ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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12 体育祭・障害物競走

 遂に迎えた、雄英体育祭当日。

 

「みんな、間もなく入場だ! 準備はできているか!?」

 

 A組の控室では、今日も飯田は飯田だった。

 緊張を紛らわせる者も居れば、普段通りといった風情の者も居る。

 

「緑谷」

 

 そんな中、緊張からか胸を押さえる緑谷に近付く影があった。轟焦凍である。

 

「客観的に見ても、実力は俺のが上だと思ってる。……お前、オールマイトに目ぇかけられてるよな。詮索するつもりはねえが、お前には勝つぞ」

 

 思い思いに過ごしていたクラスメイトたちの視線が、突然の宣戦布告を行った轟に向けられた。

 

「急にケンカ腰でどうした? 直前にやめろって」

「仲良しゴッコじゃねえんだ、いいだろ別に」

 

 慌てて割って入る切島にも、轟の反応は冷徹だった。

 しかし、緑谷の瞳には怯んだような色はない。

 

「そりゃあ、君の実力の方が上だと思うよ。自分の個性の制御も覚束ない僕は、体力テスト同様に、そもそもクラス最下位だと思う。……でも、君が何を思って僕にそんな事を言うかのかはわからないけど、負けるつもりなんて無い……! B組も他の科も、もちろんこのクラスのみんなだって、トップを狙ってる。だから、僕も本気で、獲りにいくつもりだ……!」

「……おぉ」

 

 普段はあまり前に出ようとしない、そんな性格の緑谷は、いつもと違って真っ直ぐに、力のこもった眼差しを向けた。

 

「……轟よ。まるで私たちなど眼中にないとでも言わんばかりじゃあないか? いくらなんでも、そこで黙ってはおれんぞ」

「そうだぜ! オイラたちを甘く見んなよ!」

「そういうわけじゃねえ。お前らがどいつもこいつも油断ならねえ面倒な相手だってのはわかってる。特にてめえはな。……これは俺の勝手な事情だ」

「そうかい。何があるのか、私としても詮索するつもりはないが……。お前さんの事情も気持ちも、まとめて踏み越えるとしよう。情け容赦、手加減躊躇い一切無し、だ」

「ああ。俺も、そのつもりだ」

 

 不敵に笑う優幻(ゆうま)の獣じみた眼光も、轟は真正面から受け、睨み返す。

 体育祭は開始前から、既に火花が散っていた。

 

「……あれ、オイラ無視?」

「諦めろって峰田。イケメン轟と美系狐条(こじょう)の間にゃ、オメーは入れねえって」

「うっせーよ瀬呂! お前だって似たようなもんじゃねーか!」

「ンだとこら!」

「お前ら落ち着けって」

「「うっせえタラコ唇!」」

「ブッ飛ばすぞお前らぁっ!」

 

 一部で場外乱闘が起きつつあるが。

 ともあれ、戦意は充分。そして、時間もちょうど良く。

 

「皆! 前哨戦はそこまでだ! 入場するぞ!」

 

 飯田の号令にそれぞれが席を立ち、控室を後にする。

 薄暗い廊下の先。強い光に満ちたスタジアムへ。

 

   ◆   ◆   ◆

 

『雄英体育祭! ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る、年に一度の大バトル!

 どうせテメーらアレだろ!? コイツらだろ!?

 ヴィランの襲撃を受けたにも拘わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!

 ヒーロー科! 1年、A組だろぉっ!?』

 

 プレゼントマイクの雄叫びを受け、スタジアムに現れたA組を迎えたのは、観客席からの割れんばかりの大歓声だ。オリンピックに取って代わったとも言われるに相応しい盛り上がりと言えよう。

 これには、優幻も心躍っていた。目立ちたいわけではないが、それでも己の努力を誰かに見てもらえるのは楽しくもあるし、やはり祭りごとはその当事者が最も面白いのだ。

 ワクワクとした気持ちのまま、他のクラス同様に、教師、18禁ヒーロー・ミッドナイトが待つお立ち台前に並ぶ。

 

「18禁なのに高校にいても良いものか」

「いい」

 

 常闇のもっともな疑問に、声を出して答えたのは峰田であったが、上鳴と瀬呂も頷いていた。耳郎から侮蔑の視線が送られていることには気付いていないようだ。

 

『選手宣誓! 代表、1年A組、爆豪勝己!』

 

 呼ばれた爆豪が、ポケットに手を入れたまま壇上に上がる。その姿に、緑谷と切島は嫌な予感からハラハラしっ放しであった。

 

「せんせー」

 

 そして、その予感は的中する。

 

「俺が1位になる」

「絶対やると思ったぁっ!」

 

 切島の嘆きも、続くブーイングも、爆豪は一切取り合わないどころか、壇上から生徒たちを見下ろし親指で首をカッ切るジェスチャーの上で「せいぜい跳ねのいい踏み台になってくれ」とまで言い捨てる始末だった。

 

『さーて、それじゃあ早速第一種目行きましょう!』

 

 意に介さないのはこちらも同じ。ミッドナイトはブーイングに沸く生徒たちを丸ごと無視して進行を続ける。

 

『いわゆる予選よ! 毎年多くの者が涙を飲むわ! さて、運命の第一種目! 今年は……』

 

 とはいえ競技内容が発表されるとあっては、皆固唾を飲んで見守ることになる。全員が中空に映し出された映像に注目していた。

 

『これよ! 障害物競争!

 ルールは至ってシンプル! 計11クラスでの総当たりレースよ! スタジアムの外周約4km、コースさえ守っていれば、"何をしたって構わない"わ! さあ、位置につきまくりなさい!』

 

 短い期間とはいえ、生徒たちは皆雄英の"自由なやり方"を知っている。慌てることなく、スタートゲートの前へと移動していく。

 それぞれが心に想いを秘め、今。

 

『スタート!!』

 

 雄英体育祭が始まる。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 狭いスタートゲートから続く、同様に細い通路。そこに200近い人間が一度に殺到すればどうなるかは、自明の理。

 

「狭ぇ!」

「痛ってぇ、押すなって!」

 

 スタート地点こそが最初の"ふるい"、いち早く前へ出たのは、人波を上手くすり抜けた轟。彼の足元から氷が走り、周囲の生徒の脚を捕まえていく。

 

『さーて、実況はこの俺、ブレゼント・マイク! 解説にはイレイザーヘッドが来てくれたぜ!』

『無理矢理呼んだんだろうが』

 

 スタジアムだけでなくコースのあちこちに設置されたスピーカーから響く声の中、颯爽と駆け抜けるは轟1人。

 

「甘いわ、轟さん!」

「そう上手くいかせねえよ半分野郎!」

 

 追うのは手から長い棒を創造する八百万、両手の爆破で空を飛ぶ爆豪。更にはタイミングを見切って跳ぶ切島やレーザーで短距離飛行する青山など、A組の生徒たちが追いかける。

 

「クラスの連中は当然避けるか。……狐条がいねえ?」

「呼んだか?」

 

 轟の声に答えたのは、彼のすぐ背後。と言うより、"背中の上"だった。

 

『あーっと、トップで抜けたA組轟! 背中に何かへばり付いてんぞ! 何だぁ。あの毛玉!?』

 

「毛玉とは失敬な」

「てめえ、狐条か! おい降りろ!」

 

 轟の体操着にしがみついていたのは、"狐に変化した"優幻だった。尻尾だけでなく全身ふわふわの獣形態である。

 

「まあまあ、固いこと言うな、って危なっ!」

 

 背中の異物を凍らせようとする気配を察知した優幻は、ひらりと飛び降り、一瞬で人間形態に戻ると駆け出し、そうになって慌てて止まる。

 

『さあ、まずは手始め第一関門! ロボ・インフェルノ!』

 

「おや、懐かしい。入試の時のお邪魔虫か」

「……一般入試用の仮想敵ってやつか。折角ならもっとすげえ用意してもらいてえもんだな……!」

 

 振るわれた轟の腕に追随して、地面から昇る冷気が巨大な機体を包み込み、凍りつかせてしまう。

 

「じゃあな」

「うわあ、あのタイミングで凍らせるか、意地の悪い」

「あの隙間だ、通れる!」

 

 後続の生徒たちが、轟に続かんと駆け出すが、その足はすぐに止まることになる。

 ぐらり、と巨体が傾いたかと認識した次の瞬間には、ヘタなビルと変わらないサイズのそれが倒れていく。

 

『轟、攻略と妨害を一度に! こいつはシヴィー! すげえな、一抜け──ってオイオイオイ! 狐条のヤツ"空中を走って"やがる!』

 

 走り抜ける轟が、ブレゼント・マイクの言葉に釣られて振り返った先で、見覚えのある金色尻尾の少年がまるで"階段を駆け上がるように"空へと向かう姿が見えた。

 

『つーか何だあれ!? どーなってんのイレイザー!』

『ありゃ空気を足の裏で"掴んで"いるらしい。個性関係無しの技術だとか言ってたが、まあ普通ならできねえな』

『マジかよ! まだ"個性使ってる"って言われた方が納得できるぜ! あーっと! 狐条そのまま空中を走って行きやがる! 何かアイツだけバグってねーかぁ!? でも大丈夫! パワーローダー謹製の撮影ドローンは空飛ぶ生徒もバッチリ撮影してるぜ!』

 

 妖気で強化することでかなりのスピードを出す優幻に、確かに1台のドローンがレンズを向けて追従していた。

 優幻は右手の人差し指と小指を立て、親指と中指薬指を合わせて狐の形を作り、にっかりと笑顔と共にカメラアピール。

 

『余裕か、狐条! カメラに向けてバッチリアピール!』

 

   ◆   ◆   ◆

 

『おおっと、A組切島ぁー! 潰されてた! ウケる!』

『A組爆豪、下がダメなら上からかぁ!? クレバーだ!』

『あー! 更にB組、鉄哲も潰されてんぞー! 超ウケる!』

 

 トップを行く轟と優幻の耳に、プレゼントマイクのおかげで後方の様子が伝わる。どうやらすぐ後ろまで追ってきているようなので、どちらからともなく速度を上げていく。

 

『オイオイ、第一関門チョロいってよ! それじゃあコイツはどうよ! 落ちればアウト、それが嫌なら這いずりな! ザ・フォール! ──って、狐条そのまま空中走って行っちまうぞ! なんかもうアレだな、ズリーな!』

 

 だが、事はそう簡単には進まない。障害を無視してひた走る優幻を轟がしっかりと追いかけ、更に。

 

「待ちやがれクソ狐! 半分野郎!」

「ちい、爆豪か。厄介な!」

「行かせねえ」

 

『爆撃を受けて狐条墜落ぅー! その隙を轟が突いていくが金色の光弾に阻まれる! 飛び出した爆豪には氷が襲う! 目まぐるしいトップ争いだ! イレイザーお前どういう教育してんだよ!』

『知らん。あいつらが勝手に火ぃ着けあってるだけだ』

『っつってる間に最終関門! 一面地雷原! 怒りのアフガンだ! 地雷の位置はよく見りゃわかるようになってっから、目と脚酷使しな! ちなみに地雷は威力控えめ、だが音と見た目はド派手に作ってあるから失禁必須だぜぃ!』

『人によるだろ』

 

「ハッ、俺には関係ねえ!」

「ああ、待て待て。ちょっと落ちろ、爆豪」

 

 突如として飛び出してきた金色のロープが、空中を行こうとする爆豪に絡みつき、地面に引き摺り下ろす。ご丁寧に、轟の目の前に。

 当然、爆豪の身体によって地雷は作動してしまう。説明通りの派手な爆発音と閃光、煙が視覚と聴覚を狂わせる。

 煙の中から、悠々と優幻が走り出し、次いで轟が続く。数秒の後地雷よりも激しい爆発音を上げ、爆豪が飛び出した。

 

「何してくれとんじゃクソ狐ぇ!」

「おおう、子供が泣くぞ爆豪。笑顔笑顔」

「テメエをブチ殺すこと考えたら笑えてくるわボケ!」

「その笑顔はいけない。獰猛すぎるぞ」

「やっかましいわ、アホンダラ!」

 

 器用にも地雷を避けつつ走りながら口喧嘩する2人は、更に出し抜こうとする轟への妨害も忘れない。

 

『目まぐるしく変わるトップ! 喜べマスメディア! お前ら好みの展開だぁ!』

 

 高度な駆け引きを交えつつ進む3人が地雷原の半ばを過ぎた頃、事態は大きく動く。

 彼らの背後、地雷原の入り口で、これまでにない大きな爆発が起きる。これには、さしもの3人も驚いて振り返らざるを得ない。

 

『後方で大爆発! 何だぁ、あの威力! 偶然か、故意か! A組緑谷、爆風で猛追! っつーか、抜いたぁぁっ!』

 

 仮想敵の装甲板に乗り、爆風で一気に先頭まで躍り出た緑谷。だが、それを黙って見送るような者は居なかった。

 

「デク! 俺の前を行くんじゃねえ!」

「相変わらずビックリ箱みたいなヤツだ」

「後続に道作っちまうが、そうも言ってらんねえか」

 

『元先頭の3人、足の引っ張りあいをやめて緑谷を追う! 人は共通の敵が現れれば争いを止める! 争いはなくならないがな!』

『何言ってんだお前』

 

 爆豪と轟が並んで緑谷に追い付こうかという瞬間、数歩遅れてしまっていた優幻は気付けた。

 

──更に"何か"しようとしている。

 

 優幻の予感は的中した。空中で器用にくるりと前転した緑谷は、自身が乗る装甲板に繫がるケーブルを掴み、勢いそのままに地面へと振り下ろす。爆風に乗っていける程に面積の広い装甲板は、つまり接地面が大きい。複数の地雷をまとめて反応させることができてしまう。

 

『緑谷、間髪入れずに後続妨害、アーンド爆風で加速! 何と地雷原を速攻クリア! やや遅れて狐条、もひとつ遅れて轟と爆豪! イレイザーお前マジどんな教育してんの!?』

『俺に言うな。めちゃくちゃなのはアイツらの元々の素養だ』

『さあさあ、序盤の展開から誰が予想できた!?』

『無視か』

『今1番にスタジアムに帰ってきたその男! 緑谷出久の存在を!』

 

 息を切らせながらも、笑顔を見せる緑谷。続いて、狐条が、轟が、爆豪がゴール。

 

「やってくれたな緑谷。おかげで土まみれだ」

「ええっ!? ……狐条くんちょっと離れてたよね? じゃあそれ、僕じゃなくてかっちゃんじゃ……」

「ちっ、気付くのが早い。折角弄り倒して遊ぼうと、んんっ、慌てふためく様を指さして笑おうと思ったのだが」

「言い直した意味は!?」

「無いな」

「ヒドい!」

 

 合同訓練以来仲良くなった2人は、軽口を叩きながら後続を迎える。

 

 

 

 

 

『予選通過は上位42名! 残念ながら落ちちゃった人も安心なさい。見せ場は用意してあるわ!

 そして次はいよいよ本選、キバリなさい! 第二種目は……コレよ! 騎馬戦!』

 

 発表された種目に、どよめきが走る。特に、団体競技で個性を使いづらい上鳴と、明らかに良からぬことを考えている峰田から。

 

『あなたたちには2〜4人で自由にチームを組んで騎馬を作ってもらうわ。基本は普通の騎馬戦と同じ。ただひとつ違うのは、先程の結果に従い各自にポイントが割り振られること!』

 

「入試みたいなポイント稼ぎ方式か。わかりやすいぜ」

「つまり、組み合わせによって騎馬のポイントが変わってくると」

「あー、なるほど!」

 

『アンタら私が喋ってんのにすぐ言うね! ……コホン。与えられるのは下から順に5ポイントずつ。42位は5ポイント、41位は10ポイント、って具合にね。

 そして、上を行く者には更なる受難を。予選通過1位、緑谷出久くん! 持ちポイントは、1000万! 上位のヤツほど狙われる、下剋上サバイバルよ!』

 

「……イッセンマン?」

 

 当然、それひとつでトップを獲れるとあっては注目もされる。

 ギラついた視線の数々に、緑谷の背中を冷や汗が流れた。

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