太陽は既に落ち、辺り全体に薄暗く影を落としていた。
その中を一人の少女が歩みを進める。
暗闇の中、少女の表情にはどこか沈鬱としたものが存在した。
少女、なのはは髪を揺らしながら肩の上の友人に問いかける。
「…ユーノ君」
「なんだい、なのは」
ユーノは体に触れた髪の毛にくすぐったさを感じた。
誰もが寝静まる時間帯の筈なのに外に出たなのはをその表情も相まってユーノには放っておけなかった。
「あの子、そっくりだったね」
なのはが気にしていたのはサクラが拾ってきたシアのことだった。
しかし、襲ってきた少女と見た目はそっくりでも中身はまるで別物。
だからと言って気にするなと言われてもそれは無理な話だ。
「気にすることはないんじゃないかな。サクラが言うには使い魔みたいな存在みたいだし」
ユーノの言葉は実際は建前で少なくともジュエルシードの回収が終わるまで出来るだけサクラには関わりたくないというのが本音だ。得体の知れない力に掴みどころがない性格。
ここに来てからサクラがいつの間にか対処していたジュエルシードについての状況説明も曖昧。
敵ではないかもしれないが、疑わしい所が多すぎた。
例えそれがサクラとシアが血みどろの闘争を繰り広げたことを隠すためにサクラが見せた、珍しい気遣いだとしても。
「…ちょっと羨ましいんだ」
「羨ましいって何がだい?」
「うん、あの子、シアちゃんとサクラちゃんが仲良くしてる姿を見てたらね、襲ってきた子とお話出来たのかなぁって思うの」
「アレは仕方がないよ。向こうが問答無用で襲ってきたじゃないか」
話が出来るような状態ではなかったのは、なのはも承知の上。
ジュエルシードを狙う理由も彼女の名前も分からない。
それでもと思ってしまうのはなのはの性分によるものだ。
「おやおや、夜遊びは感心しないねぇ?」
その言葉と同時に、なのはとユーノの少し前方の暗闇から一つは小さな、一つは大きな二つの人型が這い出て来る。
「アルフ、先走らないで」
小さな方の人型、フェイトは傍らに立つ女性、アルフへと視線を向ける。
アルフは掌をひらひらと振りながら苦笑いを零す。
「どちらにしても戦うんだから気にしちゃ駄目だよ」
「えっ、戦うって…」
既にバリアジャケットを着用しているフェイトを見やり、なのはは思わず全身を硬直させる。
「…ジュエルシードを求める限り、貴女と私は敵同士」
「なのは!レイジングハートを!」
「でも…!」
「早く!」
「うぅ…レイジングハート、お願い!」
ユーノに促されるままになのははレイジングハートを起動させる。
純白の衣がなのはを包み、身の丈程ある長大なロッドが現れる。
そのままレイジングハートの先端をフェイトへと向ける。
「手持ちのジュエルシードを賭けて戦ってもらう。貴女はここで一つジュエルシードを収集した筈」
「…正確には私が手に入れた訳じゃないよ」
「どちらでもいい。ジュエルシードがあるのならそれだけで理由としては充分」
フェイトはそのまま踏み込むとそのままバルディッシュを大きく振りかぶる。
その行動に目を見開きながらも、なのはは飛行術式を発動し、その斬撃の上へと逃れるように避けた。
「なんでっ!そこまでしてジュエルシードを集めるの!?」
「…貴女には関係ない」
なのはの言葉はフェイトへと届かない。
無数に奔る斬撃はフェイトに会話の意思がないことを雄弁に主張していた。
そして、熾烈な攻撃を避けることに全力を費やすなのはは気づかない。
「お相手は一人じゃないんだよ?」
大きく跳躍したアルフが振るった拳が辛うじて発動させたプロテクションごと、なのはを弾き飛ばす。
流れ星のように大地に叩きつけられるなのは。
それでもなのはは呻き声を上げながら立ち上がる。
「二対一じゃ分が悪い…なのは、一旦逃げよう!」
ユーノは多数の相手と戦うという経験のないなのはでは厳しいと判断した。
前回は一人で現れた相手が仲間を連れてきたことに動揺する内心を見透かされないように冷静に振る舞う。
「二対一じゃないさ。肩のソレも使い魔なんだろう?」
その言葉に首を傾げていたアルフの姿形がみるみるうちに変わっていく。
遠吠えをあげながら現れたのは一体の獣。
牙を剥き出しにしながら重圧を放つ獣はなのはとユーノを睥睨している。
「…君は…彼女の使い魔だったんだね」
「フェイトと…いや、ご主人様と使い魔はセットだろう?」
巨大な獣は口角を釣り上げながら語る。
その姿がユーノにはまるで笑っているかのように見えた。
「…フェイトちゃんって言うんだね」
「…それがどうしたの」
「本当はフェイトちゃんから直接お名前聞きたかったな」
「…そんなこと、別にどうでもいい」
斬り捨てるような言葉と共に雷光が放たれる。
それを迎撃するようにレイジングハートから桃色の砲撃が繰り出された。
雷光と砲撃は互いを喰い尽くさんばかりに周囲に破壊の余波を飛ばす。
「攻撃に夢中で後ろがお留守だよ」
砲撃の際の隙を突いて背後からアルフは走る。
強靭な四肢を用いてなのはに食いつかんばかりにその背中へと着実に迫っていく。
「なっ!?」
だが、アルフの歩みは突如眼前に飛来した無数の歯車に止められた。
ゆっくりと回転する光の歯車がアルフを取り囲むように制止している。
それだけではない。動きを妨害するだけではなく、急激にその数は増えていく。
なのはの砲撃の経路だけを残して完全に覆い隠すように歯車の繭が完成する。
「これは…」
繭の完成と共に桃色の砲撃が止んだことをフェイトは訝しむ。
フェイトの十秒ほどの思考の後、繭は徐々にその光を失っていく。
しかし、その先に存在した筈のなのはとユーノの姿は既になかった。
フェイトに出来たのは徐々に歯車が透けて消えていくのを見送ることだけだった。
「…逃げられた。この歯車…やったのは多分……」
一度フェイトは光の歯車を見たことがある。
十中八九やったのはサクラだろう。
恐らく目眩ましで歯車を使用し、転移術式で移動したのだと当たりを付けた。
「フェイト、どうするんだい?」
アルフの問いかけに暫し悩んだフェイトは空を見上げる
「…今から追いかけても、多分追いつけない」
「まぁ、次があるさ。元気出しなよ」
フェイトの表情がアルフには上手く読み取れなかった。
だが、落ち込んでいるのだろうと判断したアルフはフェイトを励ます。
「うん。ありがとう、アルフ」
小さく微笑んでフェイトはその場から背を向ける。
思っていたよりも落ち込んでいなかったフェイトの様子を不思議そうに眺めていたアルフは慌てて人型に戻ってフェイトの横に並ぶ為に駆け出した。
踏み台式に何度も『テレポート』を繰り返したサクラは宿近くでようやくスキルの使用を止めた。
首を時折こっくりこっくりと傾けながら『テレポート』を繰り返すサクラの姿に思わずなのはは居眠り運転に近い恐怖を感じた。
転移する位置の目前に障害物があったり、転移する場所が安定しないのだ。
「お、起きて、サクラちゃん!」
バリアジャケットを解いて、普段着に戻ったなのはの服の袖を掴みながら船を漕ぎ始めたサクラを揺り起こす。
なのははそのうち立ったまま寝息を立て始めかねないサクラを起こそうと必死だった。
「…ん…サクラは…起きてる」
ようやく僅かに瞼を開いたサクラを見て安堵する。
「え、えと…なんであそこにサクラちゃんが居たの?」
「…車の中でお昼寝して、寝付けなかった。…もう少しで眠れる?」
色々と足りていないサクラの言葉を頑張って頭の中で補おうとするなのは。
「寝付けなかったから追いかけてきたの?」
「ん、朝になって居ないと士郎、心配する」
戦闘を止める等の理由だと思っていたなのはは一瞬で脱力した。
まさかあの場で全く関係のない父親が理由だとは思わなかったのだ。
「……すぅ」
「サクラ、とりあえず僕と話をしよう!」
沈黙と同時に再び眠りに落ちそうになるサクラの意識を必死で自分に誘導するユーノ。
ゆらゆらと首を揺らしながらサクラは唐突にユーノとなのはを引っ掴むと胸元に抱え込む。
「なんで私は抱きつかれてるの!?」
「…ユーノ、ぬくぬく…『テレポート』」
回転する魔法陣の中心でサクラは前のめりに倒れながら、なのはを連れて最後の転移を発動する。
数瞬後、転移により宿の部屋、布団の真上へと落下したサクラはユーノとなのはを抱えたまま瞼を閉じた。
結局サクラの腕から逃げ切れないまま、なのははいつしか訪れた眠気に敗北していた。