体育祭1週間前。
生徒各人は当日へ向け、さらなる強化をと放課後も特訓に勤しんでいた。
「お、緑谷と
雄英の訓練室の1つ、各種トレーニング機器の置かれた部屋の前で
「うん、僕はいつもと違うトレーニングで気分転換しようかと」
「気分転換が筋トレというのもなかなかだな。私は弱点であるフィジカル面の強化だな」
「そか。ま、こういうのも何かの縁だし、手伝えることあったら言ってくれな。俺も頼み事するかもだけど」
「お互い様、というやつだろうさ」
少々引っ込み思案ながらも優しく協調性のある緑谷、他人を弄くりつつも細やかな気配りのできる優幻、見た目に反して気さくで面倒見の良い切島という3人であるがゆえ、無用な諍いも衝突もなくトレーニングは始まる。
問題が起きないどころか、それぞれにアドバイスしあうことでより良いトレーニングに繋がり、ひっそりと緑谷などは(かっちゃんだとこうは行かないな……)などと本人に聞かせられない感想を抱いていたりもする。
「弱点、っつってたけど、狐条も結構鍛えてるな」
水分補給はしっかり、ということで、揃って小休止を挟む3人は持ち込んだスポーツドリンクを片手にしていた。
「私としては、緑谷が意外だ。パワー系の個性の場合、体格もそれに準じるケースが多い。砂藤がいい例だな。だが、緑谷は当て嵌まらん」
「えっと、僕は個性が発現したのって最近だから……」
「でもよ、個性の発現って4歳くらいまでだろ?」
「……いや、納得した。緑谷の個性、身体にかなりの負担がかかるようだし、無意識にセーブしたと考えても不思議ではない。骨が折れる"程度で済む"ようになったから、使えるようになったとすれば、最近まで発現しなかったのも頷けるよ」
「あー、なるほどな。ホントは発現してたけど使えなかった、っつーワケか。取説とかねーもんな。……あれ、そいじゃ緑谷って、習熟期間とか少ない状態で試験受かったってことか? スゲーな!」
「あ、ありがとう切島くん。でも、まだまだだよ。相澤先生の言うとおり、いつまでも制御できません、ってわけにはいかないし」
グッと右手を握りしめ、その拳を見つめる緑谷の姿は固い決意を感じさせるものだ。
「ひとつ、思ったことを言わせてもらうぞ、緑谷。お前さん、個性の発動に"タメ"がある。てっきりそういう条件が要るのかと思ったが、最近発現したのなら、もしかして"個性を使うぞ"って考えてないか?」
「え? そ、それはもちろん。皆もそう、じゃないの?」
「俺の場合はこう、グッと力む感じだな。あんま意識はしねえや」
「私もだ。あくまで身体の延長線に捉えている。このあたりの感覚は長年培ったものではあるので、緑谷の場合"意識しすぎている"のが問題なのでは、と思ってな。"さあ使うぞ"って具合には考えていないし」
「……そうか個性はあくまで身体機能の1つであって必殺技みたいなものじゃあないんだもっとフラットに捉えてみんなの動きを参考にかっちゃんみたいに考えてここぞと言う時に使うんじゃなく普段から力を行き渡らせて切島くんの言うように少し力むように強めるように……」
2人の言葉から天啓を得たらしい緑谷は、傍らのバッグからノートとペンを取り出し、ブツブツと呟きながら一心不乱に何事かを書き込んでいく。
「……少し、そっとしておいてやろうか。考えを纏めるのに忙しそうだ」
「お、おう。つかすげえな、狐条。緑谷の"タメ"とか、全然気付かなかったぜ、俺」
「その辺は個性ゆえ、だろうなあ。事象の観察と分析が術式を組む上で必須だから──」
「これだっ!」
考え出して間もなく、緑谷の声が響く。立ち上がった彼は、個性使用時に見られるライトグリーンのスパークを全身に纏う。
「全身、にっ! ひゃく、パーじゃなく、って、ほんの、ちょっとだけ、うわっぷ!」
「緑谷!」
小さな光が幾度か瞬きはしたものの、すぐに弾けてしまった。そのまま仰向けに倒れた緑谷に、切島と優幻が心配そうな表情で駆け寄る。
「大丈夫か、緑谷?」
「あはは……。うん、怪我は無いみたい。でもこれ、保つだけでも大変だ……」
「なるほどなぁ。全力だと折れる、制御に気を回せば遅い。だから小さくずっと、か。だがそれは、スプーンにピンポン玉乗っけて動くようなものだろう。かなり緻密に制御せにゃならんぞ」
「100か0か、っつーなら分かりやすいけどな。でも、今の緑谷にできる範囲じゃ最善じゃねーか?怪我せずに強化、つまりは鍛えて扱える上限が増える度に強くなるってことだろ」
「何事も一朝一夕にはいかないものだしな。それに、加減しなきゃならん場面でも有効だ」
「そう、だね……。いつも全力でいいわけじゃない。プロの現場は、いろんなことが求められるし。……ありがとう、狐条くん、切島くん。2人のアドバイスのおかげだよ」
名前を呼ばれた2人は揃って顔を見合わせ、笑う。
「オメーが考えたんじゃねーか。なら、そいつは緑谷のアイデアだろ」
「参考にはなったかもしれんが、答えを出したのはお前さんだ。謙遜も過ぎれば嫌味だぞ」
「き、気を付けマス……」
「しかし、機転のきくヤツだとは思っていたが、少しの情報から広げる発想力は見事なものだ。面白い、少し合同訓練と行こうか」
「え!? いいの、狐条くんだって体育祭に向けて色々あるんじゃあ……」
「俺も乗った! 何が新しい発見に繋がるかわかんねーし、"一緒に鍛え"りゃあいいんだよ!」
「ふ、2人とも……」
元より涙腺がブチ切れた母親の血を継いだ緑谷出久である。感激のあまり、大量の涙で床を濡らしてしまうのも無理もない。
「オイオイ、泣いてる場合じゃねえだろ。後1週間しかねーんだ。気合入れろよ緑谷!」
「──うん!」
少年たちの姿を見た見回り中のミッドナイトが身悶えしていることに気付かぬまま、早速彼らはトレーニングを再開するのだった。
◆ ◆ ◆
雄英体育祭3日前。トレーニングルーム。
プロヒーローにして教師であるスナイプが扉を開けたそこには。
「……何があった?」
先端が吸盤になった矢を額に突き立てて倒れる緑谷出久。
謎の青い液体に全身を濡らして意識を失った様子の切島鋭次郎。
セメントらしきものに拘束されて横たわる狐条優幻。
「いやホントに何やってたんだ」
ともかく順々に起こしていき、ついでに金色の尻尾ごと拘束していたセメントを撃ち砕いてやる。
「体育祭に向けて特訓してました!」
「それは何となく予想つくがな。……まあ、いい。その様子だと知らんみたいだが、今電車動いてないぞ。ヴィランが暴れた影響で線路と電線がかなりやられてな」
「ええっ!? ……わ、ホントだ、帰れない!」
スナイプの言葉を受けた緑谷が急いでスマホを確認すると、雄英高校近くの線路が被害を受け、最寄りの駅からの電車が全て止まっているというニュースが。同時に、母からの心配するメッセージも大量に届いていた。
「それで校内を回っていてな。迎えを頼めるならいいんだが、そうでないなら学校に泊めてやらなきゃいかん。お前ら同様に体育祭に向けて居残ってるヤツは多いから、人数を確認して割り振らないと厳しくてな」
「……僕のところは、迎えに来てもらうの無理です。母は免許持ってないので」
「俺んトコも無理ッス。丁度オヤジが出張に車、乗ってっちまって」
「ふむ。もし良ければ、ウチに来るか? 徒歩約20分、予備の布団もあるから、2人くらいなら何とかなるぞ」
優幻の提案に、真っ先に賛成したのは意外にも、教師のスナイプだった。
「頼めるならそうしたほうがいい。学校ってのは案外眠れる場所が少なくてな。寝具も、非常時用に数を揃えてはいるが質は良いとは言えん。疲れはどうしても残るからな」
その言葉に後押しされ、急遽3人の"お泊り会"が決まった。
シャワーを浴びて、念の為に職員室の相澤に事の次第を報告した彼らは、一路優幻の自宅へと向かう。
「途中で食材を買って行こうか。疲れているし、肉と魚と野菜を買って、切って焼いて添えるだけといこう」
「ザ・男の料理、って感じだね」
「あと、服は貸せるがさすがに下着は買っといてくれ」
「おう、いくらなんでもそこまで世話になれねーって」
途中のスーパーで、ハードな運動後の男子高校生らしく大量の食材を買い込み、辿り着いたのは。
「こ、こ、高級マンションだ……」
「……マジか」
重厚感溢れる内装のエントランス。佇む制服姿の高校生の手には、庶民の味方をうたうスーパーの袋。
「やべえ、緑谷。場違い感がパねえ」
「なんか一周回って恥ずかしさとかは無くなっちゃうや」
「2人とも、置いてくぞ」
先導する優幻に慌てて2人は後を追う。広々としたエレベーターに、絨毯の敷かれた廊下を経て、部屋に入っても2人は落ち着かないままだった。
「玄関からして広いな」
「えっと、狐条くん。お家の人は? 挨拶しときたいんだけど……」
「言ってなかったか? 私は一人暮らしなんだ」
「地方から出てきたクチか? っつっても、こんなマンション用意するとかすげえな」
「いや、ここは私個人の資金で用意した。何分、母親は昔に男を作って行方知れずだし、父親に至ってはどこの誰かわからんからな」
「とんでもねー話まとめてブッ込んでくんのやめろ! ツッコミが追いつかねー!」
優幻の母親は、結婚時に夫以外の男性との間に子供をもうけて、結果離婚。事が事だけに母親の両親も見限ってしまう。その後、優幻が中学校に入る直前に「彼氏が子供とか要らないって言うから」と、優幻を置き去りに姿を消した。
普通なら色々な行政機関が動くような状況だが、優幻の中身は普通ではなかった。前世にあって今生の世界に無いものを企業に売り込んだり特許をとったりと、独力で生きる環境を作り上げたのである。
「生きていくには困らんから、後は夢を追いかけようかとな。ああ、親の件は気を使わんでくれ。正直気にしてないというか、興味すら無いんだ。……あ、服はこれ使ってくれ」
「お、おう……。本人がいい、ってんなら口出すことじゃねえか。……ただのTシャツなのに微妙にセンス良いな」
「それはどうも。制服と体操着はまとめて洗濯機に突っ込んどいてくれ。寝る前までには終わる」
「今洗っちゃったら乾かないんじゃ……」
「素材別の洗濯、乾燥からアイロンがけまで、術式は組んである。心配いらないさ」
「ハイレベルなことやってるはずなのに所帯じみてる……」
それでもどこか楽しそうにしながら、着替えて料理に取り掛かる。
「狐条、冷蔵庫開けるぞ、ってなんだこれ。油揚げ多すぎだろ。2段埋まってんじゃねえか」
「やっぱり好きなんだ、油揚げ」
「うむ。1日に5枚は食べないと気が狂う」
「そこまで!? で、でも美味しいよね。僕も好きだよ、きつねうどんとか」
「あれはダメだ。何かこう、共食いっぽいだろう、名前的に」
「さっぱり同意できんわ。名前が違ったらいいのか」
「だから、ランチラッシュに"揚げそば"と"揚げうどん"に変えるよう嘆願書を出しておいた」
「そこまですんのかよ!」
広々としたキッチンをフル活用し、迅速な役割分担で肉と魚を焼き、野菜は洗って切ってサラダに仕立てる。米は時間の都合で、冷凍してあったものを使用。
緑谷も切島も、多少は料理の心得がある。ヒーローが災害現場で料理を作らねばならない場面はままあることなのだ。
「うし、完成!」
「洗い物は浸けておいてくれ。半自動だ」
「ここでも……! 普段から個性を使うことに慣れることでより自在に扱えるようになるのかつまり」
「緑谷、後だ! もう腹減ってしゃーねぇ。とにかく、食おう!」
肉はシンプルな塩胡椒での味付けと、漬け込みまではしていない生姜焼き風。魚はシンプルな塩焼きと切っただけの刺し身、ただし種類は豊富で、アジにサバ、カツオにイサキにサヨリ、ついでにタイムセール中だったカンパチ。サラダは旬の野菜をふんだんに使ったもので、手間の割に賑やかでいい感じの食卓に仕上がった。
「では」
「「「いただきます!」」」
運動後の男子高校生の食欲は異常である。性格ゆえに公平に分け合いながらも、凄まじいスピードで料理を消費していく。
よく噛みつつも速く食べるという行動のせいか、誰も一言を発しないまま、それぞれ最後のひと切れを口にし。
「「「ごちそうさまでした!」」」
静かな嵐。そう形容せざるを得ない夕食は終わった。
「くぅ、状況もあってかスゲー美味かった」
「みんなして凄い勢いだったね」
「空腹ゆえ致し方無し、だ」
食後に焙じ茶をチビチビと飲みながら、まったりした空気を楽しむ。
ちなみに、食器も全て優幻の個性による洗浄であっさりと片付いた。
「狐条の個性って汎用性高いよな。やれること多いってのは羨ましいわ、やっぱ」
「その分、瞬間的な力に乏しいのが課題だがな。切島の防御を突破しようと思うと、どうしても時間がかかる」
「時間かけりゃできる、ってのが脅威なんだけどな。参考までに、どんな風にやるのか聞かせてくれねえか」
それぞれがヒーロー志望であり、向上心も高いとあって、自然と話の内容は各自の反省と改善方法の模索へと変わる。
「大きくは2つ。力を溜めた上での大打撃か、ダメージの蓄積だな。大打撃を狙うのは外すリスクもあるし、あまり好みではない。たとえ1%しかダメージを与えられずとも、100回200回と当て続ければ、不死身の怪物でもない限りいつかは倒せるだろう?」
「そりゃあまあ、そうだけどよ。いくらなんでも、ただ黙ってやられたりしないぜ?」
「そこはやり方次第だと思うよ。狐条くんの場合は拘束手段も多いし、理にかなってると思う。切島くんの個性も"耐えて反撃"ってできるから、通じるところがあるんじゃないかな」
「緑谷にも言えるさ。モノになりつつある全身強化で躱しながらのヒットアンドアウェイができるだろう。尾白あたりが参考になるんじゃないか」
「対人戦闘を視野に入れるなら、やっぱ格闘技とかやった方がいいんかね。何か参考にできそうなのとかあるか?」
「おすすめはバトルヒーロー・ガンヘッドかな。遠距離向きの個性だからこそ、彼の格闘技はいろんな人に応用がきくんだ。あと、エクトプラズム先生も格闘戦は強いはずだよ。相澤先生は、ちょっと特殊だけど距離感の掴み方とか参考にできるんじゃないかな」
「おお、流石のデータ量。先生らには明日相談してみっかな」
「個性を上手く使うのも大事だが、やはり地力を鍛えんとなあ。砂藤や障子ほどではなくとも、筋肉が欲しい」
「確かに。鍛えてねえわけじゃないんだけどなー。飯田とか尾白もガタイ良いよな。どんなトレーニングしてるか聞いてみっか」
こうして、高みを目指す少年たちの夜は有意義に過ぎていく。
浮いた話が無いのはご愛嬌、だろうか。