マンガ版GXしか知らない遊戯王プレイヤーが、アニメ版GX世界に跳ばされた話。なお使えるカードはロボトミー縛りの模様 作:黒月天星
この度、アンケート第一弾にて圧倒的人気を集めたあのカードが登場します。
万丈目がこの学園から去ってしばらく、もうすぐ冬休みを迎えるという頃。
「……平和だなぁ」
『そうだねぇ……あ! ヘルパー君。コーヒーのお代わりを頼むよ! ミルクと砂糖をたっぷり入れてね』
〈了解。クッキングプロセスを開始します。ミルクと砂糖たっぷり〉
俺はたまの休日をのんびり自室で過ごしていた。本来なら毎日何かしらの授業があるものだが、月に数回こうやって完全な休日というのがある。そういった日は生徒も思い思いのことをして過ごすのだ。
学園の設備自体は使えるので自主的に勉強する者も居れば、部活動なんかに汗を流す者も居る。寮の自室で趣味に耽るのも良いだろう。
俺の場合は読書。のんびりヘルパーの淹れたコーヒーをズズッと口に含みながら、椅子に座ってぺらリぺらりとページをめくる。
『ヨシヨ~シ。……ファラオふかふか!』
「うにゃ~ん!」
部屋の隅に目を向けると、実体化したレティシアがチリンチリンと鈴の音を鳴らしながらファラオに抱きついて頬ずりしていた。
レティシアの実体化に関しては、この部屋の中であれば他人が居ない時に限りいつでもして良いと言ってある。それ以外の時は俺か罪善さんに一声かけてからという約束だ。
そうして時折実体化するようになったレティシアだが、最近はどうやらファラオがお気に入りらしい。見かける度にこうして抱きつくようになってしまった。
まあ唯一の救いは、ファラオの方もまんざらでもないようで、数分程度なら何も言わずに撫でさせている所だ。……それ以上やると嫌がってどこかに行ってしまうが。
「フフ~ン! 良い子良い子!」
小柄な体躯のレティシアとやや大型の猫のファラオが一緒に居る様子は、何とも微笑ましい物で見るとほっこりする。
ああ。今日はこの平和な一日を満喫するぞ。この前は何やら十代が、デュエルをするサル(島の研究所で実験されていたらしい)と戦ったらしいが、そんなアニメらしいイベントは避けるに限る。
俺はちょこちょこ原作キャラと知り合いになって、いざという時に厄介ごとを丸投げできるようにしておくぐらいでちょうど良いんだい!
『……あ! そう言えば久城君』
光球のままでコーヒーを飲むという器用な真似をしていたディーが、ふと何か思いついたように話を振る。……なんか嫌な予感。
「何だよディー。俺は今この平和な時間を最大限満喫してるんだ」
『いや、大したことじゃないんだけど、最後に幻想体が新しく精霊化したのはいつだっけ?』
最後? 最後というとヘルパーとレティシアがほぼ同時に出た特待生寮に行った頃か。なんだかんだ結構前だな。
「え~と……一月ぐらい前かな?」
『そうか。いやホントに大したことじゃないんだけど、
「それ大したことじゃんっ!」
確かにレティシアもヘルパーも、きっかけは俺と罪善さんだがエネルギーが溜まって勝手に精霊化していた。ディーがそう言うからにはまた出てきてもおかしくない。
俺は慌てて幻想体のカードを取り出す。すると、
「……めっちゃ光ってんだけど」
全てではないが、カードの何枚かがうっすらと光を放っている。……まるで今にも爆発寸前と言わんばかりだ。昨日まではこんなことなかったのに。
『あちゃ~。それ放っておいたらいつ出てきてもおかしくないよ。下手するとまとめて出てくるかも』
「げっ! な、なんとかならないのかディー!?」
ざっと見た限り4、5枚は光っている。というかよく見たら微妙に震えている。こんなのが1度にまとめて出てきたら面倒見切れんぞっ!
『どうしたのお兄ちゃん?』
「うにゃ~ん?」
〈何をお手伝いしようかな?〉
事態の急変を察知したのかレティシアとファラオ、そしてヘルパーも勝手に実体化して寄ってくる。危ないから皆離れてなさいって!
『う~ん。そうだねぇ……応急処置として、どれか1枚を決めて精霊化するのはどうだろう? そうすればひとまずはそのカードにエネルギーが流れるから、まとめて出てくるという事態は先送りに出来るんじゃないかな?』
う~む。今回ばかりは完全に俺のミスだ。……仕方ないか。
「それでいこう。今光っているのは……このカードか」
俺は光っているカードだけを抜き出してテーブルに並べる。
『幻想体 蓋の空いたウェルチアース』
『幻想体 今日は恥ずかしがり屋』
『幻想体 空虚な夢』
『幻想体 キュートちゃん』
そして、
「『幻想体 死んだ蝶の葬儀』……か。正直何を出したもんか分からないな」
絵柄だけでは何が何やらさっぱりだ。というか幻想体はどれもこれも効果を考えるに危ない気がする。やはりまずは知っている奴に聞くのが一番だな。
「ディー。ひとまずこの中で一番安全そうなのはどれだ?」
性格的には信用できないが、全部を把握しているのがディーだけなので仕方ない。レティシアは数名程度しか面識がなく、今回のカードは全て知らないらしい。
『安全? そうだねぇ……管理難易度という意味なら一番簡単なのはこれかな?』
ディーの光球は1枚のカードの前で止まる。……蓋の空いたウェルチアースか。最初にディーと戦った時に使った自販機とエビ頭の漁師のカードだ。
「自販機っぽいから缶ジュースでも出してくれるのか?」
『そうとも。飲むと体力回復精神安定諸々込みのスーパードリンクさ! スカッと爽やか微炭酸入りだよ!』
『ジュースっ!? 美味しそうっ!』
レティシアは意外に乗り気だ。ヘルパーに時々カフェオレを作ってもらっているものの、やはりそれ以外の甘い物にも興味があるのだろう。
「へえ~。なかなか良さそうだな。……デメリットは?」
『特にないよ。うっかり
ジュースと攫われるってどういう関係だよ? まさか一服盛られるのか? よく分からないがコイツは保留にしておこう。
「じゃあ次! 今日は恥ずかしがり屋。これはどういう奴だ?」
俺が指さしたのは、黒い服に赤いズボンを穿いた何者かの描かれたカード。
あえて何者かと表現を濁したのは、そいつが笑顔や怒りといった表情の貼り付けられたネットの後ろ側にいて、素の表情がまるで分からないからだ。
『ああそれね。名前の通りとっても恥ずかしがり屋な人でね、実体化しても自分からはネットの後ろから動かないから無害だよ。多分だけど』
無害というのは良いことだ。恥ずかしがり屋というのも別に悪いことではなさそうだし……うんっ!?
「……なあディー。よく見るとその恥ずかしがり屋の足元になんか血だまりのようなものが見えるんだけど?」
『ああそれ? それは恥ずかしがり屋君の血だよ。なにせ自分の顔の皮を剥いでネットに貼り付けてるからよく血が滴るのさ』
はいアウトっ! なんで自分の顔の皮を剥いでんだよ恥ずかしがり屋っ! そんなに表情に自信が無かったのっ!? いくら自分からは動かなくても、そんなん見たらそれだけで腰を抜かすわっ!
「……次行ってみようか。空虚な夢……これは前タッグデュエルの時に出したからなんとなく分かるな」
宙に浮かびながら眠る羊。身体の色が紫だったり毛の中から変な目玉が覗いてたりする点を除けば、まあわりかし怖そうには見えない。
『アレかぁ。……まあ居たら良い夢を見られることは間違いないね』
確かにこのフワフワの身体を枕にしたらさぞ気持ちよく眠れるだろう。ただ、最初に見た時にも思ったのだが、寝たらマズイという感じがビンビンに漂っている。
「う~ん。何か嫌な予感がするんだよな。……本当に良い夢なんだろうな?」
『保証するとも! それこそ目覚めたくないと思うほどに良い夢だよ! ……まあちょっと近くにいる人を無差別に眠らせたりはするかもだけど』
ああなるほど。そういうタイプね。無差別系はちょっとなあ。……これも保留で。
「次はキュートちゃんかぁ。絵柄的にはこれが一番無難なんだよな」
白くてモフモフとした可愛らしい子犬。どこをどう見ても危険のきの字も見当たらない。ぶっちゃけた話ダントツの候補だ。
『可愛いっ! ファラオと一緒にナデナデしたいっ!』
「うにゃ~っ!」
レティシアは大変好意的だが、なんかファラオが警戒している。これはこの子犬が危険だからなのか、それとも単にマスコットのライバルになり得そうだから敵視しているのかちょっと判断が付かない。
『うんうん! やっぱり可愛いは正義だよね! じゃあ早速それにするかい久城君?』
別段マズい所はなさそうなんだけど、何と言っても幻想体なんだよな。何か問題の一つや二つありそうではある。……しかし、しかしなあ。これだけ可愛らしい奴がそんな悪いことをするのか?
「……第1候補くらいにしておこうか」
確定ではないが候補である。
そして、最後の1枚なのだが、
「死んだ蝶の葬儀……これは絶対ないな。……うん。やっぱりない」
見た目も名前も明らかに地雷である。喪服に身を包んだ蝶頭の男の絵柄のカード。左右から伸びる計四本の黒腕は後ろ手に棺桶を担ぎ、首元から伸びる一本の白腕はどことなく気障に胸元に手を当てている。
まだ蝶の頭というのはギリギリ許せるかもだが、喪服に棺桶って危険な香りしかしない。おまけに名前も死だの葬儀だの不吉だ。
『まあそれに関しては僕も選ぶのはお薦めしないな。この5枚の中では管理難易度という意味では一番高い。……個人的に嫌いではないんだけどね』
珍しくディーがおちゃらけずに真面目に話している。それだけ扱いが難しいという事か。……やはりこれは無しだな。
『さて、それでどれにするか決まったかい?』
「うんっ!? そうだなぁ」
ざっと見た感じだと、候補としては一番がキュートちゃん。次点が蓋の空いたウェルチアース。次に空虚な夢、恥ずかしがり屋と続き、ダントツで死んだ蝶の葬儀が最下位と。
『お兄ちゃん! 私……な、なんでもないの!』
レティシアが何か言おうとして、何かに気づいたように慌てて口を手で塞ぐ。……これは俺に気を遣ってるな。
「良いんだよ。言ってみな! レティシアはどれに出てきてほしい?」
『あ、あのねっ! ……私、美味しいジュースが飲みたい! ……だけど、白くてモフモフの子犬さんもナデナデしたくて……どっちにすれば良いか分からなくて』
そう言うレティシアは真剣に悩んでいるようで、白い肌が微かに赤くなるほどウンウンと考えている。
正直言って、この時点で2体まとめて出すのは確実に悪手だ。なのでここはレティシアを諭してどちらかだけと宥めるのが最適解。なのだが、
「……ディー。今の俺で2体行けると思うか?」
『このカードだったら出すだけなら5体全部でも行けるね。制御できるかどうかとなると相性に依るかな。……まあ2体までならなんとか大丈夫でしょ』
「……分かった」
約一月一緒に過ごしてきたので少しは察する。レティシアの精神性はほぼ見た目と同じ子供だ。
しかし、これまでレティシアは最初に出た時を除いて1度たりとも外で実体化していない。子供ならずっと家の中でしか自由に動けないというのはかなりのストレスだろう。
これはレティシアが賢くて優しい子だからだ。俺のことを気遣い、日頃から我慢しているからだろう。
そんなレティシアが、珍しく少しだけど自分のやりたいことを漏らした。……それに応えられないってのはカッコ悪いだろうが!
『準備は良いかい?』
「ああ」
俺は言葉少なに返す。目の前には机の上に並べられた5枚のカード。どれもさっきより光が強くなり、本当にいつ出てもおかしくない。もう猶予はないな。
『ホントっ! ホントに両方とも出してくれるのっ!』
「ああ。2体までなら大丈夫だとディーも認めているからな。出来る限り頑張ってみるよ」
レティシアが目をキラキラさせている。……こんな目をされちゃあ頑張らない訳にはいかないな。
「ところで……どうすれば良いんだ? これまでカード側から勝手に出てきてたけど、こっちから呼び出すっていうのはしたことが無いぞ」
『簡単だよ。……ほらっ!』
おわっ! ディーの言葉と同時に、俺の右手が薄い光を放ち始めた。このまま轟いて叫んだりするんじゃないだろうなっ!?
『まあこれは分かりやすく君のエネルギーを可視化したものだけど、カードに反応して現在右手に集まっている。あとはそのまま出したいカードに触れれば良い。それだけで最後の一押しになる』
触れるだけで良いというのは楽だな。では早速、
「まずは……そうだな。キュートちゃんの方から行ってみるか」
『OK。じゃあその右手でゆっくりと触れて』
「分かった」
俺はゆっくりと手を伸ばし、白い子犬のカードに触れようとする直前、
「うにゃ~っ!」
「おわっ!」
ガターン。
突如ファラオが俺に向かって飛びかかり、その重みでバランスを崩して倒れてしまう。椅子は倒れ、その衝撃でテーブルの上のカードが1枚床に落ちる。
『お兄ちゃん! 大丈夫?』
「アイタタタ。何するんだファラオ? ……ああ。大丈夫だよレティシア。ほらっ! カードもこの通り無事だ!」
俺は裏向きで落ちていたカードを
『……久城君。今それを右手で触れちゃったよね?』
「…………あっ!?」
やばっ!? 俺は慌てて手を離すもすでに遅く、そのカードはまるで枷を解かれたかの如く一気に輝きを増していく。
「……ちなみに俺は今何を拾った?」
『こういう時のお約束という奴で、一番選んだらマズイものを拾ってたね。……つまり』
ディーの言葉を遮るかのように大きくカードからの光が溢れだし、光が収まった時にはそこに一体の異形が立っていた。
イメージカラーは白と黒。真っ黒な喪服をビシッと着こなし、左右計四本の黒腕で後ろ手に棺桶を担いでいる。
ほぼ黒一色の首から下とは対照的に、首から上はほぼ白一色。といっても普通の人間の頭ではなく、真っ白な蝶の頭なのだが。
『死んだ蝶の葬儀……この中では一番扱いづらい幻想体さ』
だと思ったよこんちくしょうっ!
というわけで、『幻想体 死んだ蝶の葬儀』のお披露目です。
正直好きな幻想体の一人なので、自分なりのやり方で書ききれるよう頑張っていきます。