ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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15 体育祭・最終種目(前)

『ヘイガイズ! アァユゥレディ!? 色々やってきましたが! 結局これだぜガチンコ勝負! 頼れるのは己だけ! ヒーローでなくてもそんな場面ばっかりだ! わかるよな!?』

 

 プレゼントマイクの声をどこか遠くに聞きながら、フィールドへ続く通路で緑谷は自分の胸に手を当てて深呼吸していた。

 

「ヘイ、少年!」

 

 呼びかける声に、振り返る。そこには、自身が"トゥルーフォーム"と呼ぶやせ細った姿のオールマイトが居た。

 

「言うの遅くなっちゃったけど、だいぶ掴んできたな、ワンフォーオール。いつの間にやら、全身を制御できる分だけで強化してるんだもの。驚いちゃったぜ」

「オールマイト……。狐条(こじょう)くんと切島くんのおかげですし、全然弱っちいですけどね」

「うん、以前話していた0か100かの話で言えば、今の君の身体で出せてるのは5くらいだね」

「あれ、目測間違えちゃいました。僕は3くらいかと……。でも、どっちみち先は長そうです」

「……おや。ナンセンスプリンスの君なら、もっとショボくれた顔をするかと思ったんだけど」

「ひどいですよ、オールマイト」

 

 緑谷の表情は、緊張はあるものの気負った風ではなく、薄っすらと笑みさえ浮かんでいた。

 

「切島くんが言ってくれたんです。"制御できてなかったのが、ちょっとでもできるようになったのなら、成長してるんだ"って。狐条くんも、"これからもっとできるようになる為に、下向いてる暇はないぞ"って。貰い物のチカラだけど、それでも僕自身が成長してるんだって、気付かせてくれたんです」

「……いい友達じゃないか」

「はい。勿体ないくらい、って言ったら、"俺たちまでバカにすんなー"って叩かれちゃいました。"私たちの友達を悪く言うな"って。そんな風に言われたことなくて。……嬉しかったです。今はまだ弱いけど、僕も、胸を張って"2人の友達だ"って言いたいんです。だから、不安ですけど、それでも背筋だけは伸ばしとかないと」

 

 オールマイトの前に立つ少年は、現状は決して優秀とは言えないかもしれない。1年A組だけで見ても、体格なら障子や砂藤、飯田が居る。バランスのとれた切島や尾白も居る。轟や優幻(ゆうま)のような強大で汎用性の高い"個性"を持つ者も居る。彼らと違い、つい1年前は無個性で、きっとこれからセンスの塊たる爆豪のようにはいかずに躓く場面も多々あるだろう。

 それでも、緑谷出久だ。彼だから、自分の後継に選んだのだ。

 誰かの為に自分を差し置いて行動できる人間。優しくて、臆病だけれど勇敢で。そんな彼だから。

 

「それじゃあ緑谷少年。最初は無理にでも構わないから、笑っちまえ。世の中、笑ってるヤツが一番強いんだぜ」

「笑って……」

「そうさ! 無理にでも笑えば、だんだん心の底から笑えてくるもんだ! ……さ、出番だ。行ってきな!」

「──はいっ!」

 

 お互いに笑顔で。緑谷のそれは、まだまだ固さが残るが、それでも笑顔と言える表情で。

 

『第一試合! 地味な顔してやるこたやるヤツ! ヒーロー科、緑谷出久! バーサス! ごめん、まだ目立つ活躍なし! 普通科! 心操人使!』

 

 ステージに立つ緑谷の緊張がない混ぜになった不器用な笑みに気付いたのは、麗日1人だった。

 

(デクくん、やっぱり凄い。緊張して、不安で仕方ないはずなのに、それでも笑おうとしてる)

 

『ルールはシンプル! 場外に落とす、行動不能にする、降参させる! この3つのうちどれかで勝利! 後はまあ、好きにやれ! ケガ上等、心強ーいリカバリーガールがついてるぜ! 道徳倫理は置いといて、だが命に関わるようなのはクソだぜ! とーぜんアウトだ! ヒーローはヴィランを"捕まえるため"に拳を振るうのさ!』

 

「……わかるかい、緑谷出久。これは"心の強さ"を問われる戦いだ。強く思うビジョンがあるなら、なり振り構ってちゃあいけないんだ。……あの猿はプライドだかなんだか言ってたけど……」

 

『そんじゃ、早速始めるぜ! レディー……』

 

「チャンスをドブに捨てるなんて、バカだとは思わないか?」

「なんて事を言──」

 

『スタートォッ!』

 

「……俺の勝ちだ」

 

 開始の合図と同時。1歩踏み出した緑谷は、そこで止まった。

 

『オイオイオイ、どーした緑谷ぁ! 大事な緒戦だ、盛り上げてくれよ! アホ面でビクともしねえ、心操の個性か!? 全っ然目立ってなかったけど、ひょっとして彼、ヤベーヤツなのか!?』

『だからあの入試は合理的じゃねえ、っつってんだ。心操、あいつヒーロー科の実技試験で落ちてる。普通科も受けてたトコ見ると、想定内だったんだろう。あいつの個性は強力なもんだが、あの入試内容じゃ、そりゃあポイント稼げねえよ』

『マジか、どれどれ……。心操人使! 個性"洗脳"! 彼の問いかけに答えた者は、洗脳スイッチが入ってしまい、彼の言いなりだ! 本人にその気がなければスイッチは入らないぞ!』

 

「良いよなぁ、お前は恵まれてて。わかんないだろうけど、こんな個性でも夢見ちゃうんだよ。……さあ、【振り向いてそのまま、場外まで歩け】」

 

『ああっ、緑谷! ジュージュンにも振り返って……。アレ? 動かねえぞ?』

 

「……は? ……何で。洗脳はかかってる。何で。何で動かねえ!? 【歩け! 真っ直ぐに!】」

 

『今度こそ1歩、踏み出──さない! 少し上がったが、元の位置だ! どーなってんの!? まさかまさか、洗脳"されてから"抵抗してんのか緑谷ぁ!?』

 

 

 

 緑谷には、外の声は聞こえてはいない。身体は勝手に、心操の命令通りに動こうとしている。

 

(何だ、これ。誰かが、僕を掴んでる? 1人じゃない。何で、何が)

 

 正面から、自分を止めるように伸びる手のようなもの。人影のようなその存在は、7人か、8人。そして、更に奥にもう1人。

 奥の1人だけが、ハッキリとその姿がわかる。女性、黒い髪の精悍な顔つきの。

 

──何を間抜けた面してるんだ。言われただろ? 笑いな。

 

 女性は両手の人差し指で口角を持ち上げる。ニンマリと、別に指を使わなくても笑顔だろうとわかるほど、目を細めて。

 

(そうだ、言われた。笑えって。でも、誰に? 僕は、何をしていた? 何をしなきゃいけない? 何で、わからない?)

 

──すごい勝手なこと言うけどさ。俺の分も、頑張ってくれな。

 

(尾白くん。そうだ、託されたんだ。僕は)

 

──緑谷、すげえ頑張ってんじゃん。なら、否定してやんなよ。いっちゃん近いお前が、見捨ててやんなって。

 

(切島くん。そうだ、だから僕は、弱い自分を捨てない。弱いのも抱えたまま進むんだ)

 

──あまり私の友達を悪く言うなよ緑谷。私の友達は、緑谷出久ってヤツは、努力を重ねる凄いヤツなんだから。

 

(狐条くん。そうだ、僕は自分を否定しない。君たちに胸を張って、友達だって言いたいから)

 

──世の中、笑ってるヤツがいっちばん、強いんだぜ。

 

 そんな声を、聞いた気がした。

 瞬間、思い出す。

 

(オールマイト。僕はあなたみたいに)

 

 

 

 緑谷の思考を覆うモヤが晴れると同時、突風が起きる。

 

『何だ、何が起きたぁっ!?』

『あいつ……。ワザと暴発させて洗脳を解いたのか』

 

「身体の自由は奪ったはずだ! 個性だって……! 何したんだ!」

 

 心操の叫びに、しかしもう緑谷が答えることはない。

 

(ワンフォーオール、フルカウル、5%……!)

 

 痛みを堪えて歯を食いしばり、脚に力を込める。

 

「指動かすだけでそんな威力かよ……! 羨ましいよ! 俺はこんな個性でスタートから出遅れちまった……! 恵まれた人間にはわかんないだろうな」

 

 そんなことはないと心の内で答え、見据える。

 

(僕は、人に恵まれた。でも、それだけじゃないんだ)

 

「誂え向きの個性に生まれて! 望む場所に行ける奴には!わかんねえだろ!」

 

(誰かに認められること。それで、それだけで、変われるんだ! 皆のように、僕も、君も! だから!)

 

「負け、られないんだぁぁぁっ!」

 

 溜め込んだ力をを使い、跳ぶ。真っ直ぐに心操の懐へ。その勢いのまま、肩からぶつかっていく。

 

『心操くん場外! 緑谷くん、二回戦進出!』

 

 弾き飛ばされ、倒れた心操の上半身はリングの外にはみ出していた。

 

「……ハァ、ハ、く。……心操くんは、どうして、ヒーローに?」

「……。憧れちまったもんは、仕方ないだろ」

「そっか。……僕もだよ。だから、待ってる」

「あ?」

「君が、ヒーロー科に来るのを。君ならきっと、来るだろうから」

「……覚悟しとけよ。絶対、お前らより立派にヒーローやってやる」

「うん、待っ──」

 

 パタリと、緑谷の動きが止まる。

 

「普通、俺と話す時は身構えるんだけどな。そんなんじゃ、すぐに足元掬われるぜ。……みっともない負け方だけはしないでくれよ」

 

 そう言って心操は洗脳を解き、去っていった。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 一回戦第二試合。勝負はすぐについた。

 

「なんとまあ……」

 

 観客席から試合を見ていた優幻の口から、呆れたような、感心したような、様々な感情の混じった呟きが漏れる。

 その眼前には、スタジアムよりなお高くそびえる氷の壁。

 試合開始早々にテープで拘束し、場外へと放り出そうとした瀬呂の判断も選択も、間違いではなかった。しかし、轟の大出力により、彼は身体の大半を氷の中に埋めることになってしまう。

 

「痛え、寒い……」

 

『瀬呂くん行動不能!轟焦凍くん、二回戦進出!』

 

 

 

 続く一回戦第三試合は、直前のものとは真逆の白熱した戦いになった。

 切島と鉄哲。ともに硬くなるタイプの、"個性ダダ被り"対決。両者共に殴り殴られを繰り返す、男臭い戦い。

 ただ、全てが同じではなかった。

 

(打点をズラす。当たる瞬間にほんの少し、当たる場所をズラしてやる。でよかったよな、狐条)

 

 会場の誰もが気付かないような小さな動き。

 

(男らしくねえなんて考えちまった。ダメだ、俺の全部使ってヤらなきゃ。鉄哲、コイツ強い! ああ、イッテえ。"100を99にする程度"っつってたけど、マジでキツい。当然か、鉄の塊でブン殴られてるんだもんよ)

 

 会場に、硬質なものをぶつけ合う音が響く。鉄哲が殴り、切島が殴る。愚直なまでに真っ直ぐに、ただひたすらに前へ。

 

(俺には狐条や緑谷みてえな頭はねえ。ウダウダ考えたら、"また"弱っちくなる。だから、歯ぁ食いしばって、固めろ!)

 

「うおおおっ!」

「オラアァッ!」

 

 2人の右腕が、相手の頬に突き刺さる。クロスカウンター。

 そのまま共に、ぐらりと身体が揺れ、倒れた。

 鉄哲が。

 対する切島は、膝をつき、満身創痍ながらも、意識はあった。歪む視界の中、震え、力の入らない脚を叱咤して、ゆっくりと立ち上がる。到底戦う力など残っていない。それは、誰の目にも明らかだ。

 それでも。

 

『鉄哲くん行動不能! 切島鋭次郎くん、二回戦進出!』

 

 立っているものと、倒れている者。勝敗は決した。

 切島は右手を高々と掲げると、そのまま仰向けに倒れた。

 

 

 

 そして、A組全員が不穏な予感を覚える一回戦第四試合。

 爆豪と麗日の戦いは、終始一方的にも見える展開だった。

 触れることで発動する個性の使用を狙い、接近しようと試みる麗日。対して、警戒し、それはさせじと爆撃する爆豪。何もできずに封じられる麗日が、甚振られているようにも見えなくはない。

 リングだけを見れば、だが。

 

「ありがとう、爆豪くん。油断"しない"でくれて」

 

 麗日が両手指を合わせることで、個性が"解除"される。

 彼女の個性は、無重力。解除することで、これまで解き放たれていた重力の鎖に囚われることになる。

 爆豪の頭上高くに浮かぶ、瓦礫群が。

 

『流星群ー!』

 

 プレゼントマイクの言葉通り、正に流星群。あるいは豪雨か。空高くに浮かんだ瓦礫が、重力を武器に爆豪へと襲いかかる。

 数は多く、勢いもある。そんな麗日の秘策を──

 

『うおおおっ! 会心の爆撃! 爆豪、瓦礫の流星群を堂々、正面突破ぁ!』

 

 空へ向けて放たれる爆撃は、無数のセメントブロックを全て、ひとつ残らず粉微塵にしてしまった。

 許容重量をとうに超えていた麗日は、更に1歩踏み出したところで力をなくし、倒れる。

 

『麗日さん行動不能! 爆豪勝己くん、二回戦進出!』

 

 

 

 リング修復まで時間ができたこともあり、優幻はリカバリーガールの下へとやって来た。

 体力を消費してしまう治癒の助けにと、USJでイレイザーヘッドに使用した呪符を何枚か事前に預けていたが、足りないのではと追加分を持参して。

 

「いよう、狐条!」

 

 やたら可愛らしい看板の掲げられた出張保健室に入って真っ先に出迎えたのは、すっかり元気になった様子の切島と、悔しさから床を殴って壊したせいで、リカバリーガールに杖でド突かれている鉄哲だった。

 

「……元気そうだなぁ」

「オメーのお札のおかげでな! それもだけど、ギリ勝ったのは特訓のおかげだ! サンキューな!」

「そうか。なら良かった。……リカバリーガール、念の為追加持ってきました」

「おや、助かるよ。今年の1年坊主どもは大はしゃぎだからね。2、3年に回す分が足りないんじゃないかと思ってたとこさね」

「お役に立てて何よりです」

 

 10枚ほどの札を手渡し、笑う。とはいえ、万が一の備えを除いて全部。しばらくは内職が忙しそうだと、内心でひとりごちる。

 

「鉄哲は惜しかったな」

「負けは負けだ。悔しいもんはしょうがねえけどよ。おい切島ぁ。あのクソ生意気な爆発野郎、俺の分までブッ飛ばせよ」

「当然よ! たまにはアイツもボッコボコにしねーとな! ……っと、そろそろ修理終わるみたいだぜ。八百万相手、勝てそうか?」

「厄介な相手だが、勝つさ。皆そう考えてリングに立つだろう。私も同じさ」

「……だな! 観客席でオメーと八百万、両方応援すらぁ!」

「ああ。ではな」

 

 ひとつハイタッチを交わし、優幻は先に部屋を後にする。

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