そして最後の理想郷(ユートピア)   作:アークゲイン

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01 100億円と相談 上

 

 あなたは100億円で世界が救えますか?

 

 

 

 

      《東のエデン第2ゲーム》

 

 

 

 

 その少年は何も出来なかった。

 想像した世界がやって来たのにその責任を取ることができなかった。

 新しい時代を求める僕たちが行動しなかったからだ。その体現者がその少年だった。だから彼は「生贄」だった。そうするしかなかったのだ。誰しもが明日を望むために犠牲になったのだ。

 誰しもが未来を向くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が青い。今日も人間が行き交うコンクリートジャングルの中を彷徨い、安息の地でえる大学の部室へと逃げ込む。

 ミンミンと鳴く網戸に張り付いていたセミを叩き落とし、急ごしらえで置いたエアコンの電源を入れる。

「おう。遅かったな」

「いえ、そんなことはないですよ」

 同じタイミングで部室に入った彼女の名前は椎名ほのか。

「私はちゃんと講義を受けてこの部室に来たんです。先輩はサボリでしょ?」

「先輩と呼ぶな。学年は同じだ」

「でも年齢は上ですし、年上には敬意を払いましてーー」

「そんな無駄な敬意はいらない」

 

 ムッとほのかは軽く頬を膨らませてこちらを睨む。しかし、愛らしい顔立ちであるのでちっとも怖くない。寧ろ可愛い。

 短く切りそろえた髪に前髪を少し大きな星形の形の入ったヘアピンで分けている。よく見るとほのかの髪は少し濡れているように見える。そこから目線を少し下げると、軽くだが体全体が濡れていて、服が体に張り付いていた。薄着をしているほのかの肌が服の上から覗く。

 

「なぜ濡れてるんだ?」

「あ、聞きます? 聞いちゃいます?」

 

 何故だか得意げに、鼻を鳴らす。

 腕で胸を押し上げて強調して、色っぽい猫撫で声で

 

「先輩の、えっち」

 

 と。

 

「やっぱいいや。早く座れ。サブローとヤスは? 今日は同じ講義だったろう?」

 

「えー、聞いてくれないんですか? あ。三郎さんと泰臣(やすおみ)くんは宝くじに当たったみたいで南の島に行きました」

 

「え? 何それ聞いてない」

 

「内緒にしといてって言われましたので」

 

「どして? なんで教えてくれないの?」

 

 突如、部室のドアが開かれた。

 

「宝くじに当たったのはサブローで、それで死んだ。あいつはいい奴だったよ」

 

 眼鏡をかけて髪を真ん中から分け白いシャツに白い半ズボンを身につけた二枚目の男が部屋に入りながら眼鏡を押さえて決めポーズをした。

 

「あ、泰臣くん、生きてたの?」

 

「当然。僕が君を残して死ぬわけがないだろう?」

 

「って、彼方ちゃんにも言ってなかった?」

 

「そう。彼方。彼女は僕の魅力に気が付かない駄目な女さ。こんなに僕が天才だと言うのに」

 

「まぁ、確かに一種の天才だな。人間を研究するサイコパス」

 

「いうでは無いか、ロンリーボーイ。だから君は単位が取れないんだよ」

 

「俺は必要がないから取ってないんだ。進級はできるさ」

 

「卒業は?」

 

「3年後」

 

「あれ?」

 

 確か、俺は今二年だったはずだ。ほのかとの会話で俺の頭の中に謎の空白の一年が存在していることに気がついた。

 

「まぁ、良いだろう。それよりも、今日の議題だ。はやく座れよヤス」

 

「ずっと思ってるのだが、ヤスと呼ばれるとどうしてもモブキャラのような扱いを受けているようでなんか嫌だ」

 

「煩い。だからヤスなんだよ」

 

「良いじゃない。泰臣だからヤス。安直で良い名前だよ」

 

「あまり自分の名前が好きではない理由だな。それは」

 

 

 

「今日の議題だ。

 もしも、今100億円があったとして、それで世界を救うと言われたらどうする?」

 

「なんだそれ?」

 

 泰臣とほのかは首を傾げる。

 言ってる俺も意味不明だ。しかし、今日の議題はこれだけである。

 

「?? 今持ってるの? 100億円」

 

「条件として、現金では持っていない。お金の利用方法としては、携帯でコンシェルジュに電話をかけて命令する。その時にその限度によって100億から値引かれていくって感じだな」

 

 そういうと、泰臣は少し頭を抱え質問をした。

「一回で使える金の上限は? それにどんな命令までなら聞くんだ? 世界を救うなら、それを願えば良いのではないのか?」

 

「最初の質問からだな。多分上限はない。だが、どうやって一回で100億を使い切る? 二つ目は大体の願いは叶えられると思う。最後だな。多分無理だ。自分じゃ世界を救えないから俺に声を掛けてきたんだ」

 

 あ。と思った次の瞬間には揚げ足取りのほのかが声を上げる。

 

「何それ。本当の事なの? 楽しそうじゃん。私に新しいリュック買って! これで私の世界が救われるよ!!」

 

「そうか。では僕には彼女をくれ。ほののんのような出来の悪い頭ではない彼女だ。金を払えば彼女ができるのだろう?」

 

「却下だな。とにかく、少しお前たちと一緒に考察したい。実際これがどんなものなのか、俺には解りかねる」

 

 ポケットから一台の携帯を出した。

 今時スマートフォンがデフォルトで、もう数年すればディスプレイさえないデバイスが一般向けに発売されるというご時世だ。しかし出てきたのは真ん中から半分に折れるガラパゴスケータイ。これは旧世代の進化していない形態という蔑称であるが、正直本当の名前を知らない。

 だが、他とは違うのはあまりにも現代のスマートで、どれだけ画面を薄くできるかを競っている時代に反比例するようにゴツめなデザインでありとても厚く、ナンバーキーの裏に円状の指紋認証の板みたいなものが付いている事。その突飛なデザインは、ただ、古いだけの携帯では無いことがわかる。

 

「これは。エアキングの持ってた携帯か?」

 

「エアキングって、あのエアキング?」

 

 ほのかの質問に、泰臣は頷いた。

 そして、自分のスマートフォンで画像を検索して、ほのかたちに見せるように画面を向けた。遊園地の中なのかメリーゴーランドのようなアトラクションの屋根に登り携帯を片手に空にピストルを構える構図の男。

 それは、今でも特に若者の中では知らぬ者はいない画像である。小学校の教科書にもデカデカと描かれているそれ。

 

「滝沢朗。テロリストで、迂闊な月曜日の張本人。今も何処かに潜伏中で、今の日本を復興させる元凶となった人。ほら、この携帯を見て。結構前だから画像は荒いけどこれでもAIの画像解析で画質は上がった方なんだけどね」

 

「知ってる奴より綺麗なのはわかるよ。でも、うーん」

 

 ほのかは目をしょぼしょぼさせながら、机の上にある携帯と滝沢朗が持っている携帯とを見比べて首を傾げる。

 

「で? この中に100億円があるわけ?」

 

「まぁ、そういうことだな。

 世界を救えって、どうすれば良いんだよって話だよな」

 

「しかし何でまたこんな時期に」

 

 半世紀前のリーマンショックやウイルスの蔓延でとてつも無い経済ダメージを受けた日本を含めた全世界は、今や大東亜国無くしては生活できない程に瀕死になっていた。

 新型ウイルスの発生源と謳われた場所は今や地図にもなくなり、それを証明できなくなった。そして大東亜国が唯一にして迅速に経済を回復させ、途上国をはじめ、先進国とかつて呼ばれていた国以外を支援し、莫大な富で莫大な利益を得てから数十年。

 すでに退廃的なムードと、属国のような奴隷思想が日本を飲み込み、ある一定以上の自由は無くなった。

 

 日本の奴隷根性はそんな変換期を超えても尚続いているが、だからと言って何も変わらなかった。違いといえば、多めに年寄りが死に危機感を持った若者がエッサコラと交尾をし子供がある程度増えはじめた。という事くらいか。だからと言って急激に経済が回復するわけでも無いし、大きな転換があったわけでも無い。

 今でもusaaは大東亜国と敵対し一触即発の危機に瀕しているが、そこに日本は関係なく、今や新独立国家独裁国家日本。と言っても過言では無い。

 一定の民主主義は取り入れているが、しかしそれは形だけであり、大きくは一大政党が人を入れ替え入れ替え国民を騙し騙しやっているだけの事実上一党の国家である。

 

 それだけで、変化を嫌い、現状維持と先進国だった今や足元に存在している国の真似ばかりをする。現状、そんな国よりも遥かに人的資源に優れ、世界一位の経済大国の隣に存在し、ある程度以上の技術を持っている国ではあるが、その実態は国民性から2010年代と何も変わらない。

 

 ただ、諸外国の関係が変わり、下に見ていた大東亜国が世界を牛耳り、それを邪険にする落ち目の元一位であるusaaが嫌味を言うだけ。そんな関係性に変わっただけで、日本国内は何も変わっていなかった。

 

 

 ほのかや泰臣や自分のように、大学までは行っとれと、親に言われて何もしたいことがないし何にもなれない、やる気のない人生を無駄に浪費するだけの日本人は大量に生産される世の中だ。

 

「そんな生産性のない世界に、どうにか救済をって? どうして俺が?」

 

「…………いや、正直お前だけではないだろう。このランプを見ろ。Ⅻまで存在している。そしてこの携帯はⅦ。お前以外にも11人が同じゲーム? に挑戦していると考えることができるだろう」

 

「ヤス。お前やっぱ天才だな。そうだ。俺を含めて12人がこのゲームに挑戦している。そして、誰かがこの世界を救えばゲームクリア。それと同時に救えなかった11人は自動的に消滅。死んでしまうそうだよ」

 

「えっ!? 先輩死んじゃうの?」

 

「いや、俺は世界を救うから」

 

「無能な先輩が世界を救う? 無理でしょぅ」

 

「笑うなよ。俺だってどうすれば良いかわからん。だが、何もせずに死ぬのは悔しいからな」

 

「先輩が死ぬならその前になら、おっぱい触らせてあげますよ」

 

「いや、おまえのおっぱいはパットだろ」

 

「触りたいんですね? でも死にかけてないと触らせてあげません。早めに死んでくださいね!!」

 

「いや、俺はまだ死なん」

 

「じゃあおっぱいはお預けです」

 

「ほのかたん。僕も今死にかけなんだけど、おっぱい見せてくれない? 触らないからさ」

 

「泰臣君は彼方ちゃんがいるでしょ?」

 

「彼方はだめだ。あいつは俺を殺したいらしい」

 

「泰臣君の場合は死んだら裸でお葬式に出てあげるね!」

 

「僕が見れないじゃないか。僕の葬式に出た友達だけが役得だ! それは困るから死なない」

 

「へー。おまえ葬式に出る友達居たんだ」

 

「なに!?」

 

 

 今日も今日とて、何部でもないただ空いてる部室に居座りダラダラと喋るだけの時間は過ぎていく。

 こうやって一日は無駄に流れていく。

 そう。

 ずっとこんな毎日だった方が、幸せだったのだ。ーーーーずっと。


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