マンガ版GXしか知らない遊戯王プレイヤーが、アニメ版GX世界に跳ばされた話。なお使えるカードはロボトミー縛りの模様 作:黒月天星
「…………はぁ」
俺は頭を抱えて大きくため息を吐いた。だってそうだろう。
目の前にそびえるのは、ピラミッドのような巨大な建造物。空は淡い緑色に染まり、太陽がなんと三つに分かれて大地を明るく照らしている。
おまけに少し高い場所から周囲を見渡すと、相当先の方で地面がぽっかりと消滅して底が見えない。そしてそのまた先に見えるのは、まるで島のようにぽつぽつと点在する切り立った大地。
こんな場所がもし地球にあったら、確実に世界遺産か何かに登録されているであろう不思議な光景だ。つまりここは、
「
カタカタ? カタカタ!
「ああ。ありがとうな罪善さん。少し落ち着いたよ」
いきなりこんな状況になったが、罪善さんが一緒に居てくれたのは不幸中の幸いだ。こちらを心配する罪善さんから放たれる光を浴びている内に、パニックになりかけていた頭が少し落ち着いていく。
『やあやあ久城君。災難だったプギャっ!?』
「今回はお前に付き合っている暇はない。可及的速やかにこの状況を説明しろ早くっ!」
いつもの如く俺をからかいに来たディーを慣れた手つきで捕まえ、そのまま軽く睨んで説明を急かす。何せここには人間は
『分かった。分かったってば! ……ふぅ。他の皆が心配なのは分かるけどちょっと落ち着きなよ。まずは落ち着いて話の出来る場所に移動しない? こんな所で突っ立っていたら……
「……っ!? ……分かった」
ディーの今の一言で少し察する。つまりここは、俺達を捕まえるような何かが居る場所ってことだ。
俺は静かに頷き、近くの建造物の陰に身を潜める。ここなら近くからじゃないと気づかれにくいはずだ。罪善さんも空気を呼んで光量を抑えめにする。
『結構。それじゃあ説明するけど……君はこれまでの経緯を覚えているかい?』
「ああ。大体はな」
あれは遺跡にピクニックに来て昼食を皆で摂っていた時、急に近くの地面から空に向かって光の柱が伸びたのだ。
すると突如空の色が緑に染まり、さらに虹色の膜のような何かが空に現れた。その時点で明らかにただ事じゃなかったけど、その上雷鳴のような音まで響き渡った。
『遺跡の中に逃げるのにゃ』
そう言ったのは大徳寺先生だっただろうか? 俺達はその言葉に従い、遺跡の入り口に避難した。だがそこで、何故か十代だけがハネクリボーと共に外に残っていたのだ。
『俺は大丈夫だ。皆は隠れてろよ』
そう言ってどこかへ走り出した十代。俺は連れ戻すべく入り口から出て十代を追い、そして空からの変な光に包まれたかと思うと……いつの間にかこの場所に倒れていたという訳だ。
以上の事をディーに確認がてら説明すると、コイツときたらどこか面白がるような態度でふんふんと聞いていた。もっと真面目に聞けよこの野郎。
『ああゴメンゴメン。だけど許しておくれよ。こういうアクシデントやハプニングこそ僕の大好物なんでね。……お詫びと言っちゃあなんだけど、僕も多少はこの状況の事を説明しようじゃないか』
ディーの語った内容はとんでもないものだった。なんと今俺達が居るのは精霊の世界だというのだ。
『ほら! あそこを見てみなよ』
俺は建物の陰に隠れながらディーの指し示した方をそっと覗く。そこには、
「あれは……『墓守の番兵』と『墓守の長槍兵』っ!? なんでそんなのが普通に歩いてんだよ!?」
カタカタ?
『そりゃあここは王家の墓だもの。墓守の一族が居るのは当然でしょ』
俺と罪善さんの疑問にディーは事もなげに答える。
遠くで隊列を乱さずに行進しているのは、俗に墓守シリーズと呼ばれるカード群の墓守の番兵と長槍兵そのまんまの人物達。どうやら同じカードだと顔もほとんど同じようで、似たような顔の奴らがずらっと歩いてくるのはなんかおっかない。
「……ちょっと待て。今
『そうだよ。古代エジプトはほら。遊戯王の世界とはそれこそ数千年単位の深~い関わりがあるじゃない。だから精霊の世界とも普通に繋がりがあるわけで』
「そんなのアリかよ……というかここが王家の墓ってことは、見つかったら俺達エライことになるんじゃないか?」
無印のことや色んな映画などから推察するに、こういうのは見つかったら墓荒らしと勘違いされるっていうのがお約束だ。
『そりゃあね。特にここの連中は掟に厳しく融通が利かないのが多いから。捕まったりしたら即墓荒らしと判断されて、生きたままミイラにされちゃうかもよ~!』
そうおどけるように言うディーだが、俺にとってはたまったものではない。
ここがアニメの重要回か何かだとすれば、十代や翔などの主要メンバーはおそらく無事に帰れる可能性は高い。だが問題なのは俺の存在だ。
全員一緒に居るのであれば、流れに任せれば主人公である十代の手で何とかなる。しかし俺が居ないことで、例えば十代や大徳寺先生が探しに来る可能性がある。特に十代ならやりかねないからな。
それが元で万が一帰れないなんて事態になったら目も当てられない。こんな精霊の世界に取り残されたら命が幾つあっても足らないからな。
「なんでここに来たかはひとまず置いておこう。今はまず早い所皆と合流しないと。……そう言えば」
俺は一つ気にかかったことがあって、ポケットに入れていたデッキを手に取る。ここが精霊の世界で、精霊が普通に実体化して歩いているってことは、幻想体達も普通に出歩けるはずだ。
だというのに罪善さん以外の面々が誰も出てこない。こんな状況なら葬儀さんやレティシアが出てきてもおかしくないのに。
『ああ。それがだね。そのぉ、ちょっと調整というか幻想体の活動範囲に不備があって……ゴメンっ!
な、なんだって~っ!? マズイ。非常にマズイぞそれは。
今までは最悪墓守達に見つかったとしても、幻想体達に頼んで逃がしてもらうという手段があった。しかし呼び出せないとなると話が変わってくる。見つかったらほぼ詰みの鬼畜難易度になってしまう。
……あれ? しかしカードから呼び出せないんなら、じゃあそこに居る罪善さんは、
『おいっ! そこのお前。何者だっ!?』
マズイっ!? 話し込んでいて見つかったっ! 近くを通りかかった巡回だろう。長槍兵が三体こちらに向けて槍を構えている。
槍の穂先がギラリと光り、俺は咄嗟に両手を挙げて戦う意思はないことをアピールする。だって刃物怖いじゃんっ! 数も多いし戦うなんてもってのほか。なら話し合いで解決だ。
「待ったっ! お、俺は怪しい者じゃないっ! 偶然ここに迷い込んでしまったんだ。出口さえ教えてくれればすぐに出ていくからっ!」
『信じられるか。墓荒らしに裁きを』
『裁きを』
目の前の墓守達は話に耳を貸す様子もなく、俺に向けて槍を突き出したままだ。確かに自称怪しくない奴ほど怪しいってよく言うもんな。しかし今の俺には時間が無くて大した言い訳が思いつかなかったんだもの。
槍がずずいと突き出されていき、俺は遂に壁に追い込まれる。まさかこのまま捕まえもせずにここでグサッじゃないだろうな? そうなったらもうおしまいだぞ。
カタカタっ!
罪善さんがサッと前に出るが、元々罪善さんは戦闘向きじゃない。回復や精神安定、防御や良くないモノの撃退などには長けていても物理的な攻撃には弱い。あの槍に刺されたらそれだけでダメージは大きいだろう。
『さ~て大ピンチだね久城君!』
「嬉しそうに言うなよっ! なんか手はないのかディー?」
『残念ながら、僕は過度の干渉は出来ない身の上でね。ここでこれから起こることをハラハラドキドキ見物するぐらいしか出来ないのさ』
溺れる者は藁をもつかむ。物は試しとディーに頼むが、コイツめ凄い見てるだけで動く気配がない。……ディーはこういう奴だった。気が乗れば手助けもしてくれるが、気が乗らなければどこまで行っても見てるだけだ。
『裁きを』
遂にしびれを切らしたのか、長槍兵の一人が槍の柄で俺の頭を殴りつけてきた。ひとまず気絶させて連行しようってつもりか。だが、
カタカタっ!
罪善さんが俺の目の前に庇うように移動し、強い光を放って長槍兵の攻撃を防ぐ。しかしもう一体によって槍で壁に叩きつけられてしまう。
「罪善さんっ!? ぐっ!?」
続けざまに俺の頭に衝撃が走る。殴られたと理解した時にはもう目がチカチカし、よろめいて壁にもたれかかりながらズルズルと座り込む。……まいった。これは本格的にヤバそうだ。
視界が少しずつ狭まり、手足も思うように動かない。長槍兵の一人がこちらに手を伸ばしてくる。……おそらくここで殺されることはない。ここで殺す気なら槍で殴るのではなく刺しているはずだ。これが的外れな考えじゃないことを祈るが。
そして、
……ああ。なんだ。ペンダントが熱いのか! なんとか視線をそちらに向けると、俺の首から提げていたペンダントがまるで脈打つように光を放っていた。以前大鳥や審判鳥と対峙した時に役に立ったこれだけど、流石にこの状況ではどうにもならないか。
そして長槍兵の手が俺の身体に届こうかという瞬間、
ザシュッ!
『ぐおおおっ!?』
何かが飛来し、手を伸ばしていた長槍兵の腕を刺し貫いた。腕はかなりの深手のようで、長槍兵は槍を取り落して傷口を押さえる。何だ? 一体何が? 俺は飛んできたその何かをじっと見つめる。
持ち手に星座のような形をあしらった、青と黒を基調にした細剣。……何故だろう? あの剣に俺はどこか見覚えがあった。
『ぐわっ!?』
『何も……うおっ!?』
さらに
『……大丈夫かしら?』
どこからともなく静かな声が響き、俺の目の前に見知った……いや、直接会うのは初めてだが、姿はカードのイラストやデュエル中のソリッドビジョンで見たことのある相手が現れる。
黒と青の長髪。髪と同色の星空の装飾の付いたドレスと白く透き通ったマント。スペードを組み合わせた形のティアラを被り、もはや蒼白に近いレベルまで白い肌。
顔の左半分と両腕の一部を覆う刺々しい闇と、残った片目から流れる黒い涙により、神聖さと悲哀の絶妙なバランスを保っている美少女。
今回の王家の墓と精霊の世界の関係云々は完全に想像です。あくまで墓守というカテゴリから出来た世界なのかもしれないし、本物と関係があったのかもしれないということで一つ。
最後に登場した彼女ですが、ここで出てきたのは一応の理由があります。次回説明しますので少々お待ちを。
次回投稿も三日後予定です。