幼なじみの彼女は   作:有機物

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新たな関係性を目指して
彼から見て、彼女はいつまでも変わっていない


 

部室の中は随分と冷えていた。

俺のために注がれた紅茶を飲みながら、二人の会話に耳を傾ける。

 

「もうすぐ修学旅行だねー」

 

そういえば最近はその話題ばかり耳にする。まあ高校生にとって修学旅行というのは組み込まれた青春劇の中でもとても大切な役割を担っている。

 

「ゆきのんはさ――」

 

由比ヶ浜が何か言いかけた瞬間、扉が叩かれた。

 

「どうぞ」

 

雪乃が答えると扉が開かれる。そこに現れたのは葉山と戸部の二人組だった。

 

「何か御用?」

 

来訪者を見て、少し優しく雪乃が声をかける。きっと葉山が居るから対応が柔らかいのだろう。

 

「ちょっと相談事があって連れてきたんだけど……」

 

そう言って葉山は戸部を前に出す。すると戸部が俺の方を向き、目が合うとにかっと笑った。

 

「ヒキタニくんに相談なんだけど」

 

俺に?なんでこいつが?疑問はたくさんのあるがまず続きを聞かなければ。

 

「俺、海老名さんのこと、結構いいと思ってて?で、まぁちょっと修旅で決めたい的なことなんだけど」

 

半分くらい暗号というかほとんどニュアンスで話をされた。

 

「つまり、あれか。海老名さんに告白して付き合いたいと、そういうことでいいのか」

 

「そうそう、そんな感じ!」

 

戸部が俺の肩を叩きながら同意する。うっぜー。

 

「で、なんでヒッキーに相談なの?」

 

確かに言われてみればそうだ。俺と戸部の関係なんてクラスメイトぐらいだ。というか名前すら覚えてもらってない。

 

「だって、告白と言えばヒキタニくんじゃん?しかもあの雪ノ下さんっしょ?これはヒキタニくんしかいないでしょ!」

 

「お、おう……」

 

正直その話はできるだけ触れないでほしい。というか記憶から消してほしい。

チラッと横目で雪乃を見ると、下を向いていた。僅かに覗く顔は真っ赤に染まっている。ごめん、本当にごめんなさい!

 

「な、なるほど……」

 

由比ヶ浜も俺たちを見て何かフォローをした方が良いと思ったのか、頑張って言葉を探している。

葉山と言えば苦笑いをしているが、笑みが引きつっている。葉山からすればあの件は複雑かもしれない。

 

「ほら、振られるとか結構キツイわけ。ヒキタニくんなら分かってくれるっしょ?」

 

まぁ、分からない訳ではない。いや、むしろ分かる。でもね、そういうことを葉山くんの前で言うのはやめてあげてね?葉山と雪乃の顔が死んでいる。

 

「でも確実に振られないってのは不可能じゃないのか?」

 

世の中熱意や想いだけではどうにもならないことだってある。

 

「まぁそれはあるけどー。でもヒキタニくんって、想いでなんとかしたんじゃね?逆にヒキタニくんは雪ノ下さんのどこか良かったん?」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺の情熱山が噴火した。

 

「まず顔だな。めっちゃ可愛い。初めて見たとき心臓止まるくらいびっくりした。ヤバかった。あとあれな、性格。本当に最初はツンツンしてたんだよ。結構攻撃的でさ。初めて話しかけたら、「この状態を見て、本気でそう言っているの?それとも、私をバカにするために来たの?」って言われたんだよ。いや〜、懐かしいな。まあその頃から可愛かったから許せたけど。そんで色々あっておんぶすることになったんだけど、すっげえ軽いんだよ。しかもなんか柔らかいし。女の子っていい匂いすんじゃん?マジでヤバかった。それで、最後にお礼言われたんだけど、ほんっっとに、可愛かった。あれを見て好きになんない男子はいないね。なんなら女子も好きになっちゃうレベル。あ、あと――」

 

「も、もういいでしょ!//」

 

雪乃が俺の胸をポカポカと叩いてくる。

 

「いや、でもまだ1割も話せてないんだけど……」

 

「あれで1割いってないのか……」

 

葉山が呆れた様につぶやく。由比ヶ浜もニヘッと、力なく死んだ様な顔で笑っていた。ただ目には何も映っていない。

 

「もう…いいよ……」

 

途切れ途切れの由比ヶ浜の声は、随分と疲弊しているようだった。

しかし、一人だけテンションを上げている奴がいた。

 

「それなー、マジ分かるわー。共感しかないわー。俺もさ、最初は特になんとも思ってなかったんだけど、ちょっと良いなって思ったらそっからヤバくて!」

 

「だよな、そういうもんだよなぁ〜」

 

「やっぱヒキタニくんいい奴じゃん!あ、そういえば隼人くんは居ないの?好きな女子。あれ、確かイニシャルYだっけ?」

 

「が」 「あ……」 「おい……」

 

俺と雪乃と葉山の声が重なった。俺は良く分からないこ言葉で、雪乃は一気に気分が落ちた様に、葉山は怒りを堪える様に。

 

「あ、えっと……」

 

ヤバそうな空気をいち早く察知した由比ヶ浜がなんとかフォローしようとする。

 

「あ、あたしも好きな人のい、イニシャルY、だよ。ほ、ほらゆきのんだから…Y……。へ、へへ……」

 

うん、由比ヶ浜、良く頑張った。でもな、そのやり方は今回は逆効果なんだよ。

 

「あ、確かに雪ノ下さんYだべ。え、もしかして……」

 

「もういいだろ」

 

その声は、鶴の一声なんかよりも遥かに強かった。低く、太く、強い声。明らかに不機嫌さをあらわにしている。葉山は俺たちを睨むようにして見ていた。いつもの葉山とは確実に違う。深いため息をつくとそのまま部室を出ていってしまった。

 

 

 

 

 

四つの沈黙が部室を満たしている。

由比ヶ浜はすぐに空気を読むことが出来る。だから自分のフォローが余計にいけなかったのだということが分かったのだろう。何も言わずに俯いている。

戸部は何が起こったのかイマイチ分かっていないようで、あたふたとしていた。しかし、そんな戸部に説明してやれるほど俺の頭は整理されていない。

そして、雪乃は。じっとただ一点を見つめている。しかし、数秒経つと立ち上がった。そしてそのまま何も言わずに走って部室を出て行った。

俺たちは誰も追いかけようとしない。戸部は俺か由比ヶ浜が追いかけるとでも思っていたのだろう。でも追いかけたところで何が出来る訳でもない。きっと彼女はあいつのところに行くのだろう。それなら俺たちが行ったって逆効果だ。

俺はただひたすら考えていた。

 

恋愛で誰かが傷つくなんて当たり前だ。好きな人が被ってどちらかが選ばれない。そこら辺のラブコメでもよくあるパターン。だからだろうか、俺はその傷つく立場になった奴のことを甘く見過ぎていた。

もし俺なら一度振られれば振られる前のように振る舞うなんて出来ない。それは葉山も同じだ。表面上は取り繕って、大丈夫そうにしていても心の奥底では深く傷ついているかもしれない。本当は雪乃となるべく会いたくないかもしれない。それでも葉山は、葉山隼人の顔を保つために無理をしていたのだ。無理をしていたのなら、いつか破綻するのは当たり前だ。

俺は気分がどっと下がるのを改めて実感した。

 

 

 

 

 

何も考えれない。今はただひたすら何も考えたくない。こうして一人で過ごすのは久しぶりだ。いつも俺の近くには誰かしら居た。それが嫌な訳ではない。楽しいときだってたくさんある。でも、最近は辛いことの方が多かったかもしれない。

 

「……なんだよ」

 

心が荒んでいるからか、言葉遣いが荒くなってしまった。本当はこんなところを見られたくない相手なのに。

 

「何かある、という訳ではないのだけれど……」

 

彼女は言いづらそうに目をそらす。その仕草があの花火大会のときの様子をフラッシュバックさせ、余計に嫌な気持ちになってくる。もちろん彼女は何も悪くない。むしろ言いにくい事を言わせてしまったのだから、俺の方が彼女に悪い事をした。だから、今は一人にしてほしい。彼女と一緒に居たくない。俺にだって、それを言う権利くらいあるはずだ。

 

「あのさ、今は一人にしてくれない、かな?」

 

なるべく穏やかな口調で言う。彼女が怯えないように。いつだって俺はバカらしく思えるほどに彼女と接するときは気を遣っていた。その癖が今もまだ続いていることに、嫌悪感を抱いた。

 

「一つだけ、聞かせて」

 

ぎゅっと胸の辺りを掴んで、彼女が問うてくる。

 

「………」

 

無言を肯定と捉えたのか、彼女がゆっくりと口を開ける。ただ、なかなか言葉にならずしばらく息を吸って吐くだけの時間が続いた。

 

「私は…どうすれば良かったの?」

 

やっと出てきた言葉は弱々しく、今にも泣き出してしまいそうだった。

 

「このままじゃ…いや……。でも、今のままが、いい……」

 

彼女の瞳に涙がたまる。それでも、俺は何もしてあげられない。

 

「君の選択は正しいよ。それに、俺がこうすれば良かった、なんて言ったって変えたりしないだろ?」

 

少し言い方がキツかったかもしれない。それでもここで濁すことはもうしない。してはいけない。はっきり言わなければいけない。

 

「でも……」

 

「君は優柔不断なんだよ。ただ一つの、何よりも大切なものさえあれば、それ以外を捨てることが出来るか?出来ないだろ。でもな、あいつは出来ると思うぞ。君と、それ以外を天秤にかけたら、きっとあいつは君を選ぶ。君は…俺のことも、あいつのことも全然分かってない」

 

「分かってないのは、あなたの方……。私は……」

 

「実際出来ていないだろ」

 

「違う、違うの……。そうじゃ、なくて……」

 

それ以上は聞きたくない。そうじゃないならなんなんだ。俺には分からない。分かりたくない。

 

「ごめん、もう…無理だ」

 

それだけ言ってその場を去る。きっと彼女はもう俺を追ってこない。だから俺も、もう振り返らない。

 





久しぶりの後書きです。
体育祭編やその他の番外編はどこかで書くつもりです。気長に待って頂ければ幸いです。
今回もお読み頂きありがとうございました。
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