「なんだ、君たちは知り合いなのか」
足に思いっ切りダンボールを落とされて、少し不機嫌そうに平塚先生が言う。
「ええ、そうですよ。小学校が同じだったもんで。いやぁ、久しぶりだなぁ。えーっと、雪乃、どうした?」
ずっと会いたかった雪乃に会えて、俺は気分が完全に上がっていた。
しかし、雪乃はうつむいて、悲しそうな顔をしている。
「えぇ…久しぶり、ね」
声音もあまり嬉しそうではない。
「なんだ、比企谷嫌われてるんじゃないか?」
平塚先生が面白いものを発見したように、指で俺をツンツンしてからかってくる。
「いや…そんなこと……」
ないはずだ。と言おうとしたけど、言えなかった。
思い出すのは5年前の卒業式。
あの日、雪乃は何も俺に言わないで、俺の前からいなくなってしまった。
もしかして――
「いえ、別に私が嫌っているという訳ではありませんが、その……」
雪乃はそう言うと、気まずそうに視線をそらした。
あれ、俺なにかやったっけ?
平塚先生がニヤニヤしながらこっちを見てくる。
いや、俺なんもやってないです!誤解です!
「まあ、知り合いならそれで構わん。面白いものも見れたし、ダンボールの件は見逃してやろう。じゃ、後は二人で頑張りたまえ」
えぇ…。このタイミングで二人にするのかよ。
嫌なわけじゃなくて、気まずいっていうか、なんかお互いソワソワしちゃうじゃん?
「えっと、とりあえず、そこに座ったら?」
「お、おう。サンキュ」
「いえ、別に……」
ほらね?気まずいでしょ?
どうすればいいんだよ。誰か来てくれ〜。
「あの、さ。小学校の卒業式のときのことなんだけど……」
俺が『卒業式』と言った瞬間、雪乃の肩がはねた。
卒業式にトラウマでもできたのか?
「あ、あなたも、覚えて、いるの?」
「え?ああ、まあ、な。結構、その…衝撃的だったし」
なにも言わずに雪乃がいなくなっちゃうんだぜ?
マジであの時もう一生会えないかと思ってたし。
雪乃はそんなことないのだろうか。
「衝撃的?確かに、私からしたら衝撃的だったけれど…あなたにとっては、そうでもないんじゃないかしら……前から書いていたのでしょう?」
「え?いや、どういうこと?」
前から書いていたってなんだ?
なにを書くんだ?
「忘れてしまったの?」
「いや、忘れるもなにも……」
「そう、なの…。あなたには、どうでもいいことだったのね……」
コンコン
「どうぞ」
不意に戸をノックする音が聞こえた。
平塚先生はノックをしないし、誰だ?
というか、2回ノックはトイレなんだが。
正式には4回が正しい。
「し、失礼しまーす」
綺麗な高音で、ややうわずった声がする。
からりと戸が引かれて、ちょこっとだけ隙間が開いた。そこから身を滑り込ませるようにして彼女は入ってきた。
ピンクがかった茶髪に、上の方のボタンがあいている。短めのスカートをはき、その、なんていうか…とりあえず、リボンを確認すると、赤なのが分かった。
『リボンを確認すると』な。ここ重要!
とにかく俺の嫌いなリア充組というわけだ。
「な、なんでヒッキーがここにいんの⁉」
「いや、平塚先生に来させられて……ていうか、あの人結局なにがしたかったんだよ」
「由比ヶ浜結衣さんよね?とりあえずここに座って」
「ああ…うん。私のこと知ってるんだ」
彼女、由比ヶ浜結衣は名前を呼ばれてぱっと表情を明るくする。雪乃に知られていることは、彼女の中で一つのステイタスらしい。
「よく知ってんな、雪乃。もしかして全校生徒覚えてんのか?あ、でも俺がこの学校ってこと、知らなかったのか」
「えぇ、流石に全校生徒は覚えていないけれど……それに、あなたの、ことは……」
「雪ノ下さんとヒッキー仲良いの?名前で呼んでるし」
「おう、もちろん!」「いえ、別に……」
同時に応えたが、真逆のことを言っていた。
「え、どっち?」
「え、俺と雪乃そんなに仲良くなかったの?」
嘘、俺の勝手な想像だったの?
八幡泣いちゃうよ?
ショックだったため、問い詰めるように雪乃に近づいてしまった。
「え?あ、あの…す、少し…は、離れて、もらえる、かしら//」
「あ、ああいや、ごめん!」
「いえ、別に……」
雪乃は恥ずかしがるようにしてそっぽ向いてしまう。
可愛いな。
「むぅ。やっぱ仲良いんじゃん!」
由比ヶ浜が不機嫌そうに言う。
いや、なんでお前が不機嫌になんの?
いいじゃん、こういう雪乃レアなんだから、もっと眺めてようよ!
「そうね、仲が良い、かもしれない、わね//」
なに、照れてんの?
可愛いなぁ〜。
恥ずかしいのに、俺と仲良いって言うために言ってくれたのか。
ヤバい、可愛すぎてキュン死しそう。
「…雪ノ下さん、可愛い」
「それは俺も同感だが、お前は変な道に走るなよ。あと、雪乃はやらん」
由比ヶ浜にしか聞こえない声で注意してやる。
いや、だって、最後のセリフとか超恥ずかしいじゃん。雪乃に聞かれちゃったら、八幡死んじゃうぞ?
「えぇ…。ヒッキー、それは…ちょっと、ね。ほら、雪ノ下さんはヒッキーとそんなに仲良くないと思ってるっぽいし、さ。やめたげよ?」
うぅ、そういう本気で憐れむ目はやめよう?
気遣いとかが一番心にくるんだよなぁ。
「なんの話しをしているの?」
「あー、いや、なんつーか…あっ、そうだ!えっと、私用があって来たんだけど……」
流石リア充組だ。
こういう、話を変えるのは慣れてるっぽいな。
「えっと、く、クッキー作りたいなって、思ってて…」
「クッキー作り?んなもん友だちとやれよ」
とりあえず面倒くさいからこう言っておく。大抵の奴らはこれで引き下がるはずだ。ソースは俺。こう言われると引き下がるしかなくなるんだよなぁ。てか、引き下がる側かよ!
「比企谷君。そんなこと言ってはだめよ。由比ヶ浜さんだって来たくてここに来ている訳ではないかもしれないじゃない。もともとここは奉仕部よ?こういうお願いのお手伝いをするんじゃない」
「そう、か。え?奉仕部?なにそれ、おいしいの?」
初めて聞く単語が出できたため、ついつい聞いてしまった。
「え、ヒッキーなに言ってんの?おいしいわけないじゃん。大丈夫?」
いや、一種のジョークじゃん!
なんで本気にしちゃってんの?
雪乃は分かってくれるよな。
そう思って雪乃の方を見たら……
目をそらされた!なに、雪乃のやつも一種のジョークだよね?そうだよね?
「いや、ほら、一種のジョークだよ」
「比企谷君」
流石雪乃。やっぱり俺のことを分かってくれるのは――
「面白くないものはジョークとは言わないわよ」
なんで⁉
ちょっとしたおふざけじゃん。
なんで俺こんな仕打ち受けてんの?
ていうか雪乃さん、辛辣ぅ。
ちょっと悲しくなってきた……
「由比ヶ浜さんの依頼に、あんなこと言うからこうなるのよ♪」
ちょっと勝ち誇った声音で、少し胸を張って言う。
やっぱ雪乃はどんな格好しても可愛いな。
そういえば、顔つきとかは成長しているけど、一部は昔から変わってないな。うーん、ある種致命的とまでいえる時が来るかもしれないなぁ。
「えっと、二人が仲良いのは十分分かったから……私のお願い、聞いてくれる?」
「ええ、いいわよ。では、家庭科室に行きましょうか」
「え、俺クッキー作れないぞ?」
料理の腕は、小学6年で止まってるからな。
「味見して、感想をくれればいいのよ」
マジか!
こんなところで女子の手作りクッキーが食べられるとは。できれば雪乃のも食べたいなぁ〜。
と思っていた時期が俺にもありました。
「これ、なに?」
俺の目の前にある、黒い物体は、一体何を材料にして作ったのだろうか。
「そんなことを考えてはだめよ。これはクッキー、それだけを心に留めて。さぁ、比企谷君。毒味をお願いしてもいいかしら?」
「いや、俺が頼まれたのは、味見だぞ!いくら雪乃のお願いでも、流石に…これは……」
クッキーを一つ手に取ってみる。なんかボロボロこぼれていったんだが。
「二人ともさっきからひどい!……やっぱあたし、才能ないのかな……」
「由比ヶ浜さん、才能がないという認識を改めなさい。最低限の努力もしない人間には、才能がある人を羨む資格はないわ。成功できない人間は、成功者が積み上げた努力を想像できないから成功できないのよ」
雪乃の言葉は辛辣だった。そして、反論を許さないほどに、どこまでも正しい。
由比ヶ浜はうっと言葉に詰まる。ここまで直接的に正論をぶつけられた経験なんてないんだろう。
その顔には、戸惑いと恐怖が浮かんでいる。
それを誤魔化すように、由比ヶ浜はへらっと笑顔を作った。
「で、でもさ、こういうの最近みんなやんないって言うし。やっぱりこういうのあってないんだよ、きっと」
「その、周囲に合わせようとするの、やめてもらえるかしら。ひどく不愉快だわ。自分の不器用さ、無様さ、愚かしさの遠因を他人に求めるなんて、恥ずかしくないの?」
「う、うわぁ……」
マジかよ。ここまではっきり言うか。流石の俺もちょっと引いたよ?
「か……」
帰る、とでも言うのだろうか。今にも泣き出しそうな、か細い声が聞こえた。
「かっこいい……」
「「は?」」
俺と雪乃の声が重なった。
おっ、シンクロじゃん。やっぱ仲良いよな、俺たち。
思わず顔を見合わせてしまった。
「っ//」
なにここで恥ずかしがってんだよ俺!
いやぁ、雪乃があまりにも可愛すぎて……って違うだろ!
由比ヶ浜は今、なんて言ったのだろうか。
「建前とか、全然言わないんだ。なんかそういうの、かっこいい」
由比ヶ浜が熱っぽい表情で雪乃をじっと見つめる。当の雪乃はといえば、強張った表情で2歩ほど後ろに下がっていた。
「な、何を言ってるのかしらこの子。話聞いてた?私、これでも結構きついことを言ったつもりだったのだけれど」
「ううん!そんなことない!あ、いや確かに言葉はひどかったし、ぶっちゃけ軽く引いたけど……」
うん、まぁそうだよね。雪乃大好きな俺ですら引いてたし。だが、由比ヶ浜はただ引いていただけではないらしい。
「でも、本音って感じがするの。あたし、人に合わせてばっかだったから。ごめん。次はちゃんとやる!」
由比ヶ浜は逃げなかった。
謝ってからすぐに雪乃を見つめ返す。
予想外の言葉と視線に、今度は雪乃が言葉を失った。
「正しいやり方、教えてやれよ」
「え?えぇ、そうね。由比ヶ浜さんがちゃんとやると言っているし……」
そう言って雪乃は由比ヶ浜に優しい微笑みを向ける。
由比ヶ浜は、感極まったのか、涙目になってなにも言わない。
はい、ゆるゆりはそこまでにしてくださいね。
それと雪乃さん、その微笑みを向ける相手間違ってますよ。
マジで俺空気じゃん。
「さぁ、このクッキーをなんとかしてから、もう一度作り直しましょうか」
「「へ?」」
「どうしたの?二人共」
「え、これ、食べるのか?」
違うと言ってほしい。
「ええ、そうよ。まず食べてみないとどこを直せばいいのか分からないじゃない」
嘘、だろ?
食べるのか、これを?
「ちょっとまて雪乃。お前は食べないからいくらでも言えるが、食べる側としてはなんというか、出来れば遠慮したいのですが」
「ヒッキーひどい!」
いくら罵倒されても構わないから、なんとかこれを食べるのだけは回避しなければ!
「なにを言っているの?私も食べるわよ?」
「「へ?」」
今、こいつ、なんて、言った?
もしかして、俺が嫌がったから、無理して食べようとしているのか?そんな気遣いは不要だ!
俺は雪乃の頼みなら、なんでもするぞ!
「だって、由比ヶ浜さんはちゃんと頑張ると言ったのよ?ならば私たちがそれに応えなければいけないでしょう?」
あぁ、そっか。雪乃はこういうやつなんだ。
ちゃんと誠意を見せたやつは、なにがあっても絶対に見捨てたりしない。
「そうだな。でもその前に、なんか飲み物あった方がいいよな。買ってくるから、なにがいい?」
「『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』でお願い」
「はいよ。由比ヶ浜は?」
「えっ、あたし?いいよ、なんもいらない」
「そうか……」
リア充はこういう時、喜んでパシらせるものかと思ったが、こいつはそうでもないらしい。
雪乃の正論もちゃんと受け止めたし、案外良い奴なのかもしれない。
『ねぇねぇ雪ノ下さん』
教室の中から声がした。
由比ヶ浜が雪ノ下に話しかけているのだろう。
少し気になったから、立ち止まってみた。
立ち止まっただけだから、立ち聞きではないはすだ!
『何かしら?』
『雪ノ下さんって、ヒッキーと仲良いよね?いつから仲良いの?』
『小学6年の時、初めて話したわ』
『へぇ。……あのさ、雪ノ下さんってヒッキーのこと、好き?』
え?ちょっとなに聞いてるんですか、由比ヶ浜さん!
それ、嫌いって言われたら、どうすりゃいいんだよ。
逃げたい、けど、き、気になる。
『そうね、す、好きね//』
え、マジ?
嘘、なに、これ俺がドア越しに聞いてること前提で話してるの?
嘘告白みたいな?
『そっか……じゃあさ、告る予定とか、ある?』
『ないわ』
即答かよっ!
俺から行くしかないのか……でも、俺のこと、好きって言ってくれてるしな。
『なんで?』
『だって私、彼に嫌われているもの』
は?え、今なんて?え?俺が、雪乃のことを嫌ってる?
『え?なんでそう思うの?』
『思うじゃなくて、事実なのよ。小学校の卒業式の日に、くつ箱に手紙が入っていて、そこに、私のことが嫌いだって書いてあったの』
『え?でも、ヒッキー全然そんな感じじゃないじゃん』
『多分、忘れてしまっているのよ。それだけ、彼にとっては、どうでもいいことだったのよ。……でも、私は忘れない。絶対に。簡単に忘れられることではないし、忘れてはいけないから……』
『そう、なんだ……。そういえば、ヒッキー遅いね』
やべっ。俺飲み物買って来る予定だったんだ。
ダッシュで行って来なきゃな。
走っている最中も、ずっとさっきのことを考えていた。
書いているうちに、どこで切ればいいのか分からなくなって、長くなってしまいました。
今回も読んでくださりありがとうございます。