キャラクターネーム:サクラ   作:薄いの

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転職クエストのようです

月村家、そこには一度として過去にはなかったような微妙な雰囲気が漂っていた。

おろおろするなのは、不機嫌そうな気配を漂わせるアリサ、少しだけ困ったように微笑むすずか。

そして、なぜかカリカリと鉛筆を鳴らしているサクラ。

サクラは一度お風呂に放り込まれたお陰で微妙に髪が湿っている。

汚れたローブが使えないので多少薄着だが、猫にまとわりつかれているのでそれほど寒くはなさそうだ。

 

「なのはが最近妙な行動してたのは魔法少女活動とやらのせいだったのね」

 

アリサが不機嫌なのはそのことを自分に話して貰えなかったからだ。

こちらもサクラの秘密があったからなんとか自分を抑えていられる。

 

「えと、アリサちゃん、抑えて抑えて」

「あたしは別に全く怒ってないわよ、えぇ」

 

怒っているだなんてそもそも言っていなかった。

どう見ても怒ってるよねとは言えないなのはとすずか。

 

「ちょっと位相談があっても良かったんじゃないとか全く思ってないわよ」

「なのはちゃんも巻き込まれちゃうとか考えてたのかも…」

 

事実そうだと分かっていてもとっくにジュエルシードに関わっていたアリサの溜飲は下がらない。

 

「…ん、出来た」

 

今まで全く発言をしなかったサクラが走らせていた鉛筆を止める。

それと同時にメモ帳から一枚の紙を切り離し、掲げる。

その内容はサクラにとっては見慣れた形式のものだった。

 

 

 

【ジュエルシードの回収】必要Lv1~

【依頼者】ユーノ・スクライア

【必要条件】レイジングハートの起動、及び封印術式の行使

【クエスト説明】

事故によって海鳴市全体に二十一個のロストギア、ジュエルシードが散らばってしまったんだ。

今の僕ではジュエルシードの収集が出来ないから手伝って欲しい。

【失敗条件】海鳴市の消失、又は地球滅亡

【成功報酬】特になし

 

 

 

「このクエスト、質が悪すぎるわよ!失敗条件が酷い上にメリット皆無じゃない!」

 

失敗条件が酷すぎることにアリサがツッコミを入れる。

なまじ冗談になっていないせいで全く笑えない。

 

「…きっとジョブ、魔法少女になる」

「転職クエストにしては難易度高すぎると思うわ」

 

机の上に置かれたなのはのレイジングハートが抗議するように発光する。

どうやら初期武器扱いは耐えられなかったようだ。

アリサはサクラのせいで…いや、お陰で色々とどうでもよくなってきた。

 

「はぁ、それはともかくなのははどうしたいのよ?」

 

溜息を一つ漏らすとアリサはなのはに尋ねる。

 

「うん、このままユーノ君のジュエルシード集めを手伝いたい」

「…さっきの子と敵対することも有り得るのよ?」

 

さっきの子という言葉にサクラは今更になって大事なことに気づいた。

 

「…サクラ、名前聞くの忘れた」

「サクラちゃんはなんというか、ブレないよね。次会った時に聞けるといいね」

「…ん、失敗」

 

サクラの発する独自の空気に慣れてしまったなと今更になって思い知るすずか。

のんびりと二人、紅茶に口を付ける。

 

「どうしてジュエルシードを集めているのか聞きたい。あの子と正面からお話してみたいの」

 

なぜか二極化しつつある空気に驚愕しながらもなのはは話を続ける。

あっちの空気に呑まれては話が進まないのだ。

なのはは真っ直ぐにアリサの瞳を覗き込みながら告げる。

 

「アンタ、妙な所で頑固よね」

 

なのはの覚悟が固いことに気づいたアリサ。

思わず自分に力がないせいで関われないことをことを悔しく思ってしまう。

 

「今更止められないんでしょうけど、サクラとすずかはどう思―――」

 

アリサはすずかの意見を聞こうと振り返る。

振り向いた先ではどうやったのか漫画のように瞳の中に星を浮かべたサクラとそれを見て拍手するすずか。

 

「凄いよ!本当に目の中に星があるみたい!」

「…ん、エモーション、まだ出来た」

 

システム的な制約やメニュー画面は殆ど消え去ったサクラだが、変な部分は残っていたようだ。

ちなみにゲーム中では『期待の眼差し』というエモーション名だった。

説明文は『ちょっとした期待を眼差しに乗せて』。

どこをどう見てもちょっとしたでは済んでいない。

 

「だ・れ・が一発芸をしろって言ったのかしら?」

「…痛い、アリサ、痛い」

 

サクラの頭を掴んでアイアンクローの要領で締め付け始めるアリサ。

向き合って頭を締め付けるアリサと『期待の眼差し』状態の星を瞳に浮かべたままのサクラ。

一言で言うならカオスだった。そこに唐突に一匹の小動物が乱入した。

 

「置いていくなんて酷いじゃないか…って、なにこの状態?」

 

置いてけぼりを喰らったユーノが今更になって現れたのだ。

頭上に疑問符でも浮かべそうな程に首を傾げている。

 

「出たわね、災厄の元凶」

「…その言い方はあんまりだと思うんだ」

 

なのはを巻き込んだことは事実なので強く言えないユーノ。

ユーノが現れたことでやっとサクラが開放される。

 

「というかサクラ!あの子にジュエルシードを渡しちゃってどうするつもりなのさ!」

「…ん、あの状態だとアリサとすずか、危ない」

 

下手を打てばアリサとすずかを巻き込む乱闘になる可能性もあった。

『シェルプロテクション』では衝撃までは消せないことは鮫島が身を持って立証した。

あの時した心配は紛れも無く本物であり、極力被弾は避けたかった。

正直ジュエルシードが封印出来るのなら、なのはでもフェイトでも構わなかったという理由もあったが。

 

「いや、まぁそうなんだけどさ、もうちょっとこう…」

 

それでも、あそこまであっさりと渡されてしまうとユーノとしてもどうしても納得出来ないものがあった。

ましてサクラは正体不明、術式不明の魔導師なのかそうでないのかも分からない存在。

ハッキリと言ってしまえば『敵か味方か分からない』だ。

 

「…サクラはアリサの使い魔、普通」

「ごめん、余計意味が分からなくなってきたよ」

 

リンカーコアを持っていないアリサの使い魔になることなど無理だ。

とりあえずユーノはサクラについて考えることをやめた。

アリサの使い魔を自称しているならなのはに害を為すことはないだろうと無理やり納得することにした。

 

 

 

 

 

最近恒例となりつつサクラによる夜間飛行。

溜まったストレスを発散するようにそれを存分に堪能したアリサはご満悦だった。

そして、一大発表をするかのように胸を張り、サクラと沙羅に告げる。

 

「サクラ、次の連休は温泉に行くわよ!」

「…温泉…火山…ん!火竜狩り?」

 

MMORPGの火山マップに形だけの温泉が付いているのはお約束である。

なまじモンスターが出てしまったせいでサクラの残念思考は加速してしまっていた。

 

「サクラ、私はドラゴンステーキなるものが食べてみたいです」

 

そこに燃料を投下するのが沙羅である。

残念ながら本人は割と本気で言っている。サクラが居るならドラゴンが居てもいいじゃないかと。

 

「そんなのが出たらサクラ以外全員死ぬわよ!」

「…アリサ、サクラが守る」

「そ、そう…ってそんなことは今はそれはどうでもいいのよ!」

 

一瞬サクラの守る発言に照れてしてしまいそうになったアリサだが、それはなんとか堪える。

そんなのがゴロゴロ居たらジュエルシードより先に地球が危なかった。

紅葉狩りと言いながら本当に紅葉を狩りに行こうとする外国人のような思考がサクラにはあった。

 

「お嬢様はLvが足りないから駄目なんですよ、サクラ」

「…サクラ、アイテムボックスがないことを悔やむ」

「アイテムボックスには一体なにが入ってたのよ…」

 

そこでよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに『期待の眼差し』を使うサクラ。

 

「流石ですね、サクラ。やはりエモーションは使えたんですね。これで芸風が増えましたね」

「…ん、沙羅のおかげ」

「清水!サクラのこれはアンタのせいだったのね!」

 

サクラの人間離れした瞳から逃れるように叫ぶアリサ。

 

「…モンスターの召喚アイテム、各種揃ってた。アリサ、安全にLv上げ出来た」

 

サクラのアイテムボックスが封印されていたことにアリサは心から感謝した。

 

「…これじゃ、ケーキモンスターしか召喚出来ない」

「ケーキモンスター、心惹かれる言葉ですね」

「…ん、Lv1のイベントモンスター。イベントの上位報酬スキル。経験値入らないけど、ショートケーキ、ドロップする」

 

元々はゲーム内の各所で大小の大きさのクリスマスケーキが暴れまわるという内容のクリスマスイベントで配布されたスキルであり、攻撃力皆無のケーキモンスターを召喚するというネタスキルだったらしい。

ドロップのショートケーキも多少のHPの回復という殆ど使えないアイテムであったようだ。

ここまで聞いたアリサの脳内にとある考えが浮かぶ。

ニヤリとアリサは口元を歪ませながらその考えを口に出す。

 

「今から十秒後にそれを使っていいわよ」

 

アリサはそれだけ言うと脱兎の如く部屋の外に逃走する。

――相も変わらずその口元は歪ませたまま。

 

「『聖夜の狂乱』」

 

サクラの言葉と共に部屋中に大人一人サイズ程のホールケーキにデフォルメされた足と目が付いたモンスターが部屋に数体現れたのを見届けて、アリサは扉を閉めた。

数分程沙羅の叫び声が屋敷中に木霊し続け、それが止んだ後にアリサが部屋を覗きこむとモップを床に突き立て、肩で息をしながらぐったりとした沙羅の姿。

更には丁寧に包装されていたお陰で綺麗なままのショートケーキが部屋の各所に鎮座していた。

どうやらこのメイドは自力でケーキモンスターを打ち倒したようだ。

その姿を見て、これはお仕置きには使えると確信したアリサであった。

 

後にショートケーキの味自体はとても良かったことから屋敷の各所で時折ケーキモンスター狩りが行われることをアリサはまだ知らない。

バニングス家の使用人たちはアリサが思っていたよりずっと逞しかった。




魔法少女ジョブは年齢によって派生します(小声)

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