幼なじみの彼女は   作:有機物

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きっと行動を起こせば何かが変わる

ふと、時間が気になって時計を見る。思っていたよりも時間が経っていたようだ。学校から帰ってきたのが大体5時頃。そして今は9時前。ざっと4時間近く仕事をしていたようだ。

そろそろ仕事も終わるし、風呂入って寝るか。

そう思い、パソコンを閉じた瞬間小町が部屋に入ってきた。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん!」

 

携帯を握りしめて、慌てているようだった。

 

「どした?落ち着けって――」

 

「雪乃さん、倒れたらしいよ!」

 

「は?」

 

今一瞬時が止まったかと思った。身体が硬直して動かない。

 

「今は寝てるみたいだけど、具合悪いんだって。……お兄ちゃん、まだ…仲直りして、ない?」

 

小町が俺を気遣うような視線で見てくる。しかしそんな小町に構ってやる余裕はなかった。

慌てて立ち上がり、部屋から出る。そのまま一階に降りて、靴を履く。そして外へ飛び出した。

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

小町の声が聞こえた気がするが、無視してドアを閉める。暗い道を、全速力で走る。

以前由比ヶ浜から雪乃の家を聞いた。付近でも良く知られる、高級タワーマンションだ。

雪乃が休んだ日、お見舞いに行かないかと誘われたが断った。雪乃に合わせる顔がないと思ったから。それでも、俺は行くべきだったのだろうか。もし行っていたら何か変わっていたのだろうか。

 

「はっ…はぁ……。はぁ、はぁ……」

 

俺の家から、走って行くにはかなりの距離があって、息が切れてくる。しかし、近くに目的のマンションが見えて、また走り出す。

エントランスに入ると、高級感漂うソファーや、オートロックなどがあった。もちろん警備は万全で、俺みたいな奴は入れない。

 

「……何しに来たんだよ」

 

正直何も考えていなかった。

今改めて考えると、そもそも俺が行ったところでどうやって入るんだ、ということになる。いや、それ以前にどうやって来たことを伝えるんだ。

万策尽きた。もともと策なんてなかったけど。

引き返そうとした時、聞き覚えのある声がした。

 

「比企谷君」

 

振り返ると、陽乃さんがいた。

 

「あ、どうも……」

 

……なんて言えばいいんだ。

俺がここにいることはどう考えたっておかしい。しかもこんな時間だ。怪しまれるに決まっている。

 

「おいで」

 

にっこりと笑いながら誘われる。

 

「あ…いや、俺……」

 

そう言って引き下がろうとした瞬間、腕を掴まれた。

 

「雪乃ちゃん、いるよ?」

 

「っ!」

 

思わず息を呑んでしまった。この人は、俺がここに来ることも、その理由も全部知っているのだろうか。

 

「まあ今は寝てるけど。どう?雪乃ちゃんの寝顔、見たくない?」

 

にやにやしながら頬を突っついてくる。なるほど、雪乃がこの人のことを、本当は好きだけど苦手としている理由が良く分かった。……苦手な部分がね?

 

「み、見たことは…あるんで」

 

「へぇ、あるんだ。じゃあもう一生見れなくていいの?」

 

また意地の悪い顔をしてからかってくる。相手をするのが面倒くさくなってきた。

 

「でもいいんですか?こ、こんな時間に…女の子の部屋に、俺みたいな奴を入れて」

 

「それ自分で言う?ていうか君、雪乃ちゃんに何かするつもり?襲ったり、押し倒したり?」

 

ちょっと、この人何言ってんですか。ハチマンワカンナイナー。

 

「……するわけないでしょ」

 

「ん〜?声が小さいぞ〜?……まぁ、別にいいけどね」

 

最初の茶化すような声音とは打って変わって、やけに神妙に言う。

 

「い、いいって……」

 

つい声が漏れてしまった。この人は、何が「別にいい」のだろうか。

 

「比企谷君、雪乃ちゃんのこと好きでしょ?」

 

「え、あ…はい……」

 

さっきとは違って、やけに楽しそうだ。

 

「じゃあ、どうすればいいのか分かるよね?」

 

その時見せた陽乃さんの笑顔は、一言で言うと見た者を殺すような顔だった。

俺死ななかったけど。

 

 

 

 

 

「どうぞ、上がって」

 

エレベーターに乗って15階まで行き、そのまま玄関に通された。陽乃さんに案内されるがままに一室の前に立つ。

 

「寝てると思うけど…一応私から入るね」

 

陽乃さんはノックをして、返事がないのを確かめてから入っていった。

程なくして扉を開けて、俺に入るように促す。

 

「し、失礼します」

 

一応挨拶をしておく。本人が知らない時に入られて、嫌かもしれないし。

雪乃の部屋は、綺麗に整理され、物が少なかった。それでも、雪乃が寝ているベッドの上だけは賑やかだった。ぬいぐるみが、どれも大事そうに置いてある。

ゆっくりと雪乃に近づく。

 

「……ごめんな」

 

ベッドの横にあった椅子に座り、雪乃の寝顔を眺める。何度も見たことがあったはずなのに、初めて見たような感覚に襲われる。それくらい、雪乃は辛そうに眠っていた。

 

「んっ、んん……」

 

え、ちょっと待って、これ起きちゃうの?やめてお願い起きないで!

そんな俺の願いは虚しく、雪乃はゆっくりと目を開けた。

とっさに扉の方を見ると、少し開いていたが、陽乃さんはいなかった。

 

 

 

 

 

本当にバカだ。もっと早く行けば良かったのに。いつも変なやり方をして、それで問題を起こして、結局解決する。面倒くさい兄だ。いや、雪乃さんも似たようなものか。それでも、ちゃんと行ってくれて良かった。ここで行かなかったら、きっとお終いだったから。

王子様はお姫様を救うことが出来ず、物語はバットエンド。まぁお兄ちゃんは王子様って柄じゃないけど。

どっちかって言うと、ヒーロー?そんな感じ。カッコよくないのに頼りになる。

雪乃さんはお姫様にピッタリだ。可愛いし、なんかそんな気がする。引き留めておかないと、いつの間にか消えてしまう。それで、失敗したら二度と近づくことは許されない。まさに高嶺の花。なのに、お兄ちゃんは諦めないで手を伸ばし続ける。

もし、その手が届くのなら、届く可能性があるのなら、全力で応援したい。

 

 

 

 

 

ゆっくりと目を開けると、見慣れたはずの自分の部屋のベッドにいた。それなのに異質に感じられたのは、隣に比企谷君がいるからだろう。

普通に考えると夢だ。しかしほっぺをつねると痛かった。

 

「あ、えっと…おはよう。一応言っとくが、夢じゃないぞ」

 

「じゃ、じゃあなんでここに……」

 

声が掠れて上手く喋れない。

比企谷君は無能な私に呆れて実行委員会から出て行ってしまったはずだ。

 

「まぁお見舞い、だな」

 

意味が分からない。どうして比企谷君がここに来る必要があるのか。もしかして、姉さんが呼んだのか。それでも、何故姉さんが呼んだらここに来るのかが分からない。

 

「でも――」

 

「言いたいことは分かる」

 

私の言葉を遮るように比企谷君は真剣な顔で言った。

いきなりそんな顔をされると、流石に驚きを隠せない。

 

「本当に、悪かった」

 

そう言って、比企谷君は深々と頭を下げた。

 

「ぇ……」

 

声とも、息とも言えないものがこぼれた。

本当に意味が分からない。なんで比企谷君が謝るの?私が言いたいことって、なんなの?それすらも分からない。

 

「悪いのは……」

 

声が裏返ってしまった。必死に涙を堪えるが、もう止まらない。それでも、私が言わなければいけないことを、必死に伝える。

 

「悪いのは、私……。何も…何も出来ないくせに、何でもやろうとして…それで、結局…何も出来な……っ!?」

 

その先の言葉は出てこなかった。もう何も言うことは出来ない。どんな言葉も。

私の唇は、しっかりと塞がれていた。何も言うなと、もう何も言わなくていいと、そう言われているみたいに。

完全に身体が硬直してしまった。縛り付けられたように、動くことが出来ない。ただ、自分の唇に全神経が行っているのが分かる。そこから感じる柔らかくて温かい感触が、私を安心させてくれている。

不意に、強く抱きしめられた。背中に当たる手は、少し前に握ったときよりも大きく感じて、優しく包み込んでくれる。

密着している胴は固くて、男の人という感じが、すごく伝わってくる。

 

この人は、この人は何故ここまでしてくれるのだろうか。何故こんなに優しく包み込んでくれるのだろうか。

私は、この人の優しさに縋っていいのだろうか。もしかしたら、良くないかもしれない。ただ、それでも、今は甘えたいと、心の底から思えた。

 

 

 

 

 

「悪いのは……」

 

彼女の声が裏返る。涙がこぼれ落ちる。一つ落ちると、もう止まらなくなった。

 

「悪いのは、私……」

 

泣き声で必死に言葉を紡いでいる。そんな健気な姿に、また見惚れてしまう。

 

「何も…何も出来ないくせに、何でもやろうとして……」

 

それは違う。何も出来なかったのは、この子だけじゃない。

これ以上、この子に押し付けてたまるか。

これ以上、この子に無理させてたまるか。

これ以上、この子を悪者にしてたまるか。

これ以上、この子に責任を負わせてたまるか。

 

「それで、結局……」

 

これ以上、この子を泣かせてたまるか。

 

「何も出来な――」

 

その後に続く言葉を奪うように、彼女の唇を奪う。

 

「っ!?」

 

彼女の身体が硬直する。それでも俺は離さない。全神経を自分の唇に行かせ、彼女を一番近くで感じる。

厚くも薄くもない小さな柔らかい唇。

今なら、もっと近づけるかもしれない。

彼女を強く抱きしめる。包み込んで離さない。

彼女は抵抗しなかった。まるで俺に身を委ねるようにして。

彼女の手首を握っただけで拒絶されたときに比べれば、本当にありえないくらいの進歩だ。

何がそうさせたのかは分からないけど、彼女の温かい唇が、彼女の小さな背中が、彼女の細い腰が、彼女から伝わってくる微かな胸の柔らかい感触が、そしてなにより、異常なまでにうるさくて速い2つの鼓動が、これは間違いではなかったと、そう言っているような気がした。

 

 

 

 

 

一部始終を見ていた私は、思わずため息をつく。

ここまで付き合わされていた私がバカみたいだ。

小町ちゃんと必死に作戦を立ててたのに、まさかその作戦はガン無視で、それ以上の結果を叩き出すとは思いもしなかった。

高校生の頃、静ちゃんが、良い成績をとっても文句を言ってきたのは、こういうことだったのか。

 

「はぁ……。もう早く結婚しちゃえばいいのに」

 

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