『サンキューセメントス! さあさあ、リングの修復は完了! 行くぜ第五試合!
尻尾の手触りは最高と評判の癒し系! ヒーロー科、
「……癒し系なんて可愛らしいモノではないかと」
「言わんでくれ」
『それじゃあ……。スタートォ!』
開戦の合図と同時、八百万が準備しておいたものを創り出す。
『なんだあのゴツいの!? 見るからにヤバげだぜ!』
『火炎放射器か』
『マジかオイ!』
イレイザーヘッドの言葉通り、銃口のような部分から噴き上がるのは炎。圧倒的なまでの紅蓮が、リングの半分を飲み込む。
『流石にヤバくねーかコレ!? ……って思ったヤツら、安心しな! どーいう理屈か知らねーが、炎が狐条を避けてくぜ!』
八百万からは見えないが、うねる炎はまるで自分から避けるように優幻から離れていく。
「一筋縄ではいかないと知っていましたが……」
「残念、こいつは"想定内"だよ」
「ならば直接!」
次に八百万が創り出したのは、刃を潰した西洋剣と金属製の盾。対する優幻も、両手足に妖気を纏う。USJの時と違い、爪先は尖らせていないが。
『開幕炎上から一転、真っ向からのぶつかり合い! 剣を避け、あるいは弾き! 獣のように飛びかかる狐条を、八百万も盾でいなしていく! コイツらマジで何でもできんのな! ズリィな!』
(狐条さんはスタミナもある。"わからなさ"に目が行きがちですが、そもそも強い。個性の扱い、体術共にトップクラス。このまま持久戦をしていては負けてしまう!)
聞こえてくる実況に、八百万は否定しかできない。
彼女は増長するタイプではない。しかしそれでも、自身の実力に自信を持っていた。
それがどうだ。雄英に来てからというもの、不甲斐なさを感じてばかり。
最初訓練の時、爆豪の戦いに自分なら正面からやりあえたか。ノーだ。自分ではあの高速戦闘についていけない。
轟のように強大な影響を与えられるか。ノーだ。USJでヴィランを制圧したのは、ほぼ上鳴1人だ。自分には"足手まといにならないように"することしかできない。
緑谷のように成長できたか。ノーだ。入学してから、まるで変わっていない。
狐条のように、あらゆる場面で適切に個性を使えるか。ノーだ。いきなり火炎放射器で焼かれてなお想定内であるなどと、言えるはずがない。
何度目かの交錯。受け止めた盾が、ひび割れる。
「一点突破、さあもう防げんぞ!」
恐ろしいことに、優幻は盾の一点のみに攻撃を当て続けた。遂に、耐えきれなくなって悲鳴をあげたのだ。
(ダメ、もう盾は使えない! 新しく作らなくては!)
ひびの入った盾を捨て新たに創造したところで、視界に入ったのは"捨てた盾を拾い上げる優幻の姿"だ。
「金生水、これが呼び水。さあ、流しつくそう!」
何を、と八百万が疑問に思う間もない。優幻が手にしたそれはまるで溶けるようにどろりと形を変え、次の瞬間には大量の水が津波となって彼女の身体を押し流していく。
『アンビリーバブル! 突然陸地で起きたタイダルウェイブ! やらかした本人は予選同様に空に逃げたぁ!』
抵抗手段をとることもできないまま、八百万がリングの外へと流されたところで、嘘のように水が消えた。ガランガランと音を立て、無人のリングに盾が落ちる。程なく、その隣に優幻が降り立った。
『八百万さん場外! 狐条優幻くん、二回戦進出!』
◆ ◆ ◆
スタジアム内の通路。特にケガのなかった八百万は、床に座り込んでただぼんやりとしていた。
同級生の戦いを見なくては、と理性でわかっていても、億劫でやる気にならない。
(何も、できなかった……)
胸のうちにあるのは、それだけだった。苦戦させることもなく、こちらはケガひとつない。手加減された上で、負けた。
「見つけたぞ、八百万。こんなとこでどうした?」
ぐるぐると思考が巡るのを断ち切ったのは、今最も聞きたくない声だった。
「狐条、さん……」
(あらゆる事態に臨機応変に対応する万能性。私よりもっと素晴らしいオールラウンダー。私では、勝てない相手……)
「随分と辛そうな顔だな、さっきの──」
「放っておいてください」
咄嗟に出た自分の声の冷たさに、彼女は戦慄した。それでも、止められない。
「これ以上、私を惨めにしないでください。私など所詮、井の中の蛙。狐条さんや轟さんの足下にも及ばない、取るに足らないちっぽけな存在ですわ」
「おおう。またエラくネガティブになっているな。……私が君に抱いていた印象は"完璧"だったが、なかなかどうして、年頃の女の子らしいじゃないか」
「完璧……? あなたに行動全てを予測された私が? ……ありえませんわ」
「ふむ。……八百万、君はもう少し人を疑うことを覚えた方が良さそうだ。試合中に言ったのは、"君が火炎放射器を使う"ことじゃない。私が想定し対策を練っていたのは、"轟のような炎熱系への"ものだ」
「……え?」
「八百万は採れる選択肢が多すぎて予測できん。揺さぶるためにあのように言ったのだがな」
あまりにも予想外な優幻の言葉に、八百万はポカンと見上げるのみだ。
「……嘘?」
「丸っきり嘘じゃない。必要な言葉を省いて騙したのさ。最初の訓練で言ったろう。狐は人を化かすものだと」
「わ、私……まんまとハマってしまった、と?」
「そうなるな。さすがにすぐ気持ちは切り替わらんだろうが……。八百万百という女の子は、君が思う以上に手強いよ」
「私、が……」
「自分の中に落とし込むのに時間もかかるだろう。ともかく、今は皆のところに戻ろう。耳郎たちが心配していたよ。私が何かやらかしたんじゃないか、って」
「え、ええ?」
「では、私の無実証明のため。拉致させていただこうか、お嬢ちゃん」
やや悪役めいたセリフと共に、優幻は尻尾の中に八百万を収納していく。
「あの、ちょ、ひゃうっ」
「ふふふ。八百万はまだ私の尻尾を堪能していなかったろう? ……君は勤勉だが、たまには肩の力を抜くといい。遊びは余裕に、余裕は柔軟性に繋がる。今まで通りにやって大きくは成長できないなら、やったことのないことを試してみるのもいいんじゃないか」
「……ふふ。狐条さんはまるで父のようですわ」
「それは私に若さが無いということかな。よかろう、そんな事を言う子には毛玉地獄の刑だ」
「や、ひあっ! くすぐったい、はふ」
フカフカの尻尾に包まれ、八百万は思う。
確かに、自分は雄英に入ってからも、"変わらず"研鑽を続けてきた。USJの一件以降、耳郎とは多少話すようになったが、世に言う"女子高生らしい"ことは、全く経験が無い。
知らないことを知る。百聞は一見にしかず。これからは、もっと多様なことを体験し、学ぼうと。
とりあえず、今はこの自宅にある毛布以上の心地良さを堪能してみよう。
◆ ◆ ◆
「ただいま。八百万を見つけてきたぞ」
観客席、1年A組用に用意されたスペースに、優幻が戻る。
「ヤオモ、モ?」
「……気持ち良さそうね」
「──へっ?」
9本尻尾に包まれて、うち1本を抱き枕にしたその姿に、何とも微笑ましい表情を浮かべる耳郎と蛙吹。ハッと気付いた八百万だが、時既に遅し。
「あの、これは違っ、狐条さん離してください!」
「まあまあ」
「あああ……」
「うわー、ヤオモモが尻尾に飲み込まれていくー。なにそれ楽しそう!」
「一応説明しておくと、今丁度一回戦が全部終わったところよ。上鳴ちゃんがさっき瞬殺されたわ」
青山を真っ当に下した芦戸が、発目にいいように利用された飯田が、上鳴の開幕大放電を防いだ塩崎が、それぞれ二回戦に進出している。
「では、次は緑谷と轟か」
「どーなると思うよ、狐条。緑谷の特訓、成果出るかね?」
「特訓? え、デクくん、切島くんや狐条くんと特訓してたん?」
「おうよ。たまたま放課後のトレーニングルームで一緒になってな。お互いの特訓に協力したんだ。俺がギリ勝てたのもそのおかげよ!」
「緑谷は発想が柔軟で面白いのでな。いい刺激になった。……ただ、轟は高威力の攻撃をすぐさま出せる。限度はあるだろうが、その辺りも含めて情報が少ない。攻略の糸口を掴まんと厳しかろうな」
「んじゃ、緑谷は瞬殺マンの轟に持久戦、か」
『さあ行くぜ二回戦! まずはコイツら、共に今回の体育祭で上位を争ってきた2人! 今まさに両雄並び立ち!』
観客席で推測を立てる間に、リングへとやって来た2人。プレゼントマイクの言葉通り、各種目1位の緑谷と、3位2位と進んできた轟。
『緑谷バーサス轟! スタートッ!』
開始と同時、轟の左足を起点に発生した氷が、緑谷へと向かう。
『さあ開幕直後に轟の氷結が炸裂! しねぇー!? 緑谷これを連続パンチでぶっ壊す!』
『制御できるまでに弱めた分を数でカバーしてるのか』
『普通は避けるだろ! クレイジー!』
対して緑谷の採った方法は、許容限界まで強化した両腕で殴り砕くという愚直な方法。
「なるほど。"切島砲弾"の時と同じ理屈か。1%の力でも100回殴ればいい」
「待ってなにその珍妙な名前」
「硬化した俺を、狐条がブン回して緑谷にぶつける特訓」
「オマエらクレイジー過ぎだろ!」
観客席で上鳴がツッコむ間も、リング上の2人は応酬を続ける。轟の作り出す氷がガリガリと砕け削られ、緑谷は1歩ずつ近付いていく。
「め、めちゃくちゃだ……。ああっ、やっぱ轟が離れた!」
「ふりだしに戻ったな。だが、それでいい。さすがだ、緑谷」
呟いた優幻の言葉に注目が集まる。なんだか格闘マンガの解説役っぽいと感じながら、そのまま演じることにした。
「緑谷は無為に接近するより、まず情報を集めることを考えたのだろう。ああやってゆっくり近付けば、ビルをブチ抜くパワーを警戒して、轟は距離をとる。そうなれば、個性を使い続けての遠距離戦だ。奴に多く長く使わせることで、より情報を得ようとしているのだろう」
「根気が要る、などという話ではないぞ……」
「緑谷は根性あっからな。ああなったらしつけーぞ」
更に2度、3度と、接近しては離れられる、と繰り返す。
「とはいえ、それはあくまで"緑谷ができる中での最善"だ。轟もそれを許すまい。そら、動くぞ」
優幻の示した先。氷の発生に合わせた轟が、その上から飛び込み接近する。着地と同時に生み出した氷が、緑谷の足にかかろうかという瞬間、暴風がリングに吹き荒れる。
「実際に接近されたくないのは、緑谷だ。咄嗟に距離を取るには、制御を捨ててブッ放すしかない」
「ああっ! デクくん、左腕が!」
麗日の気付いた通り、緑谷の左腕は強大な攻撃の代償に耐えきれず折れたようで、だらりと力なく垂れ下がっていた。
轟も、接近を嫌がっていることに気付いたのだろう。氷を目くらましに、再度前へと進む。
『う、ああああっ!』
スタジアムに響く、緑谷の叫び。一応という体で設置された集音マイクが拾った声。その理由は、右手の指を弾いた結果だ。
100%の強化による攻撃。必然、放った指も左腕同様に壊れる。
「見てるこっちまで痛い……」
「だが、意味はあった。気付いたんだな、緑谷」
『……皆、本気でやってるんだ! 勝って目標に近付くために! 一番になるために! "半分"の力で勝つ? まだ僕は、君に傷ひとつつけられちゃいない! "全力"で、かかってこい!』
緑谷の挑発じみた言葉に苛立ったのか、轟がこれまでのような氷を伴わずに駆け出す。
合わせて、緑谷も走り出し、折れた指を無理矢理握った拳で、轟の腹部へと振りかぶった一撃を叩き込んだ。
『モロに生々しいのが入ったぁっ!』
「やっぱアツいぜ、緑谷!」
「腕1本壊れてんのに、打って出るかよ、普通!」
「何でアイツ、そこまで……」
『期待に、応えたいんだ! 笑って応えられるような、カッコいいヒーローに! なりたいんだ!だから、全力で! 皆やってんだ!』
今度は、足を強化しての飛び込み。拳が握れない様子の緑谷は、そのまま頭突きを叩き込む。
『君の境遇も、決心も! 僕なんかに計り知れない! でも、全力も出さずに一番になって"完全否定"なんて、フザケるなって、今は思ってる!』
『……うるせえ!』
『だから! 僕が勝つ! 君を超えて!』
『俺は、親父をっ!』
『"君の"! 力じゃないかっ!』
一瞬の間を置いて。
轟に火が灯る。
「使った……!」
「轟さんの父親というと、エンデヴァー?」
「何かあるんだろう。ヒーローとして優秀だからといって、親としても素晴らしいとは限るまい」
「……いいじゃねーか、細かいことはよ。轟のヤツ、笑ってるトコ初めて見たぜ、俺。緑谷、このために頑張ったんじゃねーかな」
リングの上に立つ轟は、今にも泣きそうな、それでも笑顔で。
「いよっし。──デクくん! やったれー!」
「轟ぃ! 負けんじゃねーぞ!」
「ええい、もう2人とも気張れー!」
A組の面々の声援が届いたのかどうか。2人は同時に腰を落とし、個性を発動させる。緑谷の全身を巡るスパーク、轟から溢れる氷と炎。間違いなくそれは、全力。
緑谷が飛び、轟が左手を掲げたその時。
──爆発。
観客席まで届く暴風は、小柄な峰田を吹き飛ばすほど。閃光と風が治まっても、煙でリングが見えない。
『何今の……。お前のクラスどうなってんの……』
『さんざん冷やされた空気が、急激に熱されて膨張したんだ』
『それでこの爆風って、どんだけ高温だよ! 煙で何も見えねー!』
少しずつ煙が晴れ、先にその姿が見えたのは、緑谷だった。
『緑谷くん、場外! 轟くん、準決勝進出!』
リングの外で倒れる緑谷と、リング内に立つ轟。勝敗は決した。
◆ ◆ ◆
「飛び出す時に右足、更に轟の攻撃を相殺しようとして右手、場外に出まいとリングに突き刺すようにして左足。試合中に左腕。全部バッキバキ。砕けるとまでは言わないが、まあヒドいもんさね」
「折れた箇所はいくつほどで?」
「妙なことを聞くね。全部で22箇所だよ」
「こ、狐条くん」
「聞こえたな緑谷。約束は覚えているな?」
「……骨折1箇所につき1本、狐条くんと切島くんにジュース奢ります……」
「よろしい。今後は気を付けるように」
「はい……」
「何やってんだいアンタたちは」
呆れたリカバリーガールの声に、お見舞いにやって来た他の生徒たちは同意することしかできなかった。