紅魔館では定期的に人間を購入している。血のため、そしてフランのストレス発散のためである。
周期的にフランを襲う破壊衝動の対応として、レミリアはフランに壊してもいい人間を与えている。多くの場合それは外の世界から迷い込んできた、あるいは人里から出て捕らえられた人間だ。そういったものをガス抜きとしてあてがうことで、最悪のケースを避け続けている。
とはいえ、それとフランの精神が受けるダメージは別問題である。
▽
フランは自分のベッドで毛布にくるまっていた。
いつもならば、生き物を壊すことや相手があげる悲鳴を楽しんでしまった自分に激しい自己嫌悪を感じて、自罰的に腕に深く爪を立てたりしているのだが。
今日のフランの頭の中は、とある人間の少女のことでいっぱいだった。
「あの子は私が怖くないのかしら?」
腕が吹き飛んでも顔色一つ変えなかったあの子。ぽやぽや、ふわふわとした脳内で彼女の台詞が反響した。
『その……羽? 奇麗だね』
「~~~~~っ!」
フランの中で『吸血鬼らしからぬ、姉とも似つかない羽』というコンプレックスを褒められたくすぐったい喜びと『相手を傷つけた罪悪感』がせめぎあう。
しばらく悶えた後に、無理やり眠ることにした。現状、フランの取れる最高の現実逃避手段である。
「起きてー」
誰かに起こされたフランは目をこすり、大きくあくびをして自分を起こした張本人を視界にとらえ、ひゅっと息を呑んだ。
「……あのー。聞いてる?」
フランは首を横にふるふると振った。聞いてない。もちろん、そもそも説明がなされていない、という意味である。
「じゃあ、改めて。今日からフランの専属……メイド? 世話係? をすることになった、暮葉だよ。よろしく」
「な、なんで……?」
新品のメイド服を着てうっすらと笑うのは、昨日腕を吹き飛ばした少女。暮葉、と言うらしい。
「いや……私にもわからないんだよね、何で雇われたか。流石に死んだかなと思ったんだけど」
頭をかきながらぼやく。随分と軽い口調だ。フランが今まで見た人間は全員最後まで死ぬのを怖がっていたが、暮葉はどうだろう。まるで死ぬことを何とも思っていないような態度じゃないか。フランは気になって聞いてみた。
「死ぬのは、怖くないの?」
「んー……私さ、前にも言ったかもだけど、痛みを感じないみたいなんだよね。それがないから、なんていうか……危機感も分からないんだよ。痛いのが怖くないから、死ぬのも怖くない、みたいな」
「そうなんだ……」
それは、なんとも。
お誂え向き、というか。
「で。次はフランのこと教えてよ」
「わ、私?」
「そうそう。自分の主人のことくらい、知っておかないとね」
暮葉は思ったよりも現状に前向きなようだった。
フランは迷った。きっとこのまま近くに暮葉を侍らせておけば、いずれ次の破壊衝動が来たとき真っ先に死んでしまうだろう。でも、拒否したらしたで暮葉は仕事がなくなる。何かしら罰を受けるかもしれない。もしかしたら殺されてしまうかも。
お姉様に殺されるくらいなら、私と一緒に……などと脳内で言い訳を考えていたフランだったが、心は暮葉に傍にいてもらうほうにぐっと傾いていた。そうさせたのは、長い年月の中で心の中に巣食った人恋しさだった。
そうだよ、衝動が来たら離れていてもらえばいいんだしさ。私が拒絶したら、きっと暮葉困るよね。そんな思考のもと、フランはおずおずと自己紹介した。
「……私はフラン。フランドール・スカーレット。レミリアお姉さまの妹」
「質問いい?」
「い、いいよ」
ずいっ、と暮葉の顔が近づく。息が聞こえるような気がして、フランはドキドキした。
「レミリアが言ってたんだけど、ペットって何?」
「えっ?」
このとき、フランはまずこう思った。
『お姉さまを名前呼び……! 紅魔館じゃあだいたい御主人様かお嬢様って呼ばれてるあのお姉さまを!』
それが許されているということはつまり、お姉さまと仲がいいということだ。メイドにしたのがお姉さまだろうから、面識があるのはおかしくないけど……。
結局、私のじゃないのかな。フランはどうにももやっとした気分になった。そんなことを考えていたから話の後ろが飛んだ。
「ごめんなさい、お姉さまの後なんて言ったの?」
「ペットだって。レミリアに『お前はフランのペットになれ』って言われたんだけど、メイド長は『とにかく貴女は今日からメイドです』って言って仕事を説明しただけでさ。メイドとペットって何か違いがあるのかなって」
……お姉さまは何を考えているんだろう?
メイドはわかるけど、ペットは……主従関係ってとこは同じだけど、それにしても言い方があると思う。
それとも、所有物ってこと? 確かにここ紅魔館で私のものなんてほとんどないけど……
「ええとね、ペットは、その…。忠誠を誓う、みたいな」
「あー、なるほどね。外国語、ってやつ? 詳しいな」
「本はよく読むから、まあ少しは」
「本か。私は読んだことないなぁ。そもそも勉強もほとんどしたことないけど……」
その表情はどこか寂しそうである。
「……貸そうか?」
「いいの? 怒られない? 主人のもの使うなんてー、みたいな」
「その主人がいいって言ってるの」
「……そっか、ありがと。後で見せてね」
フランは自分が饒舌になっているのを自覚した。会話がこんなにも楽しいなんて思ったのはいつぶりだろう?
でも、最後まで、自分の破壊衝動は打ち明けられなかった。
醜い私を見せるのが怖かった。
傍にいてもらうと決めたときから、主人として無様な姿を見せたくなかった。
どうせいつかバレるのに。