ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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10 事後事前

 1日の臨時休校を終えた翌日。

 1年A組の教室は、すっかり活気を取り戻していた。

 

「おはようお前ら」

「相澤先生! って、両腕に包帯が」

「まあ両腕粉砕骨折だしな。婆さんの治癒だと急激に治るから変なくっつき方することもある。よく覚えとけ緑谷」

「はっ、はいっ!」

「それと狐条(こじょう)。俺の頭蓋骨骨折と13号の裂傷の治療、ご苦労だった。回復できる個性は有用だ、その辺も伸ばしていけ」

「わかりました」

「そんでもって、まだ戦いは終わってねえ」

 

 相澤の告げる言葉に、一瞬で教室内が緊迫した空気に包まれる。

 

「雄英体育祭が迫ってる」

「「クソ学校っぽいのキター!」」

 

 が、維持されたのは数秒だけだった。

 

「ちょ、ヴィランに侵入されたばっかなのに、大丈夫なんですか?」

「逆に開催することで、雄英の危機管理体制が盤石だと示す、って考えだ。実際、警備は例年の5倍まで増やすらしい。何より、雄英体育祭は最大のチャンス、ヴィランごときで中止していいイベントじゃない」

 

 雄英体育祭は、かつてのスポーツの祭典と呼ばれたオリンピックが、個性の登場によって競技人口が激減し下火となった現代で、人々が熱狂するものとして台頭してきた。個性をフルに使った、ヒーロー候補生たちの競技は見ている者の心を盛り上げる。

 全国に中継されるこの催しは、当然プロヒーローも見る。それも、スカウトを目的として。これこそが相澤の言う"チャンス"だ。

 活躍すれば、より名のあるヒーローからスカウトされる可能性が高い。有名なヒーローは相応の仕事をしているので、学べることも多く高密度になるのだ。

 

「開催まで2週間。時間は短いが、より多くの活躍ができるよう、やれることはやっておけ。いいな」

「「はいっ!」」

 

 告げられたビッグイベント。これまでテレビ越しに見ていた舞台に立ち、更には将来へと繋がるとあって、生徒たちはやる気に満ちていた。

 浮足立ってしまわないあたりが、難関校に合格した所以だろうか。

 

 

 

 そして、昼休み。

 

「私、頑張る!」

 

 固く握った拳を掲げ、普段のうららかさをかなぐり捨てた麗日の面倒を、仲の良い緑谷と飯田に押し付けた優幻(ゆうま)は、同じく謎のテンションについていけなかった葉隠と共に、食堂へと来ていた。

 

「お茶子ちゃんどうしたんだろね。なんかキャラがブレブレだったけど」

「考えられるのは体育祭だが、何がどうしたのかさっぱりだ。乙女心はよくわからん」

「いやー、あれは乙女心じゃないと思う。というか乙女がしちゃいけない顔になってたね」

「お、葉隠に狐条。ここの席、いいか?」

 

 すするそばから消えていくラーメンに優幻が疑念を抱いていると、横あいから声がかけられた。

 

「泡瀬くんだ。ヤッホー!お連れさんもどうぞどうぞ」

「はいはい。まとまった席空いてなくてさ。助かったわ」

 

 声をかけた泡瀬に続き、大柄な男子と背の高い女子、小柄な女子と席についていく。

 

「はじめましてですな。宍田獣郎太と申します」

「取蔭切奈、よろしくー」

「小森希乃子でぃす。よろしくどうぞ!」

「葉隠透、見ての通りの見えない透明人間だよ!」

「気に入ったのかそれ。狐条優幻だ、よろしく」

「話には聞いてるよ。ウチの拳藤が骨抜きにされた男、って」

 

 簡単な自己紹介を済ませたところで、取蔭がニヤリと笑って告げる。よくよく見れば、小森も悪戯っ子のように目元だけが細められていた。

 

「ふむ。……拳藤だけではないがな。そこの葉隠も、私の肉体に溺れたうちの1人さ。どうだ、君たちも体験してみるか?」

「言い方! 狐条くん言い方! 誤解を招くよ!」

「そうは言ってもな。入学早々に麗日と一緒になって私に抱きついてきただろう。ふふ、取蔭、小森。安心したまえ。優しく包み込んであげるとも」

「なんか卑猥ですぞ!」

「ちっ、動じないタイプか。……悪かったよ、謝る」

「そうか。ちょっと楽しかったんだが。ああ、尻尾が気になるなら別に触っても構わんよ」

「わ、いいの? 実は一佳ちゃんから聞いて気になってたの」

 

 パッと表情を輝かせるのは小森。しかし取蔭も気にはなっているようで、視線が尻尾へと向かっていた。

 

「一佳のやつ、ベタ褒めだったからな。1本持って帰りたいとか言ってたし」

「さすがに切り取られるのは勘弁してほしいな」

「そうだよ! 狐条くんの尻尾はみんなのものなんだから!」

「私のものだ葉隠」

 

 呟くような優幻のツッコミに笑いが起きる。

 

「しかし、そういった尻尾は羨ましいですな。選択肢が増えそうで」

「いや、そうでもない。ウチの尾白なんかはかなり自在に尻尾を扱えるんだが、私のは少し動かす程度でな。対応は考え中だが、現状だと人を運ぶくらいしかできん」

「充分だろ。災害現場なんかで怪我人運びながら両手空けれるって超便利じゃねーか」

 

 うどんを食べ終えた泡瀬の言葉に、ピタリと全員の動きが止まる。その表情は、一様に驚愕。

 

「あ、泡瀬くんが建設的な意見を……!?」

「あ、ありえませんぞ……」

「まさか、ニセモノ?」

「言いなっ! 泡瀬をどこにやったぁっ!」

「返せ、私たちの知るおバカな"板金屋"を返せ!」

「なんでだ! そういうおバカキャラは鉄哲の役目だっつの! あと板金屋言うな狐条! 俺はホンモノだ!」

「「知ってる」」

「何で息ピッタリだ! 初対面だろオメーら!」

「いやあ、泡瀬くんはイジられキャラだから、つい」

「つい、じゃねーよ葉隠!」

「意外だったのは事実だからな」

「はっ倒すぞ狐条ぉ!」

 

 律儀なまでに反応する泡瀬のおかげで、笑いが満ちる。

 日常に戻ったことを実感させる、平和な昼休みだった。

 

 ちなみにこの後、取蔭と小森、ついでに葉隠は優幻の尻尾に運ばれて教室に戻ることになる。葉隠に至ってはぐっすりと眠って。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 放課後。

 教室の扉を開けた麗日の眼前には、異常な光景が広がっていた。

 

「な、何事!?」

 

 ひしめく人の群れ。通行できないほどの群衆がそこに居た。

 

「出れねーじゃん! 何しに来たんだよ!」

「敵情視察だろザコ。体育祭前にヴィランと戦ったっつー連中見に来たんだろ」

 

 しかし、怯むことのない男が1人。暴君の呼び名高い爆豪である。

 

「緑谷ぁ……」

「あれがかっちゃんのニュートラルだから」

「うっせえぞザコ解説すんなクソナード! あと意味ねぇからどけモブども」

「流れるような暴言はやめたまえ!」

 

 飯田の忠告もどこ吹く風といった爆豪。その前に、1人の男子生徒が現れる。

 

「どんなもんかと見に来たけど、随分とえらそうだなぁ。ヒーロー科ってのはみんなこんなのなのかい」

「……あんなのが大勢居てたまるか。世界が崩壊するわ」

「ンだとこらクソ狐ぇ! てめえも頷いてんじゃねえぞクソ髪コラァ!」

「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ。……普通科とかって、ヒーロー科落ちちゃって入ったヤツとか結構居るんだよね。

 知ってた? 体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。逆もまた然り、らしいよ。

 敵情視察? 少なくとも俺は、調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞ、っつー宣戦布告に来たつもり」

 

 睨みつける男子生徒に対し、爆豪もまた睨み殺さんばかりの鋭い眼光を向ける。

 

「オウオウオウ! 隣のB組のモンだけどよう! 心配して来てみりゃあエラく調子のっちゃってんなあオイ! 本番で恥ずかしいことになんぞ!」

「あ、鉄哲くん」

「オーウ! 葉隠尾白、ついでに狐条! 元気そうで何より!」

「私はついでか」

「テメーは昼間会ったろ」

 

 颯爽と現れた鉄哲は、さっぱり爆豪を置いてけぼりに葉隠や尾白の無事を喜び、笑顔を見せた。

 爆豪の方も興味がないのか、そのまま無視して人混みを掻き分けていく。

 

「……ってオォイ! 待てコラどうしてくれんだ! オメーのせいでヘイト集まりまくってんじゃねえか!」

「関係ねえよ。上に上がりゃ、関係ねえ」

「くっ……! シンプルで男らしいじゃねえか……!」

「オイ騙されんな! 無駄に敵増やしただけだぞ!」

「切島ちゃん、そのうち壺とか買わされそうね」

 

 そんなクラスの喧騒など知ったこっちゃないと、爆豪はそのまま教室を出て行ってしまう。

 

「随分ととんがったヤロウだな、ありゃ」

「B組にもさすがにあそこまでのは居ないか」

「居て堪るか、って言いてえトコだけど、別ベクトルで面倒臭いのは居るなあ。拳藤がぶん殴って大人しくなるから、まだマシだけど」

「ヒーロー科は基本、みんなキャラ立ってるからね」

「オメーはもうちっとキャラつけろよ尾白」

「なあ、鉄哲。拳藤あたりと爆豪、トレードしないか?」

「フザケんな、ブラド先生の胃に穴開くわ。むしろウチの面倒代表の物間を引き取ってくれ。交換とかケチなこと言わねえから」

「昼間見たよ、あの面白面倒臭い男だろう。ああいうのは離れて見るから面白いんだ。近くには要らん」

「たいがい酷いな君ら」

 

 尾白のツッコミに頷く面々というコントじみた光景を見て、これ以上ここに留まっても得られるものはないと判断したのか、人垣が徐々にまばらになっていく。

 

「で、えーと、どちらさん? 話の流れ的にB組だとは思うけど」

「ヒーロー科1年B組、鉄哲徹鐵だ。個性は皮膚を金属みてえに固くする"スティール"! ヨロシク!」

「だだ被りじゃねーか! ただでさえ地味なのに! しかもアッチは見た目変わってわかりやすい!」

 

 ガチリと腕を鉄色に変えた鉄哲の姿に、切島の嘆きが木霊する。

 

「気にすんなよ! 派手に働きゃいいじゃねーか! それに地味だとヘコむのは尾白クラスまで行ってからにしろ!」

「とばっちり!?」

「……そうか、そうだよな。へへ、もっと地味なのが居るんだ。ここで挫けちゃいられねえ!」

「ああもう、お前らブッ飛ばすぞ!?」

「大丈夫、尾白くんより私、目立たないから」

「葉隠さんはそうかもだけどね! ありがとう!」

「以前言っていた、入試でチーム組んだ1人なんだ」

「君はもうちょっと興味持ってくれ狐条!」

「なるほど、共にヒーローを目指す仲間でありライバル! 尾白くんの地味さはさておき、よろしく鉄哲くん!」

「飯田まで乗っかるな頼むから。しまいには泣くよもう」

 

 ニヤリと笑う鉄哲と切島、そして優幻。しかし飯田はキョトンとしており、素の発言だったらしく尾白は余計にヘコんだ。

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