ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

19 / 54
19 職場体験・1日目

 体育祭から2日後。

 

「超声かけられたよ、来る途中」

「私もー! ジロジロ見られて恥ずかしかったー」

 

 A組の教室では、思いの外有名になってしまった自分たちという状況に興奮を隠せず、普段よりも賑やかだった。

 

狐条(こじょう)とか凄かったんじゃね? 何せ優勝だしさ」

「お祝いということで、近所の豆腐屋の婆様と魚屋の親父さんがオマケしてくれたな」

「庶民的!」

 

 ワイワイと話し込む生徒たちも、チャイムが鳴ればすぐさま自席へとつく。このクラスの担任が無駄を嫌うのは皆知っているのだ。

 

「……おはよう」

 

 いつもと変わらぬ覇気のない担任、相澤が教室に入れば、元気よく挨拶の合唱が返る。

 

「相澤先生、包帯取れたのね。よかったわ」

「婆さんの処置が大げさなんだよ。もっと早くに取れてたんだがな。……んなもんより、今日のヒーロー情報学、ちょっと特別だぞ」

 

 特別。その言葉に、一同に緊張が走る。

 

「"コードネーム"、ヒーロー名の考案だ」

「「胸ふくらむやつキター!」」

 

 が、やはり一瞬だけであった。

 楽しそうにはしゃぐ生徒を、相澤は個性を発動させる素振りで、こちらも一瞬で鎮める。

 

「というのも、先日話した"プロからのドラフト指名"に関係してくる。指名が本格化してくるのは、経験を積み即戦力と判断される2、3年から。つまり、今回来た指名は将来性に対する興味に近い。卒業までに興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてのはよくある」

「大人は勝手だっ……!」

「頂いた指名がそのまま、自身へのハードルになるんですね」

「そ。んでその指名結果がこれだ」

 

 黒板に投影されるのは、指名数のグラフ。

 狐条、4418。轟、3513。爆豪、2764。

 そこから差が開いて、飯田が301。上鳴272。八百万108。

 切島84、緑谷27、麗日20、瀬呂14、芦戸11、常闇7、障子4。

 

「あれ、最終行った青山は指名無いのに、障子と常闇は来てるな」

「見る目ないよね、プロ」

「障子と常闇は障害物競争、騎馬戦と、華々しくとはいかんが充分に力を見せたからな。逆に、青山。最終種目まで行っても、いいところ見せてねえだろうが。危機感持ってろ」

 

 相澤の言葉に、自覚はあった青山はぐうの音も出せずに撃沈する。

 

「つか、2位3位逆転してんじゃん」

「表彰台に拘束されたヤツとかビビるもんな」

「ヒビってんじゃねーよプロが!」

「それ以前に関わりたくないだろうな、どう見ても危険人物だ」

「確かに」

 

 指名があったことを喜ぶ麗日。思うところがあるのか複雑な表情の緑谷。悲喜交々といった様子の生徒たちだった。

 

「これを踏まえ、指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう。……お前らは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りのある訓練にしようってことだ」

「それでヒーロー名か!」

「俄然楽しみになってきたぁ!」

「まあ仮ではあるが、適当なもんは……」

「付けたら地獄を見ちゃうよ!」

 

 相澤の言葉を引き継いで教室に入ってきたのは、ミッドナイトだ。

 

「この時の名が世に認知されて、そのままプロ名になってる人多いからね!」

「まあそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん。将来自分がどうなるのか、名を付けることでイメージが固まり、そこに近付いていく。それが"名は体を表す"ってことだ。オールマイトとかな」

 

 そうして、ボードとペンが配られる。既に決めていた者は早速取り掛かり、そうでない者は唸り悩む。

 

「狐条はもう考えてあったか」

「安直だがな。そういう常闇もだろう?」

「うむ」

「じゃ、そろそろ出来た人から発表してね」

 

 発表。その言葉に、ざわりと空気が揺らぐ。

 いくら自分たちなりに考えているとはいえ、気恥ずかしいものは仕方ない。

 しかし、物怖じしない者も居る。真っ先に前へ出た青山がまさにそうだ。

 

「行くよ。輝きヒーロー"I can not stop twinkling"☆」

「「短文!!」」

 

 クラスの心がひとつになった。ツッコミで。

 

「そこは"I"をとって"can't"に省略した方が呼びやすい」

「それね、マドモアゼル☆」

「いいのか? アリなのか?」

「有名になれば、子供らの英語の勉強になるのでは」

「……無理がないか、常闇」

 

 早速修正し、青山のヒーロー名は決まった。

 

「じゃあ次アタシね。"エイリアンクイーン"!」

「2! 血が強酸性のアレを目指してるの!? やめときな!」

 

 却下され、唇を尖らせて芦戸は自席に戻る。しかし、文句をつけたいのは他の生徒たちだった。

 

((最初に変なの来たせいで、大喜利っぽい空気になったじゃねーか!))

 

 場の空気とは恐ろしいものである。短い人生ながらもそれを知る皆は一様に戦慄していたが、そこに1人の女の子が手を挙げた。

 

「じゃあ次、私いいかしら。……小学生の時から決めてたの。"フロッピー"」

「カワイイ! 親しみやすくていいわね。皆から愛されるお手本のようなネーミングね」

 

 空気が一変する。確かに可愛らしく、親しみやすい良い名前だ。

 

(フロッピーディスクを連想した私は異端か。まあ、生まれた時には既に廃れていたしなあ)

 

 優幻(ゆうま)だけが少しズレていたが。そんなどうでもいいことを彼が考えている間にも、続々とクラスメイトたちは己のヒーロー名を決めていく。

 落ち着いた頃を見計らって、優幻もまた壇上に向かった。

 

「では、"キュウビ"で」

「わかりやすいわね」

「呼びやすさと、後は"己が何者であるか"を忘れぬように。加えて、九尾狐は悪として描かれていることも多いので、それを払拭できればなと」

「有名になれば"キュウビ"の名前は"ヒーローのもの"と世に認知される。いいじゃない!」

 

 折角考えたものを否定されず、そっと胸を撫で下ろす。

 

「でも爆殺王はないな、うん」

「ケンカ売っとんのかクソ狐」

「字面の話だ。"殺"はやめたほうがよかろう。子供が連呼すると考えればな」

「何が悪いんだ、元気でいいじゃねえか」

「……もっとこう、あれだ。冠婚葬祭で避けないような文字を使ってはどうだ」

 

 あまりにもアレな爆豪の思考に、からかうことすらできない優幻は無難に助言するに留めた。これは弄るとエライことになるぞ、と。

 漢字や物騒な言葉を多用したがるあたり、ひと昔前のヤンキーっぽいとは思ったが、言葉には出さないでおく。

 

 

 

「エッジショットにリューキュウにギャングオルカ! トップランカーから指名来てんのか!」

「やっぱ優勝者は凄いねー」

「他にも全国から来てる……! やっぱり雄英って注目されてるんだ」

 

 数十枚にも及ぶリストの一部を手に取り、感嘆の声を上げるのは切島、麗日、緑谷だ。

 

「でもこれ、全部調べるってわけにはいかないよね、さすがに。あと2日しかないし」

「そうだな。申し訳ないが、ランキングを参考に上位陣から選ぶつもりだ。折角の職場体験、様々な事態を経験したい。上位者はそれだけ仕事も豊富だろうからな」

「多すぎて選び辛いってのも贅沢な悩みだな」

 

   ◆   ◆   ◆

 

 そんな会話を交わして暫し後。

 職場体験当日。

 

「雄英高校から参りました、狐条優幻です。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」

「早速なのですが……。あの、この状況の説明をお願いしても?」

 

 リューキュウ事務所。折り目正しく挨拶した優幻の背後に、1人の姿があった。

 

「すっごい! ねえリューキュウ! フカフカだよ! 持って帰りたい!」

「お客様、当店ではお持ち帰りは対応しておりません」

「フフッ……。ごめんなさいね。その子は波動ねじれ、雄英の3年生よ。インターンで来てもらってるわ」

「先輩……。実力はあるのでしょうが、性格的に見えませんね」

 

 優幻の言葉に、リューキュウも苦笑いしか返せない。はしゃいだ様子で尻尾に飛び込む少女の姿は、実際に威厳やらとは程遠い。

 

「ふわぁ! 埋まる!」

 

 取り敢えずご堪能頂こうと、体育祭で八百万にしたように尻尾で捕らえて包み込んでいく。

 

「まあ、満足すれば落ち着くわ。ともかく、指名を受けてくれてありがとう。ウチは独立間もないから、サイドキックも少なくてね。学生のうちから目をつけて、卒業後に来てもらおうって魂胆なの」

「それ、言ってしまってもいいのですか」

「変に隠すことでもないでしょう。むしろきちんと話して信頼関係を築く方が大事よ。……ねじれ?」

「んふー……」

 

 すっかりご満悦といった表情で、贅沢に尻尾2本を抱きしめる少女は動く気配がない。

 

「これでも、雄英のビッグ3とまで言われる実力者なんだけどね」

「そう呼ばれる方々がいるという噂は耳にしていましたが。実物は何とも愛らしいものです、猫っぽい。まあ、波動先輩1人、乗せたままでも問題ありませんよ」

「騎馬戦でもやっていたようだしね。本来ならコスチュームに着替えてからなんだけど、先に説明しちゃいましょうか」

「はい、よろしくお願いします」

「……私も後で触っていいかしら」

 

   ◆   ◆   ◆

 

「……実務的なところはこんなものね。だいたい学校で教わったと思うから簡単にだけど。後は、君を指名した理由も伝えておきましょうか。……結果を出したことも当然あるけれど、1番の理由は"多彩さ"よ。変身に空戦能力、攻防共にできて、パワーもスピードも判断力も良い。ヒーローとして大成するであろう能力もさることながら、サイドキックに欲しいのよ、純粋に」

「後は、波動先輩のお守り役ですか」

「……ちょっとだけ、ね。うん。ちょっとだけだから。芦戸さんだっけ、彼女への対応を見てると、うん、まあ、ね」

 

 さすがに気まずいのか、リューキュウの視線が明後日の方向へ流れてしまう。

 ランキング上位のヒーローという、ある意味雲上の存在の人間らしい反応に、優幻は親しみやすさこそ覚えども悪感情はない。

 

「わからなくもない、と言いましょうか。波動先輩、既に寝てますし」

「……静かだと思ったら。優秀だし、こういう爛漫さもこの子の魅力なんだけどね」

「憎めないキャラクター、ですかね」

 

 2人は見合って、共に笑う。

 

「ま、うちは普段はこんな感じで、力を抜けるところは抜いていく方針だから。あなたも適度にリラックスして頂戴」

「ありがとうございます、助かります」

「誰だって緊張くらいするものよ。よく知らない環境に身を置くなら、特に」

 

 クスクスと笑うリューキュウに、優幻は頬をかく。

 自分の緊張が見抜かれている。日本で有数の上位ヒーローの事務所にやって来ているのだから当然ではあるのだが、目の前のクールビューティーはそういった"状況"からの判断ではなく、優幻自身を見た上で判じたのだ。非凡であることはわかっていたが、なるほど、"目"は良いらしい。

 

「本当ならパトロールがてら歩きつつ、今の説明をする予定だったんだけど……。ねじれ、起きそう?」

「なかなかの熟睡っぷりですね。何事か、寝言のようなものも聞こえます」

「まったくもう……」

「どうでしょう。時間もできてしまったみたいですし、半分空いてますが」

「……。じゃあ、ちょっとだけ……」

 

 数十分後、なかなか出てこないことに気付いたサイドキックの男性が見たのは、優しく包み込む尻尾で眠る美女美少女と、意に介さず勉強に勤しむ少年だった。

 

   ◆   ◆   ◆

 

「……不覚だわ」

「リューキュウ気持ち良さそうだったね。ね!」

「お疲れなのではないですか? 疲れの取れる術式や安眠のお香、胃に優しい食事など用意できますが」

「勘弁して頂戴。年下の男の子にお世話されるなんてゴメンよ」

 

 時刻は夕方近く。目を覚ました2人と共に、コスチュームに着替えた優幻はパトロールに出ていた。

 

「ともあれ、気に入っていただけたようで何よりです」

「言わないで」

「えー。でもリューキュウ、抱き枕にしてたよ?」

「ねじれ」

「わあ怖い」

 

 セリフとは真逆に笑うねじれに、釣られて優幻にも笑みが浮かぶ。

 そこでふと、視線が向けられていることに気付いた。悪意がないのは朧げに感じられるが、あちこちから注がれているようで、特定は出来そうにない。

 

「鋭い。気付いたのね」

「体育祭の後はだいたい"こう"なんだよね。不思議だね」

「これも雄英名物と言えるのかしら」

 

 何を、と聞き返す前。1人の幼い男の子が近付いてきた。抱えるように持つのは、色紙。

 

「テレビで見たきつねさん、サインください!」

「……私?」

「その子、この辺でも有名なヒーロー大好きっ子なの。私もサインしたんだよ! ね?」

「なるほど」

 

 事情を理解した優幻はしゃがみ、できるだけ男の子に視線を近付ける。

 

「私はまだヒーローではないのだけれど、いいのかい?」

「だって、ブワーって、凄かったの! キレイで、カッコよかった!」

「ふふ、ありがとう。それじゃあ、書かせてもらおうかな」

 

 色紙とペンを受け取った優幻は、己のヒーロー名である"キュウビ"と、簡素な9本尻尾の狐の絵を隅に描き、男の子に返す。

 

「ヒーロー"キュウビ"。ちゃんとしたヒーローになるのはまだ先だけど、応援してくれると嬉しい」

「うん! ありがとう、キュウビさん!」

 

 とてとてと母親の下へ戻る子供を微笑ましく見送り、立ち上がったところで。

 

「わ、私もサインお願いします!」

「僕も!」

 

 あっという間に囲まれた優幻の職場体験初日は、こうして過ぎていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。