マンガ版GXしか知らない遊戯王プレイヤーが、アニメ版GX世界に跳ばされた話。なお使えるカードはロボトミー縛りの模様 作:黒月天星
注意 今回は独自設定タグがかなり仕事します。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ある日のこと。
イエロー寮のデュエルスペースの一つで、ラーイエローの生徒二人がデュエルに興じていた。
「俺のターン。魔法カード『ハリケーン』を発動! これでお前の場の『スピリットバリア』は手札に戻り、『リトマスの死の剣士』の攻撃力は0になる。そして、俺は『サイバネティック・サイクロプス』を攻撃表示で召喚! リトマスの死の剣士に攻撃だ!」
どこか機械的な見た目の単眼の戦士が、リトマス紙を由来とした双剣士に攻撃を仕掛ける。死の剣士は効果で戦闘破壊こそされないものの、その攻撃力は今や0。サイクロプスの攻撃の余波が、そのままプレイヤーのLPを削り切った。
「うわああっ!?」
攻撃を受けた生徒ががっくりと膝を突き、そして勝負が着いたことでソリッドビジョンはすうっと消えていく。後に残るはデュエルに興じていた二人のみ。
「うっしゃ~! へへっ! 助かったぜ神楽坂! これで次の授業で三沢に当たる前にこのデッキの調整が出来た」
「ああ。だけど」
「分かってるって。デュエルの前に聞いたことはちゃんと覚えてるよ。“似せてはいるけど本人じゃない”。あくまで参考程度にだろ? ……じゃ、俺は部屋に戻るわ。またよろしくな」
勝った生徒はそうしてその場を去り、負けた生徒……神楽坂はそのまま軽く息を吐いた。
(再現率90、いや85%って所か。
神楽坂は今のデュエルの反省点を脳内でまとめながら膝の埃を払い、ポケットの小型端末を取り出して確認する。
(え~っと。次はクロノス教諭が二件か。やはり人気だな。……少し休んでから行くとするか)
そう考えた神楽坂は近くに用意された椅子に腰掛け、置いていたカバンからノートをテーブルに広げると、猛然と今のデュエルの流れを書き込み始める。
もちろん休むことも忘れてはいない。疲労回復のために購買で買っておいたスポーツドリンクを呷り、チョコレートを一つ口に放り込んで糖分も摂取する。
「……まだだ。もう少し。もう少しで何か……」
一心不乱にペンを走らせながらそうポツリと漏らす神楽坂。その顔はやる気に満ちていた。
時間は少し前に遡る。
「デュエルのレポート……ですか?」
「そうナノ~ネ。所属や勝敗は問いませんが、最低50人とデュエルしてそのデュエルの流れや反省点などをレポートにまとめること。それが
他の生徒がさっさと次の授業に向かう中、少し話があると残された神楽坂に対しクロノス教諭は厳しい顔をしながらそう告げる。
以前あった、初代デュエルキング武藤遊戯のデッキ特別展示会。あれは
もちろん
実際には神楽坂のやったのは器物破損に加えてデッキの窃盗である。しかもあの武藤遊戯のデッキとくれば、その価値は計り知れない。本来なら良くて降格処分。場合によっては退学処分や最悪法の下に断罪されるべき罪状だ。
だが厄介なことに神楽坂は盗んだデッキを使用し、武藤遊戯を彷彿とさせるほど再現度の高いデュエルを行ってみせた。
そしてそのデュエルを見た多くの生徒から、神楽坂の処罰を軽くするよう嘆願書が届いたのだ。確かに悪行ではあるが、それによってこのデッキが力を発揮する瞬間を見ることが出来たからと。
その数が一定以上有り、その上署名した者の中にカイザーや天上院明日香と言った成績優秀かつ影響力のある生徒も居るのだからたまらない。
さらにデッキが盗まれた時にケースの管理をしていたのは他でもないクロノス教諭。全てを公にすれば自分の責任問題に発展しかねない。
なのでクロノス教諭も苦肉の策として、“前日にデッキを見に来た生徒がケースに詰め寄り、誤ってケースを破損させてしまった”というバックストーリーで誤魔化すというハメになった。あくまで故意ではなく事故。窃盗など起きてはいないという風にだ。
かくして神楽坂は表向きは器物破損による厳重注意だけで済んだのだが、それでは腹の虫が収まらないのがクロノス教諭。
(結局、故意ではないにせよケースを破損させてしまったということで、私も校長から注意を受けるハメになったノ~ネ。それもこれもこの神楽坂のせいナノ~ネ)
本来処罰などは所属している寮の寮長、つまりイエローである神楽坂なら寮長の樺山先生が行うものなのだが、こうして直々に難しい課題を神楽坂に与えに来るほどには怒っていた。
「期限は一か月。元々筆記試験では成績優秀なアナタならそこまで難しくはないはずナノ~ネ? 出来上がったレポートは私に提出するように。じゃ! そういうことで」
クロノス教諭はそれだけ言うとサッと身を翻して去っていく。その顔には僅かに嗜虐の笑みを浮かべながら。
一か月で五十人以上とデュエル及びレポートの提出。それだけ聞けばそこまで難しくはないように思える。しかしそれは
当然毎日の授業もあるし、各先生方の課題などは別物だ。そんな中で単純に考えて一日最低一つないし二つのレポートを書き上げる。……一か月でこれはかなりの難行と言える。
(これで失敗すれば処分の大義名分が出来、仮に成功しても他の授業が疎かになっていることは確実。やはり成績不振を元に堂々と降格処分が下せるノ~ネ! ウシシシシ。我ながらナイスアイデアナノ~ネ)
そう考えていたクロノス教諭だが、彼の唯一の誤算は神楽坂のその瞳が全く闘志を失っていなかったのを見ていなかったことだろう。
(これが俺への罰か。……ハッ! 好都合じゃないか)
神楽坂はこれは良い機会だと思った。
自分の行ったことは決して許されることではない。デュエルで負け続け、悩み、自分を見失った結果があのデッキ盗難事件だ。
あの時、仮にとは言えデュエルキング武藤遊戯のデッキを手に入れ、そのデッキの力に酔いしれた。
これならもう
今にして考えれば、それは間違いなく思い上がりだった。何故ならそのやり方では出来るのはそのデッキが使われた当時の再現だけ。
デュエルモンスターズの歴史は日々進歩し、カードもどんどん新しいものが出ている。本来の使い手もその都度新しいカードを取り入れたり、新しい戦術を編み出すのが普通だ。当時の再現に留まってしまっては、それこそ本来の使い手に遠く及ばない。
そして、その思い上がりを正してくれたのがあのオシリスレッドの生徒、久城遊児だった。
(“どんなに自分の作ったデッキが誰かのデッキに似ようが、
最強のデッキを用いてなお倒され、思い上がりは完膚なきまでに打ち砕かれ、もうデュエルを続ける意思すらなくなりかけていた時、久城が俺に向けて言った言葉。
たとえデッキが借り物であっても、自分の心まで借り物にしなくて良い。それを聞いた時、自分の淀んでいた心が少しだけ楽になった気がした。もう一度やり直してみようと思えた。
そして皆が大目に見てくれていたとはいえ、自分のやったことに対して心の中で燻っていたこの罪悪感。それをこうして償える機会まで与えてもらえた。これで奮い立たなくては、またアイツの前に立って戦いを挑むなど到底無理なこと。
(見てろよ久城。俺は必ずこの課題を終わらせて、俺のやり方で必ずお前の前に立つ)
そうして神楽坂は決意を新たにした。目指す者が居て、やるべきことがある限り、ここで止まっている暇はないのだから。
(とは言え、これからどうしたものだろうか?)
一度自室に戻り、これからの考えを纏める神楽坂。なにせ時間は限られている。
休みの日以外は毎日授業があるし、それぞれの授業で課題が出されることもしばしば。クロノス教諭の目論んだように、意外と一日にデュエルとレポートに回せる時間は少ない。
(簡単な内容であれば数はこなせる。レポートも書き上げるだけなら何とかなる。だが……それじゃ
あくまで課題を達成することは最低条件だ。神楽坂は、この課題の中でさらに自分の殻を破ろうとしていた。
以前久城に切った啖呵。『俺はもっとなり切りを極める。様々な使い手になり切り、そして持ち主の使い方を完全に再現し、その上で俺だけのより良い使い方を見つけてみせる!』という言葉。だがああは言ったものの、完全に再現するだけでも実はまだムラがある。
以前武藤遊戯のデッキを使った時は、いわば絶好調の時だった。……それでも完全とはとても言えず、久城に倒されてしまったが。
その上神楽坂が目指しているのは
「一体どうしたら……うんっ!?」
コンコンコンと、静かな部屋にノックの音が響き渡る。
神楽坂が扉を開けると、そこに立っていたのは、
「やあ。ちょっと良いかな?」
「……何しに来たんだよ。三沢?」
ラーイエローの首席。最もオベリスクブルーに近いと言われている男。三沢大地だった。
という訳で今回の主役は神楽坂です。
原作だとなんだかんだ何事もなく終わったデッキ盗難事件ですが、どう考えても神楽坂に処罰がなかったとは思えないんですよね。
なのでその辺りを個人的な推測と想像と妄想をこねくり回して考えてみました。あったかもしれない神楽坂の奮闘をご期待ください。
ちなみに次回は二日後投稿予定です。
最初にこの作品を読む時、原作である遊戯王とロボトミーコーポレーションのどちらを目当てにしましたか?
-
遊戯王目当て
-
ロボトミーコーポレーション目当て
-
どちらも目当て
-
どちらも知らなかった
-
むしろ作者目当て