「これから三日間、皆さんのお手伝いをします。この林間学校で素敵な思い出を作ってくださいね」
なんとか荷物を運び終えて小学生たちと合流する。
てかなんで葉山が最初の挨拶してんの?いや、なんとなく理由は分かるけど。小学生や教師陣から拍手やら黄色い悲鳴やらなんやらが湧き上がってくる。
お前らは猿かよ。なにキーキー言ってんだ。べ、別に葉山が羨ましいって訳じゃないんだからね!いや本当に。
あいつはいつも疲れそうな生き方をしている。周囲から期待され、それに応えなければいけない。俺だったら耐えられないね。それで応えれなかったら失望されんだぜ?たまったもんじゃねぇよ。
失望するのが、されるのが嫌なら最初から期待しないんだよ。
そう、だから俺も期待してはいけないはずなのに、どこか期待してしまっている。もしかしたら、彼女は、俺を、今でも――
「それでは、オリエンテーリングスタート!」
先生のテンションの高い掛け声で小学生たちが一斉に固まって走り出す。恐らく最初から班を決めていたのだろう。こういう班決めってツライよね。先生が「班を決めま〜す」って言う前から班が決まってんだぜ?おかげで余りグループに入るしか無くなんだよな。で、その余りグループはみんな仲良くない奴ばっかだから一人がたくさんいるって認識なんだよ。まぁ、俺には雪乃がいたけど。俺の中じゃあ俺と、雪乃と、その他数人って認識だったな。もはや何人いたかすら覚えてなかったまである。
「うわ〜、小学生とかマジで若いわ〜。俺らとかぁ、もうおっさんじゃね?」
「やめてよ。あーしがババアみたいじゃん」
おっさんでもババアでもどっちでもいいだろ。いや、どっちでもよくねぇな。違うわ、おっさんでも高校生でもどっちでもいいだろ、だった。
そう、自分は若いという期待をしないのだ。その期待をしてしまうと、自分が老いたときにショックを受けることになる。
こういう些細なことまでちゃんと考えてこそ一流だ。だから彼女のことも考えてはいけない。期待なんてもってのほかだ。って、こんなこと考えてる時点でだめなんだけどね。
「でも、ぼくが小学生の頃は高校生ってすごく大人に見えたなぁ」
「小町から見ても高校生は大人って感じしますよ。……兄を除いて」
「なんでだよ。俺超大人っぽいだろ。愚痴をこぼしたり、汚い嘘ついたり、卑怯なことしたり」
「ヒッキーの大人のイメージってそんな悲しいものだったの?」
「いや、俺は現実を見ているだけだ」
そう、俺はいつだって現実を見ていた。もはや現実しか見ていなかったまである。理想だとか、偏見だとか、そういうのはなるべく見ないようにして来たつもりだ。
「大人でなくても嘘をついたり卑怯なことをする人だっているわ。……ソースは小学生の頃の――」
ここで実体験持ってくるとは流石です、雪乃さん。
でも確かにそうだ。小学生だから、高校生だから、大人だから、というのは間違っている。等しく同じ人間だ。ただ生きている歳月が違うだけ。確かに、生きている時間が長い方が正しい可能性が上がるのだろうが、それでも完璧な訳ではない。きっとどこかでみんな間違える。それが何度なのか、いつなのかは人それぞれだけど。
俺はいつ間違えるのだろうか。あるいは、もう間違えたことがあるのだろうか。あと何回間違えるのだろうか。俺は今まで間違えたという自覚があったことがない。――ただ、今なんとなく自分が間違えそうだと、初めて思っている。
彼女は俺に対してどう思っているのだろうか。期待しない方がいいことくらい分かっている。それでも、この前の反応や、さっきの様子だと、どうしても期待しないというのが難しくなってしまう。
他に何か意識をそらせることがあったらいいのだが……。いかせん、俺にはこのことよりも興味があることは持ち合わせていない。
小町のこととか?シスコンっていわれるしなぁ。戸塚とか?海老名さんいるしなぁ。ん?海老名さんって?なんで今すんなりと人の名前が出てきたのだろうか。不思議なこともあるものだ。
「ゆ、ゆきのんもっとテンション上げてこーよ」
雪乃の闇を垣間見てしまった由比ヶ浜が慌ててフォローする。残念だったな、由比ヶ浜。雪乃の闇はまだまたこんなもんじゃないぜ。俺のもあわせたらこの楽しいはずの林間学校が軽く闇へと葬られてしまうレベルだ。なんなら夏休み自体黒歴史化してしまうまである。
俺は独りで何考えてんだ。
「あぁ、そうか。その子比企谷の妹だったのか。戸塚の妹にしては似てないと思ったんだ」
「さいちゃんの妹はないよ〜。まだゆきのんの方が似てない?」
それ髪の色だけだろ……。にしても、戸塚の妹か。もし俺が戸塚とけっ……っぶねえ。危険な道に走るところだったぜ。
「いや、雪乃ちゃんに妹はいないから」
「え、隼人なんで知ってんの?」
危険を察知したか。……えっと、誰だっけ。確か獄炎の女王とかなんとか。
「昔から付き合いがあってね。小学校も同じだったんだよ」
「ってことはヒッキーとも?」
「まぁそうだね。でも比企谷とは一年も付き合いがなかったから、家族構成までは知らなかったな」
はいはい、そういう「俺の方が付き合い長いから!」アピールはいりませんよ〜。そんなの重々承知だし。
「お兄ちゃん、大変大変!」
「どした?」
「あのイケメン相手にしたらお兄ちゃんに勝ち目無しだよ。危険信号だよ!」
「……なぁ小町。どうやったら勝てると思う?」
「お、お兄ちゃんが勝つことを目標にしてるなんて!いつもなら『最初から勝負しねえんだよ。そしたら負けないだろ?』とか言うのに」
「うわぁ、ヒッキー言いそう……」
なんで俺言ってないのに引かれなきゃいけないの?まぁ多分勝つ必要なかったらそう言ってただろうけど。
俺たちがどうでもいい話を知り合いだけでしている間にも、リア充軍団はどんどん小学生たちに話かけている。
今話かけているのは、小学生の中ではイケイケ系女子たちだ。あれは確実にリア充の卵だな。と、その中に一人、一歩ほど遅れて歩いている女子を見つけた。
「………」
雪乃が小さくため息をついた。やはりボッチはボッチを見つける能力に長けているようだ。
まぁ孤独が悪い訳ではない。友だちがいて学べることがあるのなら、友だちがいなくて学べることだってある。この二つは表裏一体で、等しく価値があるはずだ。俺は信念を持って知らんぷりを決め込んだ。
この手のことは関わると後々面倒なのだ。ソースは小学生の頃の俺。あの時は雪乃のためだったからまだ良かったけど、今回は全く知らない人だ。それに、俺がズカズカと入っても、ロリコン呼ばわりされるだけだ。
でも世の中にはそうは思わない人もいるんだな、これが。
「チェックポイント見つかった?」
その女の子に声をかけたのは、葉山だった。
「……いいえ」
「そっか、じゃあみんなで探そっか。名前は?」
「鶴見、留美」
「俺は葉山隼人。あっちの方とか隠れてそうじゃない?」
言いながら葉山は鶴見の背中を押して誘導していく。
「……あいつすげぇな。超ナチュラルに名前聞き出したぞ」
「あなたには一生かかってもできない芸当よね」
「いや、俺一回やったことあんだけど……」
しかも雪乃に。まぁあれが最初で最後だろうけど。もしかして雪乃は覚えていないのだろうか。
「……私に?」
「覚えてない?」
「覚えているわ。まさかいきなりなんの脈絡もなく名前を聞かれるとは思っていなかったから……。少し驚いたもの。まぁあれも、あなたが会話慣れしていなかったからなのでしょうけど」
そう言って雪乃は微笑む。良かった、覚えててくれた。なんだか妙に嬉しくなってしまう。
「雪乃ちゃん、こっちだよ?どこへ行くのかな?」
唐突に葉山が雪乃に話かけてきた。
「え?あ、わ、分かっているわよ……」