「うむぅ〜……」
お腹がムズムズして目が醒める……トイレだ。
そう言えば、いつの間にシュラフに包まってる……
だけど自分で入った記憶がない……
たしか、きょうすけさんと焚き火を囲んで過ごしてて……そのままの寝ちゃった気がする……
じゃあ彼がここまで運んでくれたのか?
それに、ブランケットも上着も脱がされている……
それに胸元のこの温かいモノは何なのか?
猛烈に恥ずかしさが押し寄せる。
顔でお湯沸かせそうなほどだ。
「むぅ〜〜!!」
それを堪えるべく、顔をシュラフに埋めてジタバタする。
だけど、何も解決に至らない。
行かないと……
スマホの照明を点けて靴を探して外に出る。
真っ暗で霧が光を吸い込んで遠くまで照らせない……
コワイ、コワイ……
恐怖がつのる。
彼を起こそうと思うが。
それをすると恥ずかしくて溶けてしまいそうだと思い。
思いとどまらせる……
が、恐怖はどうにもならない……
もう選択肢なんて無かった。
彼のテントへ走る。
あと少しと言うところで、脚が何かにすくわれた。
えっ?
一瞬の浮遊感の直後上下左右がわからなくなり、足が変な方向に向いたまま着地してしまう。
グキッと嫌な振動が響いて。
「きゃっ!!」
ズシャという音を立て転ぶ。
「なんだッァ!!」
血相変えた臨戦態勢の彼が、鉈片手に飛び出して来た。
隠されてない左眼と目があった気がする。
……がそこに本来あるべき眼は無くて赤黒いうろの様な空間が広がっていた。
あの眼帯の下は本当に眼がなかった。
わたしはそれが怖くて硬直する。
彼は、ハッとした表情を浮かべ左眼を手で隠す。
とても気まずそうに苦虫を噛み潰した様な表情だ。
ため息をつくと、鉈を机に置いてわたしに寄ると「すまん……大丈夫か?」そう声を掛けてくれた。
低く落ち着いた優しそうなその声に安心感を抱く。
が、左足首に痛みが走たのは同時だった。
「いたぁ……」
足首を抑える。
捻挫したみたいだ……
「挫いたんか? 立てるか?」
「はいっ!!」
慌てて立とうとする。
「んぅぅぅ!!」
痛くてだめだ。
「こりゃアカン……」
彼の右目を見て、コクリと頷く。
「……指は動くか?」
「指?」
言われたように動かそうとしてみる。
ちゃんと動く……
「……動きます」
「なら、多分折れとらんな……ちゅうても心配じゃけぇ、朝まで様子は見よう……」
「……はい」
「戻れるか?」
トイレ行きたいのにそれはむり!!
「ちょっとまって!!」
「なんじゃ?」
「えっと……その……」
しかし、それを言うのは恥ずかしい……
奇跡的に転んだ時にも耐えたけど限界は近かった。
それこそ、このまま行けば、もっと恥ずかしいことに……
「お、おトイレ行きたいですぅ!!」
素直に叫ぶ。
その瞬間、彼は眉間にシワを寄せて凍り付いた。
****
彼に抱き抱えられ、トイレへと向かう。
ヘッドライトを斜めに掛けて、そのバンドで左眼を隠している。
「嫌なもん見せちまったな」
なぜわたしに謝るのか……
不可抗力なのに……
「そんなこと無いですよっ!! さ、流石にその下がそうなってるなんて思いもしなくて驚きましたけど……」
「まぁな、わしゃ訊かれるまでは言わんつもりじゃったしな……それに人様に見せて気持ちのええもんじゃないし、本当にすまんな」
掛ける言葉が見当たらない……
「そう言えば、義眼とかじゃ駄目だったんですか?」
「ありゃ余計目付きに違和感出てくるし、義眼はコンタクトレンズ並みに常に清潔にせにゃならんからキャンパーには向かんよ」
「そうなんですか……」
それは意外であった。
「ほれ、着いたど。 わりぃけどわしゃ君とは入れん、自力で行けるなら頼む」
「そ、そうですね……」
降ろして貰って、けんけん飛びしながらトイレへと向かう……
引き戸を開けるとパッと明かりが点く、人感センサー付の洋式トイレだ。
中に入り施錠する。
「その泥やらもふかにゃなるまいて、わしゃタオル取ってくるけぇ安心せえや」
彼はそう言ってテントへと戻って行った。
本当に彼は優しい人だ。
それにこの独特な言葉の言い回しが、この人の柔らかさを強調させる……
こんな人中々居ないなと思う。
****
用を済ませて、解錠して引き戸を開ける。
すると少し離れたところで、こちらに背を向けて休めのまま直立不動の彼の姿が目に入った。
その姿が、警備員みたいでおもしろい。
「すみません、だいじょうぶですよぉ」
「おう」
そう言うと彼はわたしをまた抱えにやって来る。
わたしも、それに甘えて抱えて貰う。
さっきの恥ずかしさは何処へやらである。
が、ちょっぴり恥ずかしい。
だけど悪くないと思い始めている。
なんなら、甘えさせて貰えるなら、彼にとことん甘えたいとも……
わたしは悪いやつだ。
それに彼の太い首にしっかり手を回せば、落ちることもない。
真正面に彼の横顔が来るので、少しばかりやっぱり恥ずかしいかなと思う。
「楽しそうだな」
「はいっ!」
彼は一文字だった口元を解かせる。
彼も楽しそうだ。
そんなん事をしてると、もうわたしのテントの前に着いたのか降ろす。
……が中々体を持ち上げない。
暫くの後「その手を退けて貰わんにゃ儂が立てん……」と呟いた。
あ、そうだったとはにかむ。
彼はわたしに正面を向く様に促し、無造作に顔を拭く。
「ふがっふ!!」
それから膝を拭いて、「後ろは汚れとらんけぇ、己の前は自分でやりさんせ」とタオルを渡す。
なんでと思ってると、胸元とおしりを指さして「そこは流石に儂じゃようやらん」と……
その発言にハッとして、恥ずかしさが再燃する。
「し、し、失礼しましたっ!!」
わたしは、テンパりながら貰ったタオルで拭いた。
彼は後ろ頭を掻きながら、「ちょっと中で待ってろ」と離れる。
汚れを払って、テントの中で待っていると、彼は湿布とそれを抑える為の包帯を持って来た。
彼は「上がるぞ」と言うとテント内へと入る。
そして、「足見せんさんせ」と言われて、わたしは素直に左足を差し出すと、彼は「握ってみろ」と言って握らせたりして暫く観察した後「やっぱ捻挫じゃな」と結論付ける。
「……すみませんね」
「いいやのぅた、これ位はしちゃらな、なるまぁて」
彼はそう言いながら湿布を貼ってそれが剥がれない様に包帯を巻いてそれなりに圧迫する。
「ほれ、これでよかろう」
「ありがとうございます」
彼は用事が終わったと見るや、タオルを手にそそくさと立ち去ろうとする。
「きょうすけさん」
名前を呼ぶとピタリと止まる。
「白金カイロありがとうございました」
「……ああ」
眼帯側の横顔だから、表情解りにくいけど笑ってる気がした。
「お休みさんせ、なでしこ」
「きょうすけさんこそ、おやすみなさーい」
そして気が付くあ、今、わたしを始めて下の名前で呼んでくれたと……
「ふふっ、うれしい」
わたしはそれが嬉しくて、足の痛みなんて忘れてた。