幼なじみの彼女は   作:有機物

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彼女の弱さと彼の強さ

「肝試しの用意、頼んだぞ」

 

平塚先生に言われて来たのは、肝試しに必要な道具が揃っている小部屋だ。適当にダンボールを覗いてみるが、その中身を見て俺は頭を抱えてしまった。

 

「小悪魔衣装に……、ネコ耳、しっぽ……。白い浴衣……。魔女帽子とローブにマント……、巫女服……」

 

アトラクション要素を重視するにしても限度ってものがあるでしょう?これじゃあほとんどハロウィンだ。

平塚先生曰く、今回の小道具類の準備は小学校の教師がしたらしい。どう考えても女子高生のコスプレ姿が見たかっただけとしか思えない。俺も教師になりたくなってしまう。

ぼくは雪乃と戸塚がどれを着るのかがとても気になります。

雪乃は浴衣かネコ耳としっぽだな。でも巫女服も似合いそうだなぁ。あ、魔女帽子とかもいいな。まぁつまり、露出度の高い小悪魔衣装以外なら、全部似合いそうだ。

戸塚は魔女帽子だな。絶対可愛い。なんなら魔女っ子アニメの実写化に出演できちゃうくらい。

着替え終わった女性陣、と戸塚が戻って来る。

 

「魔法使いってお化けかなぁ」

 

「まぁ、大きい括りだとお化けなんじゃないか」

 

それはどう見ても魔女っ娘、違った、魔女っ子だけどな。

 

「でも、怖くないよね?」

 

「いや、怖いぞ。大丈夫だ」

 

そう、本当に怖い。うっかり戸塚にプロポーズしちゃいそうで本当に怖い。俺にいけない魔法をかけたのは君かい?何言ってんの?

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

 

トントンというよりはもふもふと言ったほうが近いような音で肩を叩かれる。振り返ればぬいぐるみチックなネコの手がクイクイと俺を招いていた。ひと目で尋常でないもふもふだと気づいたよ。……さっきから俺の頭はどうしてしまったのだろうか。

 

「何それ、化け猫?」

 

「たぶん……。よくわかんないけど、可愛いからなんでもいいかなーって」

 

小町が巨大なネコの手をクイクイと曲げながらそれっぽい動きの研究をしていると、背後に可愛い亡霊めいた存在がすーっと現れた。

 

「………」

 

その幽霊さんはそっと小町のネコ耳に手を伸ばす。

ふにふに。

 

「あ、あの…雪乃、さん?」

 

なでなで。

雪乃は今度はしっぽをつかんでいた。

こくこく。

そして頷く。

 

「……いいんじゃないかしら。よく似合っているわ」

 

「ありがとうございます、雪乃さんも超素敵ですよ!ね、お兄ちゃん?」

 

「あ、ああ……。いい、な」

 

上手く言葉に出来なくて、ずっと「いいな」を連呼していた。

 

「比企谷君も似合っているわよ、そのゾンビ姿り目の腐り方なんてハリウッド級ね」

 

雪乃がからかうような口調で言う。楽しそうに笑っているのが、とても可愛い。

しょうがない、ここはからかい返してやるか。

 

「ヴォー、ヴォー」

 

変な声をあげながら、雪乃に襲いかかる真似をした。

 

「きゃあっ」

 

驚いた雪乃が後ろに倒れ込みそうになる。

 

「おっと…大丈夫かい?雪乃ちゃん」

 

ちょうど後ろにいた葉山が雪乃を支える。やんなきゃよかった。なにイケメンスマイルかましてんだよ。

顔が良ければ何をしても様になる。葉山も、雪乃も。

これじゃあ王子様とお姫様じゃねぇか。それで俺は…王子様とお姫様の間に割って入って邪魔をする性格悪い貴族?……我ながら卑屈だ。ていうか俺は貴族って柄じゃないな。王子様とお姫様はイメージぴったりだけど。

いかんいかん。このままじゃ王子様にお姫様を取られてしまう。そんなの俺は認めないからな!

 

 

 

 

 

雰囲気を出すためだろうか、スタート地点には篝火がたかれている。「キャー」だの、「怖い〜」だの全く怖くなさそうな叫び声が聞こえる。ちなみに俺の隣りには、誰よりも怖がっているお姫様がいる。

 

「……雪乃、大丈夫か?」

 

「だ、だいじょびっ、だいじょうぶ、よ」

 

うーん、全然大丈夫じゃなさそうなんだよなぁ。こういうの苦手なんだな。さっきから膝が震えている。

説明が終わり、それぞれの配置に移動する。

俺が動こうとすると、何かに引っ張られるような感覚があった。

 

「えっと…雪乃?俺あっちなんだけど……」

 

よく見ると、雪乃が俺の服を掴んでいた。

 

「そ、そう、なの……。じゃあ、また後で……」

 

そう言いながら、雪乃はゆっくりと手を離す。

心配になってきた。一人で30分も耐えられるのだろうか。でも俺にできることは特にない。

 

「じゃあ、後で。頑張ってな」

 

それだけ言って、一旦雪乃と別れた。

 

 

 

 

俺は小学生が来たら隠れて適当に草木を揺らすという、簡単なお仕事をしていた。これだけやっておけば、結構怖がってくれる。

子供の声が聞こえた。揺らすか。

 

「な、なんの音?」

 

「つ、鶴見見てきてよ」

 

どうやらあの鶴見留美のチームらしい。

もっと激しく揺らしてみる。

 

「……大丈夫だよ。行こっ」

 

鶴見留美が、他の子の手を引いて走って行ってしまう。

なんだよ、やればできるじゃねえか。

また足音が聞こえてきたので、草木を揺らす。

その足音はだんだんと近づいて来る。

 

「な、なんの…音?」

 

震える声が聞こえた。怖がってくれているのならよかった。

 

「……もう嫌 」

 

ん?なんか今、とても聞き覚えのある声が聞こえた気がしたぞ?顔を少しだして、覗いてみる。するとそこには、縮こまりながら、おそるおそる歩いている雪乃がいた。

 

「おーい、雪乃」

 

「ひゃぅっ」

 

いきなり現れた俺の姿に驚いたのか、雪乃が2メートルほど後ろに飛びずさる。

 

「俺だよ」

 

「……比企谷、君?」

 

も〜おゆきのんったら〜、怖がりなんだから〜。かわいーなー。

 

「大丈夫か?っていうか、雪乃こっちじゃなくない?」

 

「え?あ…分かってる、わよ……」

 

もしかして迷ったのだろうか。ここは結構道が分かりにくい。ちゃんと来たところを覚えていないとすぐに迷ってしまう。そして、一度迷ってしまうと一生出られない気さえもしてしまう。だからここは怖いのだ。実際は迷っても携帯を使えばなんとかなりそうだが。

 

「気をつけてな」

 

「……えぇ」

 

そう言って雪乃は闇に消えてしまう。最後に何を思ったのか、俺は手を伸ばしたが、それが雪乃に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

「……遅いな」

 

葉山がポツリとつぶやいた。

 

「お兄ちゃん、この格好暑い」

 

小町が手をパタパタしながら言う。

確かに、それなりに暑いうえにそんな格好していたらさぞ暑かろう。

 

「あー、先戻っていいぞ。俺がここで待ってるから」

 

そうみんなに言って、帰るように促す。

「お疲れ様」や、「お先に」と言ってどんどん帰っていく。

 

「……お前は戻らなくていいのかよ」

 

唯一戻らなかったのは、葉山だ。まぁ予想はしていたけど。

 

「比企谷、探しに行って来てくれないか?俺はここで待ってるから」

 

「……それがいいな。もし俺より先に戻って来たらメールしてくれ。じゃあ行って来る」

 

それだけ言って、俺は全速力で走り出す。

 

 

 

 

 

暗い森に独りでいる。私にとって、これ以上の罰ゲームは無いと言っていいほど苦痛だった。まるで真っ暗な世界に、私一人だけ取り残されているようで。時々揺れる草木、足に当たる雑草、その一つ一つが怖い。もう少し明るかったら平気だったのに。それじゃあ肝試しにはならないけど。

自分の持ち場所に向かっているが、いっこうに着く気配がない。道を間違えたのだろうか。

とりあえず戻らなくては。

 

「……どこから来たっけ」

 

周りを見渡すが、どこも同じ風景だ。私は今、どこから来たのだろうか。まさか自分が今来た方向すら分からなくなるとは。慌ててポケットに手をやる。しかし、本来ポケットがあるはずのところには、何もなかった。私はいつもの服装ではない。つまり、携帯電話を持ってきていない。何か連絡手段は。考えて、すぐに諦める。

 

「……どうしよう」

 

こんな怖い場所に独りでいる。そのことが、頭の中いっぱいに広がっていく。

膝が震える。心臓が痛いくらいに脈打つ。完全に動けなくなってしまった。

誰かきてくれれば。平塚先生でも、隼人くんでも、由比ヶ浜さんでも。誰でもいいから私を見つけてくれれば。誰でもいいはずなのに、なぜか思い浮かぶのは比企谷君のことだけだった。

 

 

 

 

 

「ゆきのぉー、いたら返事してくれぇー!」

 

大声で叫ぶ。こうでもしてないと、恐怖で動けなくなってしまいそうだ。

 

「くそっ、どこいるんだよっ!」

 

正規のルートは全部探した。考えられるのは、雪乃が動き回っているか、道を完全に間違えたか。

雪乃が動き回っているのだとしたら、もうとっくに着いているはずだ。――やっぱり迷子か。

そう結論を出し、また俺は走り出す。

 

 

 

 

 

雪乃ちゃんが戻ってこなかった。もともとあの子は方向音痴だから、迷うかもしれないくらいには思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。

本当は俺がすぐにでも探しに行きたい。でもそれは望まれていない気がした。きっと俺が見つけても解決するのだろう。しかし、雪乃ちゃんは俺が来ることを望んでいないと思う。

あのお姫様は俺みたいな奴は好きではないのだろうか。ナルシストではないが、あいつと俺では、王子様なのは俺なはずなのに。いくら王子様をきどっても、お姫様はきっと俺を見てくれない。

あの子は今どこにいるのだろうか。それさえ分かれば、今すぐにそこへ行って、助け出せるのに。そんな簡単にはいかない。それをやるのは俺じゃなくて、あいつだから。あいつじゃないと、できないから。

きっと、俺ではあの子を見つけ出せない。救うことはできない。

もしこのまま俺が何も行動を起こさなければ、あの子は彼を選ぶだろう。いや、起こしても結果はきっと変わらない。それでも俺は、この夏、一つ行動を起こす。

 

 

 

 

 

どのくらい時間がたったのだろうか。もしかしたらこのまま誰も見つけてくれないかもしれない。恐怖や不安やらで、もう完全に心と身体は疲れ切ってしまった。それでも恐怖も不安も感じるのだから、報われない。

本当なら地面に座り込んで泣いてしまいたい。でもこの服は借り物だから汚すわけにはいかない。それに、もうすでにたくさん泣いたと思う。

せめて木にもたれかかれれば。でも足が動かない。膝は相変わらず震えっぱなしだ。

 

「……の!い……へん…し……れ!」

 

声が聞こえた。なんて言っているかまでは分からない。もしかしたら幻聴かもしれない。それでも、こんな暗い森で声が聞こえるなんてただのホラーだ。

また心臓が痛いくらいに脈打つ。息が荒くなる。

少し前に由比ヶ浜さんから教えてもらったゲームを思い出す。確か、鬼に追いかけられるんだったか。捕まったらどうなるんだったっけ。

ダメだ。これは今一番思い出してはいけなかった。もっと、なにか、楽しいことを。しかし頭に思い浮かぶのはその鬼のことばかり。由比ヶ浜さんがやっているところを少し見せてもらった。青くて怖い鬼だった。

心臓の音がうるさいくらい聞こえる。ギュッと胸のあたりを掴んで、身体を縮める。

どんなに楽しいことを考えようとしても、怖いことばかり思いだす。姉さんにされた、怖い話。一人暮らしを始めてからあった、怖いこと。

 

「うぅ……」

 

耐えられなくなって、地面に倒れ込みそうになる。しかし、身体を誰かに支えられた。

 

「やっと…見つけたぞ……」

 

その声は、今一番私が聞きたかった声だった。やる気がなくて、けだるげな声。でもとても優しくて、温かい声。

 

「…き……くん……」

 

上手く声が出ない。その代わり、涙だけはたくさん出てくる。

 

「うっ、うぅ……」

 

私を支えてくれている胸に額を当てて、服をギュッと握って泣く。

とても温かくて、優しい。さっきまでの恐怖が一瞬で消えた。なのに、涙だけは止まらない。

お礼を言わなきゃ。

見つけてくれてありがとう。言わなきゃいけないのに、何一つ言葉は出てこない。

不意に、背中に温かいものが当たった。彼の手だ。そっと私の背中をさすってくれる。

その瞬間身体の力が一気に抜けた。目を開けることすら難しくなった。

身体が浮く。そのままどこかへ連れられていくような気がしたが、それを確かめる前に私は眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

「雪乃!いたら返事してくれ!」

 

どのくらい時間が経ったのだろう。雪乃は見つからない。ここらへんは正規ルートからだいぶ外れている。

必死にスマホの懐中電灯を辺りに照らす。

すると、遠くに人らしきものが見えた。すぐに走って近づく。

見えた。あの長い髪、着ている服、絶対に彼女だ。

俺が近寄った瞬間、彼女は倒れた。しかし、すぐに支える。

 

「やっと…見つけたぞ……」

 

言えたのは、たったそれだけ。他に言うことはたくさんあったのだろう。大丈夫かとか、怖かったなとか。それでも声が出なかった。

 

「…き……くん……」

 

彼女は俺に全体重をかけて寄りかかる。きっと疲れているのだろう。

 

「うっ、うぅ……」

 

俺の胸に額を当てて泣いている。やっと安心してくれたのか。こういうときどうすればいいのか分からない。だから、今の俺が唯一できることを。

そっと彼女の小さな背中に手を当てる。それから彼女の力を抜くようにさする。すると、すぐに彼女の強張っていた身体は柔らかくなった。

きっともうすぐ眠る。そのまま彼女をお姫様だっこして、森から出るための道を歩く。

 

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