食道楽の『黄の節制』   作:ケツ*

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マイク・タイソン以上に俺って幸運だと思わんかい~!?

 世は正にグルメ時代。ありとあらゆる食材が高値で取引され、普通の人間では現代兵器を持ってすら太刀打ちできない未知の食材を捕獲・採取することを生業とする探検家兼ハンター。人はそれを美食屋と呼んだ。

 

 未開の湿原。紫色のアメジストのような殻を持つ新種のザリガニが沸騰した鍋の中から取り出された。成人男性の腕程の大きさのザリガニが茹って皿の上に乗せられる。殻は強靭かつ硬質。それが男の手の内でバキバキと簡単に解体されてゆく。頭と身の間に指を入れて引き千切り、身の部分を覆う殻を両手で剥く。

 

 身も殻と同じで紫がかっており、少し毒々しい。新種故に毒性の有無はまだ分からないのだ。内側にはこれまた同色の卵が抱え込まれていた。雌で産卵期だったのだろう。

 

 頭の方はたっぷりの味噌を蓄えている。こちらはテラテラとバターを溶かしたような黄金色で食欲をそそらせる。体の半分はありそうな爪先の肉は茹でたにも関わらずプリプリと身を弾けさせており、甲殻類の匂いは口の中で涎を分泌させた。

 

 淡水域であろうと生で魚介類を食べる習慣は今までラバーソウルにはなかったことだが、この世界では一般的な食し方の一つであることはもう理解し慣れている。それでも新種のザリガニは毒性も考えて火を通した。

 

 

 さっそく手掴みで実食を開始する。

 

 

「ん?」

 

 

「お?」

 

 

「ン、ンンン?」

 

 

「どうしたよラバーソウル(ラバソ)? まさか毒でもあったんじゃ……」

 

 

「……ぉれ」

 

 

「――吐き出せっ!」

 

 

「なんだこれッ!? ンマイなぁぁあぁぁーーッ!」

 

 

「美味いのかよっ!」

 

 

 隣でカラフルに輝く長髪を乱しながら突っ込むサニーを無視しながらラバーソウルの手は止まらない。旨味が歯でプリプリの表皮を破る度にエキスとなって弾け出る。予想していた泥臭さは一切ない。

 

 今度は爪先へ指を突っ込んで身を穿り出す。身とはまた違った味わい。味が濃い。カニを貪る時のように無心であっという間に全て食べつくしてしまう。ここで空となった爪先に白く濁ったエキスが溜まっていたことを知る。口の周りがエキスで汚れるなんて些細なことは厭わず、天に掲げて最後の一滴まで飲みつくした。体内へ循環する天上の雫が愛おしい。レロレロと殻の内部に残っていないかチュパチュパと下品な音を立てながら舌で啜る。中を啜り尽くしたところで指先についた汁を赤ん坊のように吸うことで足りない気持ちを満たそうとした。

 

「うまっ、うまっ」

 

 

 口から意図しないまま単純な感想が溢れた。脳を通さずに体中が歓喜の言葉を口から放出しているかのようだった。

 

 人心地ついたところでお楽しみの時間の始まりだ。

 

 味噌。カニやエビの味噌の美味さといったらもはや約束されている。酸味、旨味、僅かな苦みが調和して極上のソースを作り出すのだ。そしてそのソースはある目的の為に追求されて作られている。そのもの自身の身と合わせる為だけに。

 

 最初に残しておいた身の尻尾部分を掴んで黄金色のソースにたっぷりと染み込ませる。薄紫色の身が黄金でコーティングされ芸術的な美しさを、そして格別な美味さをアピールしている。

 

美しい(つくしぃ)

 

 

 味噌が舌の上で味蕾を刺激させる。しっとりと舌全体に薄いベールを纏わせるかのようにバターのような甘味と油分が広がる。続いて酸味が身の歯ざわりと共にやって来て、弾ける。溢れるエキスが口内に広まると、濃厚な味わいの中に混じる微かな味噌の苦みがそれを一まとめに包んで食道へと流し込むのだ。調和。万事が全て順調に進んでいるような全能感がラバーソウルを高揚させた。

 

 口の中で液状になるまでヂュブヂュルと歯ですり潰し嚥下すると気分はもはや最高だった。

 

 捕獲した十匹全てを完食するころには勢いよく貪ったせいで顔の周りはエキスや味噌で汚れて、掌も殻の欠片がくっつき、裾や服にも味噌が飛び散っている。

 

お前()は食い方が絶望的に(つく)しくねぇ! 食い物を無駄にすんな!」

 

「おれがどのように食おうと勝手だろうがッてめぇー! それにちっとも無駄にしてやしないぜぇ」

 

 ラバーソウルの体から黄色の粘液状の物質(スライム)が溢れ出る。それは意思を持ってラバーソウルの体を包み、再びスライムから本体が顔を出してきた時には、顔や服の汚れはおろか地面に落ちていた殻の欠片までもが全てスライムによって吸収されていた。

 

黄の節制(イエロー・テンパランス)

 

 ラバーソウルのスタンド能力であるスライムは本体を包み込み防御するだけでなく、スライムの見た目を変えることで別人に変装することも出来る上に触れるスタンドや生物に浸食して取り込むことで攻撃する恐ろしい能力だ。

 

 そんな強能力もこの世界で通じる相手はそう多くなかった。圧倒的な巨体で『黄の節制(イエロー・テンパランス)』が浸食する前に身を纏うスライムを引きはがされたり、逆にエネルギーを吸いつくされたりと散々だった。

 

 死にかけていたところを四天王のサニーに助けられて数年。承太郎に負けて、次々と負けを経験することでさすがのラバーソウルも前ほどの自信家ではなくなった。何よりこの世界の美味すぎる食材と料理に惹かれて美食家への道を目指したのだ。

 

 前の世界で食べて一番美味かった物がこの世界での残飯にすら劣るという事実。大体の例として強い生物ほど美味いという法則がラバーソウルに更なる強さを求めさせた。金は欲しいし、女からはチヤホヤされたい。

 

 サニーにも僅かながら感謝はしている。ラバーソウル本体のハンサム顔からは遠く及ばないが、サニーも一般的には美形というレベルだろう。美容にも気をつかっているらしく、更なるハンサムを目指すラバーソウルにとってもそういった食材には興味があり時折情報交換はしていた。

 

 ザリガニや虫料理が好きなラバーソウルにとって今回の食材はまさに願い通りの代物だったのだ。

 

 

「にしてもんめぇなコレ。(つく)しいし()のフルコースに入れるか悩む味だ」

 

 

「んま。んま」

 

 

「一人で食ってんじゃねえぞてめぇ。池のザリガニ全部食いつくす気か!?」

 

 

 ザリガニを茹でた汁も見過ごせない。あれには殻からとれた旨味成分と身からの旨味成分に満ちている。ここでは一般的な汁物である味噌スープを今回は試してみることにする。それが憎き承太郎の生まれた地である日本料理と同等のものだということをラバーソウルは知らない。恐らく知っていたとしても料理自体の美味さに関係はないと今のラバーソウルなら断じるだろう。

 

 

 身に着けていた肩下げのカバンから調味料セットを取り出す。味噌の殿堂『味噌殿楽(みそでんがく)』社の八千丁味噌をお玉に一掬い。それを溶かす前にサニーに止められる。

 

「ああんッ!? 殺されてェーーのかてめェーーはッ!?」

 

「この『乾燥和歌わかめ』の素を入れたらチョー美味くね?」

 

 サニーの触覚が何処かから取り出した『乾燥和歌わかめ』の素の袋を開けて温め始めたスープに注ぎ込まれる。急速に水分を含んで何倍にも体積を増やすわかめ。潮の香りと和歌わかめの特徴である和歌。五・七・五・七・七の音で形成される詩らしき調べがラバーソウルの耳にも届いた。正直何を言っているかはさっぱり理解できないが、美味そうになったのは確かだった。サニーの勝手な行為もそれで黙認した。

 

 沸かして味噌の香りが飛ばないように火の温度には注意をしながら、味噌を菜箸で混ぜて溶かすと発酵食品特有の芳醇な香りが自慢のハンサム顔をクシャッと崩させる。

 

 好い加減で火を止めてカップにお玉で味噌スープを注いだ。スプーンではなくもうこの世界に広く流通している箸を扱うのにも随分と慣れて来た。サニーは握り箸は止めろと注意するが、これで問題なく食べることが出来ているので気にしない。

 

 

 ズズゥッ

 

 

 下品とされる音を立てて啜る所作は何故か誰にも注意されることはなかった。

 

 

 ズッズズズゥ

 

 

 ……沁みる。健全で充実していたはずの五体の動作は勘違いだった。証拠に体はもっと足りないとばかりに啜るペースは揺らがない。沁みるということはそれまでが不完全だったということだ。錆びて動作不良だった機械に潤滑油を注した時のように栄養が体中に行き渡る。どちらも味の主張が強く、上手く調和させなければ酷い喧嘩になっていたところだが殻の出汁と八千丁味噌とが奇跡的に噛み合っている。和歌わかめもくたっとしたところとシャキシャキした食感のところとの不均衡さが飽きさせない。

 

 

 ズズッシャクッズーーッ、シャクモク

 

 

 少しばかり口内に残っていたザリガニの味噌がすっきりと爽やかに洗い流される。

 

 

 

「ふ~~~っ」

 

 

 肉体的にも精神的にも満たされる。きっと今のラバーソウルなら承太郎が今目の前に現れたとしても、顔面を殴りきるだけで済ますだろう。

 

 

「……夕食は何にすっかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにラバーソウルはスタンド能力のイエロ-テンパランス経由でグルメ細胞を摂取しています

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