キャンプファイヤーの準備をする。そのことについて文句はないのだが、陽の照っている中での作業は結構辛い。だくだく汗が流れてくる。
「ご苦労だったな」
作業の進捗を見に来た平塚先生が缶ジュースを差し出してくる。
「他の連中の作業も終わりだ。あとは夕方、肝試しの準備までは自由にしてていい」
順次解散したのか。とりあえずこれで自由の身。
適当に歩いていると、チョロチョロと小川のせせらぎが聞こえてきた。
そういや、汗かいてんだよな……。この辺は水が綺麗だし、上流に人里もない。顔を洗う程度には十分だろう。
「おー、こりゃ結構いい感じだなー」
2メートルほどの川幅だが、腿ぐらいまでしか深さのない穏やかな水流だ。パチャパチャ水を浴びるにはちょうどよさそうだ。
「つっめたーい!」
「気持ちいいですねー」
閑静な森にキャピキャピとしたはしゃぎ声が聞こえた。目を向けると、由比ヶ浜と小町が川に入ってはしゃいでいた。遠目にもそれが水着姿であることが分かる。
「なにしてんの、お前ら」
「わっせろーい!!」
小町にばっしゃーと水をかけられた。頭から水をかぶり、髪を伝ってポタポタと滴が落ちる。……冷てぇ。
「俺着替え余分に持ってきてないんだけど」
「え、あー……。走って乾かしてきたら?」
小町ちゃんなんてこと言うの!ひどいわ。
小町をどんよりとした瞳で睨みつける。
「日頃運動不足なんだしいいじゃん!」
よくねぇよ。
これ以上何を言っても無駄なので、木陰に座ってゆっくりする。俺は意地でも運動しない。
「そんなところに座って、仲間に入れてもらえなかったのかしら?」
不意に聞き慣れた声がした。
いつ聞いても聞き惚れてしまう声に、反射的に顔を上げる。
その瞬間、呼吸することを忘れた。
雪ノ下雪乃はその名の如く、さながら雪の化身であるかのように見えた。
透き通るような白い素肌、形のいいふくらはぎから腰まで続く脚美線、驚くほどほど細くくびれた腰。唯一懸念点を挙げるとすれば、パレオによって隠されている分、さらに真っ平らに見えてしまう部分だろう。しかし、そんなある種致命的とまで言えてしまう欠陥すらもどうでもいいと思わせてくれる。
「……体調が悪いの?」
俺がしばらく固まっていたからか、首をキョトンとかしげて、心配そうに俺を見る。
あっぶねー、危うく窒息するところだった。
「あ…いや、大丈夫だ」
なんとか平静を装って答える。いかん、どうしても目が引き寄せられてしまう。
心臓の脈打ちが速い。呼吸が、く、苦しい。
これじゃあ一人で息切れしてはぁはぁ言っている変態みたいだ。
雪乃が心配そうに俺の顔を覗き込む。だからそんな可愛い瞳で俺を見んなって。そういうのはもう少し落ち着いたらお願いします。今やられると、いろいろヤバい。
「……どうしてそんなに濡れているの?」
あ、そっちね。べ、別にイジメられてるわけじゃないよ!?
「小町にやられたんだ。まぁ気にするな」
「そ、そう……」
「ゆきのーん!遊ぼーよ!」
由比ヶ浜と小町が雪乃を呼ぶ。雪乃は少し困ったようにこちらを見る。
「行った方がいいぞ。後でグチグチ言われても困るしな」
あの二人なら後から何か言うようなことはしないだろうが、雪乃に気を使わせないように適当に理由をこじつける。
「比企谷君は、来る?」
「え?いや、水着持ってないし……」
もし持ってたら入りたかった。雪乃に水かけたかったなぁ。
「お兄ちゃんそのまま入ればいいじゃん」
雪乃を迎えに来た小町が、「思いついた!」と言わんばかりの顔で提案する。
「いいじゃん。小町ちゃんナイスアイディア〜」
「いやダメだろ。この服どうなんだよ」
「適当に袋に入れて持って帰ったら?」
意外といいアイディアかもしれない。よっしゃ、これで雪乃に水をかけれるぜ!
「そうだな、入るか」
そう言って立ち上がる。遊ばなら早く遊ぼうぜ。
雪乃も笑顔でついてくる。
「風邪を引かないようにね?」
心配してくれるのは嬉しいけどどっちかというと雪乃の方が体調崩しそうだ。体力ないし。
「比企谷も遊ぶのか?」
ポンと肩を叩かれ、振り返ってみれば平塚先生が来ていた。後ろにはリア充組を引き連れている。
三浦は蛍光色っぽい紫にラメ入りのビキニを着ていた。目がチカチカする。だが、スタイルは流石に女王様だけあってほとんど完璧に近い。美への並々ならぬ努力があるのだろう、たぶん。そうした努力に裏打ちされたような自信のある足取りだ。そのプライドが彼女の魅力をさらに引き立てている。
海老名さんはまさかの競泳水着である。
葉山と戸部は、まぁいいだろ。
雪乃とすれ違いざま、三浦はチラリと雪乃の胸元に視線をやり、満面の笑みを浮かべる。
「ふっ、勝った……」
その声には感動にも似た響きが込められていた。それに雪乃が怪訝そうな表情をする。
「?なにかしら」
雪乃は三浦の笑みの理由がイマイチ分からないようだが、俺は一瞬で気づいてしまった。
雪乃もよく気にしてるあれだよ。言ったら嫌われるから俺は言わないよ?まぁでも、フォローくらいはしといた方がいいかもな。
「まぁほら、陽乃さんはああだから、お前も遺伝子的には期待できると思うぜ」
「姉さん?姉さんが何か関係あるの?」
雪乃は不機嫌そうに眉をひそめた。そこへ小町が割り込んで、ぐっと親指を立てる。
「雪乃さん、大丈夫ですよ!女の子の価値はそこで決まらないですし、個人差ありますし!小町は雪乃さんの味方ですよ!……最悪お兄ちゃんだったら大して気にしないし……」
「は、はぁ……どうもありがとう」
混乱しながらも少し照れ気味に雪乃がお礼を言う。が、落ち着くと考える余裕が出てきたのか、「姉さん、遺伝、価値、個人差……」と小声で何度かとなえる。
「………あ」
どうやら気がついてしまったようだ。ここもフォローしといた方が良さそうだな。
「ま、まぁ俺はいいと思うぜ?ほら、貧乳はステータスとも言うし、そもそもありゃいいってもんじゃないだろ?それに、雪乃は遺伝子があるんだ。期待できるんじゃねぇの?」
「……姉さんの高校二年の頃よりも小さくても期待できる?」
え?ちょっとぼくにはわかんないです。
無理とは言えないし、期待させとくだけさせても責任はとれない。
「お、お兄ちゃん!貧乳とか言っちゃだめだよ!雪乃さんだって、気にしてるから!」
うん、小町が一番いけない子だね。雪乃にもまる聞こえだぞ。
「気にして、ないわ……」
「だ、大丈夫ですよ!兄は全く気にしませんし、雪乃さんは可愛いんですから、胸がないくらい平気ですよ!」
小町がまちがったフォローを入れてしまう。こういうときは話しかけないのが一番いいんだよなぁ。
「雪ノ下、まだ諦めるようなときじゃない」
平塚先生まで雪乃をイジメるのはやめてあげて!見てるこっちが辛くなっちゃう。
「気にしていないのに……」
叩きのめされた雪乃はヨロヨロと木陰に座る。そちらに行こうと思ったが、天使を発見してしまった。
「あっ、八幡!」
葉山たちの後ろからついてきたようで、俺を見つけると笑顔で手を振る。
「と、戸塚。その水着、似合ってる、な」
「え、そ、そう?ありがとう//」
つい戸塚を褒めてしまう。そういえば雪乃の水着に何も言ってなかったな。と思い、雪乃の方をチラリと見る。すると隣りに葉山がいた。
「おいっ、葉山!何して――」
よく見ると、雪乃と葉山の他にもう一人、鶴見留美がいた。
「よかったら一緒に遊ばないかい?」
葉山がイケメンスマイルで誘う。しかし鶴見は首を横に振った。
「あ、八幡」
鶴見が俺に気づくと、雪乃と葉山も俺の方を見た。すると葉山はニッコリと笑って俺に言う。
「どうした比企谷。遊んでなくていいのか?」
「お前こそ三浦たちと遊ばなくていいのか?こんなとこで何してんだ?小学生をナンパしてんのか?」
男同士でバチバチやりあっている最中、鶴見が雪乃に話しかける。
「あの二人面倒くさそう……。雪ノ下、さんも大変そうですね……」
「そうかしら?」
「雪ノ下さんもダメですね……」
「雪乃ちゃん、その水着よく似合っているね」
そう言って葉山が雪乃に微笑みかける。
「ありがとう」
雪乃も優しく微笑む。可愛いなぁ。
「やっぱ雪乃は清楚な感じが似合うよなぁ。……まぁ何でも似合いそうだけど」
「そ、そうかしら……。あ、ありがとう//」
これは勝っただろ!残念だったな。雪乃の反応が全然違うぜ。と思い、葉山を見るが、葉山は何かを考え込んでいる様子だった。
「あ、あの……」
「どうした?」
何かを考え込んでいたはずなのに、気がつけばいつものイケメンスマイルに戻っていた。
「写真…撮ってくれませんか?」
よく見ると、鶴見はデジカメを首にかけていた。
「この四人で?」
「はい……」
これは困った。俺は写真とか苦手なんだけど。それに、俺を撮るよりも葉山を3回くらい撮ったほうがよさそうなんだけど。
しかし、そんな俺のわがままが通るはずもなく、葉山が二つ返事で了承してしまう。
「はぁ……」
雪乃が小さくため息をつくのが聞こえた。分かるよ、スッゲー分かるよ。写真とか嫌だよなぁ。
その嫌なことをさせられているのだから、雪乃の隣りは譲ってもらわなくてはいけないな。
葉山が撮ってくれる人を呼んでいる間に、雪乃の隣りを確保する。
忘れていたが、雪乃は水着だ。もう一度言う、水着だ。ドキドキしてきた。心臓が痛い。隣りを見れない。
おれが固まっていると、雪乃が少し近づいてきた。少しずつ距離を縮めていく。
「随分と小学生と親しくなったようだな」
葉山が平塚先生を連れて戻って来た。ちょうどその時に、雪乃が俺の手を握ってきた。
葉山は見えているのだろうか。見えているのなら、どう思っているのだろうか。そしてこの子は何を思って俺の手を握ってきたのだろうか。
「じゃあ撮ろうか」
葉山がそう言って、鶴見の隣りに立つ。左から、俺、雪乃、鶴見、葉山という順番になった。
写真を撮る瞬間、雪乃は手を離すのだろうか。それとも、繋いだまま撮るのだろうか。
ほんの数秒なのに、すごく長い時間に思えた。
「えー、ハイっチーズ」
パシヤ
「雪乃ちゃんと比企谷はもっと笑った方がいいな」
写真を見るなり、葉山が文句を言ってきた。
「顔なんてどうでもいいだろ」
「あの…ありがとうございました」
「おーい、できたぞー」
平塚先生が写真を持って近づいて来る。
「一人一枚な」
そう言って配ってくれる。俺は配られた写真を眺める。そこには、ニッコリと笑う葉山、少しだけ笑っている鶴見、恥ずかしそうな雪乃、目が死んでいる俺がいた。
「俺の目死んでるな」
「今気づいたのか?」
葉山が呆れたように笑う。
「……私は、その目、結構好き、だけれど……」
「そ、そうなんだ。雪乃ちゃんは結構物好きだな」
「そうかも、しれないわね」
雪乃は力なく微笑んだ。それは、いつもの可愛い笑顔ではなく、ただひたすら綺麗で、美しく、儚げだった。