朝起きる。
それは当たり前のことだが、とても辛いことだ。
あー、戸塚か雪乃が毎朝起こしてくれたらすぐに起きんのになぁ。
「小町、時間大丈夫か?」
「ん?おわっ、やばっ!」
俺はとっとと席について朝ご飯を食べる。
早く学校に行って、戸塚と雪乃に会わなければいけないからだ。
「なんかおにーちゃん最近学校行くの早くない?なんかあるの?」
「べべべべべつに?」
「何回ベって言ってんの?てか、絶対何かあるじゃん」
流石小町。俺のことをよく分かっていらっしゃる。
「まぁ、ちょっとな?」
「なになに、好きな人できたの?」
「ぶはぁっ!」
やばい、飲んでた牛乳吹いてしまった。
てかなんで女子ってすぐその手の話に結びつけたがんの?
「へー、あのお兄ちゃんがまさか恋するとはねぇ〜。その人はどんな人?いつから好きなの?」
「まぁ、簡単に言えばすっげぇ可愛いな。小学生の頃から好きだぞ」
「え、お兄ちゃん小学生の頃から好きな人とかいたの?てか未だに初恋拗らせてるの?もう諦めなってぇ〜、可愛い人がお兄ちゃんのこと好きにならないよ」
「いや、それは……」
言葉が詰まってしまう。
確かにあの時、俺が廊下で盗み聞きをしていたときに、彼女は俺のことを「好き」と言ったのだ。
「どしたの、お兄ちゃん?」
「あ、いやなんでもない。つーかそういうこと言っちゃだめだぞ。俺は諦めないからな」
「うっわ、流石お兄ちゃん。執念深いね。でも、小町は応援してるよ。あ、今の小町的にポイント高い!」
「はいはい。ま、いつか雪乃に会わせてやるよ」
「へぇー、雪乃さんって言うんだ。楽しみにしてるね!ってことで学校に行こう!自転車後ろ乗せてねっ?」
ヤダなにこの子あざと可愛い。
よーし、お兄ちゃん頑張っちゃうぞ!
妹と二人並んで歩く。
まさに至福の一時。
「なあ、小町はそういうのないのか?」
「うん?あー、そういうこと聞いちゃうのはポイント低いよ」
「そう、だよな」
あー、もうお兄ちゃん心配になって来ちゃった!
でも変に探りを入れると嫌われちゃうしなぁ。
思春期の女の子って大変!
教室の中は今日も騒がしい。
職場見学がなんやかんやしているからだろうか。
ま、いつも通り余ったチームに入れてもらえばいいだろう。
雪乃と組みたかったなぁ。
「比企谷君、おはよっ」
ん?ああ、戸塚か……。
なに!?戸塚?
「毎朝俺の味噌汁作ってくれ」
「えっ!?どういう意味?」
やべっ、うっかりプロポーズしてしまった。
「あぁ…いや、別に。ただ寝ぼけてただけだ」
「もう……びっくりしちゃうじゃん。そういうのは、雪ノ下さんに言わなきゃ、ね?」
「「は?」」
誰かと声が重なった。
あー、あいつか。
なに、聞いてんの?
お前はリア充組としゃべっとけ!
「い、いやぁ。それは……。ほら、あれだし」
朝の小町といい、戸塚といい、今日はその話ばっかだな。
「あ、あははっ。比企谷君かわいいね!」
え?戸塚の方が何億倍も可愛いよ?
つーかなんか恥ずかしくなってきたんだけど。
そんな俺面白いことした?
「戸塚?大丈夫か?」
「あ、うん。ごめんね、笑っちゃって」
そう言いながらもまだ少し笑っている。
「いや、全然いいけど。戸塚って意外とそういう話するんだな」
「いつもしてるわけじゃないよ?ただ、比企谷君分かりやすいから。結構見てるこっちが…って思うことあるよ?あ、頑張ってね!」
うわぁ、マジか恥ずかし。
「あぁ…まぁ、追々な」
なぜかなんとなくしか返事ができなかった。
いや、なぜかじゃないな。理由なんて分かり切っている。
ちゃんと言わないといけないことも、知らないといけないことも。
でも、そう一筋縄じゃいかないんだよなぁ。
本当に面倒くさいことしてくれたもんだよな、誰かさんよぉ。
「あぁ……どうしよっかな……」
つい独り言が漏れてしまった。
「えっと、大丈夫?」
「ねぇねぇゆきのんたち職場見学行くとこ決めた?」
今日も部室で読書していると、携帯をいじるのが飽きたのか、由比ヶ浜が話しかけてきた。
「……まぁ、そうね」
「なんかそっけな!?もっとおしゃべりしよーよー」
「……はぁ。今いいとこだったのに」
雪乃が由比ヶ浜に聞こえないくらいの声量で文句を言う。ちょっと拗ねた感じが可愛い。
「ゆきのん将来の夢とかある?」
「……私は、特に、ないわ」
「なんでそんなとぎれとぎれ?別に決まってなくても大丈夫でしょ。てかゆきのんなんにでもなれそう!」
「そんなこと、ない。私は……」
雪乃は目を伏せてしまう。それでも、傍から見て、かなり悲しそうな顔をしていたことは分かった。
「失礼します」
いきなりドアが開いた。ノックくらいしろよと思って見ると、見知った奴が入って来た。
「やぁ、雪乃ちゃん。久しぶり。比企谷もだね」
「お、おう」
あんまり俺に話しかけてこないでほしいんですが。ほら、由比ヶ浜が信じられないものを見ているような顔になってるから!
「入るときはノックぐらいしろよ」
「え?したんだけど」
「うん、してたよ。ゆきのんもヒッキーも反応しないからあたしがどうぞって言ったの」
「そ、そうだったの。由比ヶ浜さん、ありがとう」
そう言って雪乃は笑顔になる。
今の言葉からして、雪乃も気づいてなかったようだ。
「で、なんの用だ?」
「あぁ、これなんだけど」
そう言って葉山は携帯を見せてくる。
うぅ…雪乃と葉山の距離が近い。
俺が間に入ってやりたいが、こういうとき「みーせーてっ」ができないんだよなぁ。
「……チェーンメールね」
「あ、それあたしのとこにも……」
「やっぱりか。これがクラスに出回ってから、なんか雰囲気が悪くなって。だから、丸く収めたいんだけど」
「丸く収める、ね。犯人を探して注意を促すしかなさそうね」
まぁ、それが妥当だろう。
しかし、こういう時どうやって犯人を探すのだろうか。
「あー、俺は犯人探しがしたいんじゃないんだけど……」
「じゃあどうすんだよ?」
あの時のことを思い出して、少し口調が荒くなってしまった。
何も解決策なんてないのに、解決方法だけは文句をつけてくる。
「比企谷君?」
雪乃に心配そうな顔で見られてしまった。心なしか、泣いているようにも見えた。
「あ、いや、えっと……」
「いや、今のは俺が全面的に悪かった。比企谷、ごめんな」
こういう時ちゃんと謝れるのが葉山のいいところなのだろう。
「あー、いや、俺も、なんだ、その――」
「分かった!!」
なんだよ。ちゃんと謝ろうと思ったのに。うるせぇな。
「何が分かったの?」
「これ、職場見学のグループ決めが原因じゃない?ほら、イベントのグループって結構大事だし!」
「そう、か。職場見学は3人一組だから……」
そこまで言って、葉山はうつむいてしまう。
ま、別に助けてやる義理なんてないし?でも、雪乃にカッコいいところを見せるためなら?少し助言くらいしてやってもいいけど?
「葉山、俺にいいアイディアがある」
葉山が俺を縋るような目線で見てくる。
やめろよ、そんな目線で見てくるとか、誰トクだよ。
見られるなら雪乃がいい。
「お前、俺と戸塚と組め」
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