前回の更新が三ヶ月も前と我ながらに戦慄を覚えるところでございます。
さて、皆様は劇場版ゆるキャンはご覧になられましたでしょうか?自分は七月末に友人と見に行ってきました。
前評判的に未来を確定させてしまうのは如何なものかと思っておりました。が、内容的には普通に良い映画だったと思っております。
ただ、未来を確定してしまったという事は最終的にここに行き着くことになるので、未確定を予想するという楽しみが減衰してしまったと思うところは禁じ得ません。(その実、なでしこの夢落ちを期待していたので)
夜の帳が降りた静かな湖畔の畔にて二人の男女が揺らぐ優しげな火を囲む。
男こと恭介はコッヘルをガスストーブで炙り、少女ことなでしこは楽しげな眼差しでそんな彼の動きを眺めていた。
「恭介さん」
「なんね?」
恭介は手を止め優しげな色をした右目をなでしこに向ける。
「恭介さんって、おうどん好きなんですか?」
「ああ。安い旨い高効率の三拍子が揃うとるけぇな」
なでしこは恭介の宣う高効率の意味が解らなくて、小首を傾げた。
「湯さえ沸かしてぶち込めば、食えるようになるし。味付けは麺つゆさえ有ればそんまま釜揚げとして食えるしのぅ」
確かにそうだとなでしこは頷く。
「あと、素うどんじゃっても毎日毎食食ってても嫌にならないのが良いところじゃな」
そんな恭介の発言から、なでしこは恭介の食生活の偏りを感じ取る。まさか、普段は素うどんばかりで、栄養が偏ってるんじゃと。
「まさか、毎日毎食素うどんじゃないですよね?」
なでしこは本気で恭介の身を心配した。いつか倒れてしまうと。
「まぁ流石に毎日じゃあないど、最近はな……」
恭介は苦笑いを浮かべつつ、どこか遠くを眺めていた。その実彼は親友の撫子亡き後、食生活が荒んで栄養失調になって倒れた事がある。故に碌でもない結果になる事は既に学んでいた。
しかし、ウドンスキー・ススロノフ(誰?)は止められない。
「それなら良いんですけど……」
「……これでも善処はしてる。好きなものは止められないだけじゃ……」
「ちゃんとお野菜もお肉も食べてくださいね」
「わかってる……」
そんなしょうもない会話をしていたら湯が湧いたのか、グツグツカタカタとコッヘルが知らせてくれていた。
「お、湧いたな」
恭介はコッヘルに買ってから時間が経ってしまって、ほぼ解凍状態になってる冷凍うどんを入れて湯掻いてゆく。
暫くして、十分うどんに火が通った頃合いだと恭介は火を止めると、出汁の元を目分量で適当に入れ、この辺りの人間であるなでしこは見たことがない様な、ローカルなラベルの醤油をこれまた目分量で適当に注ぐ。
なでしこはやっぱ恭介さんは目分量の人なんだなぁと思うものの、目の前で出来上がりつつあるおうどんが美味しそうだなぁと垂涎する。
「もうすぐじゃ」
「えへへ」
そして、出汁と醤油の優しげな香りがするそれが完成する。
出汁の元と醤油で作った汁以外には、冷凍うどんしか入っていないシンプルを極めしそれが遂になでしこに手渡される。
「優しい香りがしますねぃ」
「そうかい」
「とてもいい香りですよぅ」
「わかった、わかった。じゃあ、ゆっくり食べさんせ」
「では、頂きます!」
なでしこは箸でうどんを掬い上げ、口いっぱいに頬張った。口の中のうどんは冷凍の讃岐うどんらしく弾力に富んでいて、もちもちとした食感がとても楽しい。そして、汁も優しく控え目な塩加減と鼻孔をくすぐる素朴な風味が合わさって、とても美味しかった。
ただ、熱々なうどんを口いっぱいに頬張ったものだから、舌先を火傷してしまった。
「くひのなはやへとひたー」
「誰も盗りゃせんけぇ、落ち着いて食べさんせ。それに、まだあるけぇ」
恭介はそう言いながらもう一つのコッヘルを火に掛けて、湯を沸かそうとしていた。
確かに彼の手元にはあと四玉もある。だが、なでしこにとってはその程度を平らげるなぞ造作もないのだ。何故なら彼女は某ピンクボールの化身だ。
恭介はうんうんと、かわいい唸り声を上げながら、もちゃもちゃ楽しそうに美味しそうに食べるなでしこの姿を優しげな眼差しで眺めていた。何故ならそんな彼女の様子を眺めるのが楽しいと思えているからだ。それに、不思議と心が洗われる気がする。
「旨いか?」
「美味しいです!」
「そりゃあ良かった」
恭介はそれなりの笑みを浮かべつつ茹で上がったうどんをなでしこの抱えるコッヘルに追加する。
なでしこはふと思う。
「なんだか、わんこそばみたいで楽しいですね!」
「まぁ、確かにそれっぽいな」
「でしょ!でしょ!」
恭介となでしこは互いに笑いあった。
「そう言えば、恭介さんは食べなくて良いんですか?」
「わしゃええよ。既に君らがふるもうてくれた、おごっそで腹一杯じゃー」
なでしこは彼の口からまた知らない言葉が出てきたと小首を傾いだ。
「おごっそって何でしょうか?」
恭介はこれも方言だったかと苦笑いを浮かべる。
「おごっそちゅうのは、ご馳走ちゅう意味じゃ。流石に何でこう言うんかは知らんがのぅ」
「なるほど……おごっそはそういう意味なんですねぃ。ちょっとかわいい言葉カモ……」
「かわいい……か?」
「ちょっとだけ」
そしてまた互いにハハハと笑みが咲く。
そしてなでしこは思う。おうどん好きな恭介さんは、ほうとうも好きそうだなと。
それにお父さんが「どんな青年か会ってみたいものだな」と言ってたなぁと。
「恭介さん」
「なんね?」
「恭介さんって、ほうとう食べた事ありますか?」
「ほうとう……確かうどんのような山梨の郷土料理だったか?」
「そうです!」
「そういや、まだ食った事ねぇなぁ……」
なでしこはふふふと悪戯を思いついた子供の様な笑みを浮かべる。ほうとうアタックを食らわす相手を見つけてしまったからだ。
「な、何じゃ?」
「恭介さん、もし良ければ、今度家に来ませんかっ!」
「?!」
なでしこの唐突な提案に、恭介は目を白黒させて激しく動揺する。何故なら、仮にも嫁入り前の娘の家に上がり込むなど、倫理的に駄目だろうと解しているからだ。
しかしなでしこはそういった危機感的なものがないのか、恭介の反応にキョトンとする。嫌なの?と。
「駄目ですか?」
なでしこは上目遣いで恭介を見上げる。それを受けた恭介は胸が痛む感覚を覚えた。しかし、彼は今首肯する訳にはいかなかった。倫理観との板挟みな故に。
しかしなでしこは気が付いた。別に恭介は嫌そうにしている訳ではないと。しかし、何故?と。
「流石にうら若き娘の家に上がり込むのは、そのだな……」
「あー……」
なでしこは理解した。恭介が心配しているのは倫理観の問題だと。そこで彼女は切り札を出すことにする。これなら彼は納得してくれるだろうと。
「そのですね恭介さん。実はわたしのお父さんが恭介さんに会ってみたいと言ってたんですよね〜」
「……」
恭介はすぐには返事を返さず、なでしこの双眸を観察する。が、彼女の目が泳ぐ様子もなく、本当の事だと確信を得る。
「儂に会いたいねぇ……」
恭介は何処か遠くの空を仰いだ。
とはいえ、敵対的なそれとは違う友好的な意味合いのそれである事は想像がつく。よって、そこまで辛苦する必要はないだろうと、心の中で自らに語り掛けた。
ただ、色々と根掘り葉掘り訊かれるかもなぁと、幾ばくかの不安を禁じ得なかった。
「なして、儂に会いたいと思うちょってんじゃろうな?」
なでしこは額に右手の人差し指を当てながらに、う〜んと唸る。
しかし、どんなに考えても答えに行き着かなかったのか、何ででしょうねぇ……と困ったように笑う。
「まぁ良いか。君の御父上が儂に会いたいと仰られるのであらば、お会いすると致しましょう」
なでしこはぱっと笑顔を咲かせると、来てくれるんですね!と恭介の腕にしがみついた。
恭介は満更でもない様子である。
「まぁ、何時にするかはそちらで決めてくれ。わしゃそれにあわせるけぇ」
「はい!決まったら連絡しますね!」
さて話は決まってしまったが、空手で参るのは無礼極まりないだろうな……。無難に土産で酒と菓子でも持って行くか……と、恭介はぼんやり考えいた。
「……所で、ご両親は日本酒は嗜まれるかね?」
「はい!お父さんにお母さんにお姉ちゃんも、みんなお酒は大好きですねぃ」
「そりゃあ良かった……」
宜しい……ならば『アレ』を用意していこう……これならさぞ喜ばれる事だろう……フフフフフ……。
恭介は悪戯を計画する子供のように微笑した。
「ところでなでしこよ」
「なんでしょうか?」
恭介はきょとんとしたなでしこの澄み切った水色の双眸を見つめて一言。「ありがとうな」と呟いた。
なでしこはふぇ?と声を零し目を見開く。
「いえいえ!恭介さんに感謝しないといけないのはわたしの方で……鉈も貰っちゃったし、炊飯のやり方も教えてもらいましたし、それにおうどんだって頂いて……」
「いやなぁ。儂は君に会えた事で救われたけぇ、その感謝じゃ」
そして恭介は優しげに微笑む。
「救われた?」
「ああ。……儂はな、アイツが死んでからこの世の全てに絶望しとった。じゃけど君に出逢えて、この世もまだ意外と棄てたものじゃないかも知れんと思えるようになってきたんじゃ」
なでしこは恭介の手を両手で包み込む。
「恭介さん。わたしだって恭介さんには感謝してもしきれませんよ。最初に出逢ったとき助けて貰ったときとても嬉しかったですし、それにとても楽しくて……今日だってまさかここで再会できるなんて夢にも思わなくて、それに、色々と教えてもらったり、鉈を頂いたり……わたしも恭介さんには感謝してもしきれません」
「そうかい?」
「はい!」
なでしこは恭介の右眼の瞳をまっすぐな眼差しで見つめ返す。
恭介は思う。お互い様ってやつかなと。
「儂は君に逢えてよかったよ……ありがとう」
「こちらこそ恭介さんに出逢えて良かったです!」
なでしこは柔らかなその手で、恭介の手を強く握り締めた。
その刹那、宇宙に一筋の閃光が迸った。
「「あっ!」」
その光の軌跡は闇を切り裂く光の剣のようであった。
「びっくりした」
「ああ。見事な流れ星じゃったな」
「ですね!とってもきれいでしたね!」
「そうじゃな」
恭介となでしこはお互いの顔を見合い微笑んだ。
「まだ食うか?」
「残りもわたしが食べて良いなら、全部欲しいです!」
恭介はそうかそうかと微笑むと次の玉をなでしこのコッヘルへと移した。
なでしこは楽しそうに、美味しそうにそれを食べていく。
そんななでしこの仕草が愛らしくて。恭介としては珍しく、心から穏やかな表情で微笑んでいた。
「ありがとうな」
「はい!こちらこそ!」
湖畔の夜更けに燦然と輝く星々の帳の下、二人の男女が笑い声が谺していた。