それはさておき、この話は外伝としております。何故なら、本編の人物は誰一人とて出てきません。恭介の過去の掘り下げです。(あと、己のモチベ保全の為)それでも良ければ……
微睡んだ意識の中誰かに揺すられる。ほっといてくれと思いながら手を払う。相手はそれに腹を立てたのか定かでないが、鼻を摘む手段に出る。流石に呼吸が苦しくてジタバタしながら、わかったわかったと降参の意をもって起き上がる。
先ずは視界の暗さがやってきて、次に寒さを感じて縮み上がって息を飲めば、鼻孔が微かに甘い香りがした。優しくて落ち着く匂いだ。
「きょっちゃん!!いつまで寝とーの? ウチと配給取りに行こーや」
その声の主は、小学生中学年と言っても通じる程背が低く、肩まで伸ばしたサラサラとした黒髪は優雅で美しい。それに優しい印象を与える垂れ目がかわいい女の子で、名は田原撫子という。俺の唯一無二の親友だ。
彼女が居なければ俺は学校でも完全に孤立して孤独の道を歩んでいただろう。そして、誘われてボーイスカウトにも入ることは無かっただろう。
故に俺の恩人ではあるが、滅茶苦茶お転婆で時々うるさい……だが不思議とそれも不快ではなく、寧ろそれさえ心地良いと思えるのは不思議なものがあった。
「さ……さみぃ……この寒さはやれんのぅ」
朝霧高原は真夏でも最高気温が二七度と涼しく、温暖な平野部の人間からすればかなり涼しく快適だ。しかし朝方は、十八度まで冷える故に温い地域の人間にはキツイ。
その中でも俺は極度の寒がりで、気温が三十度前後ある夏しか愛せない男故に、ここの朝は寒過ぎた。よって今、ガタガタと震えている……俺だけ……
「きょっちゃん寒がりやからなぁ……」
「寒いのだけはどねぃもならん、三五度の湿度三割ぐらいじゃねぇとやっちょれんわ」
時々、先祖は雪すら降らない南方の出じゃないかと思う。
「きょっちゃん快適でも、ウチらが保たんわ」
「何を言うか? 乾燥した暑さは素晴ら――」
「バカ言っとらんと、置いてくで?」
「あ?」
急いで適当に寝袋を丸めたものの、足の踏み場もない有様のテント(五人用に七人+荷物)のカオスに辟易しつつ、己の荷物の状態を見る。
が、どうやら幸運にも誰の下敷きにもされておらず、今ならば、寝袋を突き込めれると、即実行。
次に室内に干していた己のIDカードと参加隊のネックチーフと作業帽を着用し、入り口に乱雑に並べられた靴の中から己の長靴らしきものを選んで履いて外へ出る。
やはり薄暗く、霧が立ち込めていて何も見えない。
ヘッドライトの光を灯せば、二十メートルやそこらで拡散・減衰して効力を失う。そんな状態だ。
朝霧という名の通り。
それに、ここに来る前の彼女が「ここめっちゃくっちゃ富士山見えるんて」等と大ボラ吹いてたが、もう中日を越えたと言うのに、一度として富士の雄姿を拝めた試しが無い。
いつもいつも……霧の向こうで見えやしない……見たことないやつの、見た事あるような語り口にまんまと乗せられた俺が歯痒いかった。
どちらにしろ、彼女を追わねばならない……己の仕事は終わってない。意識をやらねばならぬ事に指向しそれに掛かる。
調理場のマーキーテント所から、配給回収用の背負子をひったくり彼女を追う。幸い行き先は記憶しているので造作なく追いつけるだろう。
ただ、足元に気を付けなければならない。
自サイト内はまだ牧草地としての原型を辛うじて留めているが、一歩通路に出たら草は蹂躙され、最早道と呼ぶのも憚られる様な泥沼と化していたりする。道そのものがトラップなのだ。
当然こんな所で走れば靴が埋まって抜けなくなり、顔から泥に突っ込む羽目になるだろう。しかし、端の方とかはまだ道としての体裁を維持しているのでこちらを通る。これが人が多い時間だったら出来なかっただろう。
そして今、寝起き故に強い尿意を感じている。が、幸いこれの人間も少なくて行くなら今だろう。
己の用を済ませて、配給の列に合流する。
まぁ、最後尾に行かず、並んでいる彼女を見つければ良いだけだが。流石にこの人数は忌避感を禁じ得ない。
だが、探さねば己に課せられた任務を達成できない。
やれやれと思いつつも、どこ行った?と思いながら探そうとするが、十秒もせずして簡単に見つかった。
なにゆえかと言えば背が低い為に、列の人混みから背負子が低い位置に生えているのと。俺を探す為か必死に背伸びしてる。かわいらしいのが目立っていた。
「見つけやすぅて助かるわ」
「それどう言う意味なん?」
若干食い気味な返しが来た。俺何か不味い事でも言ったか?否、記憶にない。
「わしゃなんも悪い事は言うとらんやろが?」
「いいやの、その顔にウチがこまくて見つけやすいって書いとるわ」
それを気にしてたのか?てか、それはアドバンテージというのでは?だって、背丈低い方がかわいいし、色々と有利な気が……
「いいやの、お前はそれが己の価値やと理解し取らん」
「何でや?そねぃにこまいのがええんか?」
「そりゃ、こまい方がかわいらしゅうてえ――グッ!?」
ドムッ!!という鈍い音が谺し、直後鈍い腹痛が脳天を突く。鳩尾にクリティカルを貰った。
思わず膝から崩れ落ちそうになるが、得意な痩せ我慢で堪えつつ、流石に二撃目を喰らいたくないので手で彼女の頭頂を押さえつける。頭一つ分程、背丈が違う故にかなり有効な手段だ。
「いてぇじゃねぇか……」
「この朴念仁!!わからず屋!!」
彼女は抗議を主張しながら俺をぽかぽかと殴ろうとしてくるが、圧倒的に腕の長さが足りず届かない。だが、そんな事をしている己が虚しくなった。
俺は天を仰ぎ「わしゃそれがええ言うとるやろうがぁー」と遠吠えの様な狼狽をあげた。
配給の帰り道、彼女は拗ねて口を効いてくれなくなった。流石に危機感を覚えた俺は必死に取り繕う。
「ホンマにすまんっちゃ……今度たこ焼き奢っちゃるけぇ、勘弁してくれぇや……」
「……」
疑念に満ちた視線が痛い……てか、この場合俺は何をすれば良いんや……必死に考えるが、答えは見つからない。
「國守!ちょっと手ぇ貸してくれぇや!!」
トボトボと自サイトに帰り着いた所で、朝飯の準備を指揮している班長に呼ばれる。
「了解!!」
思考のスイッチをトグルして、そちらへと指向する。横目に彼女が「あ」と言いながら手を伸ばすのが見えた気がするが、俺は止まらない。
「國守、火熾し手伝ってくれーや。 あいつらじゃ事にならん」
「了解、じゃあ代わりにコイツ頼んます」
背負子を班長に強引に押し付け、火熾しに失敗している連中の中に押し入る。
「お前らなんしよるか?」
「恭介さん、何度やっても火が点かないんですよー……」
竈口の中に手を突っ込んで、冷えている事を感知した上で、中身を掻き出す。するとすぐに原因が判明した。
薪が太過ぎる上、霧か露で湿気ったままのもそこにはあった。
「お前ら……それじゃ点く訳無かろうがや」
小言を言いつつ、己のテントへ駆け、腰鉈とオイルライターを拾ってくる。
共用の鉈はあるが、枝打ち鉈では話にならんし、他人の刃物を使うのは嫌いだ。
何故なら、皆研ぐのが下手くそなのか、全く切れない鈍ばかりだからだ。
それに鈍程、負傷のリスクが上がるという経験則があり避けている。何故なら、本来不必要な力を掛けねばならず、それで滑って己の身を切ったりすれば相当深いものとなる。その上、断面が千切れる様になる為に、治りも遅く痛みも相当のものだろう。
一方、鋭利な方では切れるから、余計な力が要らず、仮に怪我しても比較的浅く済む。それに、断面が綺麗なので痛みも少なく、治癒も早いのだ。
杉の薪の外に面した面を薄く割いて、濡れてない芯を表に曝し、割り箸程度の大きさの細割に加工する。
それを一握りと少々作ってそれを、竈の中に丸めた新聞紙を核に放射状に並べて、その上に更に松葉を重ねる。
準備が出来たら、肥松*1の欠片を手にする。
ジャッ!ジャッ!ジュボッ!!とオイルライターを灯して、その火を肥松の欠片へ移す。すると肥松は黒煙をあげて油脂が燃え、それを松葉と新聞紙の間に突き込んでそれに空気を送れば火が熾る。
次第に刺激性のある白煙が登り始めたかと思えば瞬く間に火炎となって吹き上がる。
その熱が下へ重ねた物を燃焼に必要な温度にプレヒートする事となって、全てに火が回る。
やはり、火の番は良いものだなとつくづく思う。
あとは太めの薪を、竈口中央奥を頂点として
太めの薪に火が付き始めたところで班長に報告しにゆく。
班長の目の前に立ちお互い向かい合い、彼に三指礼*2を行い、彼も返礼し気を付けの姿勢を取る。
「報告!!火熾し完了。次の指示を願います!」
「流石國守……火熾しに失敗した連中はここに来る様伝えてくれ」
アイツらクビやな……まぁ当然かと思うが口にはしない。
「了解!!では戻ります!!」
再び一連の所作を繰り返してから持ち場へ帰る。
帰ったら、己の熾した火でもないのに、火遊びに興じている連中の姿が目に止まった。
コイツら……と若干腹が立つが表情や態度に出さず。皆を集めて「お前ら、班長がお呼びやぞ」と伝える。
あからさまに嫌そうな顔をしながら去ってゆく。しかし、それはお前らが情けないからやぞと思うのは、当たり前だと思うのだ。
暫くして俺の助手として撫子がやって来た。
「ウチはこっちやれって」
彼女が指を指すのは、もう羽釜を乗せない方の竈だった。
「なら、こっちの火を分けるけぇ、準備頼むわ」
「りょうかーい」
彼女は、俺が竈の上で予め炙って乾かしていた薪を、隣の竈口の奥に置いて、今から入れる燃える薪の枕とする。冷えた竈に直接置くと、熱が奪われて火が消えてしまうからだ。
彼女とは同じ団の人間だ。故にそこの所はよく知っている。
「いいよ」
そう言われたら、俺は燃え盛る原型を留めている二本の薪を素早く移す。
彼女は、隙かさず空気を送って炎が消えない様にする。やはり、知ってる者は違うなと。
「やっぱお前に限るのぅ」
「ウチもきょっちゃんに限るよ」
「はは」「ふふ」と互いに笑みが溢れる。
「やっぱ火の側っていいね」
「そうじゃのう……」
お互い言う事が無くて暫くの沈黙が訪れる。
そういや、さっきのを改めて謝ろう。そう思って口を開けば、「おい」「あの」と、お互い同時に喋ろうとしてぶつかる。
どうぞどうぞと譲り合う応酬の末、最初に発言権を得たのは俺だった。
「さっきはすまんかったな……」
彼女は鈴を鳴らした様な声で笑いながらに「もういいよ」と飛び切りの笑顔で答える。彼女の微笑みは最高にかわいい……誰よりも。
俺は何だか見つめるのが、こっ恥ずかしくなって目を逸らそうとするが、俺は彼女の手に正面から抱き着かれる様に捕らえられ、犬っころをワシワシ撫でくりまわす様に「おー、よしよし」と揉みくちゃにされる。鼻腔が彼女の匂いに満たされる。
「やめろぉ」と口で抗議するが言が逃げる気になれず。されるがまま。
彼女が急に動きを止めたかと思うと「あー!!」と叫んだ。
今度はなんだ?と「急にたけってどねぃしたか?」と訊けば。「富士山見えるよ!!あんなに大きく見えるなんて知らなかったよ!!」と興奮気味だ。しかし、俺は拘束されたまま。
「すまんが儂も見たい、離してくれ」
彼女は思い出した様に「あ、ごめん」と言って拘束を解く。
向いた先で見上げた富士は、余りに雄大で今まで見て来た景色のどれよりも、綺麗だった。
彼女は、俺の背中に抱き着き直して、耳元で囁いた。
「きょっちゃん、大人になったらまた来ようね」
俺は「ああ」と短く返事を返した。叶う約束だと信じていたから……