そして最後の理想郷(ユートピア)   作:アークゲイン

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03 100億円と相談 下

 過去に12人の「セレソン」と呼ばれる選ばれしものが存在した。

 彼らはノブレスオブリージュの精神のもと、彼らの思うように世界を救済して見せた。ある者は国の根本からひっくり返そうとした。ある者は戦後復興からやり直そうとした。ある者は手が届く範囲の人間の雇用を促進させた。ある者はテロリストになった。

 

 そのやり方はどうあれ、その時代の「重たい空気」は少しだけ。ほんのちょっとだけ軽くなったように思えた。

 しかし、そんな状況はすぐにひっくり返った。

 何処からともなく拡散された細菌兵器。

 その影響で世界中で3分の1の人間が死んだ。そこから一変した。戦後から変わらなかった経済的国力の順位が一転した。

 

 東亜国。

 

 統治者が変わり、一代にして皇帝の治める社会主義国家。

 旧ロシアの大半を自国に取り込み、極寒の地から資源を回収する技術を生み出し、2031年より単独宇宙ステーションを建設し、現在に至るまで先端技術を独占し続ける近未来的国家である。

 その原点は突然降って来た隕石だったという陰謀論者がいたり、国家の起源は全くの未知。しかし、その技術は確かであり日本も恩恵を受けていた。

 東亜宇宙開発センターとJAXAの協力の下で軌道ステーション計画がスタートし、計画は進んでいるのがいないのか、国民に情報が降りてこなくなり恩恵も何も無くなり早20年近く。

 日本も東亜国の影響を十分に受けていた。

 

 どんよりとした空気はもっと重くなり、国の経済成長も伸び悩む。2011年の自国をミサイルで攻撃し、あたかも他国からの攻撃だったと主張した「エアキング」こと滝沢朗の存在で他国からの評価がガタ落ちし、日本経済は大ダメージを受けた。そのたったの9年後。世界は細菌兵器の流行で全ての経済活動が縮小していった。

 その後、復興できた国とそうでない国の二極化し、現状維持の日本は上位国が軒並み下がって相対的に東亜国に次ぐ2位という経済国家として返り咲くことになった。

 

 それを自らの手腕であると主張する自律党の赤坂内閣は、15年総理の席を譲らなかった。その降りた時も内側の議員から密告と虚偽報告の足の引っ張り合いだった。

 だが、その時すでに他の対立する候補など居なかったことから、同じ党から「駿河奈部淳」が首相となり、3年間を組織した。その後も同じようなことの繰り返しで、一党独裁が進む。その間に国民投票や、国会議員選挙などは廃止され、天皇が指名した人間が選民として投票権を持つ、そんな偏った政治が始まる。

 

 しかし、自律党は現状維持を望んだ。

 世界の情勢がどれほど変わろうとも、国のあり方がどれほど昔と違っても。ただ、権力のあるうちは美味い汁だけを啜りたい一心で、チビチビと誰からも気付かれないように、大きな政治転換など行わなかった。

 

 その結果、2050年代にもなって、40年前とほとんど変わらないような政治体系に国家運営。それに国民性や考え方など、時代はそこで止まった。

 どれだけ周りの端末や生活用品が東亜国から輸入され最新のものに変わっても、国民の大半はそのまま受け入れた。

 何も変わらないまま。

 楽な方へと進んだ。

 

 そんな世界を救ってくれと、再び12人のセレソンが撰ばれる。

 

 

 

 

 やはり、そんな世界も長く続かないことを知る。僕たちは世界を救うことだってできないし、何もできない。

 

「ほら、何か頼んでみませんか? 論より証拠! 質より量です! ほら! ほら! 私に新しい財布を買ってくれるんでしょう!」

 

「いや、そんな約束はしたことがないが」

 

「そんなことを言うな。寿一。物は試しだ。何かやってみろ。お前はまだ一円たりとも使っていないじゃないか」

 

 急かす様に、ほのかはぴょんぴょん飛び跳ねる。泰臣は興味本位でこちらを見る。手元にはデバイスを準備しており、いろいろ記録する様だった。

 

「世界を救う様な、そんな望みじゃなくていいんだな? 変な代償が来たって僕は何もしないからな?」

 

「そんなフリはいらない。とにかくやってみろと言ってる」

 

 ふんと、鼻を鳴らしてノブレス携帯に指紋を認証させる。

 電話する様に携帯を耳元に動かし、そのままパネルを押し込んで通話開始だ。呼び出しのコール音がする。

 だが、三度もしないうちに向こうで「誰か」が出た。

 

『はい、ジョシュアです。初めまして救世主。』

 

「あ、えっと。有屋です。な、何ができますか?」

 

「(何テンパってんだよ。なんでも叶えてくれるんだろ?)」

 

 小声で泰臣がキレる。

 ほのかは自分の財布が新しくなると思い、今使ってる財布の中身を抜いていた。お札が一枚もないのが見える。

 

『何ができますと聞かれてもですね。ある程度は、と答えるしかないです。具体的に質問してくれると、私も答えられると思います』

 

「で、では。少し高級な財布をください」

 

『質問では無いですね。かしこまりました。ーーーー承認されました。その携帯の位置情報を元にお届けに参ります。では、これからも良い救世主であらんことを』

 

 そう言って通話は終わった。

 

「おい」

 

 ドスの効いた泰臣の声が耳に痛い。

 

「もっと聞くことがあっただろ? なんで何も聞かずに終わったんだよ」

 

「す、すまん。なんか知らん人が出てテンパった。本当に何も考えてなかったから、ほのかの財布だけしか覚えてなかったわ」

 

 ピローン。

 

 ノブレス携帯から通知が来た。

 

【xii >新しい財布 >150,000】

 

「えっ!? たっか」

 

「は?」

 

 携帯を覗き込んだ泰臣は目を丸くした。

 15万円。それはかなり高額であることはわかる。学生の身分である自分らは、どれだけバイトをしても10万程度しか稼げない。いや、バイト全振りや、精神に疾患があればそれ以上を稼ぐことは可能であるが勉学、サークル、バイトのいくつかを掛け持ちしている寿一、泰臣には生活費を仕送りしてもらっている身の上その額は狂気の額である。

 

「これ、本当にあいつにやるのか?」

 

「百均に行って買い替えていいかな? この財布は僕が使いたいが」

 

 必然的に小声になってしまう。もしほのかに気づかれでもしたら何をしでかすか。とてもプライベートエリアの狭いほのかから抱きつかれでもしたら、寿一は平常心を保つことはできないだろう。

 

 

 

 ガチャり。

 

 ドアが開いた。

 

「うっす」

 

 入って来たのは、寿一が所属している同じゼミに籍を置いている三好という小柄な女性であった。女性というより、体格的に中学生でも通用しそうな童顔で耳の上から髪をツインテールにしてまとめているので、女の子と言った方が正しいかもしれない。そして、八重歯が光る。

 

「先輩、なんか届けてくれってセンセーから紙袋を預かったっスよ」

 

当然、僕が一浪したことを彼女も知っている。ほのかとあまり接点がないのも知っているが、三好も僕のことを「先輩」と呼ぶ。

同じ学年なのに。同じゼミ中でも先輩と呼ぶので、あまり喋らないメンバーにも僕が年齢的に一つ上かそれ以上だということだけ知られていた。

 

 パスっ。と三好がそれを投げて渡すので、その落下位置を予測して寿一はそれをキャッチする。

 

「それ、何スか? まぁ、中見たんスけど、財布っスね」

 

「いや、それ答えじゃん」

 

「はははっ! 先輩面白いツッコミッスね! 最高ッス」

 

 そして、三好は寿一の事になると何しようが笑う。

 多分馬鹿にしてるだけだと思われるが、全く面白くなくても、全力で笑ってくれるので、たまにムカつくが基本的には気分がいい。

 

 目尻に溜まった涙をこすりながら

「じゃっス。渡したんでよろしくっスね。アヤは今日アレなんでもう帰りますねー」

 と、踵を翻し入って来た扉を丁寧に閉めて出て行った。

 

「騒がしい人だな。そして、お前の周りは残念美人が多いな」

 

「頭のネジ外れすぎて不意にドキッとするが、僕に大して気がないことを知ってるからなんとも言えない」

 

「それ、馬鹿にされてるだけだろ」

 

「クソ」

 

 そんなやりとりを、目が点になって見ていたほのかを、泰臣と寿一は知らない。

 




一人称と三人称どっちが読みやすいのか。
なんか、いつも書いてる文章より難しいぞ?

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