あるキャンパー   作:Flak40 L61

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本栖湖の畔

 GWも終わり、人が疎らになって静けさを取り戻したある昼下がりの事。長い長い上り坂をキャンプ道具を括り付けた自転車で、息を切らして登る一人の少女の姿があった。

 少女は上り坂の終端の薄暗いトンネルを抜け、開けた視界に捉えた富士山に感嘆の声を上げる。

 そして、直近にあるT字路を右折し、その先にある自分がキャンプという道に入った切っ掛けを作ってくれた場所へ足を進める。が、寝息を立てて眠る男の存在に気が付いた。

 キャンプチェアにどかっと座り、足を組んで、寝息を立てているが余りに首が苦しそうだった。

 少女は親切心で立ち寄り声を掛けようとした時、それが誰だか気が付いたのだ。

 

 △▲△▲△▲△

 

  本栖湖の畔

 

 ▲△▲△▲△▲

 

 駆けろ相棒!!と馬の手綱を握り締め、重装弓騎兵*1が如く、浪漫の軍馬を駆けらせる。

 その鉄の心臓は、ガララララ……と独特の音を打ち鳴らし。登攀であるにも関わらず、疲れ知らずだと主張せんとばかりに余裕の音を轟かせる。

 長いワインディングロードを登り、トンネルを抜けると目の前に富士の山が見えて来た。

 やったぜ。と心の内にガッツポーズを決めながら、直近のT字路を右折しその小綺麗なトイレの駐車場に軍馬を停めて、バキバキになった体を解して、用を足す。

 

 「今日はよう見えるな」

 

 独白しながら、軍馬の元に戻りながら腕時計を見る。

 が、時間的にも余裕が有るし、ここには己しか居ない様なので、軍馬の傍らで椅子広げて暫く寛ごうかと考え。それが、途轍もなく甘美な案だと思い至る。

 

 「こりゃたまらんのぅ」

 

 そんな言葉を呟きながら全身の神経を解してゆく。

 暖かな春の日差しの温もりに、鶯の啼く声、雑多な鳥達の囀りに、風が草葉を撫でる音……上げれば切りが無いフィーリングサウンドが余りに心地良く、このまま融けて風に流されてゆきたい……そんな欲望を懐きたくなる。

 その玉響の後、意識はいつの間にか遠退いて、あぁ、もうダメだと、手に掴んでいた玉が、スルリと指の合間を抜けて落ちるが如く、意識はコトリと落下した。

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 長い長い坂を自転車で登るには、重力に打ち勝たねばならない。脚に力を込めてペダルを右左右左と回すが、漕げば漕ぐ程疲労感が蓄積する。しかし、わたしは確かに進んでいるという楽しさや、その疲れでさえ心地よかったりするのだが。何より、その先でリンちゃん達とキャンプという、ご褒美が待ってるのだから頑張れる。

 そんなこんなで、長い長い本栖みちを登り、トンネルを抜けると本栖湖の目の前に躍り出た。

 綺麗に晴れた、群青の空やお陽様の輝き。そして、遠くに聳え立った富士山が、わたしの疲労感を吹き飛ばして、嬉しさに取り替えてくれる。

 

 「ふぉぉぉ……」

 

 本栖湖のキャンプ場に続く道のカーブにて写真を撮って、みんなが居るグループにあげる。みんな忙しいのか移動中なのか、反応はすぐには付かない。だけどその内付くだろうと思うと嬉しかった。

 

 「およ?」

 

 キャンプ場の管理棟に向かう道中の。トイレにて不思議な雰囲気のバイクが一台停まっていた。濃い緑色をして尚且それがつや消しで、荷物が一杯積んであって如何にも重たそうな……

 どうにもこうにも気になって見に近づくと。その隣で綿製の年季の入ったカーキ色のジャンバーに、これもまた年季入った緑色のカーゴパンツを履いた全身緑で決めた男の人が、キャンプチェアに腕を組んで座ったまま眠っていた。しゃがんで顔を見上げた瞬間、その人が知ってる人だと分かった。

 

 「あ、恭介さんだ」

 

 でも、なんでこんな所で寝ているのだろう?そんな疑問を懐きながらも、本人を観察してみる。

 首が余りに下を向いているせいか、聞こえるのは苦しそうな呼吸音だ。しかし、彼はそんな事はないと言わんばかりに気持ち良さそうに眠っている。

 

 「うぅぅぅん」

 

 と唸ったと思ったら、今度は首が仰向くが、喉が突っ張る程で、さっきよりもとても苦しそうだ。

 

 「寝違えちゃいますよぅ」

 

 親切心で起こそうと思って、肩を優しく叩く。すると恭介は呟いた。

 

 「撫子ぉ……わしゃ、おきとぉ……ど……」

 

 まさか起きてるのか?

 ほっぺた突いたりして確認したものの、起きている様子は無い……只の寝言だ……しかし、なんでわたしの名前が寝言で出てくるのか。不思議でしょうがない。

 

 「もぅ、恭介さんおきてくださいよぅ」

 「んぅ……」

 「むぅ……」

 

 恭介は頑なに目を開かない。

 ならば、ちょっと強引だけどと思いつつも息を吸い込み。

 

「きょうすけさん!!」

 

 大音声を発した刹那。彼は「うおぉぉぉ!!」と慌てて目覚めたのが不運な事に、椅子ごと倒れ後頭部から地面へと向かう。

 

 「あっ」

 

 ゴッ!という鈍い音が響き、辺りに一瞬の沈黙が訪れる。

 

 「いってぇ!!」

 

 彼は頭を抱えてのたうちまわる。その様子にどうしよどうしよとあたふたする。やり過ぎたと反省するにも今はそれどころではない。

 

 「あーいたよー……」

 

 そう呟きながらゆっくり立ち上がる彼の姿を見て、怒られると覚悟を決めて身構えるが降ってきたのは拳でも怒号でもなかった。

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 急に大声で名前を呼びれて飛び起きて、視界一杯に広がった少女の顔に驚いて仰け反ったものだから、バランスを喪い倒れ行く。せめて頭を強打せぬように、顎を引くのが精一杯。固く組んだ腕は直ぐには解けてくれず、真っ当な受け身にもならない。が、何もせず強打する事だけは避けたかった。

 それでも、幾分かの衝撃は背中で受けたものの、それでも頭を打ち痛たみが走る。しかし、お陰で完全に目が醒めた。その点は感謝しよう。

 さて、犯人は誰だ?と痛みのせいで細く絞った瞼の先に、桃色の長く綺麗な髪をポニーテールに纏めた少女が立っていた。半袖のジャケットにデニムのホットパンツと言った出で立ちだ。そして、そして、目の焦点が合致したところで、その少女がなでしこだったと気が付いた。

 どうしよう、どうしようと、おどおどしているので彼女がやったに違いはないが、己もそんな事で感情的に怒るのは論外だとわかっているので怒らないし、完全に不可抗力であろうから、怒る気にすらなれない。

 また再会できた事に一抹の喜びを覚えるも、それを言う前に落ち着かせてやるのが先決だとして立ち上がる。怒られるか、しばかれるのかと思った彼女は頭を抑えて身構えるが、此方としては恐怖心を与えるつもりなんて更々ないし、不本意である事を示したい。

 

 「……大丈夫じゃけぇ、安心しぃさんせ……それにわしゃ怒っとらん」

 

 なでしこはそう言われるとゆっくり頭を守ろうとした腕を解いてこちらの目を申し訳無さそうに見つめる。なんかいい、言葉はないものかと言葉を紡ぐ。

 

 「まぁ……ありゃ強烈な目覚ましじゃった。じゃけど、他人にはせんことど。ええな?」

 

 人を"叱る"と言うのは、感情的に"怒る"のではなく、論理的に諭す事を指す。それも爺様と撫子の受け売りだが、今やものになってる考え方だ。そして、それは正鵠を射ていると常々思う。

 

 「ごめんなさい」

 

 なでしこは深々と頭を下げる。素直で良い子だ。

 

 「素直でよろしい……で、また君に会うとはな」

 「そうですね」

 

 なでしこは普段どおりの表情を取り戻としていた。俺が怒らない事で安心したのであろう。ならば、よかった、よかったと内心思いながら話を進める。

 どうやらなでしこは、今日ここのキャンプ場で友達らと泊まるつもりらしいが、如何せん己も行き先は同じ……故に、今回ばかりは行き先変えるべきな気がしたのだが……

 

 「じゃあ!わたしたちと一緒にキャンプしましょうよ!!」

 

 等と純粋無垢で期待に満ち溢れた瞳で言うものだから。それを断るのは流石に気が引けて、俺が折れる形で落ち着いた。断ろうものなら、己の良心が複雑骨折しそうだったというのもあるが……

 にしても、この娘にひどく気に入られてしまったものだ……と、思う。

 無論、信用できる人に気に入られるのは嫌いじゃないし、寧ろ好ましい事に変わりはない。しかし、相手は妹或いは、子分扱いできて、お互いの信用に於いて多少なりとも粗雑に扱えるアイツ(さやか)とは訳が違う、本当に他人様の娘だ……その点わきまえて気を付けねばなるまい。そして、前回この娘に指摘された事を踏まえて、身の振り方を本気で考えなければならないだろう……誉れあるスカウトとして、或いは大人の男として……

 そう思いながらシートバックを弄り、外郎*2を取り出してなでしこに与えてみた。そんな事をするというのは俺自身も彼女の事をひどく気に入ってしまっているからでもある。それに、次会ったらと、餞別のつもりで持ってきた物もあるが、行き先同じならキャンプ場の中で渡すのが最も良いだろうと思うのだ。

 

 「もちもちしてて、美味しいです!」

 

 満足そうに、旨そうに、微笑みながら、もちゃもちゃと食べるなでしこの姿は、小動物の様な可愛らしさがあり、彼女の持つ魅力が光り輝いていた。自身としてもそれは眼福に他ならなかった。

 

 *****

 

 「流石に寝床は離さねばなるまいけぇ、儂は向こうに設営するけぇな」

 「りょーかいです!!」

 

 受付を済ませた後の事、互いに別れて入り口から遠く離れた位置に移動して陣取るが、湖面に面する位置の土壌は砂ではなくそれなりに締まった土であった。

 

 こ こ を 野 営 地 と す る 。

 

 心の中でそう宣言し軍馬から降車、シートバックの中に入れていたタープとポールを地面に放り、さて今日はどうしてやろうかと考える。ここの気温は平野部と比して五度程低いが、この時期であれば、夜間に氷点下に至る事は稀だろう。予報でも今夜は六度と聞いているので問題はないだろうと判断する。何を考えているかと言うと、テントは広げず、コットとシュラフとシュラフカバーのみで寝ようと言うのだ。ほぼ野晒しである。勿論理由はある。片付けが非常に楽なのだ。

 意思決定が済むと長方形のタープの対角一点のハトメに、基準となる一二〇〇ミリ程度の長さにしたポールの先端を挿し込んで、分厚く重い綿でできたタープ自体の自重を以て自立させる。そしたら隙かさず、自立させる為の基準となるもう一端のポールの張り綱と大体対角になるであろう位置にペグを打って既に立っているポールに掛ける。次にタープの対となる位置に、ポールを九〇〇ミリの物を使いつつ同じ様に張れば、タープは本当の意味で自立する。

 して、張り終えたタープは、伸びた一対の段差のあるメインポールによって山側に向かって傾斜し、山側のタープのハトメに、直に通されたペグによってに地面に縫い付けられ。湖側は九〇〇ミリ長のポールを綱一本で張っている状態とした。何故その様にしたかと言えば夜間の風向きを考えた結果である。

 夜間は快晴らしく、放射冷却によって空気が冷える事が予想される。だが、湖の水は気温よりも温度が高い為に、背後の山と湖とで温度差が産まれ、山の方に下降気流が、湖側に上昇気流が生じる。よって、冷たい空気が山から押し寄せるのは明白だ。尚且風上に対して、傾斜の掛かった部分の投影面積を増す事によって風防効果を持たせてあるのだ。

 

 「ヨシ!」

 

 ふと、なでしこの方を見るとそれなりに慣れた手付きでテントを組み立てており、尚且入り口は教えてもないのに湖面側に向けているのが見える。

 が、その理由は恐らく、景色が見える様にか、寝たい時にすぐに入れる様にと考えての事だろう。それも理に適ってる以上、俺からは何も言うことはない。

 なでしこは俺が手を止めて、眺めている事に気が付いたのか、彼女ははにかむ様に笑う。俺も釣られて表情が緩んだ気がする。が、若しかしたら俺も笑ってるのかも知れないと思いながら、手を降って返事を返す。彼女もぶんぶんと勢い良く手を降るが、丸で犬の尻尾の様で愉快だったものの。刹那、手に握りしめていた、ペグらしきものが数本手からすっぽ抜けて飛んで行くのが見え、なでしこはそれに気が付いて慌てふためきだした。

 

 「あーあー」

 

 笑いながら探してやろうと腰を上げたが、その時の顔はかつての様に笑えてたのかも知れない。

 

*1
古の日本に於ける日本独特の兵科で、全身に甲冑を纏った上に太刀を装備し、更には大型の馬上弓を装備した欲張り装備な騎兵

*2
ここでは山口外郎を指す




 ある高原のキャンプ場にて、自分もタープとコットとシュラフとそのカバーのみで寝てみましたが、顔以外は全然外感無くて快適でした。
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