「比企谷君、朝だよ。起きないと……」
何度もそう言っては俺の身体を揺さぶってくるので、ようやく俺の瞼が開いてくる。朝の光が眩しい。その光の中で、戸塚がちょっと戸惑った笑みを浮かべていた。
「やっと起きた。おはよう。早くしないと朝ご飯に間に合わないよ」
そうか、合宿来てたんだったな。俺はモゾモゾと起き上がり、敷布団を畳む。
「比企谷君はさ、夏休み不規則な生活してるでしょ」
戸塚が腰に手を当てて頬を膨らませる。
な、ナニッ?か、可愛すぎる。
「お、おお。まぁ、そうだな」
「運動とか全然してないでしょ。あっ、今度テニスしようよ」
「そうだな。そのうち連絡くれ」
人から誘われたらいつも言っている定型句がつい出てきてしまった。
「うん、分かった!そういえばアドレス交換したけどあんまり使ってなかったね」
そうだった。結構前に交換したきりだったか。
「ちょっと送ってみるね」
題名:彩加だよ。
本文:比企谷君、おはよ。初めてのメール、です。これからもよろしくね!
文字列が目に入ってきてなんか俺の心臓が凄いことになっていた。思わず盛大に咳き込む。
「ごはっ!どふっごぼっごぼっ!」
「ど、どうしたの!?」
慌てた戸塚が俺の背中を急いでさすってくれる。わぁ、小さい手なのにあったかくて柔らかいなぁ。
メールをしばらく見つめていると、あることに気づいた。
「……彩加」
「えっ?」
「あっ、いや悪い」
「嬉しい、な。初めて名前で呼んでくれたね」
「なん……だと……」
戸塚は少しばかり目を潤ませながらニッコリ微笑んだ。おいマジかよ、俺のリアル充実しすぎじゃね?
「それじゃあ、ぼくも、ヒッキーって呼んでいい?」
「それはやだ」
なんでそっちなんだよ。その不名誉なイメージが付きまとう呼び方をしてくるやつは今のところ一人しかいないし、これ以上増えられても困る。
「じゃあ……、八幡?」
ズキューン!とかそういう擬音がぴったりだった。
これは、やはり恋だ。戸塚ぁ〜。
勢い余って戸塚に飛びついてしまった。
「は、八幡……」
や、ヤバい。戸塚を押し倒してしまった。
しかし戸塚が可愛すぎる!涙目になって顔を真っ赤にしている。
「……比企谷君。なにをしているの……」
今、聞こえてはならない声が聞こえてきた。そう、俺の大好きな声なのだが、今はかなりヤバい。
「いやっ、違うっ!」
慌てて戸塚から離れる。雪乃は冷めた目で俺を見ていた。
「……もう行くわ」
すぐに踵を返してしまう。これは、ヤバいな……。
「ちょっと待てって!おいっ!雪乃!」
まだ部屋から出ていなかったから、すぐに追いつく。しかし、また勢い余って思いっ切りぶつかってしまった。
「いたっ!」
雪乃を後ろの壁に思いっ切りぶつけてしまった。
「あっ!悪い、大丈夫か?」
俺の問いには答えずに、そのまましゃがみ込んでしまう。頭を押さえて痛そうにしていた。
「雪乃、悪い。……痛いか?」
雪乃の顔を覗き込むが、うつむいたままで何も答えない。
「……雪ノ下さん、大丈夫?」
戸塚も心配そうにしている。ここは戸塚に責任はないから先きに行ってもらっとくか。
「戸塚、先行っといてくれ」
「あ、うん……」
戸塚は最後まで心配そうに部屋を出ていった。さて、なんて謝ろうか。
「……戸塚君と何をしていたの?」
「え?」
あまりにも予想外だったため、間抜けな声が出てしまった。
「いや、メールしてただけだけど……」
「本当にそれだけ?」
「本当だ」
雪乃が安心したような顔になる。
「さっきは悪かったな。立てるか?痛くないか?」
とりあえず手を差し出す。雪乃は最初はキョトンとしていたが、意味が分かったのか、おそるおそる手を伸ばす。そしてしっかりと雪乃の手を握る。
「もう痛くないのか?」
「痛いわよ」
そう言って雪乃は頬を膨らます。
「悪い。……許して、くれるか?」
雪乃は少し楽しそうな顔になる。「ふふん」と、得意そうに胸を反らす。そしてそのまま俺の腕にしがみついてきた。
「ちょ、雪乃さん?」
「どうしたの?」
雪乃は何でもない風に聞いてくる。しかし表情は正直で、完全に勝ち誇った顔になっている。
くそっ、何かやり返したいが生憎俺はそんな勇気は持ち合わせていない。しょうがない、行動ではやり返せないから、言葉でやり返してやろう。
「どうしたんだ雪乃、いきなりしがみついて。もしかして俺のこと好きなのか?」
「えっ!?な、なっ、いやっ…その……」
真に受けた雪乃が顔を真っ赤にする。
「いや冗談だから」
「……もし好きって言ったら…どうする?」
……え、ナニコレ。もしかして脈あり?いやそんな期待をしてはだめた。ちゃんと雪乃のことをもっと知ってからじゃないと。いやこれ完全に期待してしまってますね。
「そうだな…実際に言われてみないと分からないな……」
「ねぇ、比企谷君……」
雪乃が恥ずかしそうにうつむく。言いにくいことを言うときの、口をモゴモゴする癖が出ている。
「お兄ちゃんと雪乃さん遅いですよ〜!」
小町が走って俺たちを迎えに来た。
「もうみんなご飯食べ終わってますよ?」
「あぁ、悪い」
他の人たちはキャンプの準備をしているらしい。
「早く食べて手伝いに来てね?あっ、雪乃さんはゆっくりでいいですよ。その分兄が働きますからっ!」
「おい、俺は働かないぞ。働いたら負けだ」
すると小町は俺に耳打ちするように顔を近づけた。不思議なもので、小町にそういうことをされても全く恥ずかしくなったり、ときめいたりしない。したらまずいけど。
「お兄ちゃん、そういうこと言ってると雪乃さんに嫌われるよ?いいの?」
「それは良くない」
「じゃあ頑張って働いてね!」
走っていくときにウインクをする。この小悪魔め。可愛いからいいけど。
「じゃあ行くか」
「え、えぇ。そうね」
俺が歩き始めると、雪乃もついてきた。そして無言のまま俺の手を握ってきた。