「比企谷小町です!いつも兄がお世話になっています」
急に小町が現れて、自己紹介タイムになった。
それよりもお兄ちゃんとしては隣にいる男子が気になるんですが。
「戸塚彩加です」
「うはぁー、可愛い人ですね。ね、お兄ちゃん」
戸塚の可愛さに気がつくとは流石小町だ。
だが、言ってやらないといけない言葉がある。
「男だけどな」
「えっ?」
「えーと、由比ヶ浜結衣です」
「ん?んん?」
「……雪ノ下雪乃、です」
「雪乃?あっ、もしかして、おにーちゃんのはつこ――」
「小町ちゃん?いらないこと言っちゃだめよ?」
「川崎大志っす。姉ちゃんが総武高校で川崎沙希って言うんすけど……」
川崎沙希とは聞いたことない名前だな。
大体聞いたことないけど。
それよりも大志と言ったな、小町とどういう関係なんだ?場合によっちゃお前を――
「あっ、川崎さん?同じクラスだよ?」
えっ?ウソマジ?知らなかった〜ごっめーん。テヘペロ。
「それで、大志君のお姉さんが最近不良化したみたいで」
「帰りがすごい遅いんす。5時とかに帰ってきて」
「ご両親はなにも言わないの?」
「下に弟と妹がいるから、姉ちゃんにはあんまうるさくは言わないんす」
「そうなったのは、いつぐらいからかな?」
大志と小町と戸塚と由比ヶ浜で会話を回している。
その間、雪乃はずっと居心地悪そうにしていた。
「雪乃、どうした?体調悪いのか?」
他の4人には聞こえないくらいの声で雪乃に聞いてみる。
「その……別に、そういう…訳では」
なんとも歯切れの悪い答えだ。
心配になってくる。
「無理しなくていいんだぞ」
「………」
雪乃は少し由比ヶ浜から距離をとってから、うつむいてしまった。
「ということで、エンジェルなんとかに行きます!」
由比ヶ浜が元気な声で言う。
「いや、どういうことだよ……」
「ヒッキー聞いてなかったの?川崎さんがそこでバイトしてるみたいなんだよ。だから、みんなで行こうって」
「ドレスコードがあるから普通の格好では入れないわよ?」
「え、そうなの?あたしそういうの持ってない……」
「ぼくもない、かな……」
「俺はなんとか用意はできそうだけど」
「私は持ってはいるけど……」
正直少し体調が悪そうな雪乃に無理はさせたくない。
「わざわざ行かなくていいだろ」
「でもそれじゃあ」
「比企谷君、服は用意できるのよね?」
「え、あぁ、まあ」
「それなら私の姉と一緒に行ってもらえないかしら」
「おっ、比企谷君!久しぶり〜」
ホールで待っていると、雪乃の姉、陽乃さんが来た。
「お久しぶりです」
一応お辞儀しておく。
この人に嫌われると後々厄介になりそうだ。
「最近どうなの?雪乃ちゃんとは。もしかして、付き合ってる?」
エレベーターで上がりながら、話しかけてくる。
「いえ別に。というか、最近距離ある気がします」
サイゼに行くときや、話しているとき、こっちが距離を詰めると雪乃が距離をとってしまう。
「どんな感じで?」
「……なんか、少しでも触れると嫌がられたり、距離を詰めると怖がられたりしてます。泣きそうな目で見られることもあるんですよね」
もしかしたら、この人だったら何か知っているのではないかと、全部正直に話してしまった。
「ふーん。多少は好かれてるんだね」
「は?いや、嫌われてるの間違いじゃないですか?」
「もぉ〜、雪乃ちゃんのこと分かってないなぁ〜」
少しふざけた感じで言っていたが、すぐに真面目な顔になった。
「怖いんだよ。裏切られるのが。雪乃ちゃん、すごい繊細だから。一度傷つくと、元に戻らないくらい壊れちゃう」
「それは、どういう……」
「大切に思っている人に距離を縮められたら、比企谷君はどう思う?」
「そりゃあまぁ、嬉しいですけど……」
「普通はそう思うよね。でも雪乃ちゃんは違う。怖くなるんだよ。いつ裏切られるのかって」
「……俺は、そんなこと」
「比企谷君がどう思ってるのかは雪乃ちゃんには分からないからね。大切に思っているから、裏切られたくない。だから、雪乃ちゃんはスキンシップとか、過剰に嫌がるよ?無理に距離を縮められるだけで、泣きそうになるくらい怖いの」
「なんで、そんなことに……」
「比企谷君知らないの?手紙だよ、覚えてない?」
「それは……俺は」
「ふふっ、大丈夫だよ。私は分かってるから。比企谷君は書いてないんだよね?」
「はい……」
「でも雪乃ちゃんは比企谷君が書いたと思ってる。それで、傷ついたんだよ。元に戻れないくらい。まぁ、もともと難しい子だったけどね」
「どうすればいいんですか?」
「知りたい?それで雪乃ちゃんが傷つくとしても?」
そう言って俺を真っ直ぐ見つめてくる。
凍えるくらい冷たいその目は、俺の覚悟を確かめているようだった。
「雪乃が傷つかないやり方をとるつもりです」
「まぁ、ぎりぎり及第点かな。いいよ、使えるかは分からないけど、教えてあげる」
そう言って陽乃さんは一息つく。
「大切な人には裏切られるから怖いけど、普通の人には大丈夫なの。例えば、名前くらいしか知らないクラスメイトとか。物理的に距離が近くても、裏切られる心配はないでしょ?もともと大した関係じゃないから」
「でもそれじゃあ……」
「でも、今の比企谷君くらいの関係だと、裏切られる心配が出てきちゃう。だから雪乃ちゃんが距離をとろうとする。スキンシップを嫌がる。照れてるとかより先に、本能的に」
俺は無言でうなずく。
確かに雪乃は由比ヶ浜が近づいてもだめだった。
「でもね、大丈夫な関係もあるんだよ。例えば家族とか。信頼度高いでしょ?まぁ、これは比企谷君は使えないけど」
そう言って陽乃さんが少し笑う。
その笑顔を見て、自然と力が抜ける。
自分でも気が付かないうちに、かなり力が入っていたようだ。
少し周りを見ると、もうエレベーターから降りていることが分かった。
「本気で雪乃ちゃんに好かれればいいんだよ」
その声は冷たく、俺に言ったというより、もっとたくさんの人に言い放っているような気がした。
「中途半端でもなんでもなく、本気で。雪乃ちゃんが絶対近づきたいって思えるくらい。そのくらい難しい子なんだよ。そのくらい繊細な子なんだよ。だから、比企谷君も、中途半端に雪乃ちゃんに近づいて、傷つけるんだったら、私が雪乃ちゃんを守るから」
陽乃さんは、本気で俺を見てくる。
それは、俺を敵視しているようだった。
恐らくいたのだろう。雪乃に近づきたいと思った奴が、何人も。でもそいつらは雪乃を傷つけるだけ傷つけて、離れて行った。
だからこそ、陽乃さんは俺の覚悟を確かめる。中途半端に近づいてはいけないから。最後まで、責任を持って臨めるのかと。
ここで中途半端な返事をしても、陽乃さんに敵視されるだけだ。だから俺は、できる限り真剣に答える。
「俺は、別に無理に近づきません。雪乃が許容できる範囲で近づいて、それで……。少しずつ信頼してもらって、少しずつ距離を縮めたいと思っています」
「それ、すごい時間かかると思うよ?比企谷君が途中でやめたら、さらに雪乃ちゃんを傷つけることになるよ?」
「途中でやめる気なんてありませんよ」
自分でも驚くくらいすっと言葉がでた。
「せっかくまた会えたんです。正直もう会えないと思っていました。だから、諦める気なんてありません」
「……比企谷君、すごいね」
「はい?」
「だって、こんな重いこと、普通ならわざわざ背負わないでしょ。面倒くさいし、責任重大だし」
「まぁ、それ込みで雪乃といたいんで」
そう言ってフッと笑う。一度笑ったら、止まらなくなってしまった。
つられたように陽乃さんも笑う。
「それじゃあ、行こっか」
陽乃さんが歩き出すのにつられて、俺も後ろに続いた。