100億円。一般人ならそれは多いと思う額だろう。
それは、あくまで一般的な学生から見た感覚でしかない。それがもしもいくつもの企業を経営している実業家なら。国家予算を動かしている政治家なら。銀行の投資部門を管理している部長なら。
様々な立場から考えてみると、やはり100億円程度はそこまで大きな金額ではないのだろう。
一般的なサラリーマンの年収が2億円だというなら、50人で100億円だ。つまり、人間50人分の金額と同等の価値が100億円にはある。
そう考えると面白い。たった100億円と思わないだろうか。
だったら、中小企業が99人人を雇ったとして正社員で定年まで雇用し続けたら単純にそれの倍が人件費でかかるだろう。
つまり200億円だ。
そんな一国から見てはした金。いや一地域から見ても吹けば飛ぶようなお金で世界を救えなんて虫のいい話だろう。
だが、これは人間の稼いだお金という点に視点を置いての話だ。
もしもそれが降ってわいたお金であれば。
使用用途の決まっていないお金であれば。
ノブレス携帯の画面にはⅻ 番が15万円の財布を買った履歴が入る。
「世界を救うには格好から入るやつがいるか。まぁ、ある程度の大人ならそこそこだが。いや、財布と値段だけで人柄を判断するのはよくない。いやどんなメンタリストだよ俺。馬鹿だなぁ」
そんな独り言を言ってノブレス携帯を閉じる。
たいてい何でもできる力を神様が自分に与えてくれたのだから、有効に使わないといけないな。
そう思って、ジョシュアに連絡を入れる。
「はいジョシュアです」
「何度もかけてごめん。次はこれを片付けてほしいんだよね」
「かしこまりました。では、あなたが賢い救世主足らんことを」
足元のうつぶせに倒れる小太りの男を足で転がす。
もしも、彼らがもう少し頭が使えたら。未来を見る目が合ったなら。
そんなないもねだりをしても仕方がない。
今は自分にできることだけをしないといけないのだ。今回は、この目の前に存在している反逆者たちの巣窟を。
『iii> 死体の片づけ』
『iii> 集会場の爆撃』
少し派手だけど、気が付く人間はそういるまい。
○
ハンバーグと言えばなぜミンチをもう一度固めるのだろうか。
正直言ってその存在は解せない。
だってそうだろう。同じ世界には肉の塊が存在しているのに、その肉そのものをミンチに、つまりは粉々に粉砕してそれを固めなおして焼くのか。
あまり食感が好きではないので好んで食べない。
そんな偏った価値観をほのかは知っている。
「ほら、先輩。これをあげます」
やけたじゃがいもを寿一の鉄板に載せて、いくつかに切り分けられたハンバーグを取っていく。
別にそれに対してあまり何も思わない。
ハンバーグを食べないで済むのでありがたいとは思う。
「あまりここは美味しくないねー」
大きな声でほのかが言った。店員が多い店ではないので問題ないが、今は少なくない客が店内にいるのだ。少し気になる。
「そんなことを言うもんじゃないぞ」
泰臣がたしなめる。
一般人のような価値観を持っている泰臣はお金を払って食べるのだから全部残さず食べる。を信条にしているので失礼なことはあまり言わない。
しかし、店を出てもう一度行くか行かないかを決めてしまうのが泰臣だった。
自分でも思う。
あまりハンバーグを好きな俺ではないが、この店は食えたものではないと思う。
もっと嫌いになりそうだった。
あまり言葉を発さないまま出されたものを食べきる。
950円とは、一般的なのだろうがこの店には高すぎると思った。
「新しい店だからどうかなって思ったけど、大外れだね」
ほのかが頭の裏で手を組んで大きなため息をついた。
「それには同意だ。外見は豪華そうで値段は良心的。普通のチェーンファミレスにも劣る味だった」
「ハンバーグはもう食わねぇよ」
携帯が振動する。
これはノブレス携帯ではなく、寿一の持っているスマホだった。
同時にほのかと泰臣もスマホの画面を見ていた。
「テロ??」
緊急事態速報がアラームを鳴らしていた。
『静岡県で無差別テロか!?』
との見出しで一面ニュースだった。
「何が起こったんだ?」
「あまり知らない田舎らしいが、民家が突如爆発したらしいぞ。それも結構な場所が」
「爆発? どうして」
泰臣はため息を付きながら
「知るわけ無いだろ」
ほのかはスマホの画面を見ながら頭を捻っている。
それに見かねた寿一はほのかの見ている画面を後ろから覗いた。
「うわ。びっくりした。どうしたんですか? 先輩ご自身のスマホがあるでしょう?」
「何を真剣に悩んでいるのか見てやろうとしたんだろ」
「そうですか。ちょっと思ったのが、サブローくんの実家がこのあたりだった気がしなくもないなーって」
「どうしてサブローの家なんて知ってるんだよ」
「急に大きな声出さないでくださいよ」
驚いたのか、通行人が仰天の目でこちらを見ているのが目に入るだけで何人か。
「どうしてって、そんな話したじゃないですか。ついこの間」
「したか?」
「ああ。そうだったか。この地名に覚えがあったからなんか引っかかっていたが。そういうことなら納得だ。連絡だけしておくか。南の島に届くか知らないが」
泰臣が連絡帳から三郎の欄を開きコールする。
スピーカーにして寿一たちにも聞こえるように三人の中心にスマホを持ってくる。
そして当の本人は3コール目にして出た。
『おう。どうした?』
「お、南の島は快適か?」
寿一が聞いた・
『トシか。いやあんまり快適とは言えないな。結構邪魔な動物がたくさんいてな。それを狩らないといけないらしい』
「無人島かよ」
「どんな動物が出るんだ? しかしそんな未開の地のような環境でよく電話ができるな」
『ああ。それが不思議にもワイファイがあってな』
「それは便利そうだ。写真撮って送ってよ」
『わかった。いつか送ろう。今は無理そうだが』
「お土産もよろしくね」
『椎名さんもそこにいるのか? まぁ、仕方がない。椎名さんは目処がついたら今俺がいる場所にご招待してあげるよ』
「え、別にいいよ。野生に戻れない」
『そんな未開文明じゃねえよ。あんまり不便はさせないぜ』
「それはそうと、サブロー。やっぱりお前は知らないらしいが、お前の田舎が攻撃されてるぞ」
『俺んちは田舎じゃねえよ。ん? 攻撃? 何だそれは』
「同時多発的に静岡でいろんな場所が爆発したそうだ。前触れもないし、爆発物があった場所でもないんだとよ」
泰臣の説明に、ふんふんと頷いているサブローは取り乱すようなことはなくて冷静だった。
『それはどこ情報だ?』
「いまニュースでやってるよ。色んな所から携帯が鳴ってて慌ててる」
『そうか。わかった。少し用事ができたから切るわ。ありがとな』
そう言ってサブローとの電話が切れる。
親にでも電話するのだろう。
「だが不思議だな。ワイファイが南の未開の島にあるだなんて。少し行ってみたくなった」
ワイファイがあるかないかが大きな事故につながることは過去から学習済みである。
モーリシャスでの凄惨な原油流出事故は半世紀経っても未だに語り継がれるほどに大きな事故だ。
その理由がワイファイだなんて。
それからどんな未開の地でもワイファイだけは完備するようになったのか?
まぁ、それはどうでもいい。
結局、今や全世界がネットに繋がっているのだ。逆に電波が届かない島を見つけるほうが不可能に近いか。
ノブレス携帯が震える。
『iii>情報規制>10,000,000』
「情報規制? 今更だよな」
それを泰臣に見せる。訝しげな顔をして
「さっきのページが消えた。まぁログと魚拓はあるが。
こんなに大げさになるとはこのセレソンも思わなかったんだろう」
「実際どれだけの被害なのか、俺たちは知る術はないしな」
「まぁ、サブローくんが無事だったってことで、もう一軒行きませんか?」
「次の店は新しい店舗か? 今のような失敗は許さんぞ」
「げ。実は裏路地にラーメン屋を見つけたので。一人では寂しいというか、入れないというか」
声が小さくなるほのか。
顎を撫でながら泰臣が唸る。
「ラーメンか。最近食べてはないな」
「あんなに食べたのにまだ食べるのか?」
寿一が尋ねるが
「「ラーメンは別腹だろう」」
こいつ等は俺を差し置いて二人でラーメンデートでもしていたのか?
それほどにまで息があっていた。
「お、おぅ。そうか。じゃ、いくか」
気圧されながらほのかの案内に従ってラーメン屋を目指す。
街の交差点に差し掛かったところで、チリンチリンと自転車が目の前で止まった。
「あ、センパイじゃないっスか。良いところにいたっスね」
「ああ。三好か。どうした? こんなところで」
「ウーバーイーツの帰りッスよ。いま暇になったんで少し付き合ってくれないっスか?」
ほのかに目をやりながら
「すまんな。今はコイツ等とラーメン屋に行ってる途中なんだ」
「あ、じゃあその後からで良いっスよ。私もついていくっスね」
「来なくていいです」
ほのかがつぶやいた。
「修羅場だな」
「ん? なんか言ったッスか? ああ。別にいいっスよ。居ない者として扱ってくださいッス。
帰りに少しセンパイ借りるだけっスよ」
無言でなんだか変な雰囲気のままラーメン屋の暖簾をくぐった。
「あれ、三好ちゃん。帰ってきたの?」
店の中から声がかかる。その主はタオルを頭に巻いた店主だった。
「あ、知ってる店と思ったらここっスか」
「どうしたんだ?」
寿一が聞くと三好がこっちを向いてニヤリと笑った。
「バイト先っスよ。ここから帰る途中だったッス」
「そのまま帰ればよかったのに」
「なんスか。さっきから。センパイ、この生意気娘は誰っスか?」
「部室にいただろ。椎名ほのかだ。お前と同じ学年だぞ」
「おー。そうなんスね。よろしくっス。でも学部が違うと知らないモンっスねー」
「同じだぞ」
「おー。そうなんスね。ま、興味ないっスね。あ、また口に出してしまったっス」
バキィィ
隣からとてつもない音でにんにくを潰す音が聞こえる。
熱量がすごい。
ほのかは過去最高にイライラしているようだった。
泰臣は、寿一たちを避けて一人で端でラーメンを啜っている。