込もうとする椎子を見て、古木が口を開く。
「──まあ、検査と冊子の読み込みは明日にしましょうか。あの武闘派とかいう面倒な連中に見つかると不味いでしょう?」
「武闘……あの小僧共か。話の通じなさそうな辺りは
「『かれら』に加えてあいつらが居るから出たくなかったのよ。知識を提供する代わりに、ちゃんと私を守ってちょうだい」
「無論だ」
軽口を叩き合う二人を見ながら、くるみは居心地の悪さを覚えて咳払いをする。
「……そろそろ部屋に戻んないっすか」
「そうだな。……ところで、その大荷物は何が入っているんだ?」
「着替えとノートPCと資料と……あとは、御形の私服よ」
「──? 何故俺の服を……?」
「逆に聞きたいのだけれど、まさかその
信じられないものを見るかのような顔で、椎子は呆れながら古木に言う。
刀を振るう為のモノではない服装でも戦えていたからこそ、古木自身はあまり気にしていなかったが、言われてみれば確かにと思案する。
「古木さんの私服ってどんな感じなんだ?」
「……御形の服は大体が小袖と袴と羽織よ」
「武士か?」
「武家の末裔だとは聞いているんじゃない?」
「……武士だな」
──悪いか、とは、古木も口にはしなかった。在学当時は周りから奇異の目を向けられないようにとスーツを私服にしていたが、本来の私服は『
「……つっても、和服って余計に動きにくくなりそうなイメージなんだけど」
「きっちり着込んだ上でパルクールをやれるようなおかしいのが御形なのよ」
「はえ~」
「話し込んでいるところ悪いが、着いたぞ」
自分を話題に出されている会話にむず痒さを感じつつ、誤魔化すように古木は二人に伝える。
「おっと。そんじゃあ、あたしも部屋に戻らないとな。ずっと帰ってこないと怒られる」
くるみはそう言いながら、着ていた古木のコートを脱いで畳むと本人に返す。それから、思い付いた疑問を椎子と古木に問う。
「青襲さん、どこで寝るんだ?」
「……? 御形の部屋でいいわよ」
「そうだな。下手に空き部屋を使ったら、泥棒かと疑われるかもしれない。椎子の紹介は明日に回すことになるだろうからな」
「へぇ~~~~~…………」
相部屋になることを全く疑問に思っていないどころか、抵抗すら一切ない二人が部屋へと消えて行く光景を見送ったくるみは、目頭を押さえるように指を当てると──
「…………寝るか!」
──思考を停止させて、高校組が雑魚寝しているだろう丈槍ゆきの部屋に入るのだった。
──予備の布団を部屋に敷いている古木を尻目に、バッグを床に置いて、その上に畳んだ白衣を被せると、椎子は呟く。
「……あの制服、巡ヶ丘のモノね」
「ああ。俺たちの母校に避難していた子だ、他にも何人か居るし、教師も一人居る」
「そう」
椎子は古木が敷いた布団の上に座り、渡された掛け布団を受け取る。
その横に敷かれた布団に寝そべる古木は、まぶたを閉じる直前、椎子を見て言った。
「──無事でよかった」
「……ええ。それと以前、お爺様の葬式に行けなくてごめんなさい」
「気にするな。受験勉強には代えられない」
ふっと口角を緩めた古木に、椎子もようやくと仏頂面を崩す。部屋の電気が消え、古木に習って同じように寝転がる彼女は、無意識のうちに体を古木に近付けていた。
──翌朝、目が覚めた古木は、自分の頭を掻き抱きながら穏やかな寝息を立てている椎子の寝相に小さく文句を言っていた。
「……猫のような寝相は治ってないのか」
次→11月25日00時00分(予定)