キャラクターネーム:サクラ   作:薄いの

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ターボネコミミのようです

守護騎士、ヴォルケンリッターの出現から半月。

八神はやてに特に変化はない。

彼女、そして守護騎士四人は表面上は平々凡々とした生活を営んでいる。

 

――だが、彼にとっては変化がないこと自体が問題だった。

 

リンカーコアの蒐集により集める666の頁を未だ埋めていない闇の書は主――この場合は八神はやてを指すが。

闇の書は常時主から魔力を吸い上げる。その結果としてはやては常時魔力枯渇状態に陥る"はずだった"。

 

その魔力枯渇状態はこれまでは肉体、足の麻痺という形で現れていた。

闇の書は吸い上げる魔力の不足分を生命力で補い、主を長い時間を掛けて蝕む。

 

この時点で闇の書にとってのイレギュラーは数多あれど、目立つ、又は致命的なものが三つ。

 

 

一つ、シールスキルによって短時間であれど闇の書の全ての機能が強制停止に追いやられること。

二つ、本体のシールスキルによる完全な機能停止による障害を避ける為に守護騎士を完全なスタンドアロン。つまり、独立した存在として放出したこと。

三つ、闇の書の主、八神はやての魔力は徐々に、生命力はほぼ完全に回復していること。

 

 

魔力の回復に必要なものは休息である。

大気中に存在する魔力素をリンカーコアが吸収することで魔力は時間の経過と共に回復する。

 

八神はやてがこの世に生誕してから常に闇の書は傍らにあり、魔力を吸い上げていた。

それが初めて封印によって途切れたのだ。

結論から言えば全ての機能が停止するシールの効果時間内には八神はやての魔力は回復するのだ。

 

更にはサクラは暇さえあれば闇の書へと無慈悲に封印を施す。

サクラが認識している限り、負の概念足る靄が纏わりついているものは、少なくとも良いものではない。

 

加えて、サクラがはやての足の治療に精力的なのもそれに拍車を掛けた。

手間でもない回復魔法を頻繁に施すサクラによって削られていた生命は完全な形を取り戻している。

 

不完全ながらも取り戻しつつある魔力と無尽蔵に生命力を回復させる桃色の理不尽の権化。

闇の書の魔力消費と八神はやての魔力の回復、常に消費へと傾いていた天秤は此処に来て初めて、回復へと傾いた。

それらの要因ははやての肉体に多大な影響を与えていた。

 

辿るべき過程を大きく逸れたことによって男に生じるのは生半可な表現では表せないほどの心労。

使い魔、リーゼアリア、リーゼロッテの主、ギル・グレアムは今日もどこかで頭を抱え、禿げ上がるほどに苦悩する。

 

なぜかサクラによってリーゼロッテが懐柔されていること自体は構わない。

ロッテが齎した情報。"魔法使い"の非常識の一端を垣間見ることが出来たことはこれ以上ないほどの収穫だ。

 

アレはもはや魔法ともかけ離れた代物。

治すものは確実に治す、封印するものは確実に封印する。

振りまくのが破壊の力でないだけ地味だが、間違いなくやり遂げたことは規格外である。

 

サクラというストッパーが現れたことによる現状維持の可能性。

だが、次代の闇の書の主が生まれた際にサクラのような存在が居るとは思えない。

 

今代の闇の書の主、八神はやてをどう扱うべきか。

 

サクラが今日も元気にぶんぶんとぶん回すロープの先では間違いなくギル・グレアムが悲鳴を上げながら引きずられている。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

乱切りにされた大根。そしてブリの切り身が鍋の中で踊る。

冬。ブリ大根が……いや、食べ物全般の美味しい季節である。

 

みりんや醤油の匂いが鼻腔をくすぐり、食欲を掻き立てる。

車椅子のはやてでも使いやすいように調節されたキッチンは小柄なサクラであっても問題なく使用出来る。

 

そっとサクラは鍋からお玉を用いて一掬い。

味の染み込んだ大根と柔らかな身から僅かに醤油とみりんの香りを漂わせるぶりの切り身。

サクラは火を止めるとその場にしゃがみ込み、小皿にそれを盛り、フローリングの床の上へと載せる。

 

「……味見」

 

それだけ。

酷く簡潔な一言に反応する小さな影が一つ。

無駄に機敏な動きで小皿を捉えた影は色に深みのある大根とぶりに齧りつく。

 

無我夢中。

そう言って差し支えない程に目の前のご馳走にがっつく。

此処最近のカップ麺と冷凍食品、時々キャットフードの生活は一体なんだったのか。

そして、使い魔になって人間と同じものを食べられるようになったのは幸運であった。

 

美味しいものはそれだけでもはや正義である。

どうやら答えるまでもなく及第点には達していると判断したサクラは僅かに表情を嬉しげに崩した。

 

サクラの後方からきぃきぃと車輪の転がる音。

滅多に見れないような渋顔、そして僅かに額に汗を滲ませたはやてとそれを呆れた目で見やる鉄槌の騎士、ヴィータ。

 

「サクラさんや、体中の至る所が痛い。凄くビキビキするんやけど助けてぇ……」

 

その心底弱った声にサクラが振り返ると車椅子に座り、サクラへと手を伸ばした状態で硬直するはやての姿。

 

「……それは、筋肉痛。その内治る。それに、サクラは治す気がない」

「そんなぁ!」

 

この遣り取りと似たものが実は過去三回行われている。

人間誰しも筋肉痛になる可能性は存在している。衰えた筋肉の悲鳴、当然はやてとてそれは例外ではない。

 

「……リハビリを頑張るのは、構わない。でも、やり過ぎは論外。サクラを当てにしすぎるのも良くない」

 

はやての肉体に及ぼされた影響。それは足の麻痺症状からの開放である。

闇の書が原因で陥った魔力枯渇がシールスキルによる封印によってリンカーコアの休息によって緩和された結果。

だからといって、衰えた足の筋肉で直ぐに立てるのかと言われれば否である。

回復魔法で筋肉が付くのならば鮫島は今頃はムキムキマッチョマンである。

 

伸ばしたままだった手をぱったりと床に垂らして打ちひしがれるはやて。

確かにサクラの回復魔法は強力なことこの上ないが、それがはやての過剰なリハバリ行為に繋がることだけは避けたかった。

 

サクラも最近になって気づいたことだが、回復魔法自体も意識的な意味で大変危ない代物である。

要するにサクラが居れば無茶しても大抵なんとかなってしまうことが問題だった。

長い目で見て、これは間違いなくはやてにとってプラスにはならない。

 

「うぐぐ……サクラがそう言うなら今回は止めとく」

「……そう急ぐことではないから、焦らないで欲しい」

 

普段だだ甘な分、サクラが否定する時はなにかしら理由がある。

そう判断したはやては素直に引き下がる。伊達にサクラと友人をやっている訳ではない。

 

そもそも致死量寸前の血液を流しても「ほんの致命傷で済んだ」なんてことをのたまうのはサクラだけで充分なのだ。

 

「……なぁなぁ」

「どしたん?」

 

なんとも言えない空気を崩したのはヴィータだった。

指先を真っ直ぐにロッテへと向けて不思議そうな表情を浮かべている。

 

「コイツ、なんというか、全体のフォルムがこう……丸くなってないか?」

 

サクラとはやての視線がロッテへと向けられる。

どう表現するべきか、半月前よりも若干大きくなったような、とはやては曖昧な感想を抱いた。

サクラはその場にしゃがみこみ、ロッテの胴体へと手を伸ばし、お腹へと触れ軽く摘んだ。肉が引っ張れる。

 

恵まれた食生活か、それとも隙あれば八神家の暖房の近くで丸くなって結果的に食っちゃ寝の生活を繰り返しているからか。

間違いなくロッテは横には大きくなっていた。

その様子を眺め、サクラ、はやて、ヴィータはそれぞれ感想を漏らす。

 

 

 

「……サクラは過度でなければでぶ猫も、可愛いと思う」

「あれ、人型になったらこれどうなるん?」

「なんかそのうち『ぶにゃ!』とか鳴くようになってそうだよな」

 

 

 

ロッテは駈け出した。

理由は言わずもがな。この日から海鳴の街に自動車を走りで追い抜く『ターボネコミミ』という都市伝説が吹き荒れた。

目標体重を達成するまでの所要期間は二週間であった。

 




殺人的な暑さとPCの放出する熱に作者は完全にヤラレてます。

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