ヤバい、ヤバい。
何がって、ここは男がエスコートするのが普通らしく、陽乃さんが俺の右肘を摑んでくるんですよ。それで、その、ここまで言えば分かるでしょ。とにかく右肘がヤバい。
俺は雪乃一筋、雪乃一筋。
いやでも顔は雪乃に良く似ているし、雪乃には無いものも持っている。雪乃が劣っているという訳ではないんだけどね、男子的には陽乃さんの方がすごいというか、何というか。だめだ、これは雪乃に言ったら殺される。禁句だからな。
いや、そこがいいんだよ。気にしてない風を装って実はめっちゃ気にしてるのが可愛いんですよ。
由比ヶ浜が伸びしてる時とか、チラっと見てため息をついく感じとかマジで可愛い。可愛いんだけどね?無いことには変わりないからさ、どうしても……いや、俺は一部で人を判断しないから!
俺は雪乃一筋、雪乃一筋。
ふぅ、少し落ち着いてきた。いや、こんなこと思ってる時点で落ち着いてなんかないんだけど。
「比企谷君、どうしたの?」
「ひゃう!」
耳もとでささやかれ、陽乃さんの吐息がかかって変な声がでる。
「……比企谷君ってもしかして、浮気者?」
「い、いや俺は一途ですよ?小6の時から雪乃一筋ですし」
「ほんとかなぁ」
やめてください。俺が死にます。
そんなにくっつかないで!
ああ、右肘が幸せ、じゃなくて!とにかくヤバい。
早く帰りたいよぉ。
カウンター席に案内され、なんとか陽乃さんが離れてくれる。危ない、危ない。俺がうっかり死んじゃうところだったよ。
座ると、目の前に女性のバーテンダーがいた。名札には、『川崎』と書かれている。
「川崎、か?」
「すみませんがどちら様でしょうか」
「ありゃ、比企谷君同じクラスじゃないの?」
「いや、まぁなんか色々あって……」
「比企谷?いた、かも」
「あ、私は雪ノ下陽乃です」
「……雪ノ下って」
「雪乃ちゃんのお姉ちゃんだよ〜」
川崎は少し険しい顔になる。
「姉妹で全然似てないが、本当に姉だ」
「比企谷君ひっどーい。私雪乃ちゃんとそっくりだよ!」
「……顔だけはね」
「あー、確かにぃ、私は雪乃ちゃんが持ってないもの持ってるからなぁ」
耳もとでささやくのやめてもらえませんかね。
くすぐったいのと恥ずかしいのとが色々混ざりあってヤバいことになるんで。
「性格とかですよ」
「で、何しに来たの?」
「最近帰るのが遅いって弟が心配してたぞ」
「大志が何言ったのか知んないけどもう関わんないで」
「川崎さん、あなた何時まで働いてるの?」
「っ!それは……」
「いや、金が必要なのはわかるけど」
「は?あんたに何が分かるって言うの?あたしのためにお金用意出来んの?うちの親が用意出来ないのをあんたが肩代わりしてくれんの?」
「それってさ、何に使うお金?」
「雪ノ下さんには関係ないことです」
「ふーん、そんなこと言うんだ。うちの親、保護者会の理事なんだよね。それに、父親の仕事柄で、地元との繋がり強いし」
「いいですよね。県議会議員と会社の社長で二足のわらじでしたっけ?とりあえず進学しとけば後継ぎで確実に上位職。そんな恵まれている人に私の事情が分かりますか?」
「……あなた、雪乃ちゃんと関わりは?」
「名前と顔が一致するくらいですけど」
「そう、なら良かった。今後も雪乃ちゃんに近づかないでね?」
うわぁ、いい笑顔でとんでもないこと言うな、この人。
つーか県議会議員と会社の社長って何?そんなすごいの?普通じゃないとは思ってたけど、まさかこんなにすごいとは。
「それに、あなただってうちの事情分からないでしょ。結構大変だよ?普通に面倒くさいし」
「恵まれているんだからそのくらいは――」
「じゃあ、あなたにも恵んであげよっか?その場合、恵まれている人に恵まれていることになるけど」
「……何が言いたいんですか」
「やだなぁ、あなたが私の禁句を口にしちゃったからじゃん。自覚、ないでしょ?私の事情全然知らないもんね」
「……恵まれているんだから、それ以外のことで不自由なのは我慢するべきです」
「なら、私が我慢してることをあなたは我慢しなくていいんだからそれ以外のことで不自由するのは我慢するべきじゃない?」
「我慢じゃどうにもならないんですよ。うちは家族多い割に親の稼ぎが良くないんで」
その言葉が出てきた瞬間、陽乃さんがニヤッと笑った。
恐らく、川崎が働く理由を言わせるためにずっと誘導しながらしゃべっていたのだろう。つまり、川崎は見事に手のひらの上で踊らされていたわけだ。ナニそれこわっ。
「そもそもあなたの家は雪ノ下と雪ノ下さんの姉妹だけですよね。不公平もいいところですよ」
「じゃあ、あなたはあなたの兄弟いなかった方が良かった?」
「そんなことは言ってません」
「それは良かった。あなた、一番上?」
「はい。下に弟と妹がいます」
「何歳か聞いてもいい?」
「上の弟は中3です。他は小学生」
「そっか。学費が足りてないのかな?」
「……」
「弟さんの学費は大丈夫だよね?じゃあ、あなたの学費か」
「そうですよ。私大学行きたいですし。でもそのせいで大志の選択の幅が狭くなるのは――」
「うんうん、よく分かるよ。私はシスコンとかブラコンの気持ちはすごい分かるから」
「分かって何になるんですか」
「いやぁ、ね。私の選択の余地がないのは我慢するんだけど、雪乃ちゃんが好きに出来ないのは嫌なんだよね」
「雪ノ下さんと雪ノ下ならどの大学だって行けるんじゃないですか?私立だって、国公立だって」
「うーん、私がしてるのはもっと先のことなんだけどなぁ。例えば職業とか。私が医者になりたいって言っても多分認めてもらえないよ?後は…結婚相手とか」
「っ!?」
つい反応してしまった。
陽乃さんの口ぶりからすると、陽乃さんの自由はあまりないのだろう。ならば、雪乃は。
もしないのだとしたら――。
「比企谷君何反応しちゃってんの?可愛いなぁ。もしかして、雪乃ちゃんのこと考えちゃった?」
「え?あ、べ、別に……」
「大丈夫だよ。雪乃ちゃんの自由は絶対私が守るから。まぁ、雪乃ちゃんに好かれないと結局だめなんだけどね。頑張ってね」
くそっ、絶対はめられた。
本当にこの人怖い。普通に会話してるだけなはずなのにどこかで捕まってしまう気がする。
「あの、結局何が言いたいんですか?」
「あなたさ、そのアルバイトで稼いだお金、大した金額じゃないでしょ。その時間勉強に使った方が将来的に見て時給が良いと思わない?」
「大した金額じゃなくても必要なんです」
「今さ、スカラシップ制度とかあるんだよね。私も大学受験の時それとってさ、親に秘密にしてたの。そしたら予備校の授業料全部私のところに入ってきて、よく雪乃ちゃんと二人でお出かけに行くのに使ったんだよねぇ。途中から雪乃ちゃんとデートするためにスカラシップとってたんだよね。途中から授業料高いとこに変えてさ。もうね、雪乃ちゃんが可愛いの!私と出かけてるときすごい楽しそうでさぁ」
この人マジか。俺がやろうとしてたことやってるし。
予備校のスカラシップ狙う理由が『妹とデートするために』とか、どんなシスコンだよ。
それよりも、出かけてるときの可愛い雪乃の写真はありませんか。お願いします、見せてください。
「えっ……」
川崎が素で引いている。流石にそこまで重度のブラコンではなかったのか。
「まぁ、私の場合、雪乃ちゃんの可愛い顔を見るためだったんだけど、あなたの場合はどうなのかな?頑張ってみる価値はあるんじゃない?私たちはもう帰るね。お金、ここ置いとくから」
「あっ、俺自分の分は……」
「大丈夫だよ。まだ予備校の授業料の分、大量に残ってるから」
えぇ……。どんだけ高いとこに行ってたんだよ。
読んでくださりありがとうございました。
今回は陽乃のシスコンぶりを中心的に書きました。
雪乃ちゃんは大人気です。