マンガ版GXしか知らない遊戯王プレイヤーが、アニメ版GX世界に跳ばされた話。なお使えるカードはロボトミー縛りの模様 作:黒月天星
「皆ジュースは持ったか~?」
「「「お~!」」」
「よ~し! それじゃあいくぞ。カンパ~イっ!」
「「「カンパ~イ!」」」
コンっと缶をぶつけ合う音と共に、俺達はグイっとジュースを呷った。
昨日の騒動から一夜明けて、レイは両親に連れられて家に戻ることとなった。
しかし島から船が出るのは昼過ぎ。おまけに今日は珍しく休日だ。それなら出発の前に景気づけにパーティーをやろうという十代の思い付きにより、急遽昼食を兼ねて簡単な送別会を行うこととなった。
場所は十代がお気に入りと言っている寮の近くの木陰。確かに今日は天気も良いし、たまには野外での食事会も悪くないだろう。ちょっとしたピクニック気分だ。
参加者は主賓であるレイを始め、俺・十代・翔・隼人・明日香・カイザーといった昨日の面々である。一応失恋したということでカイザーの参加は見送ってもらうことも考えたのだが、レイ本人が呼んでほしいとのことなので参加してもらった。
「しっかしスゴイご馳走だな! 俺が言うのもなんだけど、これどうやって用意したんだ?」
「ホントホント! こんなご馳走見たことないっす」
「そうなんだな! このジュースもとても美味しいけど、聞いたことない銘柄なんだな!」
シートに並べられたいかにも豪勢な品々を前に、オシリスレッドの面々はもう涎を垂らさんばかり。しかし主賓であるレイがまだ口をつけていないことと、いくら何でも凄すぎるご馳走ということでギリギリ踏み止まっている。
「料理の方は、亮がブルー寮のシェフに頼んで用意してもらったの。カイザーと呼ばれるだけあって、DPはたっぷりあるらしくてね。……ジュースの方は久城君がどこからか用意してくれたものよ」
「まあな。料理はともかくジュースは伝手があってさ。まだまだお代わりもたっぷりあるからガンガン飲んでくれ!」
カイザーの方もレイに対して思うところはあるのだろう。何も言わずとも食事の準備をかって出てくれた。
ジュースに関してはこっちにはいくらでも出してくれる自販機が居るからな。時々蓋が開いている奴にだけは注意する必要があるが、それは全てディーに押し付けているから問題ない。
「そういうことならありがたく頂くよ。……皆、ボクのために準備してくれてありがとうね」
そう言ってレイが小さく切り分けられたローストビーフを皿に盛り始めたのを切っ掛けに、お預けされていた腹ペコ野郎達が一斉にご馳走に群がる。……オイ待てよお前ら! 俺も食うぞ!
俺だってこんなご馳走は元の世界でもそうそうお目にかかれなかったからな。しかもタダ飯とあらば食わない理由はない。俺も他の奴らの後に続いて猛然と食事に襲い掛かった。
「……ディー。テディは見つかったか?」
パーティーの最中、俺はトイレに行くと偽って近くの木陰に入りディーを呼び出した。
『いいや。他の幻想体達もまだ見つけてないってさ』
今日の朝、レイが抱きしめて眠っていた幸せなテディは、俺に見つかったのを察知したのかすぐに姿を消してしまった。
急にテディが居なくなったことで寝ぼけながらも目を覚ましたレイに事のあらましを尋ねると、どうやら失恋のショックが尾を引いていて夜中まで寝付けなかったらしい。
そこにたまたまベッドの隙間からまたテディが顔を出しているのが見え、俺に悪いとは思いながらもギュッと抱きしめて眠ったという。
これに関して言えば完全に俺が迂闊だったというしかない。レイはまだ小学生だ。性別も年齢も偽ってここ数日気を張っていただろうに、人生初の失恋で心が弱っていることを察することが出来なかった。
何か支えの一つでも欲しい時に、目の前に丁度良いぬいぐるみがあったら手を出してしまうことは十分考えられたことだ。
消えたテディを探すため、探し物が得意なヘルパーを筆頭に協力的な幻想体総出で精霊化して周囲を探してもらっているのだが一向に見つからない。
「分かった。引き続き頼む。……寝るなよな」
『分かってるって! そっちはパーティーを楽しんでおいで』
ディーはそう言ってフッと姿を消した。……純粋にパーティーを楽しめれば良いんだが、そうもいかないんだよな。
レイが二度抱きしめた以上持ち主認定されている可能性が高い。
そして、持ち主が自分から離れようとした場合、テディはどんな手を使っても持ち主を追いかけるだろう。あのクマの行動力を舐めてはいけない。そして寂しさのあまり抱きしめて絞め殺すまでが1セットだ。
しかしあくまで
ディーに以前確認したところ、幻想体が俺から離れて単独行動できるのはこの島およびその周囲約1キロに限定される。これは幻想体達の脱走防止用に設定したらしい。
『つまりはこの島自体が幻想体にとっての収容室ってわけさ』とかなんとかディーは言っていたが、もちろん俺が幻想体と
それを超えると自動的にカードごと俺の所に戻ってくる仕様らしく、つまりはレイが船で島を出ればテディがそれ以上追いかけることはできないわけだ。
「パーティーが終わって、レイが船に乗って出発するまであと1時間と少し。……頼むから短気を起こしてくれるなよテディ」
「はぁ~! 食った食った!」
「もう無理っす! あんまり美味しいから、お腹が苦しくなるくらい食べたっすよ!
「それは食いすぎなんだな!」
パーティーも終盤。用意されたご馳走もあらかた各自の腹に収まり、ぽかぽかと気持ちの良い陽気もあってつい昼寝の態勢に入る十代達。
それを主賓であるレイと明日香はシートに腰を下ろして笑いながら眺め、カイザーも近くの木に寄りかかりながら穏やかな表情を浮かべている。
実に良い。こういうほのぼのとした日常はとても良いものだ。ちなみに俺はさっきからずっと周囲を警戒している。もう油断はせずレイから目を離さないからな。……とは言うものの、
「来ないな」
「何が来ないんだ遊児?」
「えっ!? ……ああ。何でもない。来ないなら来ない方が良い類の奴でさ」
「そうか! ……んっ!?」
気持ちよさそうにうとうとしている十代に生返事を返していると、十代が急に何か気になったような表情をする。その先に視線を向けると、レイが中座してどこかへ歩いていくのが見えた。
翔も隼人も昼寝してるし、丁度明日香はカイザーと話していてレイが中座したことに気づいていないようだ。
「どうした十代? 何か変な所でもあったか?」
「う~ん。なんか険しい顔してるからちょっと気になって」
険しい顔か。一瞬トイレか何かかと思ったが、
「……俺ちょっと様子を見てくる」
「なら俺も付き合うぜ」
「遊児はここで待っていてくれ。いっぺんに居なくなったら大事になるかもだろ? ……な~に。すぐ戻るさ!」
いや、いつテディが出てくるか分からないから俺も着いて行きたかったんだけどな。
だけどここで強引に着いていくというのもあれだし、かといってテディが出たらマズイ……そうだ。
「じゃあ念のため、出てきてくれ罪善さん!」
カタカタ。
俺はあえてデッキに残しておいた罪善さんを呼び出す。
「罪善さん。一応着いて行ってあげてくれ。いざって時は、罪善さんが居るだけで気持ちが落ち着くしな」
「分かった。ありがとな。じゃあちょっと行ってくるぜ!」
最悪テディが出てきた時の護衛役も兼ねているが、そっちはハネクリボーも居るし多分大丈夫だとは思う。
そうして十代は罪善さんと一緒にレイを追い……少しして何事もなくレイも連れて帰ってきた。罪善さんの様子からすると、どうやらテディは居なかったようだ。少しだけホッとする。……それはそれとして。
「おい。十代。……ちょっと来い! あっ! レイはそろそろ時間だろ? 翔達を起こして片づけを始めておいてくれ。俺達も少ししたら行くから」
「うん。分かったよ」
主賓に手伝わせるというのもどうかとは思うが、こういうのは全部やってもらうよりも、最後まで一緒にやったという思い出を残しておく方が良いと思う。ちゃんと護衛に罪善さんも居るから大丈夫だろう。
だが、今はまずこっちのことだ。俺は十代を引っ張ってレイから少しだけ離れる。
「どうした?」
「どうしたじゃないよっ! 気が付いてないのか?」
戻ってきたレイの様子は、少しだけ先ほどと違っていた。というか……明らかに十代に対してなんか意識している感じだったぞ。
「……で? 何があったんだ?」
「特に何も。ただまあもうすぐお別れだからってちょっと落ち込んでたから、ちょっと励ましただけだ。もう少し大きくなったらまた来いよとか」
おかしいな。いくらなんでもそれだけであんな感じには……。
「他には? 他には何かなかったか?」
「他? 他と言えば……話してる途中で偶然レイの寄りかかった木の枝が折れて、落っこちてきたのを咄嗟に俺が庇ったぐらいだな。おかげでちょっと擦りむいたけど、まあ小学生の女の子を怪我させるわけにはいかないもんな!」
確かによく見ると、袖に隠れて分かりづらいが腕に軽い擦り傷がある。だけどこれって……フラグじゃね? いや、アニメ的にはこれが正しい流れなのか? まあどちらにせよ。
「……これから頑張れよ!」
「頑張れって何を?」
まあ分からなくても良いのさ。この流れは多分そういうことだから。
そうして俺達は皆の所に戻り、最後まで和気藹々としながらレイの出発の時を迎えたのだった。
本土まで向かう大きめの定期船に乗り込んだレイを見送るべく、俺達は波止場に集まっていた。
ずっとレイに近づく奴を見張っていたが、彼女が船に乗るまで結局テディは出てこなかった。念のため乗船が打ち切られるまで見張っていたが、諦めたのかな?
「バイバ~イ!」
「来年小学校卒業したら、またテスト受けて入学するからね~!」
汽笛と共に船が少しずつ動き始める中、レイは両親と共にこちらに程近いデッキから手を振る。
「へへっ! だってよ!」
「その時は、俺はもう居ないけどな」
十代がそうカイザーを茶化すが、確かに今カイザーは3年生。今年で卒業だからレイが入る頃にはもう居ないわけだ。
あと十代。そんなに悠長に構えてて良いのかな? こういう場合のお約束がそろそろ来るぞ。
「待っててね~! ……
レイの最後の言葉に十代は唖然。それ以外はニヤニヤと笑っている。
「な、なんで俺なんだよ!?」
「きっと、アナタのデュエルに惚れたんでしょ!」
明日香はそう言っているが、俺的にはそれだけではなく送別会の時の一件も原因だと思っている。自分を庇って怪我を負った人に、大きくなったらまた来いと言われたら結構グッとくるものがありそうだしな。
「あとは任せる」
「じゃあアニキ。先に帰るね」
「ゆっくり見送ってあげるんだな!」
「船が見えなくなるまで見送ってあげなきゃね!」
他の奴らは口々にそう言いながら、固まったままの十代を置いて波止場を後にする。薄情だとは思わない。人の恋路を邪魔するものは、古来より酷い目に合うというのがお約束だからだ。
「待っててねっ! きっとよ~! 十代様~っ!」
「え、え~っ! 嘘だろ~!?」
十代は力なく崩れ落ち、俺はその様子を見てつい微笑ましく思い……最後にもう一度レイの方を見て固まった。
レイの後ろから彼女を抱きしめようと、
あのクマっ!?
もう船は出発してしまってここからじゃ乗り込めない。残る手は、
「頼む! 罪善さん! テディを止めてくれっ!」
カタカタ!
俺の傍で素早く実体化した罪善さんが、俺の意を酌んで全速力で船に突撃していく。多少誰かに見られて騒ぎになるかもしれないが、こうなったら人命優先だ。しかし、
「これじゃ……間に合わない」
いくら罪善さんが速くても、距離的にどう考えてもテディが辿り着く方が早い。
「えっ!? あれ? なんでこんな所に? というか、普通にこの子歩いて……」
レイはそこで後ろから迫るテディに気が付く。しかし普通に歩いていることに驚いている内に、テディはレイをその腕で抱きしめた。
あとは少し力を込めるだけ。それだけで以前キマイラを絞め殺した時のように、レイの身体はまるで枯れ枝を折るように砕け散るだろう。
「やめ……やめろおぉっテディっ!!」
ここからではもう言葉も届くか届かないかという所だろうけど、俺にはもう叫ぶことしかできない。そして、
「……えっ!?」
テディは少し背伸びしてレイの肩をポンっと叩き、まるでさよならを言うように軽く手を上げてデッキの外、大海原へ飛び込み……そのままフッと姿を消した。
次の瞬間、俺の手元にカードとして戻ってくる。これは……どういうことだ? 活動限界範囲に達したのか?
「きゃああっ!?」
「うわああっ!? 骸骨だあぁっ!?」
悲鳴に気が付いて確認すると、何とか船に追いついた罪善さんが、乗客の何人かに見つかって怖がられていた。
本人の精神鎮静の光で周囲を落ち着かせているので大規模なパニックにこそなっていないが、怖がられて罪善さんがおろおろしている。
……あれ? 罪善さんはまだあそこに居るぞ? ってことはまだ活動限界範囲には達していない。じゃあなんでテディが急にこっちに。
『そんなの簡単だよ。テディはただ持ち主の下に戻っただけさ。
いつの間にか、ディーの光球が俺の傍に浮遊していた。そしてその言葉と共に、周囲に散らばっていた幻想体達も続々と戻ってくる。たった一人のってどういうことだ?
『まあそれは後で話すとして……今は罪善さんを戻してさっさと退散した方が良いんじゃないかな?』
あっ!? そうだった! 罪善さ~んっ! 俺は慌ててあの光り輝く骸骨さんを呼び戻してその場を後にしたのだった。
ちなみに十代は、急に罪善さんが飛んで行って驚いてはいたが、後日事の顛末をまとめて話すということで話がついた。……もうこの際精霊関係についても話して協力してもらった方が良いかもしれないな。
『テディの持ち主は常に一人だけ。そして、一度でも持ち主として認定すれば、その持ち主が死ぬぐらいのことがないと変わらない。つまり』
「テディが今持ち主認定しているのは俺ってことか。……でも何でだ? 俺はテディで遊んだことはない。抱きしめたりもしてないぞ?」
俺は自分の部屋に戻り、ディーから今回の件の説明を受けていた。
ちなみにテディはまた実体化したところ、レティシアと遊んでいて今はおとなしい。いつもこれなら良いんだけどな。
『いやいや。君は幸せなテディとこの数日遊びまわっていたじゃないか? 鬼ごっこやかくれんぼなんかで』
「そんなの……あっ!?」
俺はここ数日のことを思い返してみる。ここしばらく、俺はレイの周りに出没するテディを素早く見つけては回収するということを行っていた。
だけどそれが、
『もちろんレイも候補ではあったのだろうね。だけど一度や二度だけ遊んだ相手と、カードの持ち主な上毎日遊んでいる相手。テディにとってどちらが自分の持ち主かなんて言わずもがなだよ。さらに言えば……テディ! こっちにおいで!』
その言葉と共に、テディがトコトコ俺に向かって歩いてくる。一応落ち着いているようで、抱きつかずに手前で止まる。
『テディの片目。なくしたボタンの代わりに付けられているのは君の予備の制服のボタンだろ? これも君を持ち主認定した理由の一つだろうね』
「……つまり、最初から俺が持ち主認定されることはほぼ確定していたと?」
『そういうこと! だから正直わざわざレイの周りを見張っていなくても、この部屋で待っていたらそれだけで勝手に帰ってくる可能性も高かったんだよね』
「そ、そういうことは早く言え~っ!」
なんだよもうっ! それじゃあここしばらく気を張っていなくても良かったのかよちくしょうっ! 俺はそれを聞いて一気に脱力する。……だけど、
「……ディー。それじゃあなんで最後テディは船に乗り込んで待ち伏せしてたんだ? あの時点ではもう持ち主は俺だったことになる。レイもその日の朝にテディを抱きしめていたが、先に持ち主が決まっている以上変わらないんだろ?」
『そこに関しては僕も疑問なんだよね』
ディーは少しだけ不思議そうに言った。
『朝久城君に見つかってすぐに消えたのは遊びの一環だとして、持ち主が決まっている以上レイにもうちょっかいを出す理由はないんだよ。……となると、あれは完全に
独断……ねぇ。俺は目の前でちょこんと座るテディベアを優しく撫でる。
『もちろんこれも遊びの延長だったと言えばそれで済むんだけどね。強いてそれ以外の理由を挙げるとすれば……
「ふ~ん。それはなんともロマン溢れる話だな」
あるいは、もしかしたらだがテディは、どこかレイに自分との共通点を見出したから気になったのかもしれない。
たった一人の持ち主を探してさまよう自分と、たった一人の初恋の人を追ってこんな島までやってきたレイ。どこか似通っていたからこそ、テディはレイにお別れを言いに行ったのかも……な~んてな!
「なあテディ。実際の所どうなんだい?」
俺の何の気もない質問に、テディはただ首をカクンと傾げて何も答えることはなかった。
レイ編完結! 実はほぼ最初から遊児が持ち主だったというオチでした。
今回はかなり体力を使ったので、次の更新は三日後を予定しています。少し遅れますがご了承ください。
読者の皆様が主に楽しみにしているのはどれですか?
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遊戯王のデュエル描写
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ロボトミーの幻想体の様子
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遊児とそれぞれの原作キャラの絡み
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どれも同じくらい楽しみ