幼なじみの彼女は   作:有機物

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後悔しても変わらない

「……こんなに、あんのかよ」

 

葉山が持ってきた仕事の量は、正直見たくもない量だった。

 

「なるべくたくさん、と言ったのは君だろ?」

 

いや、まぁそうなんですけどね?それでもやりたくない気持ちはもちろんあるんですよ。

 

「これ、どこから取ってきた?」

 

まさか裏ルートとかじゃないよな。やってから、これ意味なかったとかは流石にキツイ。

 

「陽乃さんに頼んで、雪乃ちゃんのからもらったんだよ」

 

まぁ雪乃の仕事が少しでも減るなら喜んで、いや喜べないな。仕方ない、やるか。

 

「もし君がやらないなら俺がやるけど?」

 

「やらないなんて言ってないだろ。俺がやるからいいんだよ」

 

大量の仕事をカバンに詰め込んで席を立つ。このまま家に直行して、この仕事をしなければいけない。

どうやら葉山はクラスの方の練習があるようで、教室に残っていた。そういえば、俺のクラス何やるんだ?文実が忙し過ぎてクラスに全然顔を出していない。まあどうせいてもいなくても同じだけど。

教室には、戸塚をはじめとする衣装を着ている男子や、由比ヶ浜などの、仕切っている女子、友だちと楽しそうにおしゃべりしている相模がいた。

 

「お、比企谷帰るのか?」

 

廊下で平塚先生と会ってしまった。どうやら今から文実の方に行くようだ。

 

「ま、まぁ…仕事は家でやる主義なので。先生は文実ですか?」

 

「あぁ、雪ノ下が文理選択をまだ出していないんだ。君からも言っておいてくれると助かる」

 

雪乃が未提出なんて珍しい。提出物は早めに出すイメージがある。そんなに最近忙しかったのか。まぁ体調崩すくらいだしな。

 

「あ…言えたら言っとき、ます……」

 

「何かあったのかね?」

 

平塚先生に顔を覗き込まれる。あの時この人はいなかったのか。

 

「いや…最近忙しいんで」

 

「そうだな、まぁあまり無理はするなよ」

 

その台詞は俺じゃなくて雪乃に言ってほしかったな。でもどうせ言われても雪乃は無理するんだろうな。それでも、ちゃんとそう言っていれば何か違ったのだろうか。

 

「……そうですね。それじゃあ俺帰ります、さようなら」

 

平塚先生から、逃げるように走る。重たいカバンがずり落ちる。あの時と似ていたからか、つい昔のことを思い出してしまった。

雪乃の名前を初めて知った日。あの日は、ノートを探してたんだっけ。教卓の中にたくさん入ってたはずだ。見つけてから雪乃にカバンを貸して、一緒に帰った。そしたら陽乃さんに会ったな。それでテニス行って、葉山に会って、雪乃が怪我をして。随分と前のことなのに、今でも鮮明に思い出すことができる。

昨日葉山が言っていた。あいつは今でも雪乃と初めて会った日のことを覚えている。俺だって覚えてる。

校舎裏で雪乃がイジメられていた。最初は逃げようとしたが、ヤバそうだったので、話しかけた。頑固で面倒くさかったけど、なんだかんだでおんぶしてやった。そしたら、「似たものどうし」なんて言って、ホントせこい。そんなこと言われたら、助けて良かったなんて思ってしまう。それに、最後笑ってお礼を言ってきやがって。本当に可愛かった。

 

『あのっ、ありがとう』

 

そう言っていた。きっと彼女も緊張していたのだろう。人にお礼を言うのなんか、初めてだったのだろう。俺だって、昨日初めて言った。

あの日、初めて仲良くなりたいと思える子ができた。俺にしては良く頑張った方だと思う。でも、そんな頑張りを全部無駄にするようなことを、ついこの前言ってしまった。

謝ると決めても、後悔は消えない。きっと、このことが解決しても、しなくても後悔は消えない。なら、それなら、一番良かったと思える結末で、せめて結末だけは満足のいく形で後悔したい。そして、これ以上後悔を増やさないように。

 

 

 

 

 

「雪乃ちゃん、一旦休んだら?」

 

隣で全然寝ないで必死に文実の仕事をしている雪乃ちゃんに声をかける。

 

「………」

 

聞いていないのだろうか、返事をしてくれない。仕方がないから肩を揺すって声をかける。

 

「雪乃ちゃん、少し休みなさい」

 

きっとこういう言い方をしても、雪乃ちゃんは何かしら言い返してくるのだろう。

 

「……間に合わなくなるの」

 

言い訳がましく反論してきた。でも確かに事実だ。このままのペースで行くと、文化祭には到底間に合わない。

 

「これ、収支合ってないよ。それと有志のタイムテーブル、これじゃあ時間足りないよ」

 

問題点を挙げて、雪乃ちゃんが疲れていることを自覚させないといけない。

 

「後で確認するから、ちょっと待って」

 

頑固もここまでくると面倒くさ過ぎる。いいから早く休んだらいいのに。

 

「記録雑務の機材申請出てないよ。言わなくていいの?あっ、タイムスケジュールもだ。後は…HPまだ更新されてないね。ポスターどうしたのかな」

 

適当に探すだけで、大量の問題点が見つかる。

 

「後で確認――」

 

「後っていつ?このままじゃ間に合わないよ?まさか文化祭終わってから確認するつもりじゃないよね?」

 

少しキツくなってしまうが、これくらい言わなければ雪乃ちゃんは折れない。いや、言っても折れないかもしれない。

 

「今確認するから見せて」

 

うーん、ダメかぁ。もっと言わないと分からないのかなぁ。

 

「自分で確認すれば、委員長?まさか自分の仕事も分からないの?」

 

それを言った途端、雪乃ちゃんが固まった。よく見ると、身体が震えている。それなのに、その場所から動かないで一点を見つめている。そんなに今の言葉が効いたのだろうか。

 

「…自分の仕事くらい、分かる……」

 

声まで震えていた。ワナワナと唇が震えている。本当に、泣き出してしまいそうだった。

 

「分かってる。こんなのおかしいことも……。大丈夫なんかじゃないことも……。文化祭が…失敗しそうなことも……」

 

「い、いや…そこまでは、言ってない、けど……」

 

雪乃ちゃんがあまりにも儚い声で言うので、流石に言い過ぎたかもしれないと思った。

本当に、今にも消え入りそうなくらい、儚い。

 

「違う……。姉さんじゃ、ない……」

 

声が湿っていた。もうあと数秒で泣き出すかもしれない、そんな声。雪乃ちゃんの顔を覗き込む。しかし、私が思っていた顔と全然違った。

もう何もかも諦めたような、空虚な顔。目に光がなく、感情すら感じられない。まるで世界が終わってしまったとでも言うような、そんな顔。

 

「……なにか、あったの?」

 

言ってから気がついた。そういえば、比企谷君と喧嘩中だ。一昨日喧嘩して、昨日学校を休んでいた。まだ仲直りできていないのだろうか。

 

「比企谷君と、まだ仲直りできてないの?」

 

その言葉を口にした途端雪乃ちゃんが崩れ落ちた。胸の辺りを抑えて、苦しそうにうずくまっている。

 

「ちょ、雪乃ちゃん!?」

 

慌てて背中を擦るが、なかなか落ち着かない。なにかを堪えているような、そんな感じ。息が浅くて、焦って何度も呼吸を繰り返す。釣られた魚みたいに、必死に呼吸しているが、そのせいでさらに浅くなる。過呼吸とは少し違うが、傍から見ていれば同じようなものだ。恐らく原因も過呼吸と同じようなこと。

 

「落ち着いて、ゆっくり息をして?」

 

優しく声をかけるが、聞こえていないみたいだった。ただひたすら、なにかから逃げるように目をぎゅっと瞑っている。

 

「大丈夫だから、落ち着いて」

 

多分、今雪乃ちゃんは精神が安定していない。原因は、比企谷君との喧嘩だろう。それは、地雷なんかよりももっとすごい、禁忌レベルのことなのだろう。そして私はその禁忌を犯してしまった。

きっと今までは比企谷君が精神安定剤だったのだろう。しかしその比企谷君を失って、さらに追い打ちまでかけてしまった。それなのに、私にできることはほとんどない。雪乃ちゃんを持ち上げて部屋に寝かし、溜まった仕事をやるしか、出来ることがなかった。

 

 

 

 

 

恐ろしい夢を見た。なにが恐ろしいのかなんて、分からない。ただ怖いとか、恐ろしいとかそういう感情がでてくる。

鼻と口を塞がれたように息が出来ない。必死にもがくが、全く変わらない。

なにか、怖いものが見えた気がする。でもどんなものかは分からない。人か、物か、それとも仕事か、それすらも分からない。それでも怖くて、目をぎゅっと瞑る。

本当に救いようのないこの状況は、きっと打破出来ない。このまま縛られ続けて、最悪の結末を迎える。もう間に合わない。こんな状況になってしまって。もう手遅れだ。ヒーローは現れない。だって自分で捨ててしまったから。何度も助けてくれた私の英雄は、私自身が傷つけて捨てた。もう後悔しても遅い。意味なんてない。

それでもきっと、私は後悔し続ける。

 

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