幼なじみの彼女は   作:有機物

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彼は独り苦悩する

今晩の夕食はキャンプの定番、カレーだ。

まずは小学生たちにお手本として炭に火をつけることになっているらしい。

 

「ます最初に私が手本を見せよう」

 

言うが早いか、平塚先生が火をつけ始める。しばらくうちわで適当に煽っていたかと思うと、まだるっこしくなったらしく、いきなりサラダ油をぶっかけた。たちまち火柱が上がる。危険なので絶対に真似しないでください。

 

「キャッ」

 

びっくりした雪乃が俺にひっついてくる。全然危険じゃないんで、もっとお願いします!むしろ危険なのは雪乃の可愛さではありませんか?

 

「ざっとこんなところだな」

 

「なんかめちゃくちゃ手馴れてますね」

 

動きが機敏でしかもサラダ油という裏技まで飛び出してたし。

 

「ふっ、これでも大学時代はよくサークルでバーベキューをしたものさ。私が火をつけている間、カップルたちがいちゃこらいちゃこら。そう、君たちみたいにな。……ちっ、気分が悪くなった」

 

俺と雪乃を最初は温かい視線で見ていたが、途中から睨むように変わっていった。

 

「男子は火の準備、女子は食材を取りに来たまえ」

 

その言葉を聞いて雪乃が離れてしまう。そして由比ヶ浜たちと一緒に食材を取りに行ってしまった。

ここで男女を引き離すのは過去の恨みが入ってませんか、大丈夫ですか。

残されたのは俺と戸塚と葉山と戸部。

 

「じゃ、準備するか」

 

俺は仕方なく軍手をはめて団扇をとり、パタパタと風を送り込む。

 

「熱そうだね。何か飲み物取ってくるよ」

 

俺は心のスイッチを切ってひたすら無心で扇ぎ続ける。そうでもしないと暑さでやられそうだ。

 

「お待たせ」

 

戸塚が俺の頬に冷たいコップを当てる。冷やっとした感触に俺の心臓がドキッと跳ねた。

見上げると、いたずらに成功したのを喜んでいるような純真無垢な戸塚の笑顔。

 

「おお、サェンキュゥ」

 

動揺したせいで声がちょっと裏返り、発音がよくなってしまった。

 

「……代わるよ」

 

ふっと笑みを漏らした葉山が交代を申し出てくれたので、お言葉に甘える。

俺は陽の当たるベンチに腰掛けてお茶を飲む。

そこへ、女子たちが戻って来た。

 

「隼人すご〜い♪」

 

三浦が感動の雄叫びを上げる。そしてチラリと俺の方を見られた。「なんでヒキタニはサボってんの?」みたいな空気をびんびんに感じる。

 

「比企谷が大体やってくれたからな」

 

おお、さりげないフォロー。でもそのフォローが逆に、「かばってあげてる隼人優しい……キュン☆」みたいになってるが。

すると雪乃が洗顔ペーパーを持って俺の方に来る。

 

「お疲れ様。でも軍手で顔を拭うのはだめよ?」

 

そう言って持ってきた洗顔ペーパーで俺の顔を拭いてくれる。完全な不意打ちだったので、変な息が漏れる。

 

「おぅ……」

 

小町が平塚先生と一緒に歩いて来る。二人はやけに楽しそうにクスクスと何事か笑い合っている。

 

「ほら、やっぱり………ですって」

 

「どうやらその通りのようだな」

 

「いやー、小町嬉しいなー。ね、お兄ちゃん!」

 

「何がだよ」

 

「え〜。分かってて言ってるの?ね、雪乃さん」

 

「えっ、私?えっと……」

 

雪乃も分かっていないらしく戸惑っている。小町と平塚先生は相変わらず楽しそうに笑っているが。

 

 

 

 

 

なんとなくの分担だったが、俺たちの分はすぐに準備が整った。周囲を見渡せば煙があたりに散見できる。

小学生たちにとっては初めての野外炊飯だ。苦戦しているグループも結構あるように見受けられる。

 

「暇なら見回って手伝いでもするかね?」

 

「まぁ、小学生と話す機会なんてそうそうないしな」

 

葉山は結構乗り気なようで、そんなことを言う。こいつが賛成だったらほぼ全員賛成だろうな。

 

「俺、鍋見てるわ……」

 

宣言し、早々に離脱、できたら良かったのに……。

 

「気にするな比企谷。私が見ててやろう」

 

小学生たちは高校生の登場をちょっとしたイベントのように捉えているのか、えらい歓迎のされようだった。

しかし、一人だけ弾かれているあの少女だけは存在を薄くしていた。

小学生たちにとっては、彼女が一人でいることは日常的な光景なのだろう。だから、別に気にしたりしない。けれど、外部の人間からするとやはり気にかかる。

 

「カレー、好き?」

 

葉山が声をかけていた。

しかしそれは悪手である。

葉山の質問にどう答えても確実に悪感情が発生する。

 

「……別に。カレーに興味ないし」

 

冷静を装って素っ気なく答えると、すっとその場を離れた。この場は戦略的撤退しか手がない。最初から切れるカードなどないのだ。

鶴見は、なるべく人の目を集めないような場所へと動いた。人の輪の外、すなわち、俺のいるところである。ちなみに雪乃は俺のすぐ隣で時々肩をちょっとぶつけて楽しそうにしている。ナニそれめちゃくちゃ可愛いじゃん。これはもう国宝級の可愛さですね。

 

「はぁ、バカばっか」

 

鶴見は冷たく響く声で言う。

 

「まぁ、世の中は大概そうだ。早めに気づいて良かったな」

 

俺が言うと、鶴見は不思議そうな顔でこちらを見る。値踏みでもするかのような視線はいささか居心地が悪い。

 

「名前」

 

「あ?名前がなんだよ」

 

名前という単語だけでは何を言っているのか意味が分からず、聞き返した。すると鶴見は不機嫌さを露わにして高圧的に言い直す。

 

「名前聞いてんの。普通さっきので伝わるでしょ」

 

「人に名前を尋ねるときはまず自分から名乗るものよ。それと、この人に普通と言っても通じないから」

 

そう言って雪乃はさり気なく俺のことを見る。

 

「いや、俺超普通だからね?なんなら普通過ぎて妖怪と友だちになっちゃうくらい」

 

「そうかしら?普通というのは、そうね……戸塚君とかのことじゃないかしら」

 

「いや戸塚を普通にカテゴリしちゃだめだろ。あれは天使とか女神っじゃなかった。とにかく戸塚は人間を超えて可愛い」

 

もちろん雪乃もな。声には出さないけど。てか出せないけど。

 

「あの……。私、鶴見留美です」

 

俺たちが楽しそうに話していたからか、声を掛けづらそうに、でも掛けてくる。やっぱり元リア充軍団の一員だな。本当にボッチだったらこんな状況で声は掛けない。

 

「私は雪ノ下雪乃よ」

 

「比企谷八幡だ。で、これが由比ヶ浜結衣な」

 

由比ヶ浜が近づいて来ていたから一応紹介しておく。

しかし、由比ヶ浜が来たからか、他の三浦たちも集まってくる。すると自然にここが高校生の溜まり場のようになってしまった。鶴見はすぐにまた違う場所に行ってしまった。

 

 

 

 

 

カチャカチャと食器とスプーンの立てる音がする。鶴見を見送ってすぐ、俺たちも自分のベースキャンプへと戻って来ていた。

炊事場の近くには木製テーブルと、一対のベンチがある。それぞれが皿に盛りつけると、座る場所の探り合いが始まった。

最初に座ったのは雪乃だ。迷わずベンチの端をゲットした。ということは雪乃の隣に座れるのは一人になる。ここは俺が、と思い、雪乃のあとに続くが、葉山とぶつかった。お互い無言で睨み合う。いや、睨んでるのは俺だけだ。むしろ葉山は笑っている。だが、いつものイケメンスマイルではなく、圧力のかかった笑顔だが。そして三浦は雪乃を睨んでいる。しかし雪乃は気にも留めていない様子だ。まぁ、こいつは自覚がないからな……。

 

「小町雪乃さんの隣りっ!」

 

「「あっ!」」

 

俺と葉山が揃って肩を落とす。

 

「あ〜、ゆきのんの隣取られた〜」

 

どうやら雪乃の隣を狙っていたのは俺らだけではないみたいですね……。

雪乃は身近な人には人気があるから困る。三浦とか、その辺には全く人気無いのに。

雪乃の隣は取られてしまったから、戸塚の隣に座る。こっちも天使だからいいんだけどね。

 

 

 

 

しばらく食事を楽しんでから、食後のティータイムにうつった。

 

「大丈夫、かな……」

 

由比ヶ浜が心配そうな声でつぶやく。

何が、と問うまでもない。鶴見留美のことだろう。

 

「ふむ。何か心配事かね?」

 

「ちょっと孤立してる子がいたので」

 

問われて答えたのは葉山だ。

 

「それで、君たちはどうしたい?」

 

「俺は……できれば、可能な範囲でなんとかしてあげたいと思います」

 

あぁ、こいつはだめだ。

その言葉は確かに優しい。言った葉山にとっても、そばで聞いていた者にとっても。でも俺からすれば易しいの間違いだ。

それは希望をちらつかせて、でもできない可能性も暗に匂わせているだけだ。そんなのは誰にだってできる。

 

「お前じゃ無理だ。そうだっただろ?」

 

葉山が自覚があるのかは知らないが、俺は葉山にこういうことを解決できる能力があるとは思っていない。むしろ無いと思っている。

 

「ちゃんと君たちで話し合え。私はもう寝る」

 

 

 

 

 

「つーかさ、あの子、結構可愛いし、他の可愛い子たちとつるめば良くない?」

 

「それだわー。優美子冴えてるわー」

 

すげー、三浦すげー。マジ強者の理論だな。そして、それが通じてしまう戸部くんってやっばりすごいんてますね。そんけいしちゃうなー。

 

「無理に決まっているでしょう」

 

雪乃がはっきりと言った。

 

「ちょっと、雪ノ下さん?あんた、何?」

 

「何が?」

 

語気の荒い三浦に対して雪乃はいたって涼しげに返した。それがさらに三浦を熱くされる。

 

「その態度のこと。あと、さっきだって!」

 

「優美子、やめろ」

 

ガタッとベンチから立ち上がりかけた三浦を押し留めたのは、葉山の低い声だった。

 

「は、隼人……」

 

三浦は恐らく裏切られたように感じているだろう。もしかして、雪乃が女子に嫌われるのは、葉山が原因なのではないだろうか。

 

 

 

 

 

風呂から上がってバンガローに戻ると、既に葉山と戸部がいた。

俺は部屋の奥、一番端をに布団を敷いて陣取るとゴロゴロ寝転がっていた。

しばらくして戸塚も戻って来た。すると戸塚は俺の横に布団を敷いた。

 

「ここ、いい……よね?」

 

「ああ」

 

戸塚はゴロンと無防備に布団に転がり込む。おいおい寝返り打ったらキスしちゃうだろ。俺のファーストキスは戸塚か……。いや何考えてんだ俺。

 

「電気消すぞ」

 

「ちょ、隼人くん、なんかこれ修学旅行の夜みてぇじゃね。好きは人の話ししようぜ。俺、実はさ……海老名さんいいと思ってて」

 

「……マジで?」

 

予想外の言葉につい口が開いてしまった。

 

「え、なに?ヒキタニくんも海老名さん狙い?」

 

「いや、別に」

 

「じゃあ誰?」

 

こいつ面倒くさいな。言うまでお家に帰れまてんってか?葉山の前だけでは絶対に何があっても言わないからな。

 

「隼人くんは?」

 

しばらく黙っていると、意外とあっさりひいてくれた。

 

「俺は……」

 

言うな、絶対言うな。

 

「やめておこう」

 

「ちょ隼人くん、それないって。イニシャルでいいから!」

 

「……Y」

 

「えっ、それって――」

 

「もういいだろ、寝よう」

 

妙にもやもやとしたものがあるせいで、なかなか寝付けない。寝返りを打つと、正面に戸塚の顔がある。規則正しい寝息が聞こえる。

 

「……んっ」

 

吐息が漏れた。差し込む月明かりが戸塚の顔をほのかに照らす。艶めいた唇がむにゃっと小さく動く。

 

「こりゃ、寝れる気がしねぇな……」

 

三人を起こさないようにそっと立ち上がり、外へ出た。

林立する木々の間に、長い髪を下ろした女の子が立っている。それこそ精霊や妖精の類いと幻視するような、どこか現実離れした光景だった。

ふわりとした月明かりに照らされて、白い肌は浮かび上がるようにほのかに光を放つ。そよ風が踊るたびに、なびく髪が舞う。妖精じみた彼女は月光を浴びながら小さな、とても小さな声で歌っている。寒気すらする闇の森の中で、囁くような歌声は不思議と耳に心地よかった。俺はその光景をただ眺めている。一歩踏み入れてしまえば、彼女一人で完成してしまっている世界を壊してしまうかもしれない。そう思うと音を立てることすら憚られた。

このまま戻るか……。

もと来た道を引き返そうと、ゆっくり振り返った。が、踏み出した足がパキッと小枝を踏んでしまう。

 

「えっ!?だ、誰……」

 

雪乃がびっくりしてしゃがんでしまう。こんな暗いところで、自分しかいないと思ってたら、そりゃ怖いよな。

 

「俺だよ」

 

「比企谷、君?」

 

おそるおそる立ち上がる。

 

「驚かせて悪い。何してたんだ?」

 

「三浦さんが隼人くんの事で突っかかってきて。何もないと言っているのに……。比企谷君は?隼人くんたちの輪に入れて貰えなかったの?」

 

「いや、あいつらはみんな寝た。自分が言いたいこと言ってすぐ終わった」

 

そういえば、戸塚の好きな人聞いてなかったな。もったいないことをした。

 

「なんの話をしていたの?」

 

「あぁ、好きな人の話、だな」

 

「そ、そう。……比企谷君もしたの?」

 

「いや、俺は別に……」

 

「ひ、比企谷君はいるの?す、好きな、人……」

 

「まぁ、いるな」

 

ここで格好良く「お前だよ」とか言ったら少女漫画ならパッピーエンドなんだけどなぁ。

 

「どんな、人?」

 

目の前にいる人。いや、言えないけど。

 

「えっと……。まずすげぇ可愛いな。そりゃあもう人間離れして可愛い」

 

「……それって、戸塚君のこと?」

 

雪乃にジト目を向けられる。

 

「えっ?いやなんで?」

 

ここで戸塚が出てくるか。まぁ合ってるっちゃ合ってるけど。でもここで雪乃の口から戸塚が出てくるとは。俺そんな戸塚好き過ぎるように見えるかな?

 

「だって……比企谷君がそこまで言うのは戸塚君くらいだし。それに、女の子とは言ってないもの……」

 

「いや、今のは普通に女子なんだけど……」

 

それも、今目の前にいる。

 

「そうなの!?そう、なの……」

 

最初は驚いた感じで、最後はうつむきがちに言う。

 

「……雪乃は、いる?好きな、人。男子で」

 

「いる、けど……」

 

誰だよ。ヤバい、気になる。どうしよう。え、誰?でも聞いても言ってくれるとは思えないしな……。

 

「こ、告白されるなら、どんな感じがいい?」

 

「……好きな人に、プロポーズされてみたい」

 

それはその人のことを結婚したいくらい好きってことですか?

聞きたい、けど聞けない!

 

「か、叶うといいな……」

 

「私の好きな人が叶えてくれたら嬉しいわ」

 

そう言って雪乃は優しく微笑んだ。

可愛い。人間離れして可愛い。

いっそのことここでプロポーズしようか。いやアホか。誰がこんなところでするんだよ。そもそも断られたらどうすんだよ。生きていけないぞ?「ごめんなさい、私隼人くんが好きなの」とか言われたら部屋から出られなくなるって、絶対。

 

「私はもう戻るわ。おやすみなさい」

 

「あ、あぁ。おやすみ」

 

戻って行く雪乃を見送って、一人つぶやく。

 

「こりゃ、寝れる気がしねぇな」

 

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