「アリサちゃん。私はユニコーンさんに乗ってみたい!」
私立聖祥大学付属小学校三年一組。
鮫島に送られてやってきたアリサへと掛けられたすずかからの第一声がそれだった。
「すずか。アンタが昨日やたらと目をキラキラさせてたのはそういうことだったのね」
確かにあのユニコーンを見たら乗ってみたいと思う人が出てもおかしくないだろう。
まさかその一人目がすずかだとはアリサは思わなかったが。
「……というか大体乗馬は結構危ない、いえ、でもサクラに『シェルプロテクション』とやらを掛けて貰えばいいのよね……」
万が一落馬しても平気な上にさらに保険で回復魔法まで控えている。
アリサの中で仕事終わりの鮫島が『ヒール』を掛けて貰いながら至福の表情を浮かべていた場面が蘇る。
ちょっと自分にも掛けてみて欲しくなったのはアリサの秘密だ。
アリサが思っていたよりずっとサクラは便利人間だった。
「まぁ、家の敷地内ならバレないように乗ってもいいんじゃない。多分サクラも喜ぶわよ?」
サクラはアリサとすずか、そして鮫島を特別視している節がある。
アリサはなぜか主人として突き抜けているが、すずかは友達、鮫島はパーティーメンバーだろう。
最後のだけ色々と間違っている気がするが、鮫島はなぜか嬉しそうなのでアリサは特に何も言っていない。
「そうなのかな、サクラ…君…。なんかしっくり来ないね」
「本人は気にしないだろうから普通にちゃん付けでいいわよ」
丁度この頃、サクラが『付与のスロットが沢山空いてそう』などという理由で着たメイド服で鮫島と共に屋敷内の掃除に勤しんでいることなどアリサは当然知らない。
「そっかぁ、じゃあ帰りにアリサちゃんの家にお邪魔させて貰うね」
「……当たり前だけど、サクラの魔法のことは他の人には秘密よ」
「……うん。そうだよね」
何か琴線に触れたのか、一転して寂しげな表情で肩を落としているすずかがアリサには不思議だった。
「……まぁ、もう少しサクラに常識と分別を付けたらこの学校に入れなきゃね」
「えっ、サクラちゃんこの学校に来るの?」
私立聖祥大学付属小学校は本人にそれなりの学力が必要とされる。
すずかがサクラがそれほどの学力に達しているのか不安に感じるのも仕方のないことだった。
「正直認めたくないけどサクラの学力は暗記なら間違いなく私以上よ。ちょっと教科書読ませてみたら完全に覚えて見せたわ」
「…なんというか、その…凄まじいね」
サクラの『一度見たり聞いたりしたら忘れない』は伊達では無かった。
数学がまだ怪しいが公式自体は頭に入っているので時間の問題だろう。
「その分幼児期に教わるべきものがごっそり抜けているのが致命的だけどね…」
『赤信号は渡ってはいけません』『三食きっちり摂りましょう』『夜は眠る時間です』
そういった物が致命的に足りないのだ。
サクラは当然お腹は空くし眠くもなる。だが、どうすればいいのかが分からないのだ。
「それなら私がサクラちゃんを引き取ろうか?」
「サラッとサクラを狙って来るんじゃないわよ」
まだ一日足らずだが、アリサにとってサクラは弟のような存在になりつつあった。
手は掛かるが素直だし、とても懐いてくれているサクラを素直に渡すのは嫌だった。
「……私は初動が遅かったのかな」
すずかとしてはサクラを引き取れない事情もあって殆ど冗談だったのだが、そう思わざるを得なかった。
存在自体がファンタジーなサクラの他の魔法もすずかは見てみたかった。
その辺りは歳相応の少女なのだ。もっとも、サクラはファンタジーの体現というよりもファンタジーから切り抜かれた存在なのだが。
「…あのねえ、すずかはサクラの友達なんだからいいじゃない。サクラに魔法を見せてほしかったら下手したら一撃で屋敷が半壊するような魔法まで嬉々として見せてくれるわよ。……でも絶対にそれは頼んじゃ駄目よ」
最後だけは声音が真剣だった。
流石のアリサも謎の光に包まれて屋敷壊滅などという事態だけは勘弁して欲しかった。
「…サクラちゃんってそんな魔法が使えるの?」
「……クールタイムが長いし補助職なのにヘイト稼ぎすぎてあんまり役に立たないって言ってたわよ」
ゲーム内ならロマン魔法で済んだのに現実だと立派なテロ行為である。
サクラの為に必死でゲーム知識を得たアリサは地味にサクラに対して理解を深めていた。
「なのは、アンタどうしたのよ。何か挙動不審よ」
授業が終わり、下校中アリサとすずかの親友である、高町なのはが唐突にキョロキョロし始めたのを見て、アリサは妙だと感じていた。
「もしかしてなのはちゃん何か落としちゃったの?」
「えっと、違うんだけど二人は何か聞こえない?」
小首を傾げながら尋ねるなのは。
全く分からない二人はプルプルと首を横に振る。
「声って幽霊か何かだったら面白いわよね」
「や、やめてよぅ…」
ゲーム内の住人とユニコーンを見た後だと何が出てきてもおかしくないと感じてしまうアリサ。
対照的に怯えるなのは。自分にしか聞こえない声に恐怖してしまうのも仕方がないだろう。
「うん。やっぱり聞こえる」
なのははそう小さく呟くと同時に駆けだした。
「ちょっと、待ちなさいよなのは!」
「えぇっ、結局幽霊なの、違うの!?」
慌ててそれを追いかけるアリサと幽霊発言におっかなびっくりしながら二人を追いかけるすずか。
なのはを先頭に二人は脇道に飛び出すと、林道を木々を縫うように走って行く。
五分ほどそれを続けるとアリサとすずかの視界にしゃがみこんでいるなのはの姿が映る。
「この子怪我してるの…」
立ち上がったなのはの腕の中に出血で毛を赤く染めた小動物。
「……フェレット、なのかな?」
なのはの腕の中のフェレットを心配そうに覗きこむすずか。
「試しにサクラを大声で呼んだらどこからか現れたりしないかしら」
「アリサちゃんはサクラちゃんを何だと思ってるのかな…」
本人が使い魔主張を続けているせいでアリサも着々と毒されている。
だが、サクラならこのフェレットの治療も容易いことを知っているアリサは歯噛みしていた。
「早くこの子を病院に連れて行ってあげなくちゃ」
そう言ってなのははフェレットを抱えたまま来た道を戻るように走りだした。
「あぁ、もうっ!」
アリサからしてみればサクラが治療出来ることを知っていてもなのははサクラの魔法について何も知らない。
サクラなら別に魔法のことをなのはに教えてしまったからと言って不機嫌になることなどありえないのだが、本人の了解も無しにバラしてしまっては不義理になるのではという思想がグルグルとアリサの中で巡っていた。
「…えと、とりあえずなのはちゃんを追いかけないと」
「……そうね。なのは一人に任せるのも心配だしね」
アリサは治療が出来ないようだったらサクラの手を借りればいいかと結論を出す。
そして二人はなのはの後を追い始めた。
「で、こんなことがあったのよ。やたら走らされて疲れたわ」
一通りフェレットの件を語り終えたアリサが重苦しい溜息を吐き出す。
その顔には酷く疲労が浮き出ている。
「…アリサ、お疲れ?」
「まぁ、疲れたっちゃ疲れたわね」
フェレットを動物病院に運び込むまでは走り通しだったのだ。
三十分近く走り回る羽目になれば当然アリサも限界だ。
「ん、分かった。『リカバリーフォグ』」
突如部屋全体に大量の光の粒が漂い、部屋が一段と明るくなる。
光の粒は縦横無尽に飛び回りアリサの傍を浮遊し、定期的に点滅している。
点滅と同時にアリサの体に暖かな力が流れこんできて全身の疲れが抜けていく。
「アンタ一体何したのよサクラ!?」
「『ヒール』から派生する魔法。『リカバリーフォグ』の中なら三分間だけ癒やしの効果がある。鮫島は一気に疲れが抜ける『ヒール』よりこっちの方が好きだって言ってた」
「鮫島ぁぁぁ!アンタ朝から妙に若々しいというか生き生きしてると思ったらそういうことだったのね!」
アリサが必死で走り回っている間に鮫島は暖かな光に包まれてアンチエイジングに励んでいたなどと想像すると納得がいかなかった。
「生涯現役も夢ではございませんね」
いつの間にかフォグの範囲内に入ってちゃっかりとアリサのご相伴に預かっている鮫島。
鮫島は屋敷内の仕事を嬉々として手伝ってくれる上に非常に懐いてくれているサクラが可愛くてしょうがなかった。
その上体は日々昔のキレを取り戻していく。生涯現役は冗談ではなかった。
『―――けて、―――けてください』
突如サクラ頭の中にノイズ混じりの声が響く。
「……んぅ?」
「サクラ、どうしたのよ。いきなり変な声出して」
「…プライベートチャット、入った気がした」
正確にはプライベートチャットではなく念話なのだが当然サクラが知る筈がない。
「アンタまだゲームの中の気分で居たのね。…そういえばなのはも似たようなこと言ってたわね。本当に幽霊なんじゃないの?」
「サクラはプリースト。幽霊とアンデッドには強い」
「……精々出てきたら頼ることにするわ」
出来れば出てきて欲しくはないがバイオなハザードが起きてもサクラが居ればなんとかなるような気がしたアリサであった。