キャラクターネーム:サクラ   作:薄いの

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使い魔はヘイトを稼いだようです

ロストロギア、闇の書。

それは世界を、人を、時には時代すらも喰い物にする古より伝わる破滅の魔導書。

 

背中まで降りた髪、そして屹立する猫耳。

此処は彼女たちに与えられた一室、リーゼアリアは心底呆れたような溜息を吐く。

 

最初から彼女は反対だったのだ。

サクラと名乗る少女のような少年はアリアたちにとって非常に危ない。

遠からず敵対することになるのは明らか。彼に触れるべきではないのだ。

 

しかし、ロッテが少年との間に行ったお遊びは決して無意味ではない。

ミッドチルダ式でもベルカ式でもない、既存のどの魔法とも違う独自の魔法を操る人間。

例えお遊びの範囲とはいえ、傾向と対策を練ることは可能だ。

 

だが、アレは決して魔法と呼べるような代物ではない。

嘗てのアリアは情報規制によってあの少年のデータが少ないのかと考えたのだが、それは違う。

あんなものを調べても分かるはずがないのだ。

魔法を用いれば大なり小なりその痕跡とも呼べる残滓が残る。それが存在しない時点ということはアレはそもそも魔力を用いた技術ではない。それはもう、便宜的に魔法と呼ばれる形になっただけの代物だ。

 

発動が読めず、現在把握しているだけでも治療、放射、捕縛、魔法生物の召喚とバラエティに富んでいる。

その中でも治癒に関しては既存のあらゆる魔導師を凌ぐだろう。アレはもはや再生の領域に踏み込んでいる。

例え、期せずしてでも魔法の残り香のみで生物の体調を快方へと導く。

八神はやてが彼の存在のせいでやたらとアクティブになり、彼と共に飛んだり、消えたりを繰り返すせいで監視する側としては頭が痛いのだが。

 

距離を選ばず、なおかつ万全の治癒。

もしもミッドチルダの住人ならば最高の医者として、管理局入りするならば史上最強のバックアップ要因になるだろう。

殆ど固有技能であるが故に総合評価でランク付けするのなら間違いなくとんでもないことになる。

 

そんな一種の化け物の領域に踏み込んでいる人間とお遊びなど正気の沙汰ではない。

最もロッテ本人も玩具のパチンコで捕獲されるなどとは露ほどにも思わなかっただろうが。

確かに格闘技脳においてはあの少年は大きく劣るだろう。残酷な言い方をすればセンスの欠片もない。

 

だからといって侮って良いのかといえば否である。

現にサーチャー越しに喉元を撫でられてごろごろと鳴く自らの妹を見ればそれが悪手なのは一目瞭然だった。

そもそもロッテは監視のはずが潜入になっていることに気づいて欲しい。

 

 大体なぜに飼い猫のようにロッテは餌を貰っているの。刺し身は旨いか、ツマの大根は器用に避けるのか畜生。

 

アリアはその場で頭を抱えた。

稀に居る敵疑心を削ぐような人物。あの少年はまさにそれなのだろう。

確かに治癒魔法の使い手としては病人や怪我人から緊張や警戒心を解きほぐす人となりというのは天性の才能だろう。

しかし、こちらからすればやりにくいことこの上ない。

 

闇討ちでもして病院にでも叩き込もうにも呪文一つで全快するような存在。

あの少年が関わっている時点で割りと状況が積んでいるのだが、一体どういうことなのか。

これでまだ守護騎士すら現れていないのだが本当にどうしろと。

 

 で、貴女はなにを目を細めながらブラッシングなどされているのよ。やたらと手慣れてるわね。本職のトリマー顔負けか、絶対に許さん。

 

徐々に蓄積されていた監視によるストレスと徐々に懐柔されつつあるロッテの姿にアリアのヘイトは自然とロッテへと向かう。

魔導師なのにナチュラルに挑発スキルを連打しているとしか思えない所業。

ロッテは攻撃を一手に引き寄せるタンクではないが軽くサンドバックにする位は許されるのではないかとアリアは思うのだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

三食しっかりと頂き、適度な睡眠という名目で惰眠を貪るのは正直な話、幸福であるとロッテは思うのだ。

ブラシが時折スッスッと優しく肌を撫でる。感じるのは適度な柔らかさと暖かい体温。

尚且つロッテのお腹は十二分に満たされている。

 

後は簡単だ、瞼を閉じて微睡みに身を任さればお手軽な幸せがやってくる。

本能の促すまま、ロッテは静かに瞼を―――

 

〈……楽しそうね。ロッテ〉

 

一瞬でロッテの全身の血が凍った。

 

底冷えするかのようなどこまでも冷たく、鋭利な言葉。

念話のはずなのにその言葉は一瞬で微睡みを凍結させるに至った。

一瞬で目を見開く。動揺は当然隠せず、その場でロッテの尻尾がぺたんと垂れた。

 

ロッテが体を預けていた、体温の主、サクラはその変化に気づくことなく膝に乗せたまま、ロッテのブラッシングを継続する。

帰宅すればアリサの飼犬に襲撃を受け、すずかの家では大小問わず猫に群がられるサクラにとって小型のブラシはなにかと役に立つのである。

 

〈…た、隊長!無事に監視対象者に接触、加えて潜入に成功しました!〉

 

ロッテはトチ狂った念話をアリアへと飛ばしてから気づく。

よく考えたら監視対象に接触という言葉だけでアウトな気がする。

 

〈……そうね。よくやったわね〉

 

思ったよりも怒っていないのではないだろうか。

労いの言葉にロッテが安心しそうになった瞬間、それを嘲笑うようにアリアの念話が再び届く。

 

〈――ねぇ、お刺身、美味しかった?後、大根は別に害はないんだから好き嫌いするのはどうかと思うんだけど?〉

 

そんなことは全くなかった。未だ嘗てないほどに怒ってる。

ロッテは確信した。直接対話してないのに、地鳴りのように怒張が伝わってくる。

 

しかし、お刺身は美味しかった。最近マトモな食事を摂っていない分より美味しく感じた。

生魚を食べる国はあまり多くないと聞くが、正直勿体無いと思った。

だが、そんなことを正直に返したら五体満足でミッドチルダに帰れる気がしない。

ロッテは口を噤んだ。

 

〈で、遊んであげてたと思ったらアッサリと捕獲されちゃったみたいだけど気分はどう?〉

 

これは明らかに不味い。

どう考えても煽りに着ている。恐らくアリアの誘いに乗ってこの家から出たらドナドナされた後にサンドバックだ。

略してドナサン。闇の書に殺される前にアリアに殺される。

 

〈は、敗北した罰として自らを戒める為に――〉

〈戒めた結果、勝者の膝の上で丁寧にブラッシングされながらうとうとしてたのよね。えぇ、よく分かるわよ〉

 

言葉を最後まで紡ぐ前にアリアの絶対零度の言葉がロッテの胸に突き刺さる。

ロッテの目前には鮮やかな桜色のローブ。感じるのは勝者の太腿のじんわりとした暖かさ。

 

もう無理だった。これ以上言い逃れすることなど出来そうにない。

ぷるぷると怯えを存分に含んだ身震いを起こすロッテ。

 

ロッテは自らの行動を振り返る。

独断で動き、捕獲され、輝く手で触られる。旅立ってはいけない所に赴き、食事をしてブラッシングをされながらお昼寝寸前。

コレは誰だってキレる。ロッテがアリアにそれをされてもキレるだろう。

 

突如挙動不審な動きに加え、小刻みに震え始めるロッテを不思議そうに眺めるサクラ。

 

こてんと首を傾げた後になにかに気づいたサクラは室内についてからは外していたマフラーを手に取る。

そのまま、ロッテの体を軽く持ち上げ、お腹から背中に掛けて何度もマフラーを巡らせる。

数分後、ロッテは全身をマフラーで包んだもこもこの謎生物へと変貌を遂げていた。

 

「……ん、冬だから、寒いのは仕方がない。でも、これで寒くない」

 

 違う、そういう意味じゃない。




補足
ヘイト:敵対心。一番多い人が狙われる。稀に良くヒーラーが稼ぎすぎて痛い目を見る。
タンク:攻撃を一手に引き受ける人。HPとか防御が高かったりする。ロッテではない。

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