マンガ版GXしか知らない遊戯王プレイヤーが、アニメ版GX世界に跳ばされた話。なお使えるカードはロボトミー縛りの模様 作:黒月天星
今回かなり独自設定タグが仕事します。
球状の建造物の内部、茂木の寮は凄まじいの一言だった。
「おお! すっげ~!
十代の言う通り、扉に入った瞬間眩しい日の光が俺達を出迎えた。見上げるとそこは天井があるはずなのに、何故か雲のほとんどない青空と太陽が存在を主張している。
そしてどうやら茂木が居るらしき住居部分、それはなんと
「遊児! これどうやら本物の海水みたいだぜ! しょっぺぇ。……ってことは、俺達いつの間にか海まで歩いてきちゃったのか?」
十代が早速海面に手を伸ばし、指先をぺろりと舐めてそう判断する。魚影も見えるし、どうやら本当に海水らしい。ただ、
「十代。海水ではあるけど海じゃなさそうだぞ。これソリッドビジョンの応用だよ」
よく見ると水底まで割と浅いし、遠くに見える雲や太陽も何となく本物じゃないって感じがする。海水はどこかから引き込んでいるとして、おそらく太陽とかは映像を壁に貼り付けるか何かしているのだろう。
「な~んだ。本物じゃないのか。まあそれでも面白いっちゃあ面白いけどな」
「ほら。遊んでないで行くぞ」
このままほっとけば飛び込んで泳ぎ出すんじゃないかと不安になり、俺は十代を急かして先へ進む。そしてついに、
「着いたな! ……んっ!? あそこに居るの茂木じゃねえか?」
「そうみたいだな」
まるで南の島にでも来たのかと錯覚しかねない風通しの良い住居部分に着くと、そこにはぽかぽかとした陽気の中でハンモックに揺られて気持ち良さそうに昼寝する茂木の姿があった。
……ハンモックで昼寝とは分かってるなコイツ。しかし大体この時間に行くって言ってあったのに寝てるとは。
『もけもけ~』
駆け寄ってみると、茂木の横でもけもけもまた気持ち良さそうにプカプカ浮いている。相変わらずコイツはよく分からんな。
ただ気持ち良さそうに寝ているところ悪いのだが、これではこっちも話が進まない。なので心を鬼にしてハンモックを揺すり茂木を叩き起こす。
「おいっ! 起きろ茂木。起きろったら! 約束通り来たぞ」
「…………むにゃ!? ……ああ。おはよう」
「おはようったってもう放課後だぜ」
「ゴメンゴメン。ハンモックを新調してちょっと昼寝するつもりが、ついつい気持ちよくてぐっすり寝ちゃったんだ」
大きな欠伸をしながら身体を伸ばす茂木に、十代がどこか呆れたような声を出す。昼寝にしては長いな。
そして茂木はぴょんっとハンモックから降りると、そのままほんの少しだけ目をシャキッとさせて住居部分を手で指し示す。
「さあ。こちらへどうぞ。お客さんなんだから遠慮しないでよ」
「おう! 楽しみだな茂木んち!」
十代はもう完全に友達の家に遊びに来たって感じだな。間違ってはいないが、もう少し何とかならないものかね。
住居部分の内部も中々に洒落ていた。外観は南国だったけど、中はよくドラマで見かけるような軽井沢の別荘とかを思わせる。家具も良いものではあるのだけど決して自己主張し過ぎず、なんというか気を楽にできる場所って感じだ。
「まあ適当に座ってよ。今飲み物と茶菓子を持ってくるから」
リビングらしき場所に着くと、茂木はそう言って部屋を出る。あまり人が来ないようではあるけど、一応来客用に色々用意はされているようだ。俺達はひとまず用意されているソファーに座ろうとし、
「……なんか先客が居るぞ」
「ああ。こっちは流石に起こしづらいな」
その上で丸くなって眠っている『プチリュウ』に気づいてスッと立ち上がる。
よく部屋を見たら居るわ居るわ。テレビの上には『ハッピーラヴァー』が浮いているし、置物かと思ったら『はにわ』が普通に棚の上に載っていた。
他にもカードの精霊らしきものがあちこちに居る。実体化してはいないものの、これは見える人からしたら驚きだな。
カタカタ。クリクリ~!
「なんだ? ハネクリボーもこいつらと話がしたいのか?」
「罪善さんもどうやら同じらしいな。良いよ別に。行ってきな」
周りがこう精霊ばかりだと、普通に罪善さんとハネクリボーが出てきても違和感がない。特に止める必要もないし、俺達はそれぞれの精霊が交流を深めるのを見守る。……なんかほのぼのするな。
『遊児お兄ちゃん。あのね。その……』
「うんっ!? どうしたレティシア?」
急にレティシアが俺に声をかけてくる。だけど、そのままレティシアはもじもじと両手を擦り合わせて俯き黙ってしまった。そこへ、レティシアに抱かれているネクがからかうように不敵な笑みを浮かべる。
『クックック。我が生け贄よ。お前は子供心が分からん奴だなぁ。可愛らしいものが好きなレティシアがこんな場所を見れば、それこそこいつらに触れたり撫で擦ったりしたいと思って当然だろうに。そこをお前に配慮して我慢するレティシアの何ともいじらしいことよ』
『ネ、ネクちゃんっ!? ……大丈夫だから。私、我慢するもの! でも……うぅ~』
確かにこれは俺がなじられても仕方ないな。レティシアがさっきからチラチラとこの部屋の精霊達に視線を向ける様子に気が付かなかった。
「……遊児」
「ああ。……レティシア。別に良いんじゃないか? もちろんいきなり触ったら向こうもビックリするかもだけど、まずは挨拶から始めて仲良くなったら触らせてもらうってことで」
『遊児お兄ちゃん。……うん! ありがとう! まずは挨拶からだよね! 私、一生懸命挨拶するの!』
レティシアはパァっと顔をほころばせ、早速浮いていたハッピーラヴァーの所に駆けていく。
「ネク。ありがとうな」
「ああ。お前良いとこあんじゃん!」
『ふんっ! あまりにも運び手が情けない姿だったので少し後押しをしただけの事よ。というかレティシアっ!? 私を置いていくなっ! 自力ではまともに動けんのだっ!』
ネクはそんなことを言いながらよたよたとレティシアを追い、そのまま手を取り合って遊んでいるのに巻き込まれて吹き飛ばされていた。……最初に会った時に比べてネクもちょっとだけ丸くなった気がする。この調子で身体を取り戻しても悪さしないくらいまでなってくれれば良いんだけどな。
「お待たせ。飲み物と茶菓子を持って……わあっ! 精霊同士は仲良くなったみたいだね」
そこに茂木が戻ってきた。精霊同士が遊んでいる様子を見て俺達と同じくほっこりしているようだ。……これはもけもけの影響じゃなく、普通に起こりうることだと信じたい。
「じゃあ、僕達も始めようか」
「ああ。始めるとするか。話し合いをな」
そう。ほっこりとしたムードに流されがちだが問題はここからだ。
目の前の奴はカードの精霊をデュエルから解放するという考えを持っている奴だ。おまけに能力的にはそれをある程度無理やりに実現できるだけの力がある。気を引き締めていかないと。
「うおっ!? これケーキかよっ! それもこんな高そうな……いやあ悪いなあこんなご馳走になっちゃって!」
……とりあえず十代に緊張感を期待するのは無理そうだな。
「では改めて。ようこそ僕の家……っていうか寮? 部屋かな? まあとにかくようこそ」
「お邪魔してま~す! あとこのケーキ美味っ!」
「十代行儀が悪いぞ! ……ゴホン。お邪魔します。この度はお招き感謝……いや、普通に言おう。招いてくれてありがとうよ」
俺達はそれぞれ椅子に腰掛け、テーブルに置かれたケーキを頂いていた。ショートケーキとはド定番だが、一口食べてすぐに良い品だと分かる。十代なんか挨拶もそこそこにがっついてるし。
「どういたしまして。ここにお客さんなんて滅多に来ないからね。来客用の茶菓子も定期的に学園側から支給されてはいるけど食べきれないし、良かったらどんどん食べてよ! お代わりもあるよ」
「マジかよ! それなら早速……」
「十代っ!? ったく、少しは遠慮しろっての。……しかし定期的に支給っていうのは?」
さらにエンジンがかかって口いっぱいに頬張る十代を横目に、俺は気になった言葉を問いただす。支給されたDPで買うとかなら分かるが、現物を支給というのは珍しい気がするな。
「うん。僕が望んだらそれを用意してくれるし、望まなくても何かしら勝手に送られてくるんだ。食事も、嗜好品もね。DPも溜まってはいるけど使い道がないし」
「……そうか。勝手にね。……ところで、日の光とかはどうしてるんだ? いくら何でも映像の光だけじゃ身体に悪いだろ?」
「勿論それは学園側も考えてくれてね。この寮の一室に日向ぼっこ用の設備を作ってあるんだ。なんでも、外から鏡を使ってパイプ沿いに光が届くようにしてあるんだって。まあでもやっぱり直に浴びるのが一番だよね。昨日クロノス先生の呼び出しに応えたのも実はちょっとだけそれ目当てもあったかな」
茂木はそう言ってえへへと頬を掻く。
なるほど。これが隔離処置を行った学園側の
……
「お、おい遊児!?」
知らず知らずのうちに握りしめた拳に力が入る。
確かにここは良い環境かもしれない。少し室内を見るだけで分かるけど、冷暖房はバッチリ完備されていていつでも過ごしやすい状態を保っている。
小島の広さもそこそこあるから運動なんかも出来るし、釣りのようなレジャーも可能だろう。外に貼り付けられた映像を弄れば、すぐに南国から別の景色に切り替えることも多分可能だ。そう簡単には飽きない。
しかし、それでもだ。あくまでもこれらは避暑地としての高い完成度はあっても、定住するためのもんじゃない。欲しい物は何でも揃う。だけど自分が外に出ることは許されない。周りの人が困るから。
言い方は悪いが、これじゃあここはいわば非常に環境の整った箱庭か監獄だ。やはりこの学園は微妙に信用できない。
おまけにさっきお客さんが滅多に来ないと言っていた。一応ではあるが防護服を着れば能力の影響は防げるというのにだ。つまり茂木はこんな所でほとんど独りぼっちだったということになる。
精霊たちが居るから独りぼっちではないともとれるが、その精霊の力でこんな所に押し込められる結果になったのだから皮肉だ。
「遊児……お前怖い顔してるぞ」
「…………ああ。いや、すまなかった。人の部屋でこれは無いよな」
「いいよ別に。よく分からないけど、どうやら僕の様子を見て怒ってくれたみたいだし。だけど僕も外に中々出られない以外は割と満足してるんだ。だから大丈夫」
十代に諫められ、流石にこれは無礼だったと頭を下げると、茂木は気にしないでと軽く笑ってみせた。
「へぇ。そんなことが」
「ああ。あの時はまいったぜ。森の中で黒いスライムみたいな奴に襲われた時にはもうダメかと。遊児の精霊が居なかったらヤバかった。なっ!」
「いやあの時はこっちこそ十代に助けられたしな」
気を取り直し、俺達は茂木と色々な話をした。どうしても共通の話題である精霊関係や、俺の幻想体関係の話が多かったが、それ以外に茂木はなんて事の無い普通の話も好んだ。本当になんて事の無い、穏やかな日常の話を。
その間幻想体達も、部屋で普通に他の精霊達と遊んでいたのは印象深かった。特にレティシアとテディは生き生きとしていて、それを葬儀さんが少し離れた所から静かに見守っている様子は、どことなく保護者か何かのように感じられた。
ちなみに大鳥と審判鳥は不参加。葬儀さん曰く、あまり力量差がありすぎると他の精霊達が怯える可能性があるから森の巡回に行っているという。罰鳥は普通の小鳥のように俺の肩に留まったままだ。下手に攻撃しなければ実におとなしい。
ウェルチアースは相変わらずよく分からなかったが、今回地味に一番忙しかったのはヘルパーだったかもしれない。元々万能型家事ロボットとして造られたポテンシャルを遺憾なく発揮し、子供組の精霊の相手をしていたのだから。……タブー関連の事を予め皆に伝えておいてよかった。
「……やっぱり精霊達はこうしてのほほんとしている方が幸せだと思うんだよ。無理やり使い手の勝手でデュエルをさせられるよりはね」
話している最中、茂木は精霊達をそうぽつりと呟いた。いよいよ本題ってことか。
「茂木はデュエルは嫌か?」
「……いいや。やっぱり嫌じゃない。昨日の十代とのデュエル。あれは久しぶりに楽しかった。熱くなれた」
「そうだろそうだろ! やっぱデュエルは楽しいもんだよな!」
茂木の言葉に十代がそう返す。ただ、茂木はだけどと前置いてさらに続けた。
「だけど、いつもあれじゃあ疲れちゃうし、僕の精霊達もそうなんだよ。もけもけだってそう」
『もけもけ~』
茂木は宙に漂っているもけもけを軽く撫でる。さっき漂いながら俺に当たった感触もあったし、どうやらもけもけも普通に実体化出来ているようだ。
「あの時もけもけは一瞬だけやる気を出していたけど、あのすぐ後に元に戻った。誰でも
いや、俺はそこまでやる気にあふれている訳じゃないんだけど。そこの
「だから僕は今でも無理やり戦わされている精霊達をデュエルから解放したいと思っている。ただ、昨日の十代とハネクリボーみたいに、自分でデュエルを望んでいる人と精霊のコンビが居るのも分かった。人それぞれなんだよ」
そう言って茂木はいつものように穏やかな笑みを浮かべた。……とりあえず、こっちの精霊を無理に解放しようとしないみたいで助かったな。
それからしばらく雑談とケーキのお代わりを楽しみ、大分時間も経ってしまったのでそろそろお暇することになった。
「ああ食った食った! 悪いな! お土産まで貰っちゃって」
「どうせ僕には食べきれないし、帰ったらあの時来てた友達と一緒に食べてよ」
何回もお代わりまでして、その上土産まで貰って十代もほくほく顔だ。ちなみに俺も貰った。これはどっちかって言うと幻想体達の分だ。……ヘルパーはどう食べるんだろうか?
「……そうだ! 茂木。ちょっと良いか?」
「うんっ!? なんだい?」
「
「……? 予定って何の?」
「決まってる。またここに遊びに来る日の予定だよ」
俺がそう言うと、茂木は少しだけ目を丸くした。
「また……来てくれるの?」
「おうよ! 次はまたデュエルしような。あとあのケーキ美味かったからまたご馳走になるぜ!」
「おい十代言い方っ!? ……まあ俺も下心がない訳じゃないけどな」
俺も頭を掻きながら真面目な顔をする。
「実を言うと…………時々こうして幻想体達をのびのびさせられる場所が必要なんだ。なにぶん俺の部屋じゃ手狭だからな」
これこそが俺がここに来た個人的な思惑。幻想体達もたまには羽を伸ばしてのんびりしたいだろうけど、俺の部屋ぐらいしか実体化できる場所はない。
かといってあそこじゃ走り回ることもできない。さぞストレスが溜まるだろう。そのストレスをここののんびりした雰囲気の中で解消させようという考えだ。
「無論もてなされてばかりじゃ悪いから、こっちからも手土産の一つや二つ用意する。そういう下心があってのことだから、来てくれるのなんて言わなくていいんだ。むしろ
「友達?」
「ああ。一緒に話をして、一緒に食事をして、デュエルも……まあ十代とはやったな。そして家に遊びに行ったし、次に遊ぶ約束もした。あと、互いの精霊同士も仲良くなった。ここまで来たら一応友達と言っても良いんじゃないかな?」
「ああ。その通りさ。俺らもう友達だろ? 違うのかよ?」
そこに十代も割り込む。茂木は少しだけ俯いたかと思うと、
「……しょうがないな。友達の頼みじゃ仕方ない。その内また来ても良いよ!」
そう言って今までより少しだけ、少しだけ晴れやかな顔で茂木は笑ったのだった。
遊児に友達が出来ました。
今回の茂木の寮は大半が独自設定です。特に待遇の場面は完全に想像ですね。もしかしたらこうだったかもしれないという風に読んでいただければ。
次回は所用がありまして四日後投稿予定となります。
最初にこの作品を読む時、原作である遊戯王とロボトミーコーポレーションのどちらを目当てにしましたか?
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遊戯王目当て
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ロボトミーコーポレーション目当て
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どちらも目当て
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どちらも知らなかった
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むしろ作者目当て