二回戦、第二試合。爆豪と切島の戦いは、切島優勢で始まった。
「はっはー!効かねえっつの爆発さん太郎が!」
「チッ!」
爆豪の攻撃に怯むことすらなく、切島は猛攻を続ける。ただ硬くなるだけではなく、鋭利な形状へと変わる切島の攻撃は、掠めるだけでも爆豪の肌を浅く切り裂いてしまう。
更には、切島の硬い皮膚はそこで爆破の衝撃を止めてしまう。
「オラオラオラァ!」
「クソ硬ぇな」
しかし爆豪も黙ってやられるようなタマではない。切島の攻撃を回避しつつ、合間に爆撃を叩き込む。
「効かねえっつってんだ!」
「どうだか、な」
繰り返し、繰り返し。たとえ効果が無くても、爆豪に諦める気配はない。そして。
『ああーっと! 今度は効いたぞ!?』
脇腹に爆撃を受け、切島の身体がぐらりと傾く。その表情は苦悶だ。
「てめえ、全身ガチガチに気張り続けてんだろ。その状態で速攻仕掛けてちゃあ、いずれどっか綻ぶわ!」
その隙を逃さず、連続爆破。絨毯爆撃とも言える爆炎の数々が切島に襲いかかる。
『エゲツない爆撃の嵐! 煙で見えねーが、こりゃあ決まったか!』
「まだ、だぁっ!」
プレゼント・マイクの実況を否定し、煙の中から飛び出した切島の拳が深々と爆豪の鳩尾に食い込んでいく。
「て、めえ……!」
「クッソ、容赦ねえな、爆、ご……」
その一撃が最後の力だったのか、切島は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
『切島くん戦闘不能! 爆豪くん、準決勝進出!』
『最後に一矢報いた切島! しかし爆豪は強かったぁっ!』
◆ ◆ ◆
二回戦、第三試合。
「
「何を言ってるんだお前は」
試合開始直前、芦戸の言葉に
「だって勝ち筋見えないんだもん。ねー、弱点教えてー!」
「おいこら離せ。まだ試合始まってないんだぞ」
優幻の服を掴んで強請る芦戸。身長差もあり、もはやダダっ子の妹と苦労人の兄のようであった。
ちなみに、丁度マイクの近くであったせいで、音声はバッチリ会場に響いている。
「色仕掛けとかしようか!?」
「やめなさい。芦戸は可愛いから効くけど、全国放送だからな、これ。後は峰田が喜ぶだけだ」
「えへへ、可愛いなんてそんな」
「都合良すぎる耳だな」
もはやただの寸劇である。観客からも笑いが漏れていた。
なお、峰田は既に不穏な発言の末、耳郎によって撃沈されていた。
『オラお前ら遊んでんな! 隣のイレイザーがお怒りだぞ!』
『……狐条、どうにかしろ』
「なぜ私が。……あー、ほら、終わったらジュース奢ってやるから。緑谷が」
「しょうがない、それで手を打ってあげよう!」
「……ああ、それでいいよ。うん」
ようやく手を離した芦戸が、リング中央へ。
その目に強い意志が宿ることに気付いたのは、ミッドナイトだけだった。
(緑谷の言葉じゃないけど、私だって勝ちたい。狐条相手じゃ、普通にやってもダメ。笑われようが、これで油断でもしてくれれば……)
『そいじゃ、第三試合、スタート!』
「最大強度!」
開幕と同時、芦戸の両手から湧き出した大量の酸が優幻に襲いかかる。全身を覆い隠すように浴びせられる酸で、一時彼の姿が隠れてしまう。
「……なるほど、先程のは油断させるための芝居か。さすがに、芦戸がそんな戦術を採るとは思わなかったよ」
しかし、優幻は無傷。己の身体を覆うように展開した結界によって。
「バレちゃった。でもさ、私も諦めたくなんてないってば!」
半ば予想していた芦戸は、すぐに距離を詰めると全身を上手く使って攻撃を仕掛ける。それはまるで舞のようで。
「おりゃああっ!」
「っと。く、ええいっ。お前さん、動きいいな。っアブな!」
「このっ、避けんなー!」
「無茶をっ、うお、言うなっ! 捕まえ」
「せりゃ!」
逆立ちの格好で放たれた蹴り足を掴んだ優幻だったが、芦戸は片足を掴まれたままもう一方の足で蹴りを放つ。
そして、それは見事に優幻のこめかみに吸い込まれた。
「チャンス!」
グラついた優幻に、もう一度と蹴りが襲いかかる。
「残念、ブラフだ」
体勢を崩したように見せかけた優幻によって、もう一方の足もガッチリと掴まれてしまう。天地逆転で捕らえられた芦戸はしかし、先程の言葉通り諦める気は全くないらしく今度は両手で攻撃に移る。
「させん!」
「うえ、ひゃああっ!」
視界には入らずとも、芦戸が何かしようとしている気配を感じ取った優幻は、強化された腕力を十全に発揮。回転することで遠心力をも利用した、変則ジャイアントスイング。
そのまま、リングの外へ向けて放り投げられてしまえば、空中での移動手段を持たない彼女になす術はない。
『芦戸さん場外! 狐条くん、準決勝進出!』
「うあー、負けたー! ……あー、やっぱ慣れないことするもんじゃないや」
「発想は悪くないと思うがな」
大の字で悔しがる芦戸に、もし怪我していたらと、心配した優幻が近付いていく。
「怪我はないか」
「ふんだ、そこまでヤワじゃないよ。背中超痛いけど」
「そうか。……相手の気勢を削ぐ、ってのは、いいと思う。後は、もうちょっとスマートに、かな」
「まあねえ。付け焼き刃ってヤツはダメだね! あっはっは。……はー、悔しいなあ」
「悔しいと思えるなら、成長できるさ。立てるか?」
「んー、無理! 私も尻尾運送でヨロシク!」
「はいはい」
悔しさを滲ませつつ、それでも笑顔を浮かべる芦戸の姿に釣られて笑い、優幻は尻尾に彼女を乗せて戻っていった。
二回戦第四試合は、恐ろしいほど早くに決着がついた。
障害物競争、騎馬戦と、遺憾無くその足の速さを発揮した飯田。
その速度を警戒し、開始直後にリング全体を覆うように自身の髪を伸ばす塩崎に対して、飯田が採った方法は"愚直なまでの速攻"だった。
レシプロバーストを使用した加速。更に、塩崎の"ツル"を走り幅跳びの要領で越え、真っ直ぐ最短距離で接近。
勢いを利用して彼女の身体を投げ飛ばし、リングアウト。
『塩崎さん場外! 飯田くん、準決勝進出!』
『これでベスト4が出揃ったぁ! 今回リングは壊れてねーし、早速始めていくぜ! 準備オーケー!?
大氷壁に大爆発! ド派手に魅せる轟! バーサス! 徹底爆破の完璧主義者! 暴君、爆豪!』
名前を呼ばれ、2人がリングへと現れる。片や変わらぬ無表情。片や獰猛な肉食獣の如き笑み。「あの顔を放送して良いものか」とは常闇の弁。なおA組の総意として「あれはダメ」だった。
共に高い戦闘能力を持つ2人。その内容はかなりとんでもないものになるだろうと、誰もが予想していた。
事実、開幕直後に瀬呂戦より抑えてはいるものの、それでも尚巨大な氷壁に爆豪が閉じ込められ、しかしそれを爆破で掘り進めて脱出というとんでもない方法で打ち破ってみせたことで、会場は一気に盛り上がった。
だが、そこまで。
以降の轟はどうにも精彩を欠いており、一度は出した炎も収め、爆豪が麗日戦で見せたような大爆発をまともに食らい、場外へと弾き飛ばされてしまった。
「フザケんなよ、オイ! てめえ、なんで! こんなもん、認め、られ……」
『轟くん場外! 爆豪くん、決勝進出!』
気絶する轟に掴みかかる爆豪はミッドナイトの個性によって眠らされ、準決勝第一試合は終わった。
◆ ◆ ◆
飯田天哉にとって、狐条優幻というクラスメイトは"不思議な存在"だ。
席が隣同士とあって、話す機会は多い。筆記試験をほぼ満点で合格したと聞いて以来、予習してわからないところなど教えを乞う機会が何度かあったが、淀みなく解説してくれたことから考えても、非常に頭の良い人物だと認識している。
個性に関しても一目置いている。八百万のような万能性と、轟のように広範囲に影響するタイプ、らしい。術式の書かれたノートを見た結果、自分に理解の及ぶものではないと判断し、語られた概略のみしか把握できていないが、簡単に言えば"事前に準備しておけば大抵のことはできる"ようである。
そこまでであれば、自分より上手なライバル、といったところだったろう。
不思議だと最初に感じたのは、放課後に何人かでヒーローになるために"どう個性を高めていくか"を話していた時だ。
「別に、個性以外を伸ばしても良かろうよ。知識もそうだが、技術なりな」
その発言に、飯田は己が凝り固まった考えに囚われていたことに気付いた。ヒーローになるには、個性を"伸ばさなければならない"と思い込んでいたのだ。確かに個性は伸ばせるなら伸ばすべき。しかし、他の能力で補うことは可能だ。
実際、クラスメイトの緑谷を尊敬しているのは、彼の着眼点や発想、何よりその心根であるし、兄を尊敬し目標とするのも"在り方"に感銘を受けたからだ。
以来、狐条優幻という男の発言に注意を向けるようになって、気付けたことがある。
──彼の視点は、普通ではない。
緑谷の場合、"別角度から見ている"かのような、自分の気付かないものに気付くところがある。それは他の人も同じで、角度の差こそあれど、なるほどと理解が及ぶ範囲だ。
対して、9本尻尾の彼は、ひどく奇妙な発言が時折溢れる。それは何も奇異なものや愉快なもの、というわけではない。
葉隠の透明化の理屈とは。常闇のダークシャドウとはそもそも何なのか。
自分が聞かれれば、「個性だ」と言って終わるだろう。
それを、彼は考察する。光とは。影とは。人間とは。
一体、彼には個性が
緑谷を含めた自分たちは、大地に立って様々な角度からものを見ている。対して彼は、まるで宇宙から俯瞰しているような錯覚すら覚えた。
普段はややイタズラ好きな、それでも面倒見の良い気遣いのできる男。
その奥底に何があるのか。飯田はそれが気になった。
『さあさあ! 行くぜ準決勝第二試合!
何が出てくるかわからねえビックリ野郎、狐条! バーサス! ヒーロー一家の次男坊、飯田! レディ、スタートォ!』
「レシプロ……っ!?」
『あーっと、狐条、飛んだぁっ!』
速攻を仕掛けようとした飯田の目の前で、ロープで引っ張られたかのように真っ直ぐ、優幻は空へと飛んだ。
「……む?し、しまった! 何もできない!?」
「そういうことだ、飯田。対空攻撃手段の持たないお前は、私との相性は最悪だ。降参してくれないか?」
『これは飯田、大ピーンチ! このまま手も足も出ないか!?』
飯田の個性では助走をつけて跳んだとしても、届かない。壁があれば、それを足場にすることもできるが、このスタジアム中央にあるリングでは、それも叶わない。
「……いや、まだだ! 麗日くん、君の技を借りる!」
周囲を見渡し、気付いた。自分が空へ行けないなら、別の方法を。武器は、ある。
エンジンによって強化した脚力を発揮して、蹴りを放つのは、地面だ。
「ほう。そう来るか」
「行くぞ、狐条くん!」
砕いたリングのセメントを手に持ち、全身を使って振りかぶる。緑谷や砂藤のようなパワーは発揮できないが、それでも飯田の肉体は屈強な部類だ。重たく固いセメント片は、充分に凶器足り得る。
相手が優幻でなければ。
「ぬおおおおっ!」
10を超える瓦礫が投じられ、そしてそれらは全て、優幻の術に捕らえられる。細い金色の糸が繋げられると、瓦礫は優幻の意のままに動き、続けて投げられる凶器にぶつけられて砕けていく。
「くそう!」
「終わりだ」
それまで瓦礫を動かしていた糸が、今度は飯田の身体に絡まっていく。後は、場外まで放り投げておしまい。
(このままでは負ける! どうすればいい!? 俺には彼の居る場所までは、いや、待て。"どうやって"彼は、俺を投げようとしている? ……これしかない!)
「いいや、まだ終わらないさ!」
飯田の考えた対抗手段。それは、自分の身体に巻き付いている、優幻が作った妖気の糸。その原理までは理解できなくとも、自分に触れているのなら、掴むことはできるはず。
「そこに対策しないはずもない」
掴み、引くことは確かにできた。だが、残念ながらそこまで。
もうひとつ発動した優幻の術は、糸を伝って飯田に働きかける。
『おおっとぉっ! 飯田まで浮かんだぞ! あれ他人にもいけんのか!』
どれだけもがこうとも、踏ん張りの効かない空中では最早飯田に抵抗の手段は残されていなかった。
『飯田くん場外! 狐条くん、決勝進出!』
◆ ◆ ◆
選手控室で、優幻はひとつ溜め息を吐く。
「消耗が激しい。この状態で、相手は爆豪。なんともまあ、しんどい」
優幻が扱える妖気には限度がある。何せ、管理に細心の注意を払う必要があるものだ。常日頃から使うことで慣らしているが、精神的な疲れがひどい。集中を欠いてしまえば途端に制御を離れてしまう。
個性は身体機能の一部。しかし優幻に限って言えば、使うことで肉体的な負担は無い。代わりに精神がゴリゴリと削られるが。ゲームで言うところの、MPだろうか。
なんとか、その辺りのデメリットは隠せていると、彼は考えている。自分の弱点を晒して良いことなんて無い。
「はふぅ」
心の疲れを癒やすには好きなものに限る。油揚げを茶請けに、熱い玄米茶を啜る。
そうやって室内にただ1人、のんびりと寛いでいた空間に、来客が訪れた。
「あ?」
「む?」
けたたましくドアを開けた、もとい蹴破ったのは、爆豪。
「何でテメエがここに!控え室、ってここ2の方か!クソが!」
「おやおや。勝己くんはおっちょこちょいなのかなー」
飯田からも"イタズラ好き"と評される優幻が、生意気極まる爆豪を見過ごすはずはなかった。高身長であることをわざわざ利用して、幼い子供に話しかけるように目線を合わせてから煽る。
「テメエ……。いい度胸じゃねえか……。そんなにここでブチ殺されてえか……!」
「おお、怖い怖い。しかし良いのかな、爆豪。不戦勝で優勝し、控え室に対戦相手が倒れていたら。誰だってひとつの結論に行き着くんじゃないかい? それに、"完膚なきまでの1位"ってのは、それで手に入るのかな?」
「この性悪クソ狐が! テメエの全力、真っ向から殺し尽くしたるわ! ……おいこら、クソ狐。テメエは半分野郎みてーに手ぇ抜くんじゃねえぞ」
「轟が炎を消した件か。ま、そこは来年に2年分かませば良かろうさ。……で、全力という話だがな、爆豪。お前相手に加減などできるはずもない。安心しろ、終わったら倒れかねんほどの全霊全力で、貴様に敗北をプレゼントしてやろう。ところでお茶飲むか?」
「いらんわボケェ! つか何で茶請けが油揚げだ!」
「美味いぞ。近所の婆さんがやってる豆腐屋でな、絶妙な揚がり具合なんだ」
「知るか!」
入ってきた時同様に、荒々しく扉を締めていく爆豪。開けっ放しにしない辺り、案外きっちりしているのか。
「いやはや。ああも良い反応をされては、また遊んでやりたくなるなぁ」
なお、優幻の言葉は「爆豪"と"遊ぶ」ではなく「爆豪"で"遊ぶ」である。