アリサの苦悩は加速していた。
サクラの多すぎる意味不明な言動や単語。
自宅でそれを少し調べてみた結果、とんでもない結論に至ってしまった。
しかも、それを否定する材料が一つも見つからない。
モンスターを倒し、消滅した先に現れるという『ドロップ』。
死んでしまっても近くの街に経験値と引き換えに蘇る『死に戻り』。
どこに居ても突然流れてくるという『システムアナウンス』。
定期的に意識が途絶える日や、時間が決まっているという『定期メンテナンス』。
突如意識が途絶えるという『臨時メンテナンス』。
新たな場所やモンスター、魔法が世界に解き放たれるという『アップデート』。
―――サクラはゲーム世界の住人だった。恐らくジャンルはMMORPG。
もはやこれ以外の結論が出てこなくて溜息しか出てこない。
「サクラ、アンタ自分がどんな存在だか分かる?」
アリサとしてもサクラにどう聞けばいいのか分からない。
対するサクラは無表情のまま首を傾げていた。
「…ん、サクラには良く分からない」
サクラからしてみてもそうとしか言えなかった。
人が人から生まれることは知っている。
しかし、サクラはそうではない。キャラクタークリエイトで生み出された存在。
「……アリサとすずかが連れて行かれる時にサクラは助けなくちゃと思った。だからサクラはサクラになった?」
これがサクラの結論。
帰らなくてはいけないと思っていたサクラが辿り着いた初めての自分の意思とも言える代物。
「そ、そう……ありがとう」
自分たちを助ける為に生まれたと言わんばかりのサクラの台詞にアリサは頬を赤らめて照れるしかない。
「……サクラはユニコーンみたいに消えたり出たり、出来ない。サクラ、出来損ない」
「しなくてもいいわよ。むしろ出来ても絶対にするんじゃないわよ!」
本気でアリサの使い魔になろうとしていることなど知らないアリサは戦慄する。
サクラなら魔法使いとやらの力で本気でやりかねないのだ。
「お嬢様、サクラ様。お茶が入りました」
その言葉と同時に壮年の執事、鮫島がどこからか現れ、てきぱきとテーブルに支度をしていく。
鮫島の存在に幾多のアクティブモンスターを避け続たサクラですら気づくことが出来なかった。
「……凄い。サクラは鮫島みたいになりたい」
瞳をキラキラと輝かせながら言うサクラ。
サクラはどうやら使い魔の理想型を鮫島に見出したようだ。
「……勿体無いお言葉でございます」
少女のような少年の手放しの賞賛に鮫島は少しくすぐったそうな顔をする。
「そういえばサクラは何が出来るの?」
「ん、サクラはプリースト。回復と解呪に補助魔法が得意。攻撃は苦手」
「アンタ、あれだけ誘拐犯をズタボロにしておいて攻撃は苦手はないでしょうよ」
七人の誘拐犯は警察よりも病院に直行。
当然アリサとすずかの最初のサクラへの教育は『やりすぎてはいけません』だった。
サクラがプリーストじゃなくてもっと攻撃的なジョブだったら笑えない事態になっていたかもしれないとアリサは頬をヒクつかせるしかなかった。
「サクラは死亡してから五分以内なら蘇生も出来る魔法使い」
「この世界はゲーム内じゃないんだから魔法を無闇に使っちゃ駄目よ!絶対だからね!」
流石ゲーム世界出身と思わざるを得ないアリサであった。
しかし、サクラに無作為に回復魔法を掛けられては本気で困るのだ。
「……ん、気をつける。サクラはゲーム?」
サクラはアホの子であるが決して馬鹿ではない。
ただ、今までの認識が捨てきれないだけだ。
それだけでも十分に致命的だが。
この世界と自分の居た世界が別の物であることも今更ながらに理解していた。
そして、うっかり口を滑らせたアリサは苦々しい顔をしていた。
「…そうよ。サクラはゲーム内の住人。でも今のアンタは生きている。だから死んだりするのは絶対に許さないからね」
ぷいっと目を逸らしながら言うアリサに不思議そうな顔をするサクラ。
「……ん、サクラはアリサの使い魔。居なくならない」
「そうですね。サクラ様が居なくなればお嬢様はきっと悲しまれるでしょう」
「というかサクラ、アンタまだ使い魔うんぬん言ってたのね。友達よ友達!」
「ん!サクラはアリサの使い魔で友達。…でも今のサクラはフレンドリストも出せないぽんこつ」
「あぁ、もう面倒くさいわね!大体サクラはぽんこつなんて言葉どこで覚えてきたのよ!」
目に見えて落ち込むサクラと立ち上がってサクラの教育方針に本気で悩むアリサ。
そして、二人のズレた会話を目元を緩ませて見守る鮫島。
「サクラは一度見たり聞いたりしたら忘れない。クエスト内容もスキルスクロールも一度見ただけで完璧に覚える」
「サクラ様はハイスペックなお方なのですね」
「もうちょっとハイスペックならハイスペックらしくしなさいよ…」
ある意味生後一日に満たないサクラには無理な話である。
「……鮫島。これはとても、美味しい」
「翠屋のシュークリームで御座いますよ。サクラ様」
「……きっとサクラのステータスも上がる」
「上がらないわよっ!」
そういえば調べた時に食事でステータスが上昇するゲームもあったなと思い出すアリサ。
「サクラ、アンタ今まで食事とかどうしてたのよ」
「ダンジョンアタックの前には必須」
「……絶対に三食摂りなさい。鮫島。アンタ、サクラの教育には絶対に参加しなさいよ」
「……承りました」
ゲーム世界の住人の厄介さを再認識する二人。
全く知らないならまだしも中途半端に知っているが故の厄介さがサクラにはあった。
「……大丈夫。サクラは杖が無くてもLv100くらいまでのモンスターなら、負けない」
真っ先に邪魔な白銀の杖を取り上げられたサクラであったがその闘士は本物であった。
防具もなく、武器もないがサクラには鍛えに鍛え上げたINT値がある。
Lv150カンストプリーストは伊達ではないのだ。
「待ちなさい。アンタは一体何と戦う気なのよ」
闘士を漲らせるサクラの襟首を掴み、冷たい視線を投げかけるアリサ。
「鮫島はきっと一流のアサシン。サクラは後衛として遅れを取る訳にはいかない」
あの無駄の一切無い動きは只者ではないとサクラに確信させるに至っていた。
既にサクラの中では鮫島は引退した一流のアサシンになっていた。
「むしろアンタ一人でアタシは天下が取れるわよ」
護衛を百人並べてもサクラには敵わないだろう。
文字通りの最高戦力。時代が時代なら本気で天下統一が目指せた。
野心溢れる人物がサクラを拾っていたら世界が本気で危なかっただろう。
「サクラ様、こちらをお召しください」
サクラが男だと知らない鮫島が持ってきたのは子供サイズのメイド服。
「メイド服。サクラは知ってる」
「…鮫島、サクラはこんな見た目だけど一応男らしいわよ。というかサクラはメイド服、知ってたのね」
「ん、街中にメイド服を着てる人は沢山居た」
純国産のMMORPGには良くあることなのだがアリサはこの国の将来が本気で不安になった。
しかし、サクラがスク水などと言い出さないだけまだマシであったが。
ジェンダーの違いなどサクラにとっては些細なことなのである。
「……鮫島。サクラにはメイド服の着方が分からない。やっぱりサクラはぽんこつ」
アイテムボックス以外からの着替えなど当然初めてのサクラは嘆く。
一人、メイド服を引っ張ったり伸ばしたりしている。
「サクラ様、そう落ち込まれないでください。後ほど身の回りの物を買いに行きましょう」
鮫島がそう言うと一転してパアッと表情を明るくするサクラ。
「アンタ、歳相応に出来るんじゃない」
「ん、サクラはエモーションを使っていない。とても不思議」
アリサにはエモーションの意味が良く分からなかった。
それでもサクラが嬉しそうにするのを見て小さく微笑んだ。