幼なじみの彼女は   作:有機物

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彼と彼女のいいすたあ(イースター)

 

目を覚ますと、見たことない天井だった。

 

「……知らない天井だ」

 

思わず言ってみたかった台詞第何位かを言ってしまった。

ぼんやりとした記憶がだんだん蘇ってくる。そうだ、俺、雪乃の家に泊まってたんだ。

ゆっくりと起き上がり、リビングに行く。しかしそこに雪乃は姿はなかった。というか、家が静か過ぎる。雪乃が俺を置いていって先に出て行ったと言われても納得できてしまうほど。

雪乃の部屋の前に立つ。

ノックをするが、返事はない。もしかして、まだ寝ているのだろうか。それとも、本当に俺を置いていってしまったのだろうか。

 

「あ、開けるぞ?着替え中でも事故だからな」

 

むしろいつでもウェルカモンだが。

雪乃はちゃんと部屋に居た。まあまだ寝ていたが。

しかし、ベッドではなく、机に突っ伏して眠っていた。

こんな季節に毛布も掛けないで…風邪引くぞ?

身体を揺らして起こす。

 

「……むぅ」

 

可愛らしい声がした。

 

「起きろ、時間だそ」

 

「うん……」

 

いや「うん」て。

しばらくして、眠たそうに目をこすって雪乃が起きた。寒そうに身震いする。

 

「ベッドがあるんだから、そっちで寝なきゃダメだろ?」

 

俺が注意しても、雪乃は上の空という感じで全然聞いていない。ぼーっと遠くを見ている。

こういうときは、体に刺激を与えるのが得策だ。俺は雪乃の脇腹に手を回し、思いっ切りくすぐった。

 

「きゃ、ちょっと!」

 

雪乃が驚いてジタバタする。

 

「起きろ、時間だ」

 

そう言うと、雪乃がハッとした顔になる。ソレから時計を見て、そのまま頭を机の上に乗っけた。

 

「……先に行っておいてちょうだい。ご飯は冷蔵庫に入っているから」

 

「え?あ、おう……」

 

どうやら昨日作り置きしていたようだ。

適当に食べ、着替えてから俺は一人で学校へ向かった。

 

 

 

 

 

暗闇の中、生徒たちのざわめきが響く。

手元の時計は9時57分。そろそろ時間だ。

 

「開演3分前」

 

数秒待つと、耳に嵌めたイヤホンにザッとノイズが走る。

 

『は、知ってるし』

 

イヤホンから大嫌いな声がした。

うぜぇ。ほんとムカつくな。俺だってお前なんかとこんなんしたくねえんだよ。雪乃と代わってくれよマジで。

 

『てかなんであんたなの?』

 

「記録雑務の仕事なんだよ」

 

正直雑談すらしたくないのだが、待ち時間は暇なのである。雪乃は恐らく舞台裏にいる。

 

『……最悪』

 

それはこっちの台詞だよ。早く終わんないかなぁ。

 

『ねえねえ南ちゃん、仕事終わったら一緒に回らない?』

 

『いいねいいね〜!』

 

仕事に関係ないことは他所でやってほしい……。

 

『どこ行く?』

 

『てゆーか、あたし一番楽しみなのがあって!』

 

『え、なになに?』

 

『文化祭でテンション上がっちゃってみんなの前で告んじゃん?それで振られるバカな男子!』

 

うわぁ……。性格悪っ。

 

『あ、それ面白そう!』

 

『でしょでしょ〜」

 

早く終わんないかなぁ。

 

「――10秒前」

 

そんな俺の願いが叶ったのか、開演まであと10秒を切った。

カウントダウンが始まる。3秒前までくると、カウントダウンの声が消える。

 

「お前ら、文化してるかー!?」

 

「うおおおおおおお!」

 

突如として舞台に現れためぐり先輩にオーディエンスが怒号を返す。

 

「千葉の名物、踊りとー!?」

 

「祭りいいいいいいいい!」

 

スローガンだせぇ……。

 

「同じ阿呆なら、踊らにゃー!?」

 

「シンガッソー!」

 

めぐり先輩の謎のコール&レスポンスで生徒たちは一気に熱狂する。

うわー、バカだなー。うちの学校。文化するってなんだよ。

 

「では続いて文化祭実行委員長よりご挨拶です」

 

今日の目玉はやっぱこれだろ!

ゆっくりと雪乃が舞台に出てくる。数秒前のテンションの低さから一転、今日一でテンション高いぞ、俺。つい頬が緩んでしまった。

 

「……ふへ」

 

『キモ、死ね』

 

流石にキモかったか。俺が一人でテンション上がっている最中も、挨拶は進んで行く。そのとき、違和感を抱いてしまった。

淡々と雪乃は話を進めて行く。台詞も全て覚えているのだろう。危なげがあるところは一つもない。それでも、どこか変だと思ってしまった。舞台の下にいるため、見上げる形になるが、雪乃の手は制服の裾を弄っていて、落ち着きがなかった。緊張でもしているのだろうか。その割には真顔だが。肩が上下に揺れている。やはりどこかおかしい。

周りを見渡すが、誰も雪乃の異変には気がついていないようだった。近くの人と喋っているのがほとんどだ。程なくして、オープニングセレモニーが終わる。

別に何か大きなことがあった訳ではない。それなのに、俺はさっきのことが気になって仕方がなかった。

 

 

 

 

 

今まさに総武高校は最高にフェスティバっているが、それと同じで俺のクラスも最高にフェスティバっていた。

円陣を組み、掛け声をあげている。勿論俺は加わってないけど。

俺は海老名さんに命令されたため、受付をすることになった。中で公演しているのだろう、色んな声が聞こえてくる。戸塚、見たかったなあ。

別に中に入ってはいけない訳ではないのだ。ただ、俺は彼女のことがどうしても気になってしまっただけだ。もしかしたらここを通るかもしれない。教室の中に居るよりかは会える可能性が高い気がする。

しばらくすると、公演が終わったらしく、中から人が出てくる。どうやら結構ご満足いただけたようだ。

 

「ヒッキー、お疲れ様!」

 

観客たちと一緒に出てきた由比ヶ浜が、俺の隣に座る。

 

「ゆきのんと回らないの?」

 

「……忙しいんだろ」

 

きっと今も見回りやら書類やらの仕事をしているのだろう。しかし、居場所が分からないから手伝えない。だからこうして待っているのだ。もしかしたら、ここを通るのではないかと。そんな淡い期待を抱いて。

まぁ少しカッコつけたが、ただ雪乃がどこに居るか分からないというだけだ。探しに行きたいのは山々だが、クラスの手伝いを何もしないというのは流石に気が引ける。だからここでこうして待っている。

 

「ふーん。ゆきのんを、待ってるんだ」

 

「そんな感じだ」

 

お互い目を合わせるでもなく、全然違う方向を見ながら話す。

 

「……待ってても、来ないんじゃないかな」

 

由比ヶ浜がつぶやくように言った。

 

「……どういう意味だよ」

 

「理由は分かんないけど、なんとなく。待ってるだけだったら、いなくなっちゃいそう」

 

最後に少し冗談めかして笑っていた。

なんだよ、いなくなっちゃうって。ネコかよ。口には出さないけど、心の中で突っ込んで笑う。それでも、表情は全く笑っていない。

その日、雪乃は俺の前に現れることなく下校時刻となった。

 

 

 

 

 

文化祭も二日目を迎えた。近所の人から受験志望の人まで、色んな人が来ている。

写真を撮って回らなければならないため、色々なクラスに入る。一応文実の腕章が付いているため、不審者に間違われることはないだろう。多分。

 

「お兄ちゃん!」

 

呼ばれた気がするので振り返ると、小町が俺に抱きついてきた。

 

「あれ、雪乃さんは?」

 

お兄ちゃんに会って二言目がそれかよ。もっとお兄ちゃんのお話しようよ〜。

 

「知らん。多分仕事」

 

端的に答えると、小町にジッと睨まれた。

 

「一緒に回る約束とかしてないの?」

 

「俺もあいつも忙しいんだよ」

 

そうだ、俺は今仕事中なのだ。これやんないと、上から何言われるか分かったもんじゃない……。

 

「お兄ちゃんは仕事と雪乃さん、仕事の方が大切なんだ?」

 

「それは違うだろ」

 

そもそも仕事は大事かもしれないが、大切ではない。

俺が一番大切にしたいものなんて、今更言う必要がないくらい分かり切っている。

 

「でも、今のお兄ちゃんだと、そんな感じ」

 

まあ仕事があるからな。これはしょうがないことなんだ。いつだって、予定は仕事に振り回されっぱなし。そんなの社会の定石だ。

 

「……なんか、良くない気がする」

 

最後に言いづらそうに、でもはっきりと小町は地雷を埋めて行った。

 

 

 

 

 

お昼頃になると、校内はバカップルたちが二人で昼食を食べている光景が、嫌でも目に付く。

一人の俺は、大人しく人気のない校庭の方に行く。

俺も雪乃に「あーん」してもらいたいなぁ。

しかしそれは叶わないので、リア充たちを睨みつけておいた。

べ、別に負け犬でもなんでもないんだからね!

事実、俺は自分を負け犬だなんて思っていない。雪乃にしっかりプロポーズして、一応OKをもらった。一つ問題があるとすれば、その約束になんの保証もないことだ。反故にすることだって、簡単に出来てしまう。幼馴染キャラでよくある「大きくなったら結婚しようね」が本当になるなら、幼馴染は負けヒロインになったりしない。

 

「うえぇん。うえーん」

 

すぐ近くから、小さい子どもの泣き声がした。

見回す必要もないくらい俺の近くで泣いている。

 

「……どうした?」

 

「転んで、足……」

 

どうやらコンクリートで転んでしまったようだ。小さい膝には血が滲んでいる。

とりあえず保健室に連れて行くことにした。

保健室はアルコールなどの薬品の臭いにまみれていた。ただ、俺はこの臭いが嫌いではなかった。

幾つか並んでいるベッドの一つに、カーテンがかかっていた。誰か居るのだろう。中から話し声がする。

数分待つと、カーテンが開いた。中から出てきたのは、保健室の先生。そして、中にあるベッドで寝ていたのは、雪乃だった。

もう起きていたらしく、半身を起こしていたため、ばっちり目が合ってしまった。

保健室の先生は、怪我をした小さい子どもを手当てすると、迷子センターに連れて行った。

そのため、ここに居るのは雪乃と俺だけ。

 

「……体調、悪いのか?」

 

「別に……」

 

この状況でそんなことを言われたって、誰も信じるはずがない。

ゆっくりと雪乃に近づく。そして、力なく下ろされている手を取った。

 

「熱はないのか?」

 

「今は、ね」

 

「今は」ということは、さっきまではあったのだろう。現に、熱がない今でも雪乃はしんどそうに見える。

 

「エンディングセレモニーはどうするんだ?」

 

「それくらいなら出来るわ」

 

それでも少しは無理をしなければ出来ないのだろう。

 

「代役は?」

 

「出来るわ。だから必要ない」

 

「そうか……。じゃあ時間ギリギリまでここで休んでるのか?」

 

本人が出来ると言っているのだから、ここでいくら俺が反論しようと雪乃の答えは変わらない。それなら、別の視点から見る方がいい。

 

「いえ、そろそろ行くわ」

 

そう言ってベッドから出てくる。立ったとき、少しフラっとしていたが、そこまで大きな問題はなさそうだ。

しばらく歩いていると、不意に雪乃が止まった。

 

「あのクラス、申請書類とやっていることが違うわ」

 

どうやら昨日人気だったジェットコースターにいきなり方向転換したようだ。だが、委員長がそんなことを許すはずもなく、さっそく代表者を呼び出しにかかる。

 

「やっば!速攻でバレちゃった!」

 

「と、とにかく乗せちゃえ!勢いで誤魔化しちゃえ!」

 

無理矢理雪乃が掴まれて押し込まれる。俺が助けようとすると逆に、腕章があったためか、一緒に引きずり込まれた。最後にダメ押しとばかりにドンと押された。俺はなんとか踏ん張ったが、雪乃は衝撃でトロッコに倒れ込んでしまった。そのとき、雪乃のスカートが少しめくれた。ギリギリ見えてはいないが、いつもはニーハイソックスに隠れている太ももまでしか見えないのだが、今は隠れていない部分が少し見えている。

真っ白い肌に、ほっそりとした太もも。そして、見えていないことでより……。

 

「どこ見てんのよ変態っ!」

 

「ぐはぁっ!」

 

思いっ切り腹を蹴られた。ヤバい、これヤバいやつだ。めちゃくちゃ痛い。

 

「み、見えてねえよ!」

 

「……最低」

 

こちらに冷たい視線を送ってくる。

 

「えー、本日はトロッコロッコにご乗車しただきましてありがとうございます。それでは神秘の地下世界を存分にお楽しみください」

 

黒子のような格好をした、体格のよい男子生徒が四人がかりでトロッコを動かし始める。

机と長机、木板にトタン、鉄板を組み合わせたコースをガタガタ言いながら結構な速度で走っていく。アップダウンも設けられ、乱高下しているのを体で感じる。

これは怖い……。何より、人の手がこれをやっているという不安感が半端じゃない。

不意に、横に大きく揺れた。俺は反対側の壁まで転がった。

 

「えっ?」

 

俺が反対側の壁まで転がるということは、とても大きく揺れたということだ。それなら、最初から揺れた側に居るとどうなるのか。答えは簡単、落ちるのだ。

 

「キャッ!」

 

俺がギリギリのところで雪乃の身体を引き寄せる。なんとか落ちずに済んだ。

しかし、また大きく揺れたため、今度は二人揃って反対側まで転がった。雪乃を潰さないように最大限の努力をした。

……だからしょうがないんだよ、こうなったのは。

俺は、雪乃の上に覆いかぶさるような、とてもヤバい格好になってしまった。傍から見たら、俺が雪乃を押し倒したようにしか見えないだろう。

 

「…………」

 

雪乃は視線を彷徨わせ、なかなか目が合わない。

そんな間にもトロッコは揺れているが、先ほどのように大きくは揺れなくなった。最悪だ。

突然、雪乃が寝っ転がったままうずくまった。目は固く閉じ、苦しそうな顔をして。

 

「ど、どうした?」

 

あまりに突然のことだったため、反応が遅れてしまった。

しかし、いくら声をかけても返ってくることはない。

ようやく終わったようで、トロッコの動きが止まる

 

「どうよ、うちのアトラクショ――」

 

代表者らしき人が出てきて、俺たちを説得にかかるが、そんなのを聞いている場合ではない。俺は雪乃を抱えて保健室へ向かった。

 

「ちょっと!いいの?これでやっちゃうよ!」

 

後ろから声がしたが、振り返らない。

 

「……降ろして」

 

「えっ?あ、おう」

 

雪乃に言われた通り降ろすと、雪乃は地面に座り込んだ。

 

「大丈夫か?」

 

「……気持ち悪い」

 

「俺が?」

 

「さっき…揺れたから……」

 

「酔ったってこと?」

 

「ちょっと違うけど…そんな感じ……」

 

力なく答える雪乃の顔色は、確かにあまり良くない。

 

「何か飲み物いるか?」

 

ずっと保健室に居たのなら、お昼も食べていないのだろう。お腹は空かないのだろうか。一応何か飲んどいた方が良いかもしれない。

 

「……今何か飲んだら戻しそう」

 

「大丈夫か?」

 

流石にここまでくると大丈夫のようには見えない。心なしか、元々細い身体はげっそりしているように見える。

 

「しばらく休めば……」

 

そう言って雪乃はうつらうつらと船を漕ぎ始める。しかし、一分もしないうちに、よろよろと立ち上がる。

 

「もうちょい休んだ方がいいんじゃないか?」

 

「エンディングセレモニーが…始まるから……」

 

「代役を頼め。なんなら俺がやってもいい」

 

流石にこれは譲れない。男には絶対に譲れないものが幾つかある。うーん、例えば?そうだなぁリア充(笑)はクズとか?まあそういうくだらない思考がほとんどだな。

 

「……俺が相模に声掛けてくる。一人で歩けるか?」

 

「多分……」

 

それだけ言うと、雪乃は保健室の方に歩き出す。フラフラしていて、危なっかしい。

すぐに雪乃を止めて、お姫様だっこをする。雪乃のささやかな抵抗も特に害になることなく運ぶ。

雪乃は顔を俺の胸元に埋めていた。

 

 

 

 

 

舞台袖に着くと、葉山たちのバンドメンバーが揃っていた。

 

「あ、ヒッキー。あれ、ゆきのんは?」

 

「ん?ああ、今はいない」

 

由比ヶ浜に全部話すと心配させてしまいそうだったので、言葉を濁す。

 

「あ、めぐり先輩。相模って居ますか?」

 

その辺をうろちょろしていためぐり先輩に声をかける。流石にこの人には言っておかないといけないだろう。

 

「私たちも今探してて……。雪ノ下さん、体調悪いんだよね?だから賞の結果も全部相模さんが持ってるの」

 

めぐり先輩は元から知っていたようだ。まあ雪乃が誰にも言わないで勝手に休むなんてことはしないよな。

 

「もしかして、雪ノ下さんまだ体調悪いの?」

 

「はい、なので代役を相模に頼みたかったんです」

 

あいつのすることは大体予想がついてしまう。最悪だ。あいつと同レベルってことか。

 

「俺、行ってきます」

 

「どこに?」

 

「相模の居る場所、大体分かるんで」

 

それだけ言って、その場から離れた。

 

 

 

 

 

屋上に出ると、三人の女子が固まって話していた。そのうちの一人は相模。

 

「おい、エンディングセレモニー始まるぞ。戻れ」

 

「はぁ?戻る訳ないじゃん」

 

取り巻きの女子たちもクスクス笑っている。

しょうがない、ここは切り札を使うか。

 

「相模、お前が戻るなら、お前が一番楽しみにしてるものを見せてやる」

 

「はぁ?」

 

「お前、オープニングセレモニーのとき言ってたよな?それを俺が見せてやるよ」

 

「あんたバカじゃないの?」

 

「バカな男子の方がいいだろ?」

 

「へぇ…じゃあ戻ってあげるよ。その代わり…嘘だったらあたしの目の前でやってもらうから」

 

「交渉成立だな」

 

相模と取り巻きの女子たちが戻って行くのを見送り、俺はフェンスを力強く握った。

 

 

 

 

 

ベッドに横になっても体調は良くならない。比企谷くんには気持ち悪いと言ったけど、本当は頭も痛かったし、目眩もしていた。なんとか取り繕っていたのに、結局バレてこの始末。

私、何してたんだろ……。

何も出来ていない。きっと今回も比企谷くんがなんとかしてくれるのかなぁ。

頭で考えることすら億劫になってくる。いっそ寝てしまった方が楽かもしれない。

きっと今エンディングセレモニーが始まる頃だろう。

相模さんには迷惑をかけてしまった。

ぼーっとしていると、外からとても大きな声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

フェンスを握り、思いっ切り息を吸う。そしてその勢いに任せて全力で叫ぶ。

 

「体育館にいるやつはぁ!全員出てこぉい!!」

 

たったこれだけ言うだけでも、かなり喉は痛い。

下を見ると、何人かが外に出てきていた。

 

「俺は2年F組のぉ!比企谷八幡だぁ!!覚えとけぇ!!」

 

ここで一度区切る。もう後戻りは出来ない。

 

「おっ、俺は……」

 

意気込んだ割に、大きな声が出ない。

 

「俺はぁ!2年J組のぉ!ゆっ、雪ノ下雪乃のことがぁ!好きだぁ!!!」

 

「笑っている顔もぉ!怒っている顔もぉ!とにかく全部可愛いんだよぉ!!照れてる顔なんて可愛いじゃ済まされないぞ!!!」

 

「怖いのが苦手で泣きそうになってるときは守ってあげたい!嬉しいことがあったら、一番に俺に伝えてほしい!!俺のことを大事な人だと思ってほしい!!!」

 

「とにかく好きなんだぁ!!手ぇ繋いで歩いてるときは最高だぁ!手料理だって一流シェフが作るよりも上手い!俺があげたエプロン大事に使ってくれてんだぞぉ!!」

 

「一見完璧なのに、めちゃくちゃ抜けてるところあんのも可愛いんだ!それでも完璧なんだよ!」

 

自分で言っていて意味が分からない。筋も通っていない。稚拙極まりない。

 

「好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだっ、大好きだぁ!!!」

 

「だから…だ、だから……」

 

ここまで恥ずかしいことをしておいて、こんなところで躊躇うのか。思わず苦笑してしまう。

 

「だから!雪乃ぉ!俺とぉ!けっ、結婚してくれぇ!!!!!」

 

 

 

 

 

階段を駆け上がる。リズムが崩れたら、一気に転げ落ちそうなくらい危なっかしい。手すりに掴まって、必死に駆け上がる。

頭痛、吐き気、目眩。体はこれ以上ないくらい最悪の状態だ。

それでも、一言、絶対に言わなければならないことがある。

それを言うために、必死に駆け上がっているのだ。

扉をゆっくりと開ける。やっぱり居た。その姿を見ただけで、安心感に包まれる。

私と目が合うと、急いで近づいて来る。支えてくれた胸に、ありがたく寄りかかる。そして、持っていた言葉を言った。

 

「いいって…言ったじゃない」

 

国語学年1位が聞いて呆れる稚拙な一言。主語もなく、何を意味するのかなんて、誰が聞いても分からないだろう。それでも、国語学年1位が言った言葉は、国語学年3位の彼には届いた。

 

「ちょっと、心配になってな」

 


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