テレビに映る姿に憧れた。多分、それが最初だ。
力無き人々を守るため、己の正義を貫く姿勢。幾度も困難に襲われようと、歯を食いしばって立ち上がる。
それが創作のものだと理解してなお、"誰かの為に"という理念は残り続けた。
心が折れたのは、中学生の時。
いじめられていた同級生を助けに入り、結果として次の標的になった。助けたはずの少年に、笑って金属バットで殴られた時だ。
片腕と一緒に、自分の心がポッキリと折れたのを自覚した。
それからの人生は、思い返すほどのこともない。周囲に合わせ、適当にお茶を濁して"やり過ごす"ばかり。無難な高校生活、程々の大学生活、そして歯車になって生きる社会人生活。
すっかり自分の心を殺すことに慣れ、いつも通りの出勤ルートを歩く。
ふと、視界に小さな子供が入った。通勤ラッシュの時間帯に珍しい。何とはなしに、眺めて気付く。子供と手を繋いでいる女性。妊婦だ。ああ、そういえば、近くに大きな病院があったか。
納得し、視線を前に戻そうかというタイミングで、見えてしまった。
突然、母親の手を振り解き駆け出す子供。車道に。
気付いた時には、迫る車に驚いて棒立ちになる少年を、母親の方へ放り投げていた。
衝撃。視界が回る。ぐにゃりと歪んだ視界。何か聞こえるような、聞こえないような、よくわからない感覚。
歪む景色の中、ああ、これは死ぬなと、他人事のように考えた。
うっすらと、声が聞こえてきた。どこかで聞いたような。目を凝らすように、声の主を見る。オフィスで見かけたことのある顔のようにも見える。違うかもしれない。
「あ、の子、は」
どうにか絞り出した声は、届いてくれたらしい。
「無事だよ! だから、キミも助かれ!」
無茶を言う。既に身体の感覚は無いし、視界もブレーカーが落ちたように突然ブラックアウトした。
なんだかおかしくて、でも、自分が笑っているかわからない。
でも。
ああ、うん。
やっぱり俺は、ヒーローになりたかっ──
◆ ◆ ◆
騒々しく鳴り響くアラームに、少年はパチリと目を開ける。
「……あー、久しぶりに見たな」
呟き、スマホを操作して音を止め、背伸びをひとつ。大きく息を吐いて、毎朝の習慣をこなしていく。
手指の関節をひとつひとつ丁寧に折り曲げ、続いて手首、肘、肩と動きを確かめるようにゆっくり回していけば、眠気は消えて頭の中がクリアになる。
時計を見て、彼は素早く計算していく。朝に弱いことを自覚して早めに鳴るようセットしたおかげで、時間に余裕はある。素早く結論を出して、シャワーを浴びることに決めた。
寝間着にしていたらしい着古したシャツとズボンを洗濯機へ放り込み、"金色の尻尾"がぶつからないように手で抑えながら浴室へ入る。
そう、尻尾である。金色のフワフワでモフモフな尻尾。しかも、9本。
端的に言えば、彼は生まれ変わった。今生の名を、
目鼻立ちの整った中性的な顔立ちながら、鍛えられ引き締まった肉体と高い身長は逞しい男性らしさがあった。耳と尻尾、そして髪色は揃って黄金色。
この耳と尻尾とは、彼が4歳の頃からの付き合いである。
彼が新たに生を受けたこの世界。前世と同じ日本であり、地球である。しかし、大きく異なる点として挙がるのが、"個性"という存在。
中国で生まれた「発光する赤子」が最初とも言われる、超常の力を身に着けた人間。人類が進化しているのだと言う学者も居て、事実、世代を重ねる毎に発現者は増えた。今や世界の8割が何らかの"個性"を持っている。
彼もまた、その1人。異形型と分類される中でも"よくわからない"と評判の怪異系、【九尾狐】である。
異形型は、身体の一部に別の生き物や物質の特徴を有するのだが、怪異系、あるいは好意的に幻想系とも呼ばれる"個性"が存在する。彼の九尾狐や、有名所だと海外で人気のヒーロー
その本質は、"伝承の再現"にある。先ほど挙げた
九尾狐、日本の三大悪妖怪"玉藻の前"や、古代中国の"妲己"などの悪役でもあり、里見八犬伝の"政木狐"のように功徳を積んだ存在でもある。中国で霊獣としても数えられる、なかなかのビッグネームだ。
動物じみた身体能力もさることながら、九尾狐の真価は"妖術"にある。科学万能の時代にあって、お札に術式を書き込んだり呪文を唱えて力を発揮する。
彼が独白する言葉で表せば、「自分だけ別ジャンルのゲームに無理矢理出演させられている気分」らしいが、実は中身を紐解くと、実際にはファンタジーとは言い難い部分もある。
結局のところ、便宜上"妖気"と呼んでいる未観測のエネルギーを使って、術式という変わったプログラムを実行している。とはいえ、妖気の扱いはひとつ間違えると大惨事になるもので、彼は過去の失敗から、力の制御という分野においては並々ならぬ努力を重ねている。
「ふぅ」
シャワーを浴び終えた優幻は軽く水気を拭き取ると、用意しておいた呪符を発動した。すぐに温風で満たした空気のカプセルが全身を包み、穏やかな動きで流れはじめる。
有用な個性をドライヤー代わりに使いつつ、昨夜のうちに仕込んでおいた朝食を準備していく。手付きは淀みなく、タイマーで炊き上がった白米を茶碗に盛り、冷蔵庫から出した冷奴とほうれん草の胡麻和えはそのままテーブルへ。よく味の染みた筑前煮と薄めに調整したサバの塩焼き、出汁をしっかりとった油揚げの味噌汁は、器に入れて呪符を使って温めなおす。
食卓の用意が出来上がる頃には、毛の多い尻尾もきちんと乾いているので、手早く制服に着替えて席につく。
「いただきます」
いつも通りの朝食で、優幻の自覚していなかった緊張がほぐれていく。
今日は、主観で2度目となる高校入試。ただ、前世では"受かる所"に漫然と行っただけだが、今回は違う。国内最高、いや、世界的に見てもトップクラスの難関校に挑む。何せ、300を超える倍率などそうそう無い。
そんな人気難関校となった背景にも、個性の存在がある。
個性を活用した職。災害から人々を助け、個性を悪用する犯罪者、"ヴィラン"を捕まえるヒーロー。
まるでアメコミのような存在が現実に、そして身近にある。子供たちが憧れ、目指すのも当然かもしれない。中でも、トップをひた走るオールマイトを筆頭に、有名どころを数多く輩出しているのが、雄英高校だ。志願者が多いのも納得と言える。
その授業内容は厳しいがしかし、ヒーローとなるため、夢を叶えるためならば苦難こそ望むもの。そう考える優幻にしてみれば、選択肢などあって無いようなものだ。
決意を新たにしつつも、つつがなく食事を終えて食器を洗う。
「……受験票よし、筆記用具よし。着換えに、呪符。うん、大丈夫」
最後に身だしなみを整えて荷物の中を点検し、一度深呼吸。
──初心忘れるべからず。今度は、諦めない。
「……いってきます」
誰も居ない空間に向かって呟き、家を出た。