キャラクターネーム:サクラ   作:薄いの

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メイドは変態なようです

「お嬢様。サクラと共に夜の逃避行に行って参ります」

「待ちなさい。アンタ、その変態的な台詞をあたしにも分かるように噛み砕きなさい」

 

綺麗な一礼をしながらどう考えてもアウトな言葉を放つ一人のメイド。

清水沙羅。バニングス家のメイドの一人であり、サクラの友達である。

 

「…私はサクラと夜を共にして飛んでしまいます」

「余計に危なくなったわよ。アンタ、逮捕されたいの?」

 

なんでこんなメイド雇っているのだろうとアリサは思ってしまう。

しかし、二十代前半の若輩でありながら、非常に優秀なのだ。

 

「話は変わるのですが、サクラは非常に私好みに育っていますね」

「あたしには全く話題が変わってないようにしか聞こえないのだけど」

 

危なすぎる、このメイド。

思わず歳の差を考えろと言いたくなるアリサ。

 

「そのようなこと、些細なものでございます」

「…十年も経ったらアンタ、おばさんよ。あとサラッと心を読まないで頂戴」

「…サクラも成長して私の背を追い抜いてしまう日が来るのでしょうか」

 

ふと、ゲーム内のキャラクターであったサクラに成長という概念が存在するのかと考えてしまうアリサ。

だが、体はこの世界の基準で動いているのだから成長はするのだろうと思い直す。

これで髪が伸び始めたらもはや確定だ。

 

「…あの子はどんな遺伝子をしているのかしらね」

「私は、私はっ!サクラが『俺』などと自分のことを呼び出す未来なんて認めたくありませんっ!」

 

それはまさに魂の叫びであった。

その声は悲壮感に満ちており、台詞がマトモだったなら、聞いたもの全ての心を揺さぶっただろう。

一瞬『俺』呼びのサクラを想像してしまい、微妙な顔をするアリサ。

 

「…なんというか、『ない』わね」

「私は心配でならないのです。サクラが小学校に通うようになって周囲のガキ共から口調が移る可能性を考えると!」

「清水、メイドにあるまじき口調になってるわよ」

 

いくらなんでも、ガキ共はないだろうと嘆息するアリサ。

 

「失礼しました。今のサクラが消えてしまうならいっそのこと私が……」

「残念ね。我が家から優秀なメイドが一人消えてしまうのは」

 

変態相手に遠慮は要らないと容赦なく脅しを掛けていく。

 

「…勿論冗談でございます」

「えぇ、あたしは最初から信じていたわよ。夜の逃避行とやらも冗談なのよね」

「いえ、それは本気です」

 

一瞬本気で解雇してやろうかと思ったアリサは悪くない。

それと同時に沙羅は唐突に声を張り上げる。

 

「サクラ、出てきて下さい!」

「…ん、サクラ、呼ばれた」

 

いくらなんでも呼んだだけで出てくる訳はないだろうというアリサの考えは容易く打ち砕かれた。

突然数センチほど上空の虚空から現れ、ストンと華麗に着地を決めるサクラ。

 

「…サクラ、アンタどっから沸いてきたのよ」

「魔法使いのスキル『テレポート』ですよ、お嬢様。それほど距離が飛べない、溜めが長い、隙が多すぎると三拍子揃った、ゲーム内だったら間違いなく地雷スキル一直線の性能ですね」

 

バッサリと地雷スキルと斬り捨てられたサクラは悲しそうな顔をする。

しかし、本人の反論が一切ない所を見ると事実だったのだろう。

 

「大丈夫ですよ、サクラ。お陰でお部屋の模様替えも楽ですし、重い荷物も一瞬で運べます。一流のメイドになれますよ」

 

アリサは自分で傷つけておいて慰めまで予定調和的にこなし、サクラの好感度稼ぎに勤しむ沙羅の姿に大人の汚さが見えた気がした。

 

「…家のメイドの雇用条件には『テレポート』はないわ。というか清水、アンタなんでそんなにサクラの魔法に詳しいのよ」

「屋敷内にお客様が居ない時のサクラは一切縛りプレイがない最強の存在ですから。魔法エステに労災要らずですね」

 

いつの間にか屋敷内のヒエラルキーの上位にサクラが食い込んでいたことに遠い目をするアリサ。

しかも福利厚生がとんでもないことになっている。

 

「…アンタら、もしもサクラが居なくなったらどうするのよ」

 

早くもサクラ依存が始まっている屋敷内に嘆息するアリサ。

 

「…アリサはサクラ、要らない?」

 

アリサの言葉に眉尻を下げて寂しげな顔をするサクラ。

 

「待って、あたしが悪かったからそんな顔をしないでサクラ!」

「…お嬢様もサクラの前では形無しですね」

「清水、元々はアンタのせいでしょうが!」

 

アリサの責める言葉をすいすいと躱していく沙羅。

その姿にサクラは只々感心するばかりだった。

 

「さて、サクラ、空中散歩に行きましょう」

「…ん、サクラは頑張る」

 

そう言いながら窓際に歩いて行く沙羅とその後ろをとてとてと着いて行くサクラ。

大人二人通れるような大きさの窓ガラスを沙羅が開くと、サクラが沙羅に背中から抱きつく。

 

「サクラのこの子供体温が堪りませんね」

 

ナチュラルに変態的なことを呟いている沙羅。

だが、サクラは只々首を傾げるだけだ。

アリサは本気で通報してやろうかと思った。

 

「『フライング』」

 

サクラの肩から湧き出るようにして、一対の光の翼が現れる。

その光景をアリサは口をあんぐりと開けながら見ている。

着々とファンタジー耐性を上げつつあるアリサでも今回は駄目だったようだ。

『フライング』。『GrowTreeOnline』では、高難易度の空中戦レイドボスのMAPに侵入する為に必要な前提スキルであり、やたらと長い前提クエストをこなすことでようやく手に入れることが出来る全職共通スキルであった。

 

「…沙羅、ちょっと重い」

「サクラはもうちょっと女性の扱いを覚えないとですね」

 

どうやら、サクラに重いと言われたのは流石の沙羅にもショックだったらしい。

 

「…善処、する。『フェアリーブレス』」

 

沙羅の腰に抱きついたまま、サクラは光の翼を羽ばたかせてその場に浮遊する。

光り輝く羽根が床に落ちるのと同時に消えてくのを呆然と眺めるアリサ。

その光景は非常に幻想的で、アリサはこの翼で空を共に駆けることが出来る沙羅が羨ましくなった。

 

「…サクラ、次はあたしの番よね」

「…ん、約束」

 

その言葉ががよほど嬉しかったのか、心底嬉しそうな笑顔を咲かせるサクラ。

 

アリサは久しく歳相応の笑顔を浮かべながら、時に叫び、時に笑いながらサクラと共に夜空を舞うことになった。

そして、アリサが本当の意味でサクラの魔法と触れ合ったのがこの日であった。

 

 

 

 

 

「サクラ、逃げるんじゃないわよ!」

「サ、サクラは丸洗い、出来ない」

「アンタは別に色落ちする訳じゃないでしょうが!」

 

屋敷の一室ほどある脱衣所で走り回る二人の姿。

色落ちはしないが、間違いなくイロモノではあるサクラはアリサの手から逃げ回っていた。

 

「風呂嫌いってアンタは猫か!」

「…目に泡が入る、とても痛い」

 

要するにシャンプーの泡が目に入るのが嫌なのだ。

しかし、逃げるサクラはとっ捕まえるがアリサの信条だ。

素直すぎるサクラが逃げるということはやましいことがあるのだから。

それほど身体能力に優れていないサクラは結局直ぐに捕まってしまう。

 

「…『テレポ――」

「サクラ、今魔法を使ったらお仕置きよ。あとついでにスキルも禁止」

 

逃げる前に先手を打たれてしまうサクラ。

結局サクラは服を脱がされ、風呂場に直行させられてしまう。

 

「天井の染みを数えてる間に終わるわよ」

「上を向いたら余計痛い」

 

珍しくマトモなことを言うサクラだが、頭上からシャワーのお湯を掛けられてしまう。

アリサはシャンプーを掌に広げると、桜色の髪の毛をくしゃくしゃと洗い始まる。

それと同時に瞳を白黒させていたサクラはぎゅっと瞼を閉じる。

 

「相変わらず憎たらしいくらい綺麗な髪してるわね」

「…ん、サクラにはよく分からない」

 

髪の色の基準から狂っているサクラには当然意味が分からなかった。

そこから猫耳犬耳が生えてても普通と言い切るのがサクラである。

サクラの髪を洗うアリサの表情は妙に楽しげだった。

そのまま一通り洗い終えるとコックを捻って、サクラの泡を流し始める。

 

「…サクラも洗う」

「そう。じゃあお願いするわ」

 

今度はサクラが覚束ない手つきでアリサの金髪を洗い始める。

髪を洗うという経験自体が足りないが故なのだが、アリサは満足気だった。

 

「…サクラ、何回か犬のモンスターと同じぞわぞわ、感じた。でも、探してたらいきなりぞわぞわが消えた。もしかしたら――」

「サクラみたいにモンスターを倒せる存在が居るかもしれないってこと?」

「ん、自信はない」

 

アリサの長い髪に悪戦苦闘しながら答えるサクラ。

 

「サクラは正確な場所まで分かるの?」

「…凄く曖昧。多分サクラには感じる才能、あんまりない」

 

本人は知らないがサクラの魔力量は良くてEランク程度。

サクラの魔法やスキルは殆ど『異能』のような扱いとなっている。

そうでなければサクラは別系統のスキルツリーの魔法すら使えてしまう。

退化も進化もしない。それがサクラの魔法の本質なのだから。

 

「サクラ以外はもっとその感覚が鋭いのかもしれないわね」

 

満足行くまで洗えたのか、サクラは丁寧に泡を流していく。

その顔にはやりきった感が溢れ出ていた。

 

「…近くなら、多分分かる」

「それで十分よ。戦わずに済むのならそれに越したことはないしね」

 

アリサはモンスターを直接見たことは無いが、サクラが苦戦するようなら相当な強さなのだと判断した。

なによりアリサが心配していたのはモンスターが同時に複数出現した時のことだ。

可能性としては決して否定は出来なかった。

 

「くぁ…なんだか眠い」

 

目の前でぽやぽやと欠伸をしているサクラと強大な魔法使いのサクラを完全に同一視出来る人は少ないだろうと苦笑いをするアリサ。

こう思えるのもサクラに抱えられて、夜空を飛び回ったからかもしれない。

その点はあの変態メイドに少しだけ感謝してもいいかと思ったアリサだった。

 

「しっかり湯船に浸かるまで逃さないわよ」

 

意地の悪い顔をするアリサだったが、内心自身の頬が緩まないのが不思議な位だった。

 

 

 

 

 

その夜、子供一人寝るには大きすぎるベッドでアリサがサクラを抱き枕にしながら眠りに就いていた。

それを覗き見ていた沙羅は微笑みを浮かべながら足音を立てずにその場から立ち去っていく。

 

「サクラ様はやはり本物の魔法使いでしたね」

 

背後から掛けられた声に沙羅はビクッとしながら振り返る。

そこには先程沙羅が浮かべていたのと同じ表情の鮫島が居た。

 

「…あまり驚かさないでください。それにサクラは元々魔法使いですよ」

「えぇ、勿論分かっておりますとも」

「…相変わらず喰えない人ですね」

「それは清水には言われたくありませんね」

 

クックと普段は使わないような笑い声を漏らす二人。

 

「清水のあの妙な言動も全てこの為でしたか」

 

メイドにあるまじき悪どい顔をしている沙羅に柔らかな笑みと共に鮫島が問いかける。

 

「いえ、あれは結構本気です」

 

一瞬で粛々とした態度に変わった沙羅の返答に鮫島の笑顔が凍った。


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