幼なじみの彼女は   作:有機物

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彼は何かを察する

 

あの日からずっと落ち着かない日々をおくり、やっと夏休みが終わった。彼女に、どう言って聞けばいいのだろうか。そればかり考えている。

 

「……憂鬱だ」

 

たとえ聞けたとしても、その答えが俺の望んでいるものとは限らない。

駐輪場に自転車を留め、重い足取りで校舎に入る。教室に向かう途中、彼女とばったり会ってしまった。

お互い無言で見つめ合う。

ここで聞くしかない、いけ、俺!

 

「あ、あの…夏休み、葉山となんか…あった?」

 

ド直球で聞いてしまった。いやでもこれ以外にどうやって聞けばよかったんだよ。

 

「な、何も…」

 

そう言って雪乃は俺から離れようとする。

 

「いや、ちょっと…待っ――」

 

雪乃の腕を掴んで引き留める。

しかし、雪乃はうつむいたままでなにも答えない。

あの時のことが蘇った。俺が無理の引き留めた時、彼女はどんな顔をしていただろう。あの人に、なんと言われたのだろうか。最近距離が近かったから、こんなに大事なことを忘れていた。

慌てて手を離す。

 

「いやっ、ご、ごめん……」

 

彼女は俺から逃げると思っていたが、その場で俺のことをじっと見ていた。

 

「えっと…どうした?」

 

「比企谷君は…何が、あってほしい?」

 

全く具体的ではないが、彼女の言わんとしていることはなんとなく分かる。

 

「……何もあってほしく、ない」

 

「ごめんなさい…何もなかったわけでは、ないの……」

 

じゃあ何が、と言おうとしてやめた。人には知られたくないことくらいあるだろう。こうなったら、葉山に聞くしかなさそうだ。

 

「そうか…ありがとな」

 

何に対してのお礼なのかよく分からないまま教室へ入って行った。

そこで目当ての奴を見つける。

 

「なぁ、葉山、お前……」

 

ここまできて怖がっている自分がいた。それでも聞かないと前に進まない。

 

「雪乃と、なんかあったのか?」

 

「あぁ、あったよ」

 

葉山があまりにも爽やかすぎる顔で言う。何か、一つ成し遂げたような、清々しい顔。

 

「何があったんだよ!」

 

つい熱くなって、葉山に詰め寄ってしまった。

 

「雪乃ちゃんに、フラレたんだ」

 

「は、はぁ?」

 

あまりにも予想外だったので、間抜けな声が出てしまった。

 

「好きな人がいるから俺とは付き合えないって、そう言われたんだ」

 

「す、好きな人の名前言ってた?」

 

俺も雪乃に好きな人がいるということは聞かされているが、名前までは知らない。こいつなら、知っているかもしれない。

 

「言うわけないだろ」

 

葉山が極めて冷静な声で言う。そのおかげで、俺の熱も少しずつ冷めてきた。

 

「そうか…そうだよな……」

 

とにかく、雪乃は葉山と付き合っていないということが確認できただけでも良かった。

 

 

 

 

 

俺は今、ベストプレイスで昼食を食べている、ところに雪乃が来た。

彼女は隣に座り、俺の肩にもたれかかってくる。うーん、可愛いなぁ〜。

 

「……ねぇ比企谷君……」

 

雪乃が、真剣な声で話しかけてくる。

 

「どうした?」

 

おかげでこっちまで緊張してしまった。

 

「付き合うって、何?」

 

予想外の質問、そんなとき、君ならどうする?ぼくにおしえてくださいおねがいします。

 

「えっと…恋人同士になる、みたいな?」

 

なんとか絞り出した答え。ご満足していただけただろうか。

 

「普通の関係と、恋人関係って何が違うの?」

 

また難しい質問。確かに、何が違うんだろうな。

 

「まぁ、距離の問題じゃないか?」

 

「距離?」

 

「あぁ、恋人っていう風に言った方がなんか近づきやすい、みたいな……」

 

雪乃はしばらく黙って考えている。しかし、またすぐに顔を上げる。

 

「他には?」

 

「え?えっと…恋人同士だからできることとか……。あ、いやなんかほら、あれだな、将来結婚したりな!そうだ、それそれ」

 

あっぶねー、雪乃の前で変なこと口走るところだった。

 

「そう、なの……」

 

雪乃が沈んだ表情で言う。こんなこと聞いてくるのは、きっと葉山のことを気にしているのだろう。

 

「……葉山に…告られたんだってな」

 

「ど、どうして……」

 

雪乃が信じられないものを見るような目で俺を見てくる。いや、葉山に聞けば一発だったよ?

 

「葉山に、聞いて――」

 

「……ねぇ比企谷君……」

 

俺の声を遮るように、雪乃が儚げな声で話しかけてくる。

 

「もし…もし仮に、私が……。私が、比企谷君以外の、誰かと…付き合っていたら、比企谷君は、どうする?」

 

そんなこと、考えたくもない。でも、誰と付き合おうが雪乃の勝手だ。俺がどうこう言えるものじゃない。

 

「俺は……。俺は、何も言う権利はないからな……。まぁ、お祝いくらいはする、な。……誰かと、付き合ってみたい、のか?」

 

「誰か、じゃなくて……。付き合ってみたい、じゃなくて……」

 

そこまで言って雪乃は一息つく。そして大きく息を吸い込む。

 

「あの人と…恋人になって…結婚したい」

 

初めて、はっきりと雪乃の願いを聞いた気がする。前までは、「プロポーズされてみたい」とか、女の子が憧れそうな、抽象的なことしか言っていなかった。

でも、今回はしっかりと、ある特定の人物と恋人になりたい、結婚したいとはっきり言った。

上手く頭が回らない。雪乃は、誰と――。

 

「そ、そういえば文化祭、あるよな。結構、告白とかしてる奴多くて、なんかカップルたくさん新しくできるみたいだよな」

 

慌てて話を少しそらす。

これ以上考えていると、頭がパンクしそうだった。

 

「そうね……」

 

「その…雪乃が好きな人とかも…なんか、祭りの空気にあてられて、告白してくる、かもな……」

 

こんなことしか言えない。他にもっといい話の振り方があったのかもしれない。でもこれが精一杯だった。

 

「それは…ないと思うわ。だって、お祭りごとで騒ぐような人ではないし……」

 

「そ、それはいい奴だな。お、俺と気が合いそうだ。ほら、俺も祭りとか別に好きじゃないし。今度紹介してくれよ、俺の友だちになってくれるかもしんないし……」

 

上手く舌がまわらない。恐らく今俺は気が動転しているのだろう。自分が何を言っているのかもよく分からない。

雪乃の顔を見ると、薄く微笑んでいた。

 

「比企谷君には、会わせられないわ。ごめんなさい」

 

謝っているはずなのに、どこか楽しげだった。

 

 

 

 

 

俺は今、会議室にいる。なんでこうなったんだよ……。

 

『比企谷、文化祭実行委員をやりたまえ』

 

『嫌ですけど。内申ならもう足りてます』

 

『残念だな……。雪ノ下もいるのに』

 

『ちょ、それどこ情報ですか!』

 

『雪ノ下本人が言っていたんだ。比企谷にも、それとなく伝えてくれないかと言われてな。だから、特別に教えてやったんだ。で、文化祭実行委員はやるか?』

 

『は、やりますけど、何か?』

 

そうだった!雪乃がいるから立候補したんだ。思い出した時にちょうど雪乃が部屋に入ってきた。

最初は不安そうな顔だったが、俺を見つけると、それはもう見る者の心をつかむような笑顔になった。

俺の隣に座り、口を俺の耳に近づけて、話しかけてくる。

 

「実行委員になってくれたの?」

 

雪乃の息がかかって悶え死にそうになるのをなんと限らないこらえる。いや、全然苦痛じゃないんですけどね。

 

「あ、あぁ…まあな」

 

周りを見てみるが、正直視線が痛い。こりゃあ警戒しとかないと、どいつが雪乃の本命か分からんな……。

 

「それでは、文化祭実行委員会をはじめまーす。生徒会長の城廻りめぐりです。さっそく実行委員長の選出に移りましょう。立候補お願いしまーす」

 

そう呼びかけるが、誰も手を挙げようとしない。

すると、体育教師の厚木が、うおんと雄叫びのような咳払いをした。

 

「お前、雪ノ下の妹だな!あのときみたいな文化祭を期待しとるけぇの」

 

それは「当然、委員長やるんだろ?」という意図を孕んでいるようにも取れた。

隣に座っている雪乃に、小さく声をかける。

 

「無理にやる必要はないぞ」

 

しかし、何の返事も返ってこない。聞こえていないのだろうか。

背筋をピンと伸ばして座っている姿はいつもと変わらないように見えたが、表情が全然違った。怯えているようにも見えてしまう。

雪乃がため息をついて、小さく手を挙げたときだった。

 

「あの……」

 

「おおっ、雪ノ下の妹がやるのか!これは期待できるぞ!」

 

厚木は小さな声を無視し、雪乃を委員長として歓迎した。しかし、めぐり先輩はちゃんと聞いていた。

 

「えっと……」

 

「あ、二年F組の、相模南です。委員長、やっても――」

 

「いや、雪ノ下の妹がやるべきじゃろ。相模、お前はあの雪ノ下陽乃の妹よりもいい結果を残せるのか?」

 

相模の顔が曇った。当たり前だ。せっかく立候補したら、やる前から否定されるなんて。しかし、それよりも俺はもっと苛立つことがある。

厚木は、さっきから雪ノ下の妹としか言っていない。それは違うだろ。雪乃だって雪ノ下だ。雪ノ下陽乃の妹だが、同時に雪ノ下雪乃でもある。そこをきっちり分かっていない。

 

「雪乃、ここは相模に譲ってもいいんじゃないか?」

 

また小声で雪乃に耳打ちする。今度はちゃんと聞こえたようだ。

 

「え、えぇ……。あの…私は――」

 

「おい、雪ノ下の妹もなんか言ってやれ!相模にはもちろん負けないよな?この場で一番できる奴だよな?」

 

雪乃が完全に怯んでしまった。何も誰にも言い返すことができていない。

 

「え、えっと、じゃあ相模さんは、副委員長でいいですか?」

 

慌ててめぐり先輩が提案する。雪乃が委員長になることが確定しているこの場では、かなり賢明な判断だ。

 

「はい…大丈夫、です」

 

「じゃあ雪ノ下さんと相模さん、役割決めするから、よろしくね」

 

雪乃と相模の二人は、生徒会の一団に紛れる形で座った。

なんとなく、また雪乃が遠くへ行ってしまっまような気がした。

 

「……では、宣伝広報から。やりたい方は挙手をお願いします」

 

雪乃の堅苦しい言葉に、挙手する人はいない。

 

「宣伝広報は、名前の通り、宣伝です。やりたい方」

 

雪乃の凍てつくような声音が効いたのか、ちらほらと手が挙がる。

 

「では、有志統制」

 

有志は文化祭の花形のためか結構な勢いで手が挙がった。明らかに想定されている人数よりも多い。

 

「有志統制の主な仕事は有志団体の申し込み、ステージの割り振り、スタッフ内訳、タイムテーブルなどをまとめてもらいます。それと、昨年までの実績を洗い出す必要があります。この仕事が責任をもって出来る方にお願いしたいのですが」

 

雪乃の仕事内容の説明によって、挙手する人が少し減ったが、それでもまだ多い。

 

「相模さん、有志統制希望者をまとめてもらえるかしら。あまり争いにならないように収めてほしいのだけれど」

 

「え?えっと…具体的には?」

 

「そうね、最終決定は相模さんに任せるけれど、じゃんけん、くじ引きなんかがいいんじゃないかしら。もちろん、それで反対意見が多くて争いになるのなら、別の案でお願いね」

 

「あー、うん分かった」

 

分かったのか分かってないのかよく分からない返事をして相模は有志統制希望者をまとめる。その間も、役割決めは続いている。

しばらく雪乃が仕事内容を説明、希望者が挙手するという時間が続いた。

俺はしっかりと記録雑務におさまっている。

 

「相模さん、大丈夫?」

 

あとは有志統制希望者から、こぼれた人たちだけだ。相模はなかなか手間取っているのか、まだ決まっていない。

 

「えっと…ちょっと、アレで……」

 

相模が言い訳がましいことを言うが、雪乃はズカズカともめている輪の中へ入って行く。

 

「何で揉めているの?」

 

目が合った相手を凍らせるような視線で問う。

 

「あ、えっと……。じゃんけんで、いいよな?」

 

どうやら速攻で決まったようだ。

 

「あ、雪ノ下さん、今日はここまででいいよ」

 

「そうですか。それでは今日はここまでにします。お疲れ様でした」

 

みんなぞろぞろ帰っていく。どうやら雪乃は先生と少し話しがあるようなので、廊下で待っとく。別に一緒に帰る約束とかはしていないが、色々と話したいことがある。

 

「お、お疲れ様」

 

「あら、比企谷君。まだ帰っていなかったの?」

 

少し驚いて、でも嬉しそうに聞いてくる。

 

「……なんで、委員長になったんだ?」

 

「立候補がなかったからよ。それに、姉さんが昔やっていたのは事実だし」

 

雪乃は半ば諦めたように言う。優秀な姉をもつと大変なのかもしれない。もちろん雪乃が優秀ではないというわけではないが、実績があると、それを超えなければならなくなる。それはかなり大変なことだろう。

 

「無理は、するなよ。あと、大変になったら、言ってくれ」

 

一応ここで保険をかけておく。相模には悪いが、今日の相模の働きっぷりを見ていると、そんなに期待しない方が良さそうに思えてくる。

 

「えぇ、分かったわ」

 

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