いたくないあの子   作:鼠日十二

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「……えっと?」

 

首元の冷たさに意識が急浮上し、目を開くとすぐ側に赤く汚れたフランの顔があった。首に手をやって、ベタベタした感覚ともう一つ、首輪がついていないことに気づく。

 

 見ると、手のひらも赤く染まっていた。どうやら寝ている間に血を吸われたようだ……とりあえず、着た覚えのない寝巻きの袖で優しくフランの顔を拭う。

 

「うん? ……目元が赤いのは汚れじゃ無いのか……温かい濡れタオルでもあればいいんだけど」

 

 いつかパチュリー様に頼んで作ってもらった火の石板を思い出す。紅茶を淹れるために用意したセットの中に入っていたはずだから、あとは水を用意すればいいか。浴場の水はもう捨ててしまったかな。

 

 どうせ浴場に行くなら、ついでに体も洗ってしまおうか。首元の血が乾き、引き攣るような感覚が少し気持ち悪い。暮葉はフランを起こさぬようにそうっとベッドを抜け出し、部屋を出た。

 

 幸いにも浴槽には水が残っており、しゃがみこんで水を掬い首元を洗う。初めはうっすらと色づいていた水が次第に透明になって浴場の床を流れて行くのを見ながら、どうやら傷はすでに塞がっているようだと思った。手当の必要がないのは面倒が無くていい。

 

 立ち上がろうとすると、頭頂から重い何かが抜け出ていくような感覚を覚える。視界がうっすらと明滅した。

 

「おっとと……」

 

 片腕がなくなった時とは違った感じだなぁ、などと思いながらおぼつかない足元のまま桶とタオルを確保し、フランのいる寝室へと戻ろうとして、扉の側に立つ人影を視認した。

 

「あ、生きてたんですね。良かった」

「なんで意外そうな顔してるの?」

 

 安心したように笑う彼女は「紅美鈴」と言い、この館の門番らしい。らしい、というのは、私は館の外に出ることを許されていないので、1日の大半を館の外で過ごす美鈴さんとはほぼ会うことが無いからだ。当然、彼女の仕事姿も見たことが無い。

 

「というか、何故ここに?」

「偵察ですね。妹様の気が立っている時は危険ですから、私が様子を見に行くことになってるんですよ」

「へえ、こういうのはメイド長の管轄かと思った」

「まさか。咲夜さんを危険な目に合わせるわけには行かないでしょう」

 

美鈴はばちんとウィンクした。

 

「おお……格好いい」

「まぁ咲夜さんが死ぬと私がメイド長の仕事しなくちゃならないのが面倒なだけなんですけどね」

「うわ……格好悪い」

「なんとでも。やっと楽な仕事に就けたんです、簡単には手放しません」

 

 聞くに、門番業というのはかなり楽な仕事らしい。三食昼寝つき、仕事内容は立っているだけ。たまに妖精と遊んだり、庭の花壇の様子を見たりする程度だそうだ。

 

「というか、妖精って遊ぶんだ。危ないから近づかないようにって聞いてたけど」

「まあ人間は保たないんじゃないですかね。悪ふざけの範疇で氷漬けにしようとしてきますし」

「なんて殺意の高い……いや、人間が脆いのか」

「否定はしませんね。貴女もずいぶん顔色が悪いですし」

 

 どれだけ血を吸われたんですか、と言われて私はフランのことを思い出した。もう起きてしまったかもしれない。歩き出そうとする私の肩を美鈴が引き止めた。

 

「ちょっと待ってくださいね、一瞬でいいですから」

「何を……っ?」

 

 手が触れているところから、なんと言えばいいのか、筋肉が発熱するような感覚を覚える。驚いて美鈴を見ると、笑って説明してくれた。

 

「氣を流しているんです。純粋な、力としてのエネルギー……私由来ですから流し込みすぎると人間やめちゃいますが、少量なら、ほら。体が温まって来たでしょう」

「ほんとだ……」

「体を活性化させているだけですから、失った分は取り戻さないといけません。具体的には食事。妹様の御体を清めたら、一度上に上がりましょう」

「……わかった。フランは?」

 

 美鈴は眉を下げ、ちょっと困ったように笑った。

 

「言いにくいですが、地下から出すことは出来ませんし……それに、()()()()()()()()()()()()()。貴女がここにいるってことはまだ寝てるってことですし、このまま暫く寝かせてあげましょう」

「そっか。じゃあ、行ってくる」

 

 美鈴に手を振って、私は再びフランの寝室に入った。できればシーツも替えたかったが、睡眠を優先しよう。火の石板に水の入った桶を置き、その間に布団をかけなおしてやる。相も変わらずきれいな羽が収まりきらずにあふれ出た。

 

「寒くないといいんだけど」

 

 柔らかに湯気を上げ始めた桶を石板からどかし、タオルを軽く浸す。それで顔を拭ってやると、血でタオルがピンクに色づいた。

 

「う、ん……」

「おっと。まだ寝てていいからね……」

 

 ずうっとまえ、まだ家族が私を人間として扱っていたころは、こうして寝る前に撫でてもらったものだった。それをふと思い出して、フランのさらさらとした金髪を撫でてやると、フランが深く息をするようになった。再び眠りに落ちたようだ。

 

 そのまま顔、次いで汚れた首元を拭って、ふと『吸血とはどんな気分だったのだろうか』と思った。意識の無いうちにされたその行為が気になって、こっそりと。想像しながら、真似をしてみた。

 

「んっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 顔が赤いですけど……もしかして氣、効きすぎました? すみません、これでも自信があったんですが……精進、あるのみですね」

「わかってて聞いてる?」

「?」

「……なんでもない」

 









他の作品よりキャラが私の中ではっきりしているので、紅魔組は非常に書きやすい。最後にレミリアとパチュリーの掛け合いが無いのは、多分次回で普通に登場するからです。
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