というのも、段々と書いている当人の目の焦点が合わなくなり、活字が泳ぎ始めたり忙しかったりで中々にキツイものがありました()
宴の片付けを済ませ、その前に焚き火の角に置いて温めていた湯をお互いのカップに注いで一服する。
なでしこはココアで俺がブラックコーヒーだ。
勿論、ノンカフェインである。
流石に寝る前にカフェインを摂るような真似はしない。
「あったまりますねぃ」
「じゃな」
彼女は完全に安心してか蕩けてしまっている。
そんなに無防備な有様でええんか?と思いつつも、まぁいいかと思ってしまうのは、その振る舞いが余りに自然で、違和感がないせいかも知れない。
考えるだけ無駄だ無駄無駄と、コーヒーと共に胃に流し込む。
そうすれは、無駄な考えも酸に融解されるが如く消え失せるのだ。
「そう言えばきょうすけさんって普段何されてるんですか?」
「普段ねぇ……」
先月までサラリーマンだったが、今は絶賛"他人"の奴隷から解き放たれ、体が朽ちるその時までの自由を手にした無職である。
やってることと言えば、月一でボーイスカウトのボーイ・ベンチャー隊の隊長として子供達を指導する指導者だ。
まぁ、それが仕事と言えばそうなるかも知れないが、月の殆どは漂泊の旅人である。
この経験も子供達への指導に活かせりゃ万々歳という訳だ。
「わしゃ流浪の旅人じゃ」
「旅人なんですかっ?!」
「ちゅうても、今月入ってからじゃけどな」
「へぇー、そう言えば独特の言葉遣いされてますけど近くの県の人だったり?」
「いいやのうた、もっと西方の人間だよ儂は」
「へぇ……わたしといっしょで富士山目当てだったり?」
「まぁ、そんなところじゃが……十年ばっかし昔ここに来たことがあってな」
「え?! 十年前ですか?!」
彼女はクワッと食らいつく。
「そうじゃ。 わしゃここの近くの牧草地で、約三万もの人が集まり七日間にも及ぶキャンプをした」
「七日も?! それに三万人も?!」
それは第十五回日本スカウトジャンボリーの事である。
スカウトジャンボリーとは、ボーイスカウト日本連盟が四年に一度に行うボーイスカウトの祭典で、長期のキャンプ生活を伴いながらに、各参加隊の班が国内或いは国外のスカウトと競い合ったり、遊んだりしながら交流を深めると言った事を行う。
尚、各種アクティビティへの参加は早いもの勝ちで、参加隊各個の野営能力や、哀しみを背負ったサイト配置によっては、参加できたりできなかったりする。(絶対参加ものもあるけど)
だが、道端を彷徨っていても、コミュ力高い者を連れておけば、班長が少々コミュ障気味でも他県の人々或いは諸外国人と、お手軽に交流できたりして楽しい。
何故なら皆友好的で親切なスカウトだからだ。
故に何だかんだ言っても、血が違えどスカウト皆"兄弟"というのを体験できる、良い経験となるのだ。
因みに、朝霧高原では過去二度のジャンボリーが行われ一回は、世界スカウトジャンボリーであった。
「……それと、それぞれ別の場所になるが、一六回と一七回にも俺は参加したよ」
彼女は驚愕の表情だ。
ボーイスカウトの存在は世の中知らん人が多くなってしまってるので無理もない。
我々は何故か知名度が低いのだ。
「きょ、きょうすけさんがそんなにベテランだったなんて!! きょうしゅくです!!」
「そ、そんな大層なもんじゃないし、そねぃにかしこまらんでええよ」
「はひぃ~!!」
彼女は感受性が高くてリアクションが一々おもしろい。
「んでな、気象条件や足元は中々にアレじゃったけど、ここで見た富士山やスコットランド隊の夕暮れ時のバグパイプの演奏がよう記憶に残っとる。 それを鮮明に思い出せるだけでここに来た価値があるっちゅうもんよ」
「へぇ、いいなぁ」
「ああ、ありゃ本当に楽しかったぞ!!」
ついつい声に力が入ってしまった。
それを見てか彼女は鈴を転がすように笑う。
「きょうすけさんも興奮して声に力入るんですね」
「そんなこともあるようじゃな」
互いに呵々大笑だ。
****
暫くして彼女が思い出したかのように尋ねる。
「そう言えば、ぼーい……なんとかってなんですか?」
「ボーイスカウトか……」
ボーイスカウトは一九〇八年のイギリスにて、創始者たるロバート・ベーデン・パウエル卿が著した"スカウティング・フォア・ボーイズ"という本を元に子供達が始めた活動を源流とする。
それは数年でヨーロッパ各国からアメリカへと短期間に世界へと伝搬し広まった活動だ。
その内容は、野外に於ける青少年の育成について書かれたもので、その活動の中で子供達が自発的且つ自然的に野営技術だけでなく、リーダシップや道徳心や自立心に独創性や機転の利かし方を学ぶことができる。
当然、誓いや掟と言う絶対的なルールが存在し、これらを守って活動して行く事となる。
一つ、仏*1と国とに誠を尽くし掟を守ります。
一つ、いつも他の人々を助けます。
一つ、体を健やかに徳を養います。
この三つの誓いが大原則となる。
これはどの国も同じ誓いで、我々スカウトが三本指で敬礼するのもこれが根幹だからである。
俺もそんな滄海の一粟のスカウトとして誓いと掟を守り、活動を継続している。
俺の所では野外活動を主軸に学び、特にこの点に於いては他の団よりも学ぶ事ができるのが楽しかった。
……が、何を学んだか?と聞かれても、言うのが難しいのがボーイスカウトの活動で、学んだ技術は口にできてもその精神は口にするのは難しい。
何故ならば"行う事により学ぶ"という活動故に、経験した者のみがそれを得る事ができるものだからだ。
それを一言で表せる言葉は「見て分からん者には、訊いても分からん」という言葉で、これはスカウトですら無かった爺様の口癖だった。
一見冷たい言葉に聞こえるだろう。
しかし、それこそが真理なのだと思うのだ。
「それに、俺らは特にどの団よりも装備がボロくてな……」
「ボロボロなんですか?」
「ああ、テントも穴だらけでな。 朝目が覚めると顔中とか出てるところを何十箇所とヤブカにやられてたり、目の前をムカデが這ってたり、運が悪いとソイツに噛まれて目が醒めたり。 酷い時は五人テントに六、七人を荷物ごと詰めて寝た上に全てを体験したりと、中々に無茶をさせられたよ」
「むりむりぜったいむりだよそんなの!! わたしじゃ耐えられないよ!! それに三人用に三人でもキツイのにそれを超えてるのは流石に駄目だよ!!」
ご尤もである。
当時の我々が異常なのだ。
「まぁ、そんな事をしとるのはその当時の"儂ら"だけじゃろうからな……お陰で儂の団の練度だけ、他の団とは比べ物にならん位高水準じゃった」
他にもウシガエル獲ったりヘビ捕まえたりして、"仲間"とゲラゲラ笑いながら捌いて焼いて食うとかと言う、所謂 ☆YA☆BA☆N☆ なサバイバルキャンプもそれなりにした。
……が、絶対引かれるのは目に見えているのでそれは言わない。
某"裸のヘビ"見たく"サバイバルビュアー"でもあれば直接描写せずに済むもんだが……(いや時々表示されるからアレも駄目だ)
まぁ、どちらにせよキャンプは楽しむものだ。
過度に過酷な鍛錬にはしてはならない。
まぁ、俺はそれでも楽しめるだろうけど。
「でもな、こうしてゆるくやるのも、わしゃ楽しいよ」
「ですよねっ!!」
彼女はやっと俺がこっち側の人間に戻って来た事に喜んでいる様だ。
こんな幼気な娘に俺ら同等の過酷なキャンプなんて体験させられるか!!
幾ら俺とは言え常識的な思考回路は棄ててない。
「君みたいに華奢な子でも、一人でキャンプ出来る世の中というのはええもんじゃ」
「そんなー華奢だなんておおげさなー」
彼女は"華奢"と言われたのが余程嬉しかったのか、手をブンブン振り回して照れ隠しする。
そんな様子がかわいくて、いつまでも見てられそうだ。
確かに君は大飯食らいだ。
じゃけど俺からすりゃあ、十分華奢で可憐だ。
俺はそう思う。
「どうかそのままの君で居て貰いたいものだ」
彼女は微笑む。
俺みたいに、他人に絶望して目が濁って欲しくない
そう切に願うのだ。
****
彼女は手振り身振りで時には俺に写真を見せながら思い出を語る。
彼女は楽しそうだ。
特にキャンプへの馴れ初めの話で、本栖湖で行き倒れている時にであった"リン"という娘の話は特に弾む。
ただ、どの思い出も綺麗で、俺には眩しすぎる程光り輝く青春の一時でなのだ。
思えば学生時代にもっと親しくなった連中とも、もっと遊べばよかったなぁと思うのは、彼女がその時間を無駄にする事無く謳歌しているからに他ならないだろう。
そう思うと死んだ親友の事を思い出す俺は、随分と無駄な時間を過ごした様に思えて仕方がなかった。
今ヤツが生きてるならば、旅の道連れとして謳歌していた事だろう。
最早、二度と叶わぬ夢だが。
「君が過ごすその時間は二度と還らない貴重な時間だ。 じゃけぇ大切にな」
「はいっ!!」
彼女は飛び切りの笑顔で肯定した。
俺はそんな彼女の幸福を祈る。
彼女こそ幸せ者として生きるべきだと。
****
冷たい空気が体を震わせる。
低く唸り身を起こし微睡んだ眼を擦る。
辺りは暗くなっていた。
気が付けば焚き火も燃え尽き、俺のランタンも燃料使い果たして消えてしまっている。
強い光源は無い。
しかし、彼女のガスランタンが生き残っている様で僅かな明かりがそこにはあった。
それを頼りに彼女を確認すると、ブランケットに包まって規則正しい寝息を立てている。
それに、どこまでも無防備なんだと嘆息し「ほら、風邪引くぞ」と頬を手の甲でペチペチ叩く。
……やわらかい。
余りの柔らかさに引っ張ってみたくなる衝動に駆られそうになるが、理性ある者としてアウトだろと自らを律する。
それでも、この娘は起きそうにない。
その有様に大きく嘆息する。
やるしかねぇなと……
当然、やましい事ではない。
先ず、ヘッドライトを装備して独立した光源を確保する。
そして、彼女のテントのファスナーを開け、搬入通路を確保し流れる様に中にお邪魔して、マットやシュラフが敷かれているのを確認する。
ヨシ。
シュラフのファスナーを開け彼女を包む用意をする。
が、カイロ等の暖房器具が近くに見えず。
彼女のザックをまさぐる訳にもいかん。
なので、仕方なし俺の白金カイロを持たせる事にする。
俺自身はまだ他にもなんぼでもやりようがあるので問題ないからだ。
テントから出て彼女を抱き抱える。
……思った以上に軽い事に驚き、ふわりと香った甘くなんとも言えない匂いによって思考が流されかける。
なんだ今のは?!と若干狼狽えながら彼女を運ぶ。
そして、彼女を入り口のすぐ向こうに一旦置き靴を脱いで入る。
次に行う事は彼女の上着を脱がせるという行為だ。
上着を着たまま寝ると明くる日、体感温度が凄まじく寒くなるのだ。
しかし、この行為には凄まじい罪悪感を覚える……
意識がない女の子の着ている物を脱がせるのだから。
上着を畳んで枕にするべく積み重ね置き。
次に彼女をシュラフに収めて、胸ポケットに白金カイロを忍ばせる。(彼女に胸が無くて救われた気がするが、同時に凄まじく失礼な事を思った気がする)
それに重なる様に彼女の手を重ねてチャックを締め、頭の下に上着を置く。
ふと顔を見ると、天真爛漫に常に笑顔だった時とは違い、微かに上気した様に見えるその顔は恐ろしく美人に見えた……
それに思わず吸い込まれそうになるが、アカンアカンと首を振り、不浄な思考を蹴散らす。
俺は男である以前にスカウトであり紳士だと。
嘆息して彼女の顔を見ながら呟いた。
聞こえて無くても言うべきことなので。
「今日はありがとう、なでしこ……お休みさんせ」
そして逃げる様に彼女のテントから出た。
娘っ子に何をドギマキしてるのかと思いながら。
しかし、湯たんぽを作るべく湯を沸かしてる間に忘れるだろと、期待して……