言った。言ってしまった。今更「冗談でした〜」とは言えないし、言う気もない。
「けっ、え、あ、いき、なり……」
「じょ、冗談じゃない、から」
せめて俺が本気で言っていることは分かってもらわなくてはいけない。
「なんで…い、いきなり結婚、なの?」
なんで?そんなの決まってる。
「好きだから…結婚してほしい、から」
「え、えと…そんなの、いきなり言われても……」
完全に動揺されている。……バカだったな。
こんなこといきなり言われても、ってなるのは予想できたはずだ。
「雪乃ちゃーん、お邪魔しまーす」
玄関の方から声がした。よく通る声。
背筋が凍る。
「……あ、比企谷く――」
「姉さん!?か、帰って!」
雪乃が陽乃さんをグイグイ押しやる。
「ちょっと雪乃ちゃんひどい!比企谷く〜ん、助けて」
なんでこっち見んだよ。そんな顔されても助けない…た、助けないんだから!
顔が雪乃と似ているから困る。
「もぉ雪乃ちゃん。比企谷くんと二人っきりを邪魔されたからってひどくない?」
陽乃さんが挑発するように言う。
「べ、別にそんなのじゃ…ない……」
雪乃が引き下がったのを好機と見たのか、より挑発してくる。
「あれ、雪乃ちゃんエプロンしてるね。それすっごいお気に入りのやつじゃん!もしかして…比企谷くんと新婚さんごっこでもしてるの?」
雪乃の顔がみるみる赤くなっていく。そしてそのまま動かない。
「あれ、もしかして本当にしてた?」
「いや、全然そんなんじゃないですから」
流石にヤバくなってきた。
てかなんでこの人来ちゃったの?
早く帰ってほしい……。
「雪乃ちゃん、大丈夫?」
陽乃さんが心配そうに雪乃の顔を覗き込む。
誰のせいだと思ってんだよ。
「比企谷くんに変なことされなかった?」
「さ、されてない!されてないから!」
雪乃、誤魔化すの下手すぎる。
陽乃さんはこっち見ないでください。
「比企谷くん、何したの?全部包み隠さず話してごらん?」
なんでそんなに笑ってるのに怖いんだよ……。ヤダなぁ。帰ってほしいなぁ。
「何かしたって訳じゃ……」
そう、俺は別に何かしたって訳ではない。言っただけだ。
「じゃあ何か言ったの?」
なんで分かるんだよ。この人エスパーか?
「別に俺が何言おうが関係ないでしょ……」
いや、すごく関係あること言ったんだけど。
お願いだから早く帰ってくれ。
「ふーん。まぁいいや。雪乃ちゃんが嫌がることではないみたいだしね。むしろ喜んでるんじゃない?」
そう言って雪乃をチラッと見る。
え、なに喜んでるの?
「……姉さんのバカ」
「じゃあ帰るね。……比企谷くん、雪乃ちゃんが嫌がることは、しちゃだめだよ?」
嫌がることは?じゃあ嫌がらないことはいいんですか。こんなこと考えてる時点でダメだな……。
雪乃が陽乃さんを玄関まで見送って、鍵とロックまでして戻って来た。
「あの人いつもいきなり来るのか?」
「えぇ……」
マジで自然災害だな。雪乃が可哀想になってくる。まぁ雪乃は可愛奏なんだけどね。可愛いを奏でる究極の存在。
「あの…さっきの、話だけど……」
「あ、あぁ……」
緊張してきた。今まででこんなに手足が震えることなんてなかったくらいガクガクしている。
「なんで、そんなにいきなり、なの?」
一つ一つ丁寧に、ゆっくりと尋ねられる。
「お、お前からしたらいきなり、かもしれないけど…俺は、ずっと言おうって、思ってて…だから、今言った」
俺も一つ一つ丁寧に言葉を紡ぐ。ここで間違えたら即死だ。
「そういうことじゃ…なくて……。なんでいきなり結婚、なの?普通は…もっと、違う……」
「雪乃が、雪乃が…言ってたから。プロポーズされてみたいって。だから…言った」
雪乃が驚いたように目を見張る。
「それで、今こうやって……。あなた、本当に…それでいいの?軽い気持ちで…こんなこと……」
「何が」と言おうとしてやめた。聞かなくても分かる。そんなに大事なことを、今決めてもいいのか、ということだ。
「軽々しくなんて…ない……。俺は…俺なりにちゃんと考えて、これが、間違いじゃ、ない、って……」
必死に言葉を紡ぐ。どれだけ伝わるかは分からない。それでも、伝えたい、と思った。
「会えなくなって…それでも諦めきれなくて……。そうやって、ずっと…5年くらい前から、好きだった。もちろん、今だって。だから、俺は…そんな生半可な気持ちじゃ、ない。いきなり言ったのは…バカだと思うけど……。それでも、好きだ。それは…それだけは、絶対に変わらない」
初めてこんなことを言った。こんなに真面目に話しをしたことなんてなかったかもしれない。
「……バカ…。バカっ、バカバカバカ!」
「うおっ」
雪乃がいきなり飛びついてきた。
「ちょ、ちょっと?おい、どした?」
多分今まででこんなに雪乃から近づいてくれることなんてなかった。
「もぉ…バカ……」
涙目で睨んでくるが、全然怖くない。
「いや、バカは否定しないが……」
「……もっと好きな人が出来るかもしれないわよ?」
「それはないな」
「後悔するかもしれないわよ?」
「なんで後悔するんだよ」
「だって…私の家、面倒くさいもの」
「そこは俺が頑張るしかないな」
「母なんか説得出来る気がしないわ」
「まぁ陽乃さんに頼み込んでなんとかするな」
「姉さんが素直に協力するとは思えないけれど……」
「土下座でもなんでもするよ」
「やめてちょうだい……」
「まぁ未来の俺がなんとかしてくれるだろ」
「本当?」
「なんとかするよ」
ここで一度区切る。深呼吸をしてゆっくりと言う。
「だから、俺と結婚してくれ」
「……………はい」
小さな声だった。ともすれば、聞き逃してしまうほどに。それでも、ちゃんと俺の耳に届いた。
雪乃ちゃんに追い出されてから特に行く場所がなく、家に帰るしかなくなった。
適当に寄り道しながら帰路につく。
歩いている最中も、ずっと頭の中で疑問に思っていることがある。
「比企谷くん、雪乃ちゃんになんて言ったんだろ。告白…はないよね。比企谷くんにそんな度胸あるようには見えないし」
考えても考えても答えが出ない。こんなに考えても解けない問題は今までになかった。
「なんて言ったんだろうなぁ……」
考えれば考えるだけ気になってくる。
これは本人たちに直接聞くしかない。私はそのまま雪乃ちゃんの家にまた向かって行った。
「……助けて、くれ……」
雪乃の手料理を頂いた後、俺は襲われていた。何に?仕事に。
「収支が、合わ、ない……」
「タイムスケジュール、終わった……」
雪乃の仕事は上手くいったようで、ソファーに思いっ切りもたれかかる。
そんなに達成感のある顔をされると仕事を手伝ってもらうのも気が引ける。
「はぁ……」
ついついため息をついてしまう。どこでミスったんだよ。見つからねぇ。
「……見せて」
「え?」
いきなり手を差し出されて変な声がでてしまった。
「収支、合わないんでしょう?」
「あ、あぁ……」
そこまで言われてやっと気がついた。手伝ってくれんのか。
「ごめんなさい、やっぱり後でいいかしら」
一通り目を通してやる気が失せたのか、またソファーにもたれかかる。
「いや俺がやるからいいよ。雪乃は次の仕事頼んだ」
どれだけ仕事をしても追加でどんどん増えていく。なにこのループ最悪じゃん。
「……雪乃?」
返事がなかったので雪乃の方を見てみるが、うつらうつらと舟を漕いでいた。
近くにあった毛布を取って、雪乃にかける。
……あれ、俺どうしたらいいの?家に帰ろうにも鍵かけないと危ないし。起こすしかないのか。
「雪乃、起こして悪いけど俺帰るわ。鍵締めてくれ」
「ん……」
うっすらと目を開けて微笑む。そして小さく手を振ってくれた。
「……おやすみ」
それだけ言って、俺は外へ出た。
外はかなり暗い。時間を気にしていなかったが、8時過ぎといったところだろうか。最近は暗くなるのが早い。
「ふぅ……」
仕事終わりはやっぱりマッ缶だよね!自販機ここら辺あったかな。
「比企谷くん!」
仕事終わりはやっぱり家に直行するべきだよね……。
「もぉ無視ってひどくない?こんな美人なお姉さんが呼んでるんだよ?」
「……残念ながら俺はこんな美人なお姉さんよりも可愛い子を知ってるんで」
視線を合わさずに端的に答える。いやだって目が合うと捕まっちゃうんだもん。
「でも…お姉さんの方が魅力的じゃない?」
そう言って俺の背中に身体を当ててくる。
「ちょ、なにしてんすか」
慌てて離れる。
ふぅ危ない。うっかり死んじゃうところだった。
「君はなんで雪乃ちゃんが好きなの?」
この人直球すぎる。てかなんでいきなりこんなこと聞くんだよ。
……この人でも流石にさっきのことは知らないよね?
「……なんでですか?」
「んー、気になるから。あ、そうだ。いつから好きなのかも教えて?」
「まぁ…初めて見たとき普通に可愛くて、それでいきなり似たものどうしって言われて…そっからですね」
すると陽乃さんはにっこりと笑った。目は笑っていないが。
「比企谷くんは執念深いね」
「……よく言われます」
「まぁいいや。じゃあね」
それだけ言うと、走ってどこかへ行ってしまう。
マジであの人なにがしたかったの?